視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

抵抗

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 もうそろそろ一緒に働き出して一年くらい経つのか。あの真冬の出会いから今まで、私は彼らと過ごした。

 そう、先輩であり、同僚であり、友人であり、家族みたいな存在。私にとって、二人はそんな存在なんだ。

 微笑んでお礼を言った。

「ありがとうございます、私、自分はもう家族と呼べる人がいないから、そう言ってもらえて嬉し」

 言いかけたところに、突然大きな音が響いた。寝室の扉が勢いよく開き、壁にぶつかる音だった。反射的にそちらの方を見てみれば、九条さんが私を見て立っている。

「あ、九条さん。今伊藤さんと話して」

 私の声に反応することなく、ツカツカと彼は歩み寄る。そして私の腕を強い力で握り引っ張ったのだ。驚きと痛みで目を丸くした。九条さんは目を吊り上げて私を見下ろしている。

「しっかりしなさい!」

「……え」

「これが伊藤さんですか? ちゃんと見なさい!」

 揺さぶられて頭がぐらぐらする。倒れてしまいそうになるのを必死にこらえ、私は彼に言われた言葉を理解しようとつとめる。

 伊藤さん、伊藤さん?

 仕事が終わってからこっちに寄ってくれた、って。あれでも、インターホンが鳴る音なんて聞こえたっけ?

 それに、そうだ。あの気遣いがすごくて紳士な彼が、

 私一人寝ている寝室にノックも無しで入ってくる??

 私はようやくゆっくりとした速度で視線を動かした。今まで伊藤さんの顔があったそこに、やはりあの子はいた。

 私を嘲笑うかのように口角をあげ、じっとこちらを見上げている。その黒い瞳は間違いなく私だけを捉えていた。動くはずのない瞳孔が、ゆらりと揺れた気がした。

 自分の呼吸が速くなる。恐ろしさに埋もれてしまいそうだった。

 私は今まで一体誰と話していたの? 励ましてくれたあの人は? 一体何を聞いて何を見ていたのかわからない。自分の目も耳も脳も信用ならない。

 上手く呼吸ができず体が震える。面白いくらいガクガク震える手はまるで言うことを聞いてくれなかった。寒気が酷く、凍えてしまうんじゃないかと錯覚する。

 すると九条さんは、チッと舌打ちしたあと、まず布団をそばにある人形に思いきり掛けてその姿を隠した。そしてそのまま、私を軽々と抱きかかえた。ふわりと自分の体が持ち上がる。

 されるがまま小さくなって震えていた。九条さんはそんな私に何も言わず、すぐに寝室から飛び出した。

 リビングに入り、ソファにそっと置かれる。人形の姿が見えなくなっても、私の震えは止まらなかった。自分の両手を必死に押さえるように努めるがまるで効果はない。ただパニックで、呼吸すら上手くこなすことができなかった。

 自分がさっきまで人形相手にニコニコ会話していたんだと思うと恐ろしくてならない。やはり夕飯を三人分用意したのも、ほとんどあの人形に魅入られてしまっているのか。一体このまま私はどうなっていくの?

 そんなことを脳内で考えている時、私の震える手を九条さんが上から包むようにして抑えた。温かい体温が伝わる。

「ゆっくり呼吸してください。吸うことより吐くことを意識して。とにかくゆっくり吐き出すんです」

 慣れた彼の声が耳に届く。私はそれだけを頼りに、なんとか息を意識して操った。九条さんの低く抑揚のない声は、今はとても聞きやすくて私の心を落ち着けた。何度か落ち着きながら呼吸を繰り返す。

 手に伝わるぬくもりにも次第に安堵感を抱き、少し心が落ち着いてきた。震えは徐々に収まる。どれくらいの時間を要したかわからないが、私はやっと頭の中が冷静になってくる。

「大丈夫ですか」

「は、はい……」

「心を落ち着けて。乱れるのはよくありません、心に隙間ができます」

 九条さんは真っ直ぐ私を見ながら丁寧にそう言った。彼の黒い瞳に私の顔が反射する。それを眺めながら、私は何度も頷いた。最後に何度か自分で深呼吸を繰り返す。そして比較的しっかりした声で、九条さんに返事をした。

「落ち着いてきました……ありがとうございます」

 私の両手を握る大きな手に感謝する。彼のおかげでなんとか落ち着いてきた。もしこれが一人だったら。相手が人形だと知らずに永遠に会話していたんだろうか。

 こちらの様子を見て九条さんはようやく手を離した。無言で立ち上がり、冷蔵庫からお水を持ってきてくれる。好意に甘えて私は冷たい水を何口か飲んだ。ひんやりとした喉越しに頭まで冷えるような感覚になった。私はペットボトルをテーブルに置き、お礼を言う。

「九条さんがきてくれなかったらと思うとゾッとします……」

「一体何があったのですか」

 私はポツリポツリと先ほどあった出来事を話した。うとうとしていた頃伊藤さんがやってきて、いつもの様子で話し始めたこと。内容も覚えている範囲で具体的に述べた。九条さんは考えるように腕を組んで聞いている。

 一通り説明を終えると、彼は一つだけ頷いた。

「なるほど。状況が想像以上に深刻です」

「はい……」

「いいですか、光さん。今日の朝は、私は確かにソファで少し休んでいたんです。ですが、今朝のことがあったので今夜は一切眠らず人形を監視しておこうと決めていました。
 それがどうです。あなたが寝室に入ってまだ少ししか経っていないのに、私の意識は吹っ飛びました。気が付けば人形の姿はなく、あなたの寝室から話し声が聞こえた。分かりますね?」

 ごくりと唾を飲む。九条さんは普段は脳みそが溶けるんじゃないかと心配になる程寝ているが、調査中はそんなことはない。あまり睡眠を取らなくても覚醒しシャキッとしているのだ。そんな彼が、誘われるように眠った。

 人形の力だ。

 それはなかなか強い力であることがわかる。

 彼は苦い顔をして言う。

「光さん、できることはやりましょう。まず調査の一歩として普段通り家中を撮影しましょう」

「撮影、ですか」

「身内に寝姿を見られるのはさすがに嫌がるだろうと思い提案はやめていましたが、そんなことも言ってられません。これだけの力があるのならば映像なんか残さない可能性が高いと思いますが、何かわかるかもしれません」

「はい、分かりました」

「撮影は一日中行います。移動や設置にかける時間も勿体無いので、明日からはもう事務所出勤はしません。伊藤さんはパソコンを持ってうちに来てもらいましょう、情報共有はしたいので」

「つまりここでみんなで調査するってことですね」

 私は拳を握りしめた。彼の提案を拒否するつもりはこれっぽっちもない。私も出来ることは少しでも行っておかねばと危機感を覚えているのだ。

「そうと決まれば早速車から機材を取ってきます。あなたは疲れているでしょうからここに」

「や! やめてください、私も行きます。一人にしないでください!」

 立ち上がろうとした九条さんに慌てて言った。彼はそれもそうか、と反省したように小さく頷く。私はさらに伝えた。

「あと、もう寝室で一人で寝るのはごめんなので……床でもいいからここで寝ていいですか。もう無理です」

 床をぼんやり見つめながらそう呟いた。いくらなんでも、もう一人で過ごすほどの強い心臓は持ち合わせていない。

 彼はそれも頷いてくれた。私はほっと息を吐きながら、なるべく一人にならないよう決意する。あとは撮影し、そこに何が映っているか、だ。

 とにかく心を落ち着かせて、恐怖に呑まれないようにしないとだ。私に出来る唯一の抵抗は、それだけなのだから。





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