240 / 450
家族の一員
昼寝が仕事?
しおりを挟む九条さんと二人で車にある機材を運び出し、トイレと浴室を除く全ての部屋にカメラをセットした。まさか自分を監視する日がくるなんて思ってもみなかった。
全てのセッティングが終了した後、九条さんが寝室から持ってきてくれた布団を使い私はソファ、九条さんは床で寝ることになった。申し訳ない。だが今回ばかりはお言葉に甘えて素直にソファをお借りした。
少しでも寝て体力を温存する。あの人形に負けないために。眠るのはもう恐ろしい行為のように感じているけれど、近くに九条さんがいてくれると思うだけで少し安心し、私はその後ようやく眠りにつくことができた。
そして、翌朝。
起きたとき、カーテンからかなり明るい日差しが見え、そこそこ遅い時間になってしまったのだとすぐに感づいた。いつのまにかぐっすり眠ってしまっていたらしい。慌てて起き上がり、自分の身の回りを確認する。
隣に人形が、といったことはまるでなかった。自分一人がソファの上に寝ているだけだったのだ。
安堵しているところへ九条さんが声をかけてくれた。彼は近くの床で座り込み、早速モニターで夜間の様子を観察しているようだった。
映像の中で、寝室に置きっぱなしにされた人形は動くことなく一晩を終えた。何も収穫がなかった録画に気を落としながら、とりあえず私は朝の準備をするために起きて身だしなみを整えた。
ちょうど全てを終えたところにインターホンが鳴り響いた。九条さんが対応した後、しばらくしてうちにやってきたのは伊藤さんだった。私の知らない間に九条さんが連絡していたらしい。
「おはようございます!」
明るい笑顔でリビングに入ってきた彼を見て、一瞬体が強張った。昨晩話していた相手は伊藤さんじゃなかった。そのせいで、今目の前にきた伊藤さんにも疑心暗鬼になっているのだ。
そんな私の様子に気づいたのか、伊藤さんがツカツカとソファに近づいてきた。そしてにっこりと笑ってみせる。
「おはよ。朝ご飯食べた?」
「おはようございます、えっとまだです」
「よかった、近くに美味しいパン屋さんあってさー寄ってきちゃった。食べない?」
そう言って笑う彼の両手には、何やら大きなビニール袋がぶら下がっていた。そこからほんのり焼きたてと見られるパンのいい匂いがする。その姿を見てほっと胸を撫で下ろす。この気遣いと香り、本物だもんね。
「美味しそうな匂いがしますね」
「ね。いっぱい買ってきたから食べよう、出すね」
バタバタと動きながら荷物を置き、目の間のテーブルに何個もパンを置いてくれた。朝ご飯どころか昼食の分までいける。
しかもパンだけじゃなくサラダや飲み物まで。相変わらずの神様は通常運転。
私は顔を綻ばせてお礼を言った。
「ありがとうございます、美味しそうです」
「好きなの選んでね。九条さんもどうぞ!」
近くの床に座り込んでいる彼に声をかける。そんな伊藤さんを見ながら、私はふと彼の目元に目がいった。
目がやや赤くなってる。もしかして、あまり眠らず調べ物をしてくれてたんだろうか。
「伊藤さん目が赤いですね、あまり寝ないで頑張ってくれたんですか?」
「え? ううん、パソコン疲れだよーちゃんと寝てるから大丈夫!」
そう言う彼の言葉を聞いて、なぜか寝てないんだなあと確信した。伊藤さんって、そういう人だもの。昨晩、幻に騙された私が馬鹿だった。一人でほっこり微笑む。
三人でテーブルを囲む。私一人ソファで、二人は床に座り込んでいる。みんなでパンを齧りながら、早速情報共有を始めた。
「んで、何か映ってたんですか夜は?」
メロンパンを食べながら伊藤さんが尋ねた。クリームパンを齧る九条さんが答える。
「あれ以降動きはないので、夜間は何も映ってません。寝室のベッドで一人寝てました」
「それまたシュールな絵ですね」
「まだ一晩ですから。これからだと思います。一日中録画してますからね、今現在も。会話は不可能でしたし、他にできることは思いつきませんし」
「ええっと僕の方ですけど。まずあのあともいろんな除霊師さんに連絡取ってみたけどいい結果は出ませんでした。腕のありそうな人は連絡がつかないことが多いですね、偶然なのかなんなのか」
私はツナパンを齧りながら肩を落とす。やっぱりか、力の強い除霊師さんってなかなか捕まらないんだなあ。それとも捕まらないように仕組まれているのか。
九条さんは口の端にクリームをつけながらきく。
「藤原さんについてはどうです」
伊藤さんは頭を掻きながら唸った。
「うーんさすがにまだ手がかりなしですね。とりあえず事務所近くのお店とかに映ってた監視カメラで、遠いですが顔写真は何枚か入手しました。
あと、事務所の前でタクシーに乗る様子が監視カメラに映ってたので。今日はその写真を使ってタクシー会社に当たってみるつもりです」
「す、すごい……」
私は感心してパンを落としそうになった。一体どうやって調べるんだろうと思ってたけどそんなふうに攻めるんだ。伊藤さんって警察にもなれそう。
伊藤さんは苦笑しながら言う。
「でも、もしタクシーの運転手が藤原さんを覚えていたとしてもどこで降車したぐらいの情報しかわからないからね。身元を調べるにはまだまだだよ」
九条さんはパンの最後の一口を頬張り飲み込むと、珍しくティッシュで自ら口元のクリームを拭いて言った。
「伊藤さんはそっちでお願いします。私は引き続き人形の観察と除霊師への連絡をあたります」
私はまだ半分残っているパンをそのままに慌てて尋ねた。
「私は何をしましょう?」
「あなたは体力を温存し気持ちを落ち着けるのが一番です。三人いれば安心感は尚増すと思いますから、昼寝するなり食事するなりテレビを見るなり好きなようにしててください」
まさかの指令にぎょっとする。大きな声で非難した。
「私一人昼寝なんかできませんよ!」
「それがあなたの仕事です。気が落ち着かないならたまに私の電話でも手伝ってくれればいいです」
「えええ」
九条さんも伊藤さんも寝ないぐらい頑張ってくれてるのに私一人仕事なしって。てゆうか昨晩はそこそこぐっすり眠れたんですけど。悲痛な声を上げるも、こういう時九条さんは結構頑固なのを知っている。
私は反論しかけたが項垂れながら渋々了承した。
「分かりました、基本ゆっくりします……でも何にもしないのは逆に心苦しくて精神乱れそうだから、雑用ぐらいはさせてください……風呂掃除とか」
「そういうものですか、働き者ですね。
ではあなたは麗香に電話をして近況報告してください、そして今後の進め方について助言を」
「あ、分かりました!」
パッと笑顔になる。そうだよね、麗香さんっていうすごい味方がいるんだから、意見を聞いてみないとだよね。後で電話してみよう、あの人と話すだけでなんだかホッとするし。
それぞれの役割が決まったところで、まず伊藤さんが口をもぐもぐさせながら動いた。パソコンを開いて何やら素早くタイピングしている。九条さんは撮影器具の設定を弄っていた。
とりあえず私はテーブルの上のパンたちを片付けて拭いておく。早いけど麗香さん出てくれるかな、早速電話をかけてみようか。
私はほとんど触ることのなかったスマホを手にし、あの人の元へ電話をかけたのだった。
36
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。