視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

痛み

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「どうしました、また溺れますよ」

 九条さんがそう言った時、伊藤さんの声が響いた。

「光ちゃんとりあえず出よう! ほらタオル!」

 焦ったような顔でバスタオルを差し出す伊藤さんを横目で見たまま私は返事を返さなかった。乱れる息のままただじっと二人を疑いの目で見ていると、九条さんが何やら察したように頷いた。

 そして突然、私の頬を叩いたのだ。バチンッと音が響き、痛みが頬に走る。そこだけジンジンと熱を帯びた。驚いた伊藤さんの声がする。

「く、九条さん!?」

「さ、しっかりしなさい。夢は終わりですよ。あなたは入られていたんです、ガッツリとね。どんな入られ方をしたかは分かりませんが未だに夢の中だと疑っているんでしょう。疑うのはかまいませんがとりあえずここから出ないと溺れ死にますよ。支えるから体を任せてください」

 淡々とそう述べられたのを聞き、ようやく自分の脳内が活性化し始める。

 入られた……入られた。うん、そうだ私入られていた。

 一体どこが現実でどこが夢の中かわからなかった。冷めたと思っても続いてた。無我夢中で逃げようとしてマンションから飛び降りて気がついたらここにいて……。

 私はゆっくり九条さんと伊藤さんの顔を見上げる。私を叩いた九条さんの行動が、彼らは本物だと知らせてくれた気がした。ぶわっと涙が出てくる。

「く、九条さん、伊藤さん~……」

「とりあえず出ますよ。力が入らないようなので抱きかかえます、抵抗しないでください」

 そういうと九条さんは私を抱き上げた。私のせいで濡れてしまうのも気にせずしっかり支えてくれている。恥ずかしさでどうしていいのか分からない私はとりあえず手を胸の前に置いておく。

 さっと伊藤さんがバスタオルをかけてくれた。寒気がほんの少しマシになる。

「ありがとうございます……」

「ううん、唇真っ青だよ。ちょっとリビングのエアコンの温度上げてくるね!」
 
 心配そうに言った伊藤さんはそのまま急いで浴室を出ていく。そんな後ろ姿を見ながら九条さんが眉を下げた。

「本当なら冷えた体を風呂で温めてほしいところですがね」

「い、いや、今一人でお風呂は無理です」

「でしょうね。一緒に入りますか」

「………………」

 いつものように無表情で言う不謹慎な冗談が、なんだか非常に嬉しい。あ、本物の九条さんだ、そう思えたのだ。感激している私を、彼は困ったように見下ろす。

「光さん、私の冗談に何か反応してくれませんと。返事がないとさすがに虚しくなります」

「いえ、本物だって感激してるんです……」

「どんな映像を見たか聞いてみたいですね。ですがとりあえずこの状態をなんとかしましょう」

 そう言うと九条さんがようやく浴室から出る。そのままリビングへ戻ると、部屋がかなり暖かくなっていた。あらかじめ伊藤さんが床にバスタオルを何枚か敷いてくれている。そこにたどり着くと、まだ水滴がたくさん落ちる私をそっと九条さんは置いた。

   座り込んだ私に、伊藤さんが早速バスタオルを掛けてくれる。なんとかそれで体の水分を拭き取っていると、一旦リビングを出た伊藤さんがすぐに戻ってきた。

「ごめんね勝手に触っちゃった! 着替えた方がいいよ、はい」

 彼が手に持っているのは私の荷物が入った袋だった。ありがたく受け取る。全身ぐしょぐしょに濡れていて、バスタオルではどうしようもないほどだ。

「僕と九条さん一旦廊下に出てるから」

「え! いいえ行かなくていいです!」

 そう反射的に声を出してしまった事を後悔した。行かなくていいです、ってそんなわけない。下着まで濡れて着替えるのに。

 ただ、あんな世界を見てしまった今、本物の二人があんまりに恋しくて一人になりたくなかった。まだ感覚が正常に戻っていないのか、恐怖心がおさまっていない。

 自分が自分でなくなる恐ろしさ。見知らぬ世界に放り出され、さらにはそれに気付けない私。あんな入られ方をしたのは初めてだった。

 私の反応を見て、伊藤さんは一瞬目を丸くした後考えるように少し首を傾け、その後近くに立っている九条さんの腕をひいた。

「じゃ、僕と九条さんそこの部屋の隅で壁向いてるから! その間に着替えちゃって」

「え、す、すみません……」

 私が頭を下げると、伊藤さんはニコニコしながら九条さんの腕を引いてリビングの隅へと移動する。九条さんは引かれるがままフラフラと伊藤さんに着いていく。

「いーのいーの。ほら九条さん、あっち行きますよ。いいですか絶対振り向いちゃダメですよわかってますか?」

「私をなんだと思ってるんですか、さすがにそんなバカな真似はしません」

「下心とかじゃなくて九条さんの場合うっかりを心配してるんですよ。考え事してたら忘れちゃいそうだから。そんなハプニング今の流れでいりませんからね」

「なるほど、確かにうっかりはありそうです」

「自分で納得しないでくださいよ。はい念のため両手で目を隠す!」

 男性二人が壁に向かって体育座りをしている。その上自分で目隠しまで。その光景に少し笑って気が抜けた。ありがたく着替えをしようとまず新しい洋服を取り出す。

 が、驚くほどの疲労感。腕を動かすだけでも息切れを起こしそうだった。それでもまさか手伝ってもらうわけにもいかず必死に動き着替えをこなしていく。

 
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