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家族の一員
さらに、真実。
しおりを挟む住職ほどの力がある人なら、可能なのかもしれない、九条さんはそう苦しそうに言っていた。死んだ人間を呼び寄せて物に宿す。肉体こそ失ったものの、そこに愛しい人間がいると思えば悲しみが少しは癒えたのだろうか。
長い間人形を相手にしてスペシャリストだった住職は、その経験を活かしてまさかの『生きる人形を生み出す側』になった。
彼を最も狂わせたのは、愛する子の死だったのかもしれない。
こうして出来上がったのがこの得体の知れない人形だ。新しいのに力が強く、恨みもないのにこの世に留まる。自分で宿ったとはまた違い、住職に『宿された』のだったから、住職の力を分け与えられ人形自体も強くなったのではないかと九条さんは考えていた。
九条さんは泣く奥さんの手から写真をそっと取った。それをじっと見つめている。
「娘が宿った人形、となれば、きっと住職は大事に扱ったでしょうね。生きてる人間と同じように、食事を用意したり一緒に寝たり。そうすることでこの子は自分を人間だと思い込み更に力を増していった。家族の一員として扱われることで、自分自身も家族というものに執着していった。そうしてこの恐ろしい人形の完成です。
無論、こんなものを人間扱いしてそばに置いておいた住職は見ての通りやられてしまいましたがね。それぐらい彼なら想像できただろうに……なんとしても娘を蘇らせたかったんでしょうかね」
奥さんは一度涙を拭った。そして小声で呟く。
「おっしゃる通りです……エリを亡くしてからこの人がエリを呼び戻すと言い出して。人形に戻したのです。私は反対したんです、でもいつのまにかそうなっていて。
成功した、と喜んだ主人はその日から別人のようになりました。あれを人間のように扱い話しかけ、食卓に座らせ目の前に食事を置きました。丁寧に髪をとかし、寝る時もすぐ近くに……私はどうしていいのか分からず見守るしかなかった。
でも主人はみるみる痩せ正気を失っていきました。入院が必要とまで言われ、これはなんとかしなくちゃと。でも、こんな事情を誰に言えます? 人形を供養する寺の住職が人形を自ら作り出したなんて」
「それで偽名も使ってうちに?」
伊藤さんがそう聞くと、奥さんは頷いた。一度服の袖で涙を乱暴に拭うと震えた声で答えた。
「私は主人の仕事については何も関わったことがないから詳しくないんです。能力もまるでありませんし……インターネットで調べて、口コミがよかったので訪ねました」
伊藤さんが小さくため息をついた。なるほど、それでうちに来てみれば除霊はできないと言われ、勧められたのは自分のお寺。身元も隠したいし他に頼れる人が思いつかなかった奥さんは人形を置いていったのか。
九条さんはじっと泣く奥さんを見つめながら小さな声で言う。
「それでも……あなたがしたことは恐ろしいことなのですよ。除霊ができない私たちには死ねと言っているようなものです」
「すみません……! 本当にすみません! あなたたちなら他に除霊する相手を見つけ出せるかと思ったんです、申し訳ない……」
その場に泣き崩れる奥さんを、住職はベッドからぼんやりと見つめていた。不思議そうな、それでいてどこか申し訳なさそうな表情に見えた。しかしその手にはしっかり人形が抱かれている。
しばらく奥さんの嗚咽だけが流れた後、九条さんが動いた。持っていた写真を再び住職の前に置いたのだ。ピクリと住職の頬が動いた。
「除霊できる人間に心当たりがあります」
奥さんが顔を上げる。真っ赤な鼻をひくつかせながら九条さんの顔を見上げた。
「で、ではその方にお願いしていただけますか、もちろん費用はこちらで持ちますので、一刻も早く」
「住職。この人形を作り出したあなたが行うべきです」
九条さんの呼びかけに、住職は何も答えなかった。
奥さんが驚いたように目を丸くし、九条さんに訴える。
「み、みて分かりませんか? この人はもうそんな状態ではありませんし、まず娘を除霊するなんてきっと納得しません!」
「ええ、確かにだいぶやられているようです。でも恐らく正気も残っている」
「でも!」
「正気を呼び覚ましましょうか。一番大事な事実を教えてあげましょう」
「え?」
九条さんは突然、住職が持っている人形を思い切り取り上げた。奪われた彼ははっとした顔になり懸命に腕を伸ばす。しかし体幹が抑制されているのでそこから動けない。おもちゃを取られた子供のように不安な表情で住職が喚いた。
「返してくれ!」
「さあ、あなたが目を逸らし続けた事実をよく聞いてください。
この人形に宿っているのはエリさんではありません」
住職は伸ばしていた腕をピタリとそのまま止めた。奥さんは息を呑む。彼女は知らなかったようで、信じられないという表情で九条さんと住職を交互に見た。先ほど自分は能力がない、と言っていたので、奥さんは気づかなかったのも仕方がない。
その時ひらりと九条さんが持っていた写真が手から落ちる。エアコンの風に靡かれるようにヒラヒラとゆっくり滑り落ちていくそれを、私は拾いにようやく動いた。
床に落ちた写真を手に取りじっと見つめる。もうこの世にはいない上浦エリさんを悼みながら眉を顰めた。
成人式と思われる上浦エリさんが、幸せそうに笑っている写真だった。
住職と奥さんの娘さんは、交通事故で二十一歳で亡くなったらしかった。住職たちもぱっと見は五十代か六十代に見えるので、自然な年齢だと言える。
対して私が入られている時に見えた女の子は推定五、六歳。録画映像にも残っていたし、麗香さんも見えたと言っていたので間違いない。
エリさんはぱっちりとした二重のシャープな顔立ちで、あの子とはまるで似ていない。そう、エリさんとこの人形に宿る子は全く無関係なのだ。
住職はその力を駆使して娘を蘇らせようとしたけれど、やはりそれはかなり難しいことなのか。彼は全く違う霊を呼び起こして人形に宿らせていたのだ。
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