257 / 450
家族の一員
立ち上がる
しおりを挟む伸ばした腕をゆっくり下ろしながら、住職はワナワナと震える。私は写真を持って彼の元に近づいた。そして声を出す。
「私はこの人形に入ってる子に会いました。まだほんの五歳ほどの女の子です。エリさんには似ても似つかない子でした。住職にも奥さんも似ていません」
彼は何も答えない。ただ瞬きすらもせず目を見開き、その目から涙を浮かべていた。
九条さんが人形を彼に見せつけるように正面に置く。写真と並ぶようにして置かれたそれは、いつも微笑しているのに今日は笑っていないように見えた。
奥さんが慌てたように九条さんに尋ねた。
「む、娘じゃない? エリがここにいるんじゃないんですか!?」
「ええ全く違いますよ。住職はどこのものかも分からない霊を呼び出して人形に落としていたのです。彼の力でも、的確にエリさんをおろすのは難しかったんでしょうね。なんせ下ろすのは専門ではないですし。
もしエリさんが宿っていたのなら、本当の家族であるあなた方の所に戻るでしょう。でもこの子は戻らず光さんを新しい家族とした。家族ごっこが出来れば誰でもいいんです。
住職も気付いていたはずですよ。まあ、気付いた時にはもう手遅れだったのか」
私たちはじっと住職を見た。彼はすぐ前に置かれた黒髪の少女を見ていたが、今度は抱こうとはしなかった。人形は動きはしなかったが、私にはどこか抱いてほしい、と住職に訴え掛けているように感じる。気のせいなのか、それとも。
私は恐る恐る住職に声をかけてみる。
「お願いします。このままではあなたも私も、そしてこの子も苦しむだけです。力だけ持て余して家族を探し続けても、この子のそばにいては生きてる人間はマトモではいられない。この子は永遠に家族を見つけることはできないんです」
引き継ぐように九条さんが言う。
「住職。あなたはここに宿っている少女にも酷なことをしている。五歳ほどの年齢で恨みがないとなれば、元々は自分が死んだことに気づかず浮遊していただけの無害な霊だったんでしょう。時間が経てば行くべきところへ行けたはず。
それを無理矢理人形に宿し力を与え続けた。家族だ家族だと言い聞かせこの子にも執着心を植え付けた。自分の罪深さがわかりませんか?」
九条さんが言い終えた瞬間、住職は一気に涙を溢れかえさせた。腕で両目を抑えながら歯を食いしばっている。苦しそうな嗚咽が繰り返し響き、ああ彼はまだ全部狂っていたわけじゃなかったんだ、と再確認できた。
そんな彼を、人形はじっと見つめている。風もないのに切り揃えられた前髪が僅かに浮いた気がした。住職はしばらく雨のように涙をこぼし続け、次に腕を下ろした時には、どこか力強さを感じる眼光に思えた。涙で濡らした睫毛を揺らし、彼は掠れた声で話す。
「エリを亡くして……魂だけでもそばに置いておきたいと、自分勝手なことを思ってしもうたんです。九条さんのおっしゃる通り、一晩眠ることなく祈って人形に宿しました。直後は成功したと喜んだものです。エリをこれでもかと可愛がりました、我を失っていたのかもしれません。
ですがすぐに、エリの気とは違う者だと気がつきました。しかしもうその頃自分は生きてるのか死んでるのか、夢か現実かわからなくなっていた。狭間でただ狂い、妻に止められても聞かずにずっと人形を可愛がり続けた……」
九条さんが考えていた仮説は当たっていたようだった。聞いていた伊藤さんが悲痛な表情で俯く。私も胸が苦しくなり拳を強く握った。
大事な家族を亡くす悲しみは大きい。私の場合母を亡くしたが、きっと子供を失うとはまた違った痛みがあるんだろうと思う。それも交通事故という、相手の損失のせいで突然死んでしまった。直後は正常な判断ができなくなるのも仕方ないことかもしれないと思う。
彼がやったことは恐ろしく許されることではないけれど……もしかして、自分にそんな不思議な力があれば、世の親たちなら実行する人も多いんだろうか。
奥さんが住職に抱きつくような形で泣き喚く。二人の声がシンクロし静かな白い病室に吸い込まれていくように聞こえた。
しばらくして、九条さんが静かに口を開く。
「愛する者を失う悲しみははかり知れません、が、あなたがやったことは紛れもなく人として霊と向き合う者として最低です。
この子を眠らせてくれませんか」
その言葉を聞いて、住職さんが強く前を向いた。涙と鼻水で濡れた顔を病衣の袖で乱暴に拭き取ると、自分にしがみついていた奥さんに問う。
「数珠はあるか」
奥さんははっとした顔を持ち上げる。大きく頷くと、近くにある小さな棚を漁った。いくらか物音がしたあとそこから立派な数珠が取り出される。住職に手渡すと、彼は細い手でしっかりそれを受け取った。
「これを外してくれ」
トントンと自分の腹部を叩く。体幹ベルトのことだった。これも奥さんが床頭台の上に乗っていた何やら鍵らしきものを手に取り、ベルトを操作した。
体が解放された住職はその足をそっと地面におろす。爪が伸びた素足だった。立ち上がると同時に大きくふらついたののを奥さんが慌てて支える。九条さんもそれに手を貸すと、私に向かっていった。
「光さんは離れていてください。あなたにも何か害があるかもしれません」
「は、はい」
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。