視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

そして消える

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 住職の声が止まった。

 唇がワナワナと震える。目元に涙が溜まり瞳が潤んだ。数珠がわずかに揺れ、手が少しだけ下がったように見える。

 彼の顔が一瞬、父親になった気がした。大事な大事な一人娘をある日突然理不尽に奪われ、この世の絶望を味わった一人の父親。きっと人生の中で一番大きな悲しみだったんだろう。

 九条さんが何かを言いかけようとしたとき、住職の凜とした声が響いた。

「私はお前の父ではない」

 そうキッパリ言い捨てると、再び彼は唱え始めた。

 人形はまたしても震え始める。まるでそこだけ地震が起きているようだ。先ほどよりも大きい動きで、私にはそれが苦しんでいる様子に見えた。助けを求めたのに助けてくれない、そんな怒りもひしひしと感じた。

 すると次の瞬間、人形が動いた。

 ぎぎぎ、と不自然な動きで首だけがゆっくり方向を変えていく。それは私のいる方へ回転していた。ついひっと自分の喉から声を漏らす。伊藤さんから預かったお守りを両手でぎゅっと握り締めた。

 横顔しか見えなかった人形の正面顔が見えてくる。それはずっと見てきたあの顔とはまるで違うものと変貌していた。

 人形は怒っていた。普段なら優しく持ち上げられた口角は下がり、目が吊り上がっていた。その眼光は睨みつけるように強く私を見ている。作りものとは到底思えないギラギラした目の光で、あまりに恐ろしかった。心臓が冷えるような、そんな恐怖感に包まれ全身が震えた。

 九条さんと伊藤さんの背中にも力が入るのを感じる。それでも人形は私を見ている。私に訴えかけている。


「オネ……ちゃ……」


 幼い声はひどくしゃがれ聞き取りにくい。苦しそうで痛そうな声だった。


「わた……の……かぞ、く……」


 必死に首を振った。それで精一杯だった。

 私はあなたの家族じゃないの。違うの。きっと家族が欲しいと思う気持ちとシンクロして懐かれてしまった。でもあなたとは家族になれない、あなたにはあなたの居場所がある。

 必死にその視線から逃れるために顔を背けるが、それでも気になって横目で見てしまう。遠目にもわかるあの人形の歪んだ顔に震えると、次に彼女の赤い着物がゆっくりと靡いた。こちらに向かって足を踏み出している、そういうように。

「動くな!」

 住職の厳しい声が飛び、ピタリとその動きは止んだ。

 人形は私を睨みながらも動くことなくカタカタと揺れ続けた。今だと言わんばかりにお経がさらに大きさを増した。少女の苦しそうな唸り声が少しずつ小さくなっていく。

 そして。

 突然、人形がパタリと前に倒れ、そのままパイプ椅子から転げ落ちたのだ。高く軽い音が耳に届く。住職の声も止まり、彼もほぼ同時にその場に地面に突っ伏した。

「あなた!」

 倒れ込んだ住職に奥さんが駆け寄る。九条さんはまず床に落ちた人形に近づき手に取った。黒髪のそれをじっと見つめた後、一つ頷く。

 奥さんに支えられ体を起こした住職は、再びげっそりとした顔立ちで小さな声を出した。

「とりあえず今の私には……そこから追い出し元の姿に戻すことしかできん」

「いいえ。十分かと。これでもうただの害の無い霊に戻ったでしょうから」

 そういうと九条さんがキョロキョロと辺りを見渡した。私もそれに釣られてなんとなく部屋を見てみる。すると、部屋の隅に座り込んでいる小さな影を見つけた。

(……あ)

 窓のすぐ下だった。くたびれた緑色ソファがある。そこに隠れるようにして、少女が顔を俯かせて膝を抱えている。

 除霊と浄霊は違う。除霊は人や物に憑いた霊を追い払うことで、その霊自体が消えるわけではない。時には祓ったあともまた戻ってくることもあると言う。この子は住職によって人形から出されたが、まだその存在はこうしてあるのだ。

 今回、この子は住職に呼ばれ人形に宿された。そして力を与えられた。ある意味被害者でもあると思う。本来ならこんな小さくて弱々しい霊だった。

 九条さんが私の方をちらりと見たので頷いた。多分夢の中で見たあの女の子だ。人形から追い出され、多分今どうしていいかわからなくなっている。

 九条さんがそっとそっちに近づきしゃがみ込んだ。ゆっくり少女が顔を上げる。それは何度か見たあの禍々しい表情ではなく、可愛らしい子供の顔だった。

 ふっくら膨らんだ頬に一重の目。夢の中で必死に私の頭痛薬を探していた可愛らしい女の子。どこにでもいる子供で、不安げに九条さんを見上げていた。

「今回は大人が悪かったです。元々あなたに罪はありませんでした」

 そう丁寧に話しかけた九条さんはそっと頭を下げた。少女は何も言わずそれをじっと見ている。

「何か言いたいことはありますか」

 九条さんの問いかけに少女は答えているのだろうか。私には聞こえないけれど、何度か九条さんが頷いているのを見て話してくれているんだ、とわかる。九条さんはしばらくしたあと穏やかな声色で言った。

「生きている人間と家族として暮らすことはできないのです。残念ながらそれは変えられません。
 この世ではなくあなたの行く世界で家族を見つけてください。あなたのお父さんやお母さん、すぐには難しいかもしれませんが待っていれば必ず会えますよ。家族だけではなく友達もできるかも」

 少女はじっと九条さんを見つめている。そのまっすぐな視線がなんだかとても悲しくて、つい泣いてしまいそうになった。

 住職の犯した罪の深さを再認識する。本当はこんな可愛くて害の無い子だったのに。力を与えすぎるとああして姿も変えてしまう。

 きっと善悪もわからない状態でただ一人が寂しくて家族を求めた。そうさせたのは大人だった。

「ここにとどまるより、ずっと居心地のいい世界があります」

 九条さんが諭すと、その子は小さく頷いた。そしてそのまますうっと音もなく存在を消していったのだ。



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