259 / 450
家族の一員
そして消える
しおりを挟む住職の声が止まった。
唇がワナワナと震える。目元に涙が溜まり瞳が潤んだ。数珠がわずかに揺れ、手が少しだけ下がったように見える。
彼の顔が一瞬、父親になった気がした。大事な大事な一人娘をある日突然理不尽に奪われ、この世の絶望を味わった一人の父親。きっと人生の中で一番大きな悲しみだったんだろう。
九条さんが何かを言いかけようとしたとき、住職の凜とした声が響いた。
「私はお前の父ではない」
そうキッパリ言い捨てると、再び彼は唱え始めた。
人形はまたしても震え始める。まるでそこだけ地震が起きているようだ。先ほどよりも大きい動きで、私にはそれが苦しんでいる様子に見えた。助けを求めたのに助けてくれない、そんな怒りもひしひしと感じた。
すると次の瞬間、人形が動いた。
ぎぎぎ、と不自然な動きで首だけがゆっくり方向を変えていく。それは私のいる方へ回転していた。ついひっと自分の喉から声を漏らす。伊藤さんから預かったお守りを両手でぎゅっと握り締めた。
横顔しか見えなかった人形の正面顔が見えてくる。それはずっと見てきたあの顔とはまるで違うものと変貌していた。
人形は怒っていた。普段なら優しく持ち上げられた口角は下がり、目が吊り上がっていた。その眼光は睨みつけるように強く私を見ている。作りものとは到底思えないギラギラした目の光で、あまりに恐ろしかった。心臓が冷えるような、そんな恐怖感に包まれ全身が震えた。
九条さんと伊藤さんの背中にも力が入るのを感じる。それでも人形は私を見ている。私に訴えかけている。
「オネ……ちゃ……」
幼い声はひどくしゃがれ聞き取りにくい。苦しそうで痛そうな声だった。
「わた……の……かぞ、く……」
必死に首を振った。それで精一杯だった。
私はあなたの家族じゃないの。違うの。きっと家族が欲しいと思う気持ちとシンクロして懐かれてしまった。でもあなたとは家族になれない、あなたにはあなたの居場所がある。
必死にその視線から逃れるために顔を背けるが、それでも気になって横目で見てしまう。遠目にもわかるあの人形の歪んだ顔に震えると、次に彼女の赤い着物がゆっくりと靡いた。こちらに向かって足を踏み出している、そういうように。
「動くな!」
住職の厳しい声が飛び、ピタリとその動きは止んだ。
人形は私を睨みながらも動くことなくカタカタと揺れ続けた。今だと言わんばかりにお経がさらに大きさを増した。少女の苦しそうな唸り声が少しずつ小さくなっていく。
そして。
突然、人形がパタリと前に倒れ、そのままパイプ椅子から転げ落ちたのだ。高く軽い音が耳に届く。住職の声も止まり、彼もほぼ同時にその場に地面に突っ伏した。
「あなた!」
倒れ込んだ住職に奥さんが駆け寄る。九条さんはまず床に落ちた人形に近づき手に取った。黒髪のそれをじっと見つめた後、一つ頷く。
奥さんに支えられ体を起こした住職は、再びげっそりとした顔立ちで小さな声を出した。
「とりあえず今の私には……そこから追い出し元の姿に戻すことしかできん」
「いいえ。十分かと。これでもうただの害の無い霊に戻ったでしょうから」
そういうと九条さんがキョロキョロと辺りを見渡した。私もそれに釣られてなんとなく部屋を見てみる。すると、部屋の隅に座り込んでいる小さな影を見つけた。
(……あ)
窓のすぐ下だった。くたびれた緑色ソファがある。そこに隠れるようにして、少女が顔を俯かせて膝を抱えている。
除霊と浄霊は違う。除霊は人や物に憑いた霊を追い払うことで、その霊自体が消えるわけではない。時には祓ったあともまた戻ってくることもあると言う。この子は住職によって人形から出されたが、まだその存在はこうしてあるのだ。
今回、この子は住職に呼ばれ人形に宿された。そして力を与えられた。ある意味被害者でもあると思う。本来ならこんな小さくて弱々しい霊だった。
九条さんが私の方をちらりと見たので頷いた。多分夢の中で見たあの女の子だ。人形から追い出され、多分今どうしていいかわからなくなっている。
九条さんがそっとそっちに近づきしゃがみ込んだ。ゆっくり少女が顔を上げる。それは何度か見たあの禍々しい表情ではなく、可愛らしい子供の顔だった。
ふっくら膨らんだ頬に一重の目。夢の中で必死に私の頭痛薬を探していた可愛らしい女の子。どこにでもいる子供で、不安げに九条さんを見上げていた。
「今回は大人が悪かったです。元々あなたに罪はありませんでした」
そう丁寧に話しかけた九条さんはそっと頭を下げた。少女は何も言わずそれをじっと見ている。
「何か言いたいことはありますか」
九条さんの問いかけに少女は答えているのだろうか。私には聞こえないけれど、何度か九条さんが頷いているのを見て話してくれているんだ、とわかる。九条さんはしばらくしたあと穏やかな声色で言った。
「生きている人間と家族として暮らすことはできないのです。残念ながらそれは変えられません。
この世ではなくあなたの行く世界で家族を見つけてください。あなたのお父さんやお母さん、すぐには難しいかもしれませんが待っていれば必ず会えますよ。家族だけではなく友達もできるかも」
少女はじっと九条さんを見つめている。そのまっすぐな視線がなんだかとても悲しくて、つい泣いてしまいそうになった。
住職の犯した罪の深さを再認識する。本当はこんな可愛くて害の無い子だったのに。力を与えすぎるとああして姿も変えてしまう。
きっと善悪もわからない状態でただ一人が寂しくて家族を求めた。そうさせたのは大人だった。
「ここにとどまるより、ずっと居心地のいい世界があります」
九条さんが諭すと、その子は小さく頷いた。そしてそのまますうっと音もなく存在を消していったのだ。
61
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。