視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
265 / 450
待ち合わせ

乗り越えた過去のこと

しおりを挟む
 箪笥の奥底に仕舞い込んだ古い記憶が、強引に引き摺り出されたような感覚に陥る。血の気が引くように頭が真っ白になった。外気の寒さによるものではなく、自分の心が凍ったかのように寒気が襲う。

 蘇る。もうほとんど忘れていたあの感覚が、蘇って私の身を支配する。

 呆然としている私の隣で、九条さんがポケットから手を出す。頭を掻きながら、背の高い彼は聡美を見下ろした。彼女は少しそれに見とれるように表情を固める。

「知っていますが」

「え」

「私も光さんと同じく視える体質なので。視えないあなたからすれば信じられない世界かもしれませんが、心配は無用です。この人は嘘をつきませんし人を陥れようとすることもない信頼できる人間ですから」

 抑揚のない中で、どこか怒りを感じる声色で九条さんはそう言った。私はただ驚きで九条さんを見ることしかできず、彼の横顔を見つめた。

 聡美は笑顔を無くして黙り込んだ。じっと私たちを見つめている。

 そんな彼女に九条さんは淡々と言った。

「そういったことで仕事もしているので、何かあればご相談をどうぞ。まああなたには関係ない世界かもしれませんね。もう用がないのならよろしいですか」

 聡美は何か言いたそうにしていたが、九条さんは無視して踵を返しスタスタと歩き出した。私は迷った挙句、聡美に一言だけ言葉を残して九条さんの後を追った。

「ごめんね、私は元気にやってるから。……信也にもよろしく」

 黒いコートを追いかけて彼の隣に並ぶ。一度だけ後ろを振り返ると、聡美がじっとこちらを睨むようにして見ていた。他にも言いたいことがあった気がするが、何も言葉は出てこなかった。

 九条さんの持つつみれ入りの袋がカサカサと音を立てる。彼は小声でいった。

「すみません」

「え?」

「咄嗟に嘘をついて」

 彼の言葉に私は首を振った。彼がどうしてあんなふうにしてくれたのか分かっている。私は微笑んでお礼を言った。

「いいえ。私を思ってそう言ってくれたこと、わかってます。ありがとうございます」

 初めて彼に過去を話した時、分かりにくいけれど九条さんは一緒に怒ってくれていた。『傷心の相手に嫌味なメールを送るつけるなんて』と棘のある言葉を出して。

 だからきっと、私の立場を心配して、少しでも今私が幸せに暮らしているとアピールしてくれたんだろう。
 
 正直、九条さんがそんなふうに気を遣ってくれたのは意外すぎた。この人基本鈍いというのに。

 そう思うと、さっきまで冷えていた心は温かさを取り戻した。こんな優しい嘘を九条さんから聞くとは思っていなかったから。

「大丈夫ですか」

 心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は頷いてみせる。

「はい。まさかこんなところで再会するなんて、最初はびっくりしてあの頃の事思い出しちゃいましたけど。でもすぐに落ち着きました。私にとっては過去のことです、今は新しい生活もあるし、九条さんや伊藤さんと働けて楽しいですから」

 私がそう言うと、九条さんはほっとしたように少しだけ笑った。強くなりましたね、と言っているように見えた。

 私はもう振り返ることなく伊藤さんのアパートを目指した。ここずっと会うことのなかった妹と、これからまた再会することになるなんて夢にも思わないまま。





「え……妹さんって、あの?」

 伊藤さんはお玉を持ったまま固まって目を見開いた。私は小声で返事をする。

 三人で使うには少し狭めのローテーブルに座り込み、伊藤さんが作ってくれたちゃんこ鍋を食べ始めたところだった。彼が作ってくれたそれは具材も多く入っており、火の通り具合も完璧な美味しいお鍋になっていた。部屋中に充満するいい匂いを肺一杯に吸い込みながら、私は先ほどあった出来事を伊藤さんにも話していた。

 伊藤さんも私が事務所で働き出すきっかけだった一連の出来事は全て知っている。以前お酒の力も借りて話したことがあるのだ。彼は目を真っ赤にして泣きそうになりながら話を聞いてくれたものだ。

 伊藤さんは固まったまま私に問う。

「な、なんか言われた? あれ以降連絡も取ってないんでしょ?」

「はい、携帯も一度破棄して番号も変えましたし、聡美の連絡先はわからなくなってたから。まさかこんなところで再会するなんて夢にも思わず」

 なんか言われたのか、という質問に答えづらかった私はそう返事をしたのだが、一人で鍋を食べ始めた九条さんが代わりに答えるように言った。

「私を交際相手と勘違いしているようだったのでそのように話を合わせたんですが、嫌味っぽく『霊が視えると言う痛い姉だけど大丈夫か』みたいなこと言ってましたね」

 その言葉を聞いた伊藤さんは口を固く閉じて表情を険しくさせた。すうっと目を細め、眉間に皺を寄せて苛立ったように声を低くさせる。

「へえ……素晴らしい喧嘩の売り方ですね」

「(ブラック伊藤さんだ!)
 あ、あの。でも九条さんが上手くフォローしてくれたから大丈夫です。すぐにその場から去りましたし、もう会うことはないと思うので。元気そうで安心しました」

 笑ってそう答えると、伊藤さんは複雑そうな顔をした。お玉でお鍋の出汁を掬いながら口を尖らせる。

「そりゃずっと一緒に暮らしてないとはいえさ、どうも敵意があるっていうか」

「しょうがないです。私のせいで両親は離婚することになりましたし。そもそも霊が視えるなんて、素直に信じてくれる伊藤さんが珍しいんですよ。普通は信じられないですもん」

「そう? まあ信じ難いっていう気持ちもわかる。でも家族となれば、少なくとも信じようとするんじゃないかなって思うんだけどな」

 そうサラリと言える伊藤さんはやっぱりすごい人だなと思える。彼も引き寄せやすい体質だから色々大変だったというのもあるだろうが、それでも自分はみえないのに私と九条さんを当然のように信じてくれるから。

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。