視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
301 / 450
待ち合わせ

怒り

しおりを挟む
 突然周りの気温が下がった。元々寒かったその場所が、ぐんぐん寒さを増していく。余裕で氷点下にまで達しているだろうと思うその空間に、自分の吐いた真っ白な息が昇っていった。

「飛鳥さん」

 九条さんが優しく名前を呼んだ。私はじっと目を凝らして辺りを見回す。

「飛鳥さん、少しお話し出来ませんか」

 間違いなく近くにいる、と感じる。この寒さは異常だ、彼女が死んだ時もこんな風に感じていたんだろうか。

 姿は見えないものの、九条さんはそのまま話し出した。とにかく話してみないと始まらないと思ったんだろう。

「すみませんでした、あなたが飛鳥さんだとようやく分かりました。私たちは違う子と勘違いしていたのです。あなたは篠田飛鳥さんですね」

 エコーがかかったような不思議な声。九条さんが言い終わって少しした頃、階段の中央あたりに人影が生まれた。その人は、黒いモヤを守っていた。

 膝を抱えて座る飛鳥ちゃんだった。彼女は相変わらず目の周りを黒く、そして鼻血をつけたまま、子供とは思えない冷たい目でこちらをみていた。今までと随分違う、怒りを感じる視線に、私は体を強ばらせた。

 九条さんが小声で尋ねる。

「何やら様子が違いますね」

「怒ってる? みたい……黒いもやみたいなのを体に纏ってます……!」

「怒っている」

「私が怒らせたのかも」

「どうでしょう。あなただけではなく、散々違う名前で呼んで母親に会えと言ってきた私たちみんなに怒っているかも」

 飛鳥ちゃんは何も言わずじっと私たちを見ていた。ウネウネと生き物のように動く黒いモヤたちは、何か邪悪なものを感じる。ずっと大人しくしていた飛鳥ちゃんを刺激しすぎて、悪いものへ変わりつつあるんだろうか。私のせいで、生前の嫌な体験を思い出させてしまったのかも。

 九条さんはゆったりした口調でいった。

「飛鳥さん。私たちはあなたを傷つけたりしない。あなたの味方です。ここに一人でいる飛鳥さんを、もっと素敵な場所へ案内したいだけ」

 いつもよりだいぶ柔らかな言い方だが、飛鳥ちゃんの表情は固いままだった。次第にどこからかピシ、ピシっと小さな音が聞こえてくる。

 ラップ音、というやつだ。

 ちらりと周りを見ると、伊藤さんは気づいていないのか気づかないふりをしているのか、微動だにしない。聡美と信也は不思議そうに周りをみていた。ラップ音だけ聞こえているみたいだ。

 隣の九条さんが珍しく困っているように見えた。私もどうしていいか分からず九条さんと飛鳥ちゃんを交互に見るだけ。

 多分、九条さんのせいじゃない。飛鳥ちゃんが大分感情的になっている。その表情からひしひしと感じる不快なオーラが強くなってゆく一方だ。

 それでも九条さんは話しかけ続けた。

「ここで母親を待つ必要はないんです。待たなくても、あなたはもう誰かに叩かれたりすることはありません。大丈夫、安心して」

 その言葉を聞いて、飛鳥ちゃんの目がキッと釣り上がった。ついこちらがビクッと体を反応させてしまうほど。

『うそ』

 はっきりとそう聞こえた。その声は低く、子供とは思えない声だ。その威圧感に押しつぶされそうだ。

「いいえ、嘘ではないです。あなたはもう怯える必要はない、あなたは何も悪くない」

『怒られる』

「もう大丈夫です。あなたを怒る人は誰もいない」

『じゃあ、 一緒に来てよ』

 冷たい声がして、九条さんも一瞬口籠った。

 だめだ、と心の中で思う。この子、本当に心を閉ざしている。私たちの言葉より、生前受けた親からの仕打ちの方がずっと心を占めているんだ。

 こちらの戸惑いが伝わってしまったのだろうか。次の瞬間、飛鳥ちゃんは突然口を開けて叫び出した。まるでサイレンのような、高くて悲痛な叫び声だった。彼女にとって戸惑いと悲しみと怒り、全てをぶつけた声。ひどい音量につい顔を歪めた。

 それに共鳴するようにラップ音が強くなる。さまざまな方角から聞こえてくる音に危機感が増す。九条さんが強い口調で言った。

「いけない、一度撤収を」

 声は掻き消された。どこからか強い突風のようなものが現れたからだ。まるで近寄るなと言っているようだった。聡美の悲鳴が遠くから聞こえた気がする。風に煽られ、私は体のバランスを崩し倒れ込んだ。背後にあった出口の扉にもたれながら、この状況をなんとかせねばならないと必死に考える。

 飛鳥ちゃんは混乱してるんだ。何を信じていいか分からないんだろう。生前誰のことも信用できなかった彼女に、信頼されるだけの関係性が作れていない。

「飛鳥さん、どうか落ち着いてください!」

 九条さんの声は掻き消される。飛鳥ちゃんに届いてはいない。

 風音とラップ音の中に、何かが割れるような音がした。頭上からだった。見上げようとしたとき、突然自分に白い服が覆いかぶさる。

「光さん!」

 確かにそんな声が聞こえた。自分はただ驚きで体を固まらせる。同時に、何かが落下したのを感じた。さらに、すぐそばでガシャンという音が響く。

「く、九条さん!?」

 彼の白い服に埋もれながら叫び、なんとか顔を上げる。至近距離にある九条さんの顔に、赤い何かを見つけた。

 九条さんの額から血が垂れていた。




しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。