視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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憧れの人

笑顔で

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「おはようございます。九条さん、頭の怪我大丈夫ですか?」

 私が声をかけると、彼がこちらを見て目が合った。それだけで心臓がドキンと高鳴る。なんとかバレないように、自分を押さえつけた。

「ああ、すっかり忘れていました」

「え! ちょっと、血が出てたんですよ? 普通忘れますかね? 大丈夫ですか」

「まあ痛みもないので大丈夫ではないですか」

「まるで人ごとですね……まあ膿んだりしてなきゃいいですけどね」

 多分、いつも通りに話せている。必死に自分を客観的に見てそう判断した。声も震えてない、笑顔だって保ててる。きっと大丈夫。

 自然なそぶりでそこから離れた。朝の掃除をしようと裏へ布巾を取りに行く。白いカーテンの中に入り、広くない仮眠室の中で、誰にも聞こえないように息を吐いた。

 心臓はドクドク鳴ってる。やっぱり、気まずい。でも九条さんもいつも通り接してくれていた。これはもう時間が解決するのを待つしかない。こうなることを選んだのは自分だ。

(伊藤さんに言いそびれちゃったな……)

 さすがに九条さんがいる時は話しにくいので、伊藤さんと二人きりになるタイミングを見て話そう、と心に思った。




 特に依頼がないまま昼になる。

 私は普段通り、掃除をしたり伊藤さんからの指示で簡単な仕事をこなしたりして時間を過ごしていた。

 九条さんは昼寝……しているかと思いきや、今日は椅子にもたれてひたすらぼうっとテレビを眺めているようだった。

 流れているのはニュースだ。女性アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。訓練された滑舌のいい声が耳に届いてくる。

 ニュースの内容は尽きることはない。日々どこかで何かしら悲しいことは起き続けているからだ。


『死刑確定していた死刑囚が、執行前に死亡し……』

『女優の横原くるみさんが体調不良により舞台降板……』

『男性に振られたことに逆恨みした女性が、包丁で相手を待ち伏せし……』


 どきんと胸が鳴った。いやいや、私はそんなことしない。でも何ていうか男性に振られた、って、タイムリーな話題だなと思ってしまったのだ。

「なーんか暗いニュースばっかりですねえ?」

 伊藤さんが突然声を上げてさらにドキッとする。ここで男に振られた女の話題はちょっときついぞ、と心の中で思う。今どんな顔して話題に乗ればいいのか分からない。

「横原くるみって人気な女優だよねえ、忙しすぎて体壊したのかな。この前ドラマ見てたんだけどなー」

 伊藤さんが出した話題は女優の方でほっとした。私は手を止めて答える。

「私も見てました。すごく可愛かったですよね。伊藤さん好きなんですか?」

「そうだね、可愛いなって思うよ」

「へえ!」

「光ちゃんちょっと似てるよね」

「!? 言われたことないですけど!?」

 慌てて言い返す。芸能人に似てるなんて誰も言われたことない。しかも、今自分が可愛いですねって言った女優に似てるなんて言われたら、なんて答えればいいんだ。

 伊藤さんはなぜか私の反応を見て笑っている。九条さんは半分意識がないのかただテレビだけを見ていた。

「ねえ、九条さんも思いませんか? 光ちゃん似てますよね?」

 まさかの九条さんに話題を振ったので困った。どうしていいのかわからずあたふたするが、こんなことで困っている自分がおかしい。なんてことない話題じゃないか。

 テレビをぼんやり眺めながら、微動だにせず答えた。

「そうですかね……光さんは光さんにしか見えないです」

「えー? 絶対似てると思うんだけどなあ」

 伊藤さんはブツブツ小声で呟いた。それ以上の追求はしなかったので安心する。話題は自然と途切れたのだ。

 今までよくあった雑談さえ戸惑ってしまう。私が多分、意識しすぎなんだろうな。反省しなくちゃ、依頼が入ってきたら二人で行動するんだから。

「さーお昼ですね! じゃあ僕外に行ってきますね~」

 正午になり、伊藤さんの声で時計を見る。私も手を止めてもうそんな時間か、と心で呟いた。

 いつも外に買いに出たり食べに出たりする伊藤さんは、普段通り颯爽と事務所の外へと出て行ってしまった。あの明るい声がなくなり、一気に事務所に静けさが訪れる。私はカバンからお弁当を一つだけ取り出し、九条さんの元へ行った。

 彼の前にそっとそれを置く。ずっとどこかを眺めていた九条さんはようやく視線をちらりと動かし、私が置いたお弁当を見た。

「ありがとうございます」



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