視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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憧れの人

優しさ

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 深々と影山さんは頭を下げると、そのまま足早に立ち去った。私と九条さんはしばらくその後ろ姿を見送る。どこか重い空気の中、ポツリと九条さんが言う。

「光さん、何か今普段と違う様子はありますか」

「いいえ。何も変わりないです」

「そうですか。一旦事務所に帰りましょう」

 足を動かした彼について私も歩き出す。いつもより歩調は早い気がした。必死に九条さんの隣についていると、小声で言われる。

「すみません。あなたを巻き込んで」

「九条さんが謝ることは何一つないですよ。きっと大丈夫です」

「あなたは人が良すぎます」

「だって、あのままじゃ麗香さんが危なかったかもですし……役に立ててよかったです」

 しばらく沈黙が続いた。二人で車まで足を運び、ようやくそこに乗り込む。冷え切った車内にエンジンの音が響いた。九条さんがポケットからスマホを取り出す。

「まずはこの事態を伊藤さんに連絡します」

「そうですね。伊藤さんは私のそばにいない方がいいのでは? 今回狙われてるのは女性みたいですけど、伊藤さんの好かれやすさは凄いですから、あっちに行っちゃったら大変です」

 私が提案すると、九条さんが目を丸くしてこちらを見た。はて、変なことを言っただろうか?

「ここで伊藤さんの心配までするなんて、あなたどうなってるんですか」

「どうって! 伊藤さんを犠牲にしようなんて思いませんよ。それに、全く視えない伊藤さんに憑いたら危険度が増す気がします。せめて危険を察知できる私の方がいいですよ」

「…………そうですね」

 なぜか九条さんが少しだけ笑う。全然面白いことなんて言ってないと思うのだが、なぜ彼の表情が緩んだのか。

 スマホを操作すると、伊藤さんにコールした。相手はすぐに電話に出る。スピーカーにしながら、九条さんは淡々と今あった出来事を説明した。

 初めは明るく挨拶をしていた伊藤さんが、どんどん分かりやすいほどに声を低くして行った。最後はほぼ無言になり、相槌すら返してこなくなる。

 車内に九条さんの声だけが響いていた。しばらくして説明を終えた頃には、ようやく暖まってきた頃だった。

「……という、緊急事態になりました。伊藤さん、影山さんから連絡が来ると思うので、注意しててください」

『…………』

「果たしてどこから調べようか私もまだ見当がついてません。とりあえず、今から事務所に戻ります。あなたは今回は自宅待機です」

『いいえ。僕も事務所に残ります』

 キッパリと強い声が聞こえた。私は慌てて言う。

「伊藤さん! 女性ばかりが狙われてると言っても、伊藤さんの体質じゃ安心できません、近くにいない方がいいですよ!」

『ううん、僕に移ったらその時はその時だよ』

「視えない伊藤さんが憑かれるより、まだ視える私の方がマシですよ! 色々私は慣れてるし」

『もし万が一、緊急なことがあったとき、お守りを捨てたら僕の方に来るかもしれないでしょ。僕にしか出来ないことだよ』

 また彼はそんなことを! 今までも、私から霊を遠ざけるために、自分を犠牲にするような行動をしてきた。でも今回は相手が違うのだ、麗香さんすら苦戦するような、死人が出るようなものなのに。

 伊藤さんの優しさこそ、凄すぎる。

「でも伊藤さん」

『いいですよね九条さん? ダメなんて言わないですよね。これは僕の意思です』

 私はちらりと隣を見た。九条さんは困ったような顔をしていたが、どこか納得したような表情でもあった。伊藤さんがこうして言い出すのを勘付いていたのかもしれない。

「私に止める理由はありません。では、事務所に帰ります」

「九条さん……!」

『はい。僕もできることはやっておきます』

 その言葉を最後に、電話は切られてしまった。私は天を仰ぐ。伊藤さんに何もなければいいのだけれど、もし代わりに……なんてことがあれば。影山さんがなんとかしてくれるかもとはいえ、まだ除霊準備中なのだし。

「彼の優しさです。甘えてください」

「でも」

「止めることはできませんよ。ではまず帰りましょう。光さん、何か少しでも変わったことが起こったらすぐに教えてください」

「はい……」

 渋々返事をした私を見て、ようやく九条さんが車を発進させた。いつも以上に安全運転に感じた。


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