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憧れの人
自由になった人
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「えーと! ココア飲みませんか、一旦みんな落ち着きましょう!」
背後からそう声がかかり、伊藤さんがトレイを手にして現れた。甘い香りがふわっと流れてくる。この不穏な空気をなんとかしようとする彼の気遣いだった。だが、影山さんは伊藤さんに向かって、疲れを感じさせる足どりで近づいた。
「ありがとうございます、私は作業に戻らないと。鏡を完成体にしなくては……ココア、頂きますね」
力無く笑うと、トレイから一つマグカップを手にして、そのまま再び仮眠室の方へ入って行ってしまった。思えば昼食もとっていないけれど……大丈夫だろうか。
仮眠室の白いカーテンが閉められる。伊藤さんはやや声を顰めて、私と九条さんに言った。
「二人とも座ってください。光ちゃんも、ほら。君はアイスココアだけど」
「ありがとうございます」
私は九条さんの正面に腰掛ける。目の前にココアが置かれた。九条さんは怪我していないほうの手でそれを取り、早速啜り始める。
ストローが刺されたココアをとりあえず飲んでみる。甘さが脳を刺激してくれるようだった。ココアの香りが鼻から抜けていく。伊藤さんが励ますように言ってくれた。
「光ちゃんもよく頑張ってたね、見てて分かったよ」
「いえ、そんな」
「影山さんの作業ももう少しだろうし、あとちょっとの我慢だよ」
こくんと頷いた。視界に、九条さんの手に巻かれた包帯が見える。影山さんに続き、九条さんまで傷つける羽目になるとは……。
話題を逸らそうとしたのか、九条さんがマグカップを置きながら言った。
「相手のやり方は巧妙ですね。麗香や聡美さん、あなたのお母様の声色まで真似る」
「僕初めてですよ! 聞こえたの! 零感の僕が聞こえたってすごくないですか?」
「興奮するところなんですか伊藤さん」
「だってこんなこと珍しいから」
二人のやり取りに、少しだけ笑みを漏らす。まあ確かに、伊藤さんって本当にそういう能力ないみたいだったもんね。
私は俯きながら言った。
「お母さんじゃない、なんて、頭の奥ではわかってたんです。でもひどく感情を揺さぶられて……」
「日比谷があまりに強いのですよ」
「そうですね……こっちはこんなに苦しそうなのに、やつはすごく楽しそうでした」
私が思い出しながらそう言うと、九条さんが不思議そうに首を傾げた。
「いましたか?」
「ええ、二人の真後ろに。多分、私が手の布を解こうとしたから、それを止めるのに必死で九条さんは気付かなかったのかも」
「なるほど、確かに余裕はありませんでした」
さっきの顔を思い出す。あの説明し難い不快な表情に顔を歪めた。なんとか気を紛らわせたくてココアを飲む。それでも気分が晴れるわけもなく、暗い声で続けた。
「あんなに強くて、相手は面白がってるだけっていうことはショックです。思えばいつもこっちを嘲笑うようにしていたし……日比谷にとっては遊びの一環なんだって」
「彼の力はとてつもない強さです。麗香と影山さんが苦戦していることがその証明です。
珍しいパターンだと思いますよ、死んで間もないのにあれほどの力があるというのは。普通、長くこの世を彷徨って力を増していくパターンが多いですから。恐らく、これまで手にかけた四人の女性たちを自分の力にしているんでしょう」
「生前から若い女性を殺害することに快感を覚えていたやつが、死んである意味、自由になってまたその欲望を叶えている……という感じでしょうか」
「それでしょうね。死が相手に自由を与えることになったという、なんとも複雑な展開です」
私ははあと息を吐いた。
背後からそう声がかかり、伊藤さんがトレイを手にして現れた。甘い香りがふわっと流れてくる。この不穏な空気をなんとかしようとする彼の気遣いだった。だが、影山さんは伊藤さんに向かって、疲れを感じさせる足どりで近づいた。
「ありがとうございます、私は作業に戻らないと。鏡を完成体にしなくては……ココア、頂きますね」
力無く笑うと、トレイから一つマグカップを手にして、そのまま再び仮眠室の方へ入って行ってしまった。思えば昼食もとっていないけれど……大丈夫だろうか。
仮眠室の白いカーテンが閉められる。伊藤さんはやや声を顰めて、私と九条さんに言った。
「二人とも座ってください。光ちゃんも、ほら。君はアイスココアだけど」
「ありがとうございます」
私は九条さんの正面に腰掛ける。目の前にココアが置かれた。九条さんは怪我していないほうの手でそれを取り、早速啜り始める。
ストローが刺されたココアをとりあえず飲んでみる。甘さが脳を刺激してくれるようだった。ココアの香りが鼻から抜けていく。伊藤さんが励ますように言ってくれた。
「光ちゃんもよく頑張ってたね、見てて分かったよ」
「いえ、そんな」
「影山さんの作業ももう少しだろうし、あとちょっとの我慢だよ」
こくんと頷いた。視界に、九条さんの手に巻かれた包帯が見える。影山さんに続き、九条さんまで傷つける羽目になるとは……。
話題を逸らそうとしたのか、九条さんがマグカップを置きながら言った。
「相手のやり方は巧妙ですね。麗香や聡美さん、あなたのお母様の声色まで真似る」
「僕初めてですよ! 聞こえたの! 零感の僕が聞こえたってすごくないですか?」
「興奮するところなんですか伊藤さん」
「だってこんなこと珍しいから」
二人のやり取りに、少しだけ笑みを漏らす。まあ確かに、伊藤さんって本当にそういう能力ないみたいだったもんね。
私は俯きながら言った。
「お母さんじゃない、なんて、頭の奥ではわかってたんです。でもひどく感情を揺さぶられて……」
「日比谷があまりに強いのですよ」
「そうですね……こっちはこんなに苦しそうなのに、やつはすごく楽しそうでした」
私が思い出しながらそう言うと、九条さんが不思議そうに首を傾げた。
「いましたか?」
「ええ、二人の真後ろに。多分、私が手の布を解こうとしたから、それを止めるのに必死で九条さんは気付かなかったのかも」
「なるほど、確かに余裕はありませんでした」
さっきの顔を思い出す。あの説明し難い不快な表情に顔を歪めた。なんとか気を紛らわせたくてココアを飲む。それでも気分が晴れるわけもなく、暗い声で続けた。
「あんなに強くて、相手は面白がってるだけっていうことはショックです。思えばいつもこっちを嘲笑うようにしていたし……日比谷にとっては遊びの一環なんだって」
「彼の力はとてつもない強さです。麗香と影山さんが苦戦していることがその証明です。
珍しいパターンだと思いますよ、死んで間もないのにあれほどの力があるというのは。普通、長くこの世を彷徨って力を増していくパターンが多いですから。恐らく、これまで手にかけた四人の女性たちを自分の力にしているんでしょう」
「生前から若い女性を殺害することに快感を覚えていたやつが、死んである意味、自由になってまたその欲望を叶えている……という感じでしょうか」
「それでしょうね。死が相手に自由を与えることになったという、なんとも複雑な展開です」
私ははあと息を吐いた。
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