視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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憧れの人

無自覚

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 無自覚。無自覚のまま、彼はもう一人彼を作り出していた。

 影山さんという力が強い人だからこそ、できたことなのかもしれない。そういった現象は時折耳にしたことがある。知らない場所で自分が目撃される、誰かに執拗にまとわりつく。当の本人はまるで知らないうちに作り出される。

 ただ今回、特殊だったのは、日比谷になりたいという強い思いから、影山さんの姿ではなく、日比谷となって彷徨ってしまったことだ。

 そのため影山さん自身も気づくことなく、戦ってきた。相手が自分の幽体だとも知らずに。もしかして、どんどんやつれていったのは、奥さんの死だけではなくそれが原因なのかもしれない。

 だから麗香さんも敵わなかった、お守りも効かなかったし、影山さんの弱点も知っていた。

 このまま除霊しても、成功はしないだろう。本当の顔は日比谷ではないのだから。それをわかった上で、相手は私たちを導いたのだ。間違った答えに。

 九条さんはどこか悲しい目の色をさせて言う。

「向こうの本当の顔は、日比谷ではなくあなたなんです。日比谷の外見を借りているだけ。
 あなたが自覚しない限り、除霊は成功しないでしょう。相手はあなたと同じほどの強い力を持っているんですからね」

 影山さんが力無くその場にへたり込んだ。頭を抱えたまま呆然と呟く。

「日比谷が病死したというニュースをみた後……頭が真っ白になりました。妻も亡くし抜け殻のようになっていた私には、強すぎる衝撃だった。
 その後、声が聞こえました。『なりたいものになれ、お前ならできる』と何度も私に囁いた。自分の中の狂気が恐ろしかった。
 でもそんな声も、少ししたら聞こえなくなっていた。私は乗り越えたと思っていたんです、私は……」

 そこまで言った影山さんは、うっと口を手で押さえる。目から涙を溢れ返し、それが床に落ちていく。

「無自覚でそんな恐ろしいことを……? まさか、そんな。なりたいと思っていた、確かに憧れていた。でも、今まで必死にその思いに勝ってきたのに……!」

 そう絶望する彼を、私は軽蔑することはできなかった。

 ゆっくりと目を閉じる。

『人間は人には言えない恐ろしい面を隠し持っていることもある』

 以前影山さんが私に言った言葉だ。今ならよくわかる。彼は自分自身が恐ろしかったのだろう。普通の人間なら持ち合わせていない黒い感情。欠陥品、と自分を呼んでいたことが悲しい。

 でも愛する人との出会いで彼は変われた。それは素晴らしいことで、本当なら彼はそのまま人生を全うしていけたんだろう。奥さんさえ、こんなに早く失わなければ。

 ゆっくりと足を踏み出した。隣にいた伊藤さんが驚いて止めようとしたのを、私は払う。

 影山さんの正面に立ち、そっとしゃがみ込んだ。

「私は……影山さんが葛藤していたんだな、って、分かります」

 彼が顔を上げた。絶望色の目は、潤んで充血している。そんな顔が苦しそうで、こちらまで辛い。

「だって、あなたの意思が弱かったら、その肉体ごと動いていたはずだと思うんです。理性を働かせたからこそ、影山さん自身は動かなかった。
 麗香さんを救いたいと思っていた影山さん、私のために自分の腕を傷つけてくれた影山さん、奥さんの話をする影山さん、それは私がこの目で見てきた、あなたの姿です。
 人とは違う力を持つことで、こんな苦しむことになるなんて……悲しい」

 彼が普通の人間だったら、こんなことにはなってないだろう。

 特殊な力を持っていたからこそ生み出してしまったもう一人の自分。

 ただ……犯した罪が、あまりにも重い。

 綺麗事では片付けられないほど、事件は進んでしまった。

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