視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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憧れの人

囁き

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 影山さんは咽び泣く。こんなに真っ直ぐなのに、日比谷に惹かれていたのが不思議でならない。

 いや、それが人間か。白いだけではない、黒い部分を持ち合わせる。

 誰しも時々、自分自身に驚くことがある。特に、自分に余裕がない時、人は黒い部分に呑まれそうになる。

 それに打ち勝っていくのが人生だ。影山さんは、打ち勝ったと思い込んでいたのに……。

 しばらく彼の泣く様子を待っていた。九条さんたちも、何も言わずに見守っている。突きつけられた真実を受け入れる時間が必要なのだ。

 これで自覚してくれたなら、あの日比谷の姿をした彼は……

 そう考えていた時、空気が一瞬で変わる。言い表せられないドロドロした空気だ。はっとした時には遅かった。

 私は床に仰向けにひっくり返された。白い天井と照明が目に入り、後頭部に痛みを覚える。声を出すよりも前に、視界に影山さんの顔が見えた。私に馬乗りになっている。

 そして、自分の首に、彼の手が巻かれていた。

「光ちゃん!」

 そう叫び走り寄ろうとした伊藤さんに、私は大声を上げた。

「待ってください!」

 ピタリと、彼らが止まる。自分を見下ろす影山さんの顔をしっかり見つめ返しながら、私は冷静に考えていた。

 大丈夫、声が出る。まだ締めてない、彼の手に力は入っていない。

 優しい力で締められる喉に、熱を感じた。手首にはめてある数珠が首に触れている。

 影山さんは涙で頬を濡らしたまま、呆然としたような顔をしていた。多分、自分が何をしているのか理解できていないのだ。混乱し、現実に追いついていない。

 これは影山さんの意思ではない。

 自分でも感心するほど冷静にそう思えた。そりゃ首から感じる熱には、恐怖はある。ないわけがない。

 それでも今、力づくで引き剥がすのは違うと思った。 

 抵抗もせず、ただ影山さんの視線をまっすぐ見つめ返す。

 そんな彼の顔の横から、ゆっくりと誰かの顔が姿を現してくる。徐々に徐々に、その顔が見えてくる。

 白い肌にパーマのかかった髪。異様に上がった口角、それは日比谷の顔だ。ニタニタ笑いながら、影山さんの隣から私を見下ろしている。この状況が面白くて仕方ない、という顔だ。悪意に満ちた恐ろしい顔にゾッと心臓が冷える。

 影山さん本人は、それに気がついていない。

(……負けない)

 今、大事なのは、影山さんの抵抗だ。全てを知った上での、抵抗。

「……私は、信じてます。あなたは欠陥品なんかじゃない」

 まだ声は出た。先ほどより、少し絞められる力が強くなっている。でも、大丈夫。

「誰かを心の奥から愛せるあなたが、欠陥品とは思えません。あんなに麗香さんを、私を守ろうとしてくれたあなたが、黒い感情に負けるなんて思えません」

 負けないでほしい。私は祈る。

 あなた自身の力で乗り越えなくてはならない。打ち勝ってほしい。

 影山さんの手が震えていることに気づく。彼は目から滝のように涙を溢れさせ、歯を強く食いしばっていた。必死に戦っている様子がわかる。

 そんな彼の横で、日比谷の顔がじいっと影山さんを見ていた。

 もう笑顔が消えている。本気で絞めない影山さんに苛立つように、目玉がこぼれそうなほど目を開き、至近距離から見つめている。

 その形のいい唇が、小さく動いていた。



『締めろ締めろ締めろ締めろ締めろ締めろ締めろ締めろ締めろ……』


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