382 / 450
憧れの人
顔の下
しおりを挟むしゃがれた声に耳を塞ぎたくなる。
その声につられるように、首の圧迫感が強くなった。ぐ、っと息が詰まる。
「ま、けないで……あな、たは、日比谷じゃ、ない……」
なんとか声を発する。伊藤さんと九条さんが、私の名を呼ぶ。
苦しくなってきても、私は影山さんから視線を逸らさない。逸らしてはダメだと思っていた。
私は彼から見た『現実』だから。あなたは今、現実に人を殺めようとしているんだと、見せつけなければならない。
すると、ずっと見ていた光景に変化を覚えた。
日比谷の額の皮が捲れている。それはゆっくりゆっくりと動き、彼の顔から徐々に剥がれていく。落ちていく皮膚のその下に、もう一つの顔が見えた。日比谷とはまるで違う顔だった。
白く若い肌は、ややたるみのある肌に。大きくぱっちりした目は、スッキリした奥二重の目に。パーマをかけた長めの髪は、短い黒髪に。
徐々に変わっていくその顔は、やはり、影山さんだった。
影山さんが、影山さんに、締めろと囁き続けている。
それは私が知っている彼の顔ではなかった。
同じ人間でこうも違うのか、と驚愕する。いつも穏やかで優しいおじさん、という感じだった影山さんとはまるで違い、狂気に満ちた目をしている。どこか冷たく、憎悪すら感じられた。
これが、人間の中に潜む黒い部分か。
一層力が加わり、気道が押しつぶされる。苦しさに顔を歪めると、九条さんの焦った声がした。
「自分をしっかり持って! 奥様が、麗香が今のあなたを見てどう思うと思いますか! 押しつぶされないほどの輝く時間をあなたは知っているはず!」
影山さんの涙が、ぽたりと垂れる。私は抵抗せず、彼の全てに賭ける。
負けてはダメだ、ここで勝たないと、きっと悲劇は繰り返す。
どうか思い出してほしい、あなたには大切なものがあったはず。
それは決して色褪せることはない、大事な時間。人身全霊愛した人の存在は、相手を失っても無にはならないのだから。
目の前がぼんやり霞んできたとき、影山さんが何かを叫んだ。もはや音を拾う余裕すらなかった私には、なんて言ったのか聞き取れなかった。
だが同時に、彼は私の首から手を離した。そして、手首にかかっていた数珠を握りしめ、思い切り振り返る。黒いもう一人の自分を殴りつけるように、数珠を持った手を強く祓った。苦しそうに息を乱している彼影山さんは、目の前の自分を睨みつけていた。
黒い男は驚いたように目を丸くする。そのまま抵抗することなく、ただ停止した。
すると、皮膚にピシピシとヒビが入る。ガラスが割れる前兆のようだった。それはどんどん広がり大きくなる。
そして剥がれゆくように、パラパラと舞いながら彼が粉々になっていく。落ちていく破片は、落下することなくそのまま消失した。
ほんの数秒、数十秒。男はそのまま見えなくなってしまったのだ。
「……光ちゃん!」
未だ寝そべっている私に伊藤さんと九条さんが駆け寄る。同時に、影山さんが力無くその場に倒れ込んだ。どさりと音がしたそちらへ視線をやると、真っ青な顔をした影山さんが、床に顔を乗せたままつぶやいた。
「申し訳……ありませんでした」
私は伊藤さんの力を借りて起き上がる。大丈夫、そんなに長い時間締められていたわけでもないので、意識もしっかりしている。
私は上半身を起こしたあと、呼吸を整えながら隣で倒れ込んでいる影山さんに囁いた。
「勝てましたね……自分に」
63
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。