視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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九条尚久と憑かれやすい青年

ドライブ

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 九条に言われて事務所を出る。扉を閉めたと思うと、そのまま九条が歩き出したので、伊藤は慌てて言った。

「鍵とかいいんですか!? 他に誰もいないんでしょう」

「現金なんてないですし」

「でも泥棒に入られたら困るでしょう!」

「取る物ありませんよ」

 なんという危機感の薄さ! 伊藤からすれば、鍵をかけずに出かけるだなんて信じられなかった。だがここで自分が強く言い下がるのもどうかと思ったので、仕方なくモヤモヤしたまま後を追う。

 エレベーターで下りると駐車場にたどり着いた。そこで九条の黒い車に乗り込む。結構いい車だったので、儲かってるのかな、などと伊藤は余計なことを考えながら、住所を聞かれたので答える。

 それをナビに入れ、ゆっくりと発進した。

 街中を車が走って行く。少しの間、沈黙が流れた。先ほど初めて会ったばかりの人間と車に二人きり、しかも無表情で感情が読めない相手となれば、普通の人間は話しかけるのもためらうだろうが、生憎伊藤はコミュニケーションお化けと呼ばれるタイプだった。気にせず九条に話しかける。

「九条さんって、生まれたときからお化け視えるんですか?」

「お化け……ええ、まあそうですね。こういった能力は先天的なものが多いです」

「へー。シルエットに見えるって言ってましたね!」

「大概は。ですが強い相手だとハッキリ見えたりしますよ」

 伊藤は心の中で面白い、と呟いた。自分はからっきし見えないし、見える人間にも会ったことがなかったので、こういう話を聞くのは新鮮だ。

「途中でそういう能力が開花することってありますか? ほら、僕好かれやすいなら、霊に近づかれまくってある日突然見えるようになったり……」

「ないこともありませんが、可能性としてはかなり低いです。少なくとも、私は今まで大人になってから見えるようになった人間と出会ったことはありません。もしいたら、同情します。子供の頃から見えているから慣れているだけで、大人になってから突然得体のしれない物を認識できるようになれば、まず脳の病気や精神的な問題を疑われるだけですし、適応するのが大変かと思います」

 確かに、と伊藤は納得する。ある日突然幽霊が見えるようになったとしても、自分だったら病院へ駈け込んで検査をしてもらうのが一番かもしれない。それに病院で原因が分からないと言われたとして、この年でその能力を受け入れるのは容易いことではない。

「あ、見るとやっぱり疲れるとかあるんですか? ネットに『開いてることの方が少ない事務所』って書いてありました。お休みが多いんでしょうか」

「ああ、一人しかいないので依頼が入ると留守にしてしまいますからね。ですがそれより、鍵を閉めっぱなしにしてしまうことが原因かもしれません」

 伊藤は隣を見た。素晴らしいバランスの横顔がそこにある。彼は涼しい顔をしていう。

「事務所に入った時、無意識に鍵を閉めてしまうことがありまして。それに気づかず夜になっていた、ということが結構あります」

 ずっこけるのを必死に堪えた。どう反応していいのか、伊藤には分からない。

 なぜ留守にするときは鍵を掛けないくせに、自分が中にいるときに鍵をするんだ? 普通逆じゃないか。そりゃ事務所が閉まってると思って依頼者は帰ってしまうだろう。あの寝起きの悪さじゃノックしても起きないだろうし。

 この人、今までどれぐらい損してきたんだろう……。伊藤は信じられない気持ちで横顔を見つめている。

「な、なるほど……誰か人を雇った方がいいんじゃないですか?」

「それは思ってるんですがね。まず、一般的な求人広告に載せられないじゃないですか。心霊調査事務所、だなんて。雇いたくても雇えないのが現状です」

「雇う余裕はあるんです?」

「一人ぐらいなら。依頼の数にもよりますけど」

 鍵を掛けっぱなしにして相談者を追い返している分、依頼が減っているのでは? ちゃんと体制を整えれば、あの事務所はもっと繁盛するんだろうなと伊藤は思う。口コミはいいし、視る能力も間違いではないとすでに分かっているからだ。

 だが確かに、人を雇うとなれば大変だろう。心霊調査事務所、だなんて怪しげなところだし、働きたい人が多いとは思えない。しかも、なあ。責任者はものすごいイケメンだけど変わり者っぽいし。

「一人で事務所を経営するのって大変そうですね」

「大変ですよ。まあ、苦手なことは外に依頼してますけどね」

 そういえば、と伊藤は思い出す。客人にペットボトルのお茶とポッキーを出すのもかなり変だ。多分この人、お茶を淹れるのもめんどくさいと思うんだろうなあ。

 伊藤はじっと運転する九条を見つめる。

「なんですかじっと見て」

「いやあ、九条さん変わってるって言われませんか」

「言われますね」

「やっぱり」

「あなたも相当変わってます」

「え、僕がですか!?」

 驚いて聞き返すと、相手はわずかに口角を上げ、ハンドルを握ったまま言った。

「普通、私に必要以上話しかけてくる人なんていませんからね」

 

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