視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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九条尚久と憑かれやすい青年

逆恨み

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「消えてます」

「……え?」

「あなたの首、今はもう何もありません」

 驚きの言葉が出てきたので、伊藤も平然ではいられない。だが、あまりに人目があったため、九条の袖を引っ張りながら小声で言う。

「と、とりあえずこっちに来てください! 人が多すぎます!」

 伊藤はそのまま、ガラス製の自動ドアを抜けて外へと出た。玄関よりは大分人が減る。もわっと暑さが肌を突き刺す中、端の方へ寄った後、九条に詰め寄った。

「一体何があったんですか? 僕のは消えてるってことですよね?」

「……一本も無くなっています」

「だから息苦しさがよくなってたのか……そ、それで九条さんは?」

「増えました」

 伊藤は何も声が出せない。瞬きすらするのを忘れ、目の前の九条の首を見つめた。

 なぜか分からないが、自分は救われ、九条を巻き込んでしまった……この状況は伝染するのだろうか? それとも、他に何か原因が? いずれにせよ、彼の良心が酷く痛んだ。

 そんな伊藤の気持ちに気付いたのか、九条は至って冷静に言う。

「言いましたが、あなたが責任を感じることは何もありませんよ。伊藤さんは悪くないです」

「……でも」

「自分の部屋で寝ていたらうなされまして。何も見たり聞いたりは出来なかったんですが、鏡を見たら髪が増えていました」

「僕の部屋じゃなくてもそうなるんですか……一体どうして九条さんが? それに僕は無くなって……だって、朝までは二人ともありましたよね?」

「私の記憶が正しければ、朝まであなたの首にも私の首にもありました」
 
 よく分からない状況に混乱する。初めより分からないことが増えていっている気がする。円城寺綾子は一体何がしたいというのか。

 すっかり落ち込んでしまった伊藤をよそに、九条は淡々と言う。

「ですが、髪が消えたとはいえ、まだ安心するのはどうかと思います。伊藤さんを一人にするのは心配なので、夜は伺っていいですか」

「も、もちろんです! 僕……みえないし聞こえないし感じないし、ほんと役に立たない人間だと思いますけど、出来ることは何でもやりますよ。九条さんも早くこの状況から脱出しましょう。囮でもなんでもしますから!」

 まさか、自分のせいで巻き込んでしまった九条をこのまま放っておくわけにはいかない。

 力説する伊藤を見て、九条は少し驚いたような顔をした。だがすぐに、柔らかく微笑む。

「あなたは十分色々やってくれますよ。こんなに調査に同行してくれる人、初めてです。情報収集はあなたの力なくては不可能でした」

「そうですか……?」

「その引き寄せやすい体質も。協力してほしい所はちゃんと言います。あなたの力を貸してください」

「もちろんです!」

 伊藤の強い返事に、九条はまたしても少し微笑んだ。






 一旦解散し、伊藤はあまり集中できない中何とか仕事を切り上げた。九条はまた自宅に帰り、夜になったら合流することになっている。綾子に確実に狙われているであろう九条は、よく家に一人でいられるなあと伊藤は感心した。

 帰りに夕飯用に適当な弁当と、九条のためにあらゆる味のポッキーを購入し、両手にぶら下げた。霊感がまるでない伊藤が今協力できるのは、九条の身の回りの世話ぐらいしかない。

 マンションの前までやってくると、すでに九条が一人でぼうっと立って待っていた。その立ち姿はどこかの俳優のようでとても絵になる。伊藤はすぐさま駆け寄った。

「九条さん、お待たせしました!」

「いえ、お疲れ様です。……その荷物は何ですか?」

 伊藤が持っているビニール袋を見て不思議そうにしている。

「ああ、夕飯用に適当なお弁当です。九条さんの分もありますよ」

「それはどうもありがとうございます」

「あと薬局でいろんな味のポッキーも」

「どうもありがとうございます!」

「食いつきが違う」

 呆れながら並んでマンションへと入って行く。部屋に辿り着いたところで、九条は弁当よりも早速お菓子を開けて齧りつき、まるで自分の家のようにリラックスした状態で座り込むと、首元を触りながら部屋を眺める。

「伊藤さんの首の髪の毛はなくなりましたが、部屋の嫌な感じは残ってますね。やはり安心するのは早いかもしれません」

「そうなんですか……あの、もうよく分かんなくって。どうしてこんなことになってるんでしょうか?」

「正直に言います、私も分かりません。どうもしっくりこないことが多すぎるんです。でも考えられるとすれば、昨晩私がさんざん綾子の邪魔をしたこと。伊藤さんに口づけようとしたのを阻止したのが、何かあるのかも……」

 九条は難しい顔でそう言った。

「え!? 逆恨みしたとか、もしくは『そんなに私のことを止めるなんて、あなた私の事好きなのね』という勘違いとか!?」

「なるほど、逆恨みは考えてましたが、後者の方は盲点でした」

「どちらにせよ恐ろしい……」

 伊藤は一人恐怖に震えているが、当の本人はお構いなしでお菓子を食べるだけ。もぐもぐと咀嚼しながら緊張感のない声で言う。
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