435 / 450
九条尚久と憑かれやすい青年
逆恨み
しおりを挟む
「消えてます」
「……え?」
「あなたの首、今はもう何もありません」
驚きの言葉が出てきたので、伊藤も平然ではいられない。だが、あまりに人目があったため、九条の袖を引っ張りながら小声で言う。
「と、とりあえずこっちに来てください! 人が多すぎます!」
伊藤はそのまま、ガラス製の自動ドアを抜けて外へと出た。玄関よりは大分人が減る。もわっと暑さが肌を突き刺す中、端の方へ寄った後、九条に詰め寄った。
「一体何があったんですか? 僕のは消えてるってことですよね?」
「……一本も無くなっています」
「だから息苦しさがよくなってたのか……そ、それで九条さんは?」
「増えました」
伊藤は何も声が出せない。瞬きすらするのを忘れ、目の前の九条の首を見つめた。
なぜか分からないが、自分は救われ、九条を巻き込んでしまった……この状況は伝染するのだろうか? それとも、他に何か原因が? いずれにせよ、彼の良心が酷く痛んだ。
そんな伊藤の気持ちに気付いたのか、九条は至って冷静に言う。
「言いましたが、あなたが責任を感じることは何もありませんよ。伊藤さんは悪くないです」
「……でも」
「自分の部屋で寝ていたらうなされまして。何も見たり聞いたりは出来なかったんですが、鏡を見たら髪が増えていました」
「僕の部屋じゃなくてもそうなるんですか……一体どうして九条さんが? それに僕は無くなって……だって、朝までは二人ともありましたよね?」
「私の記憶が正しければ、朝まであなたの首にも私の首にもありました」
よく分からない状況に混乱する。初めより分からないことが増えていっている気がする。円城寺綾子は一体何がしたいというのか。
すっかり落ち込んでしまった伊藤をよそに、九条は淡々と言う。
「ですが、髪が消えたとはいえ、まだ安心するのはどうかと思います。伊藤さんを一人にするのは心配なので、夜は伺っていいですか」
「も、もちろんです! 僕……みえないし聞こえないし感じないし、ほんと役に立たない人間だと思いますけど、出来ることは何でもやりますよ。九条さんも早くこの状況から脱出しましょう。囮でもなんでもしますから!」
まさか、自分のせいで巻き込んでしまった九条をこのまま放っておくわけにはいかない。
力説する伊藤を見て、九条は少し驚いたような顔をした。だがすぐに、柔らかく微笑む。
「あなたは十分色々やってくれますよ。こんなに調査に同行してくれる人、初めてです。情報収集はあなたの力なくては不可能でした」
「そうですか……?」
「その引き寄せやすい体質も。協力してほしい所はちゃんと言います。あなたの力を貸してください」
「もちろんです!」
伊藤の強い返事に、九条はまたしても少し微笑んだ。
一旦解散し、伊藤はあまり集中できない中何とか仕事を切り上げた。九条はまた自宅に帰り、夜になったら合流することになっている。綾子に確実に狙われているであろう九条は、よく家に一人でいられるなあと伊藤は感心した。
帰りに夕飯用に適当な弁当と、九条のためにあらゆる味のポッキーを購入し、両手にぶら下げた。霊感がまるでない伊藤が今協力できるのは、九条の身の回りの世話ぐらいしかない。
マンションの前までやってくると、すでに九条が一人でぼうっと立って待っていた。その立ち姿はどこかの俳優のようでとても絵になる。伊藤はすぐさま駆け寄った。
「九条さん、お待たせしました!」
「いえ、お疲れ様です。……その荷物は何ですか?」
伊藤が持っているビニール袋を見て不思議そうにしている。
「ああ、夕飯用に適当なお弁当です。九条さんの分もありますよ」
「それはどうもありがとうございます」
「あと薬局でいろんな味のポッキーも」
「どうもありがとうございます!」
「食いつきが違う」
呆れながら並んでマンションへと入って行く。部屋に辿り着いたところで、九条は弁当よりも早速お菓子を開けて齧りつき、まるで自分の家のようにリラックスした状態で座り込むと、首元を触りながら部屋を眺める。
「伊藤さんの首の髪の毛はなくなりましたが、部屋の嫌な感じは残ってますね。やはり安心するのは早いかもしれません」
「そうなんですか……あの、もうよく分かんなくって。どうしてこんなことになってるんでしょうか?」
「正直に言います、私も分かりません。どうもしっくりこないことが多すぎるんです。でも考えられるとすれば、昨晩私がさんざん綾子の邪魔をしたこと。伊藤さんに口づけようとしたのを阻止したのが、何かあるのかも……」
九条は難しい顔でそう言った。
「え!? 逆恨みしたとか、もしくは『そんなに私のことを止めるなんて、あなた私の事好きなのね』という勘違いとか!?」
「なるほど、逆恨みは考えてましたが、後者の方は盲点でした」
「どちらにせよ恐ろしい……」
伊藤は一人恐怖に震えているが、当の本人はお構いなしでお菓子を食べるだけ。もぐもぐと咀嚼しながら緊張感のない声で言う。
「……え?」
「あなたの首、今はもう何もありません」
驚きの言葉が出てきたので、伊藤も平然ではいられない。だが、あまりに人目があったため、九条の袖を引っ張りながら小声で言う。
「と、とりあえずこっちに来てください! 人が多すぎます!」
伊藤はそのまま、ガラス製の自動ドアを抜けて外へと出た。玄関よりは大分人が減る。もわっと暑さが肌を突き刺す中、端の方へ寄った後、九条に詰め寄った。
「一体何があったんですか? 僕のは消えてるってことですよね?」
「……一本も無くなっています」
「だから息苦しさがよくなってたのか……そ、それで九条さんは?」
「増えました」
伊藤は何も声が出せない。瞬きすらするのを忘れ、目の前の九条の首を見つめた。
なぜか分からないが、自分は救われ、九条を巻き込んでしまった……この状況は伝染するのだろうか? それとも、他に何か原因が? いずれにせよ、彼の良心が酷く痛んだ。
そんな伊藤の気持ちに気付いたのか、九条は至って冷静に言う。
「言いましたが、あなたが責任を感じることは何もありませんよ。伊藤さんは悪くないです」
「……でも」
「自分の部屋で寝ていたらうなされまして。何も見たり聞いたりは出来なかったんですが、鏡を見たら髪が増えていました」
「僕の部屋じゃなくてもそうなるんですか……一体どうして九条さんが? それに僕は無くなって……だって、朝までは二人ともありましたよね?」
「私の記憶が正しければ、朝まであなたの首にも私の首にもありました」
よく分からない状況に混乱する。初めより分からないことが増えていっている気がする。円城寺綾子は一体何がしたいというのか。
すっかり落ち込んでしまった伊藤をよそに、九条は淡々と言う。
「ですが、髪が消えたとはいえ、まだ安心するのはどうかと思います。伊藤さんを一人にするのは心配なので、夜は伺っていいですか」
「も、もちろんです! 僕……みえないし聞こえないし感じないし、ほんと役に立たない人間だと思いますけど、出来ることは何でもやりますよ。九条さんも早くこの状況から脱出しましょう。囮でもなんでもしますから!」
まさか、自分のせいで巻き込んでしまった九条をこのまま放っておくわけにはいかない。
力説する伊藤を見て、九条は少し驚いたような顔をした。だがすぐに、柔らかく微笑む。
「あなたは十分色々やってくれますよ。こんなに調査に同行してくれる人、初めてです。情報収集はあなたの力なくては不可能でした」
「そうですか……?」
「その引き寄せやすい体質も。協力してほしい所はちゃんと言います。あなたの力を貸してください」
「もちろんです!」
伊藤の強い返事に、九条はまたしても少し微笑んだ。
一旦解散し、伊藤はあまり集中できない中何とか仕事を切り上げた。九条はまた自宅に帰り、夜になったら合流することになっている。綾子に確実に狙われているであろう九条は、よく家に一人でいられるなあと伊藤は感心した。
帰りに夕飯用に適当な弁当と、九条のためにあらゆる味のポッキーを購入し、両手にぶら下げた。霊感がまるでない伊藤が今協力できるのは、九条の身の回りの世話ぐらいしかない。
マンションの前までやってくると、すでに九条が一人でぼうっと立って待っていた。その立ち姿はどこかの俳優のようでとても絵になる。伊藤はすぐさま駆け寄った。
「九条さん、お待たせしました!」
「いえ、お疲れ様です。……その荷物は何ですか?」
伊藤が持っているビニール袋を見て不思議そうにしている。
「ああ、夕飯用に適当なお弁当です。九条さんの分もありますよ」
「それはどうもありがとうございます」
「あと薬局でいろんな味のポッキーも」
「どうもありがとうございます!」
「食いつきが違う」
呆れながら並んでマンションへと入って行く。部屋に辿り着いたところで、九条は弁当よりも早速お菓子を開けて齧りつき、まるで自分の家のようにリラックスした状態で座り込むと、首元を触りながら部屋を眺める。
「伊藤さんの首の髪の毛はなくなりましたが、部屋の嫌な感じは残ってますね。やはり安心するのは早いかもしれません」
「そうなんですか……あの、もうよく分かんなくって。どうしてこんなことになってるんでしょうか?」
「正直に言います、私も分かりません。どうもしっくりこないことが多すぎるんです。でも考えられるとすれば、昨晩私がさんざん綾子の邪魔をしたこと。伊藤さんに口づけようとしたのを阻止したのが、何かあるのかも……」
九条は難しい顔でそう言った。
「え!? 逆恨みしたとか、もしくは『そんなに私のことを止めるなんて、あなた私の事好きなのね』という勘違いとか!?」
「なるほど、逆恨みは考えてましたが、後者の方は盲点でした」
「どちらにせよ恐ろしい……」
伊藤は一人恐怖に震えているが、当の本人はお構いなしでお菓子を食べるだけ。もぐもぐと咀嚼しながら緊張感のない声で言う。
100
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。