444 / 450
九条尚久と憑かれやすい青年
逃亡
しおりを挟む伊藤はそのまま最低限の荷物をまとめると、逃げるようにマンションを出た。実家は遠方ではないので、九条の運転でそのまま送ってもらった。
落ち着いたころ、今回の依頼料についてはまた今度話しますと言って、九条はそのまま去って行ってしまった。
実家では突然の長男の帰省にみんな驚いたが、温かい心で歓迎してくれ、妹たちは嬉しそうにはしゃいだ。しかし伊藤は素直にくつろぐことは出来なかった。
家族とはいえ、今回のことを話すのは気が引ける。信じがたい内容だし、下手すれば詐欺にあったと騒ぎになるかもしれない。伊藤は突然帰ってきた理由は告げず、しばらくそこから会社に通勤することにした。そして同時に他の部屋を探し出した。まだ一人暮らしを始めて一か月と少し。このために購入した家具や家電を考えると、あっさり一人暮らしをやめるのはさすがに格好がつかないと思った。
新しい住処を探しながら仕事に行き、バタバタした日常を送っていた。
居酒屋に入ると、一番奥の席に桜井が座っており、伊藤を見つけると笑顔で手を振った。彼の向かいに座り、伊藤は一息つく。
「お待たせ! 遅れてごめん!」
「伊藤が遅刻とか珍しいな。先適当につまみ頼んじゃったよ」
「ありがとう。えーと、飲み物どうしようかなあ」
メニューを見て適当なアルコールを注文すると、おしぼりで手を拭き、すでにテーブルの上に置いてあった枝豆を手に取った。塩気がやや足りないな、と心で呟く。
「先週仕事を休んでたから、そのしわ寄せがきててさ。忙しくて」
「そっか。体調でも崩してたん?」
「いや。前、桜井が紹介してくれたさ……」
「え。もしかして、まじであれ、行ったの?」
驚いたように桜井はテーブルに前のめりになる。伊藤は苦笑いして答える。
「うん、行ったよ。いやあ凄い体験をした。でもいい所を紹介してくれたよ、ありがとう」
「なになに、そんな派手なお祓いしたの?」
「お祓いとかはしないタイプのところでさ」
「お祓いをしない?」
首を傾げる桜井に、伊藤は少し迷ったものの、今回の事件の流れを簡単に説明した。桜井なら信じてくれるだろう、という信頼があったのだ。伊藤が元々霊に好かれやすい体質であることから、マンションに引っ越したことで起こった怪奇現象。結局は隣人がストーカー気質であったことも。
桜井は次第に顔が青くなっていった。注文したドリンクや料理が運ばれてくるが、二人ともほとんど手を付けずに話に夢中になる。全て話し終えた頃には、伊藤が頼んでいたビールの泡はすっかり無くなってしまっていた。
「……ってわけで、大変だったよ」
「え、これ……現実? どっかの小説の話とかではなく?」
桜井はわずかに声を震わせている。
「僕も信じがたいよ……現実。まあ、僕は何も見てないし感じないんだけど、それでも目の前で起こる展開にどっと疲れちゃったよ」
「それで、今お前どうしてんの」
「実家から通ってる。マンションには戻ってない。引っ越し先をようやく見つけたんだ! だから来週には引っ越すよ」
桜井はほっとしたような顔になるも、すぐに表情を厳しくさせる。
「引っ越しするとき、隣人は大丈夫なの?」
「んー相手が仕事に行ってるはずの平日にやるつもりだよ。まあ僕も一時期は好かれてたみたいだけど、カレーを食べてないことで対象から外されたから、もう執着されないと思うけど」
「こええー……見ろ、鳥肌立った」
桜井が腕を見せてきたので、つい伊藤は笑った。笑い事ではないのだが、ようやく平和が戻ってきたな、という気持ちになったのだ。
「いずれにせよ、桜井に教えてもらっていいとこ紹介してもらったよかったよ」
「……てかさ。いや気を悪くしないでほしいんだけど……俺もすっかり話に入り込んで聞いてたけど、壮絶な詐欺ってことはないよなあ? その九条って人と隣人が組んでて、みたいな……伊藤はみえないわけだし」
言いにくそうに桜井がもごもごと言う。伊藤は決して気分を害することなく、穏やかな声色で答える。
「ないと思う。桜井が九条さんを紹介してくれたのは偶然だし、小川さんの家に行こうって言ったのは僕だし? 飾られてた僕の写真を集めるのもかなり前からやらなきゃだし、カレーはあの夜食べちゃってたら計画はぐちゃぐちゃになるだろうし。さすがにヤラセはないね」
「あ、そうだな。そうだよな。ごめん」
桜井はすぐに納得してあっさり引き下がった。普通の人間なら、そういうことを疑うのも仕方がないと伊藤は思っていた。あの現場を目の当たりにし、次々謎が出てきてそれを解き明かしていく様子を体験してなければ、非日常的すぎて信じられないだろう。
101
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。