この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ

文字の大きさ
9 / 34
第二章 自立

落ちたメアリーのプライド

しおりを挟む
 採用試験当日。
 
 私は家を出て、村を出て、試験会場であるギルバード侯爵邸のある領都へ向かってひた歩く。

 領都は村から徒歩で30分程の距離にあり、街並みは王都ほどではないにせよ、それなりには栄えている。『それなり』とはいえ、私の住む村とでは天と地程の格差はあるが。
 ともあれ、領都へ辿り着いた私はそのまま、ギルバード邸を目指す。

 建物の数が増え、行き交う人の数も多くなり、その人々の服装から見て中間層か、もしくは富裕層である事が窺える。

 アリアと暮らしている頃の買い物といえば、もっぱら村近くにある小規模な露店街だったけれど、アリアの結婚を期に経済的な余裕を得た私はたまに領都を訪れるようになっていた。

 先日、まさか採用試験当日に着古したボロボロの服装で行くわけにはいかないと、領都にある洋服店で今日の為に上下一式3着の洋服を購入した。今着ているこれだ。結構奮発した。
 因みに、リデイン子爵邸へ試験対策の特訓を受けに行った際にもこの服装で行った。着るのは今日で2回目、決して普段着使いなどはしないつもりだ!

 白のブラウスの上にクリーム色のニットベストを重ね、下は焦茶色のロングスカート。 

 どう?お洒落でしょ?

 身に纏う服でこんなにも気分が晴れ晴れとするなんて。
 お洒落ってとても楽しいものなのね。初めて知った。ハマりそう……。
 


 ギルバード侯爵邸は領都の一角にある。
 屋敷自体は白を基調としたシンプルでありながらも美しい外観をしている。

「エミリア様ですね。受験番号は19番です」

「ありがとうございます」

 正門前で受付を済ませ、敷地内へ入る。侯爵邸へ入るのはもちろん初めてだ。
 正門を潜ると美しく整備された広大な庭園が視界に広がり、そこには私と同じ多くの応募者達が集っていた。

「さすがに多いわね……」

 少なく見積もっても80人……くらいかしら?

 この中からたった1枠しかない事を改めて思うと暗い気分になる。

「せっかくプシラ様から教えを受けたんだ。全力で挑まなきゃ! そうじゃないとプシラ様にもアリアにも顔向けできない」

 何とかモチベーションを保ちながら、気合いを入れ直していると、

「あれ? エミリア先輩?」

 背後から聞き覚えのある声が掛けられ、振り返るとそこにはニタァ、と不敵な笑みを浮かべるメアリーの姿があった。

「まさか、エミリア先輩、ここのメイド希望者ですか?」

「そうよ。 ここに居るという事はメアリー、あなたもそうなんでしょ?」

「あたしは見ての通りそうですよ! でも、エミリア先輩もそうだったなんて、正直驚きました!」

 ――あぁ。 またろくでもない事を言い出すんだろうな、と思いながらも一応聞き返してみる。

「それはどういう意味?」

「30半ばのおばさんが恥ずかし気も無く、よくメイドの採用試験なんて受ける気になったなぁ、と思って。それも、侯爵家の。――いやぁ、本当、さすがエミリア先輩ですね!!恐れ入りました!!」

 そう言って、不敵な笑みを更に深めるメアリー。

 やっぱりね……。と、変に納得する。

 それにしても、メアリーのこの笑顔……。
 悍ましいと言った方が伝わるだろうか?そんな感じの不快な笑顔だ。

 『心が醜い者は幾ら生まれながらに美しい容姿であっても、歳を追う毎にその醜さは見た目にも影響してくるものだと、わたくしは思うのです』

 プシラ様が言っていた事を思い出して、まさにメアリーの事だな、と思う。――そんな時だった。

「ねぇ見て! あの人!」
「え?どうしたの?」
「すんごい綺麗な人」
「本当だ!」
「それに着ている服装も凄くお洒落!」
「メイドって綺麗な人が多いんでしょ?あんなに綺麗な人がライバルだなんて、私自信無くしちゃう」

 遠巻きから若い娘達が何かに感嘆しているような会話が聞こえ、見ると2人組の若い娘達がこちら側を向いていた。
 
 傍目からだとやはりメアリーは容姿端麗に映るのだろう。
 でも、ここだけの話、メアリーの内面を知っている私からは正直そうは見えない。
 
 ただ、今ので分かった事は、プシラ様が言っていた事はあくまでその者の内面を知ってるが故の錯覚に過ぎず、メアリーの事を美しいとは、そうは映らない私はただ単に錯覚しているだけなのだろう。
 故に、その者の性格が実際に顔に出るというような事はやはり無いという事で、つまるところ、やはりメアリーは『美人』であるという事だ。

 メアリーの耳にも若い娘達の会話が届いたのか、得意気にニタニタと笑みを深め、私をこれみよがしに見つめる。

「すみません!エミリア先輩! あたしと並んじゃうとエミリア先輩がより一層不憫に――!?」

 メアリーの饒舌が突然途切れた。そして、その理由は若い娘達の会話の続きにあった。

「あのクリーム色のニット何処に売ってるんだろ?」
「あの濃い茶色のスカートも大人っぽくて素敵!」

 メアリーの見開いた眼球が、ジロリと、下の方へと動く。

 その視線の先、メアリーの着ている服はフリルの付いた真っ赤なワンピースだった。

 ――若い娘達の会話の内容と違う。そして、若い娘達の会話の更なる続きが響いて来る。

「それにしても、一緒にいるもう一人の赤いワンピースの人……」
「私は敢えて触れないつもりでいたのに、そっちにも言及しちゃう?」
「うん、人相が悪いってゆうか……何か恐い貌した人だよね。……なんだか、夢に出てきそう」
「それはさすがに言い過ぎだって!!」
「一緒にいる人が美人だと、より一層不憫に見えちゃうね」
「だから、そんな事言ったら赤い人が可哀想だって!あぁ見えても心は美しいかもしれないじゃない!」
「そうだね。ごめん、言い過ぎました!反省しまーす! はははは」

 若い娘達はそう言って笑いながら人混みに紛れていった。

 私達からそれなりに離れた位置でのやり取りだったはずだが……。うん、全部聞こえてた。私にも、そしてメアリーにも。
 
 一連のやり取りを同じく聞いたであろうメアリーのその貌は何とも言い難い表情をしていた。
 目は虚ろで生気を失ってしまったかのような、どこか恐さを覚えてしまう無表情。メアリーは自分のその無表情を自らの両手でペタペタと触りながら、

「……恐い、顔?あたしが? このあたしが、こんなおばさんに……エミリアなんかに……あり得ない!!」

 メアリーの虚ろだった目は突如として殺意を宿したように見開き、私の首を絞めようと襲い掛かってきた。

「――っ!!」

 私は咄嗟に襲い掛かるメアリーの手を掴み、何とか抵抗をする。そこへ警備兵が駆けつけて来て、メアリーはそのまま侯爵家の敷地外へと追い出され、そのまま不合格とされたのだった。

 ――『錯覚』ではなかった。

 そう。事実としてメアリーは以前のような美しさを失っていたのだ。
 プシラが言っていた事が本当だった、とまでは思わない。しかし、一理はあるのかもしれない。
 まさか、私と並んで、逆に私が『美人』と錯覚させてしまう程とは……。今のメアリーにあの頃の美貌はもう無い。

 昔からの私へ対しての異常とまで言える勝ち気に己の容姿に対する絶対的自信、プライドの塊のようなメアリーからすると今の出来事以上の屈辱的な事は無いだろう。
 それと、メアリーにとって屈辱的な出来事といえば以前にも、リデイン子爵様がアリアを求めて初めて村へやって来た時の事……。あの時の事も中々に堪えたはずである。

 しかし、ここまで容姿について屈辱的な言葉を浴びせられては、女ならメアリーでなくとも誰でも傷付くもの。正直、同じ『女』として同情する。
 
 ――が、

 今まで自分も同じように他人を傷付けてきた事を思うと自業自得とも思える。



 採用試験が終わって1週間程が経った。
 試験の出来はというと――うん。よく出来た方だと思う。リデイン子爵家での特訓の成果も出せたと思う。とはいえ、あれだけの応募者数の中で枠はたったの1枠だ。
 無謀な挑戦だった事には変わりないのだが、そもそもはダメ元での挑戦、仮に不採用であっても悔いは無い。出せる力全てを出し切っての事。単に力不足だったのだと良い意味で割り切るつもりだ。

 そして私は今、その合否の確認をする為にギルバード侯爵邸へと向かっている。
 合格者だけ、その受験番号と名前が侯爵邸正門前にて張り出される。

 ――19番、エミリア。

「……受かってる」

 こうして私はギルバード侯爵家のメイドとして働く事になったのだった。


 ◎


 ――クソ!!、クソ!! 

 あり得ない!このあたしが、あんな小娘に負けるなんて!ましてや……あんな子持ちババアに見劣るなんてっ!!

 ――絶対にあり得ない!!

 アリア、あの小娘が子爵家へ嫁いだのだ。ならば、あたしは侯爵家、更には侯爵本人を狙おうと、その為に侯爵家のメイドの求人に応募した。
 メイド職が狭き門なのは知っていた。しかし、あたしならば、あたしのこの美貌、能力を持ってすればメイドなど簡単になれるはずだった。そして、あたしの真の目的はあくまでその先にあった。

 ――侯爵夫人。

 あたしは誰よりも美しい。そんなあたしが平民のままでいていい訳がない!このあたしがアリアなんかに、あんな小娘に、それもエミリアの娘に! 負けるわけが無いのだ!!
 見てなさい。必ず侯爵様に見初められてあの親子にぎゃふんと言わせてやる!それを可能にするだけの、誰もが羨み、見惚れる程の美貌が!このあたしには備わっているのだから!


 ◎


 今、メアリーを『美しい』と思う者は誰一人としていない。彼女の下卑た人間性は広く知れ渡り、そして歳を取る毎に容姿も醜くなっていった。まるで、メアリーの下卑た人間性が物語られるかのように。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

処理中です...