後輩の幸せな片思い

Gemini

文字の大きさ
1 / 18
井上くん

第一話

しおりを挟む
 ──三月


「井上、打ち合せ行くぞ」
「あっ、先輩待ってくださいよ!」
「三十分前行動だ」
「あはは! 段々早くなってるっスよ」


 憧れの設計事務所に就職して二年が経った。
 三階建ての事務所の一階は施主との打ち合せ室。カフェみたいな内装で、リラックスして家のことを考えてもらう空間になっている。先輩と一緒に外壁や屋根材のサンプルを棚から出して打ち合わせ用の大きなテーブルにひとつずつ飾っていく。

「今日は色合わせですね。前回奥さんめっちゃ外壁の色で悩んでましたよね。今日も見本の画像とか雑誌の切り抜きとか、いっぱい持ってくるんでしょうね」
「ほとんどの人にとって家は一生に一度のでかい買い物だろ。壁の色ひとつとったって後悔しても簡単には作り直せない。時間に限りはあるが、目一杯悩んでもらわないと」
「先輩は優しいっすね、ずっと付き合いますもんね」

 そう言うと三年目のお前が生意気だと、先輩から頭を横から小突かれた。

「そのほうが施主もちゃんと納得するだろ。あとからクレームにならない。僕達を守るための戦術でもあるんだよ」
「はい。わかってますよ」
「本当に分かってんのか? じゃないと打合せ中ずっと口縫い付けとくぞ」
「ひどいっスよ、先輩!」
「来週には新卒が入ってくるんだぞ、大丈夫かよ」
「心配ないっスよ」
「まぁ、お前がそういうなら、そうなんだろうな」

 あぁ、屈託なく先輩が、笑う。今日も良い日だ。







 オレはいま、幸せな片思いをしている。

 憧れの一級建築士になるために建築学部を卒業して、大手ゼネコンや住宅メーカーではなくこの上野設計事務所に入社した。小さな個人事務所でその年の採用枠は若干名、つまりひとり。内定が貰えるのか正直不安の方が大きかった。だから採用通知が来た時は思わずばあちゃんのお墓に報告に行ったくらいだ。


 一級建築士の勉強と仕事を両立する日々はとにかく大変だ。そんな中で、オレは先輩の恭介さんを好きになった。

 二年前オレが新人の頃、先輩が担当した物件が完成して無事に引き渡しが済んだ後、大クレームが来たことがあった。

『どれだけ打ち合わせして施主の希望を引き出しても、あんな色じゃなかったって言われるのよくある話だが、設計士に全て決められてしまったようで気に入らない、というのは流石に予想外だな』

 所長はやれやれと半分呆れた顔をしていたが、先輩には堪えたようだった。

 所長と先輩で謝罪に行って、施主の希望をもう一度聞くことが出来て変更できるところは可能な限り尽くしたんだ。会社からしたら大きな損害。変更した分は赤字だ。
 全てが終わった後、社用車の助手席でオレが買ってきたコンビニのコーヒーを飲んでホッとひと息ついた先輩が、オレに言ったことを忘れていない。

『本当は井上には、自分でお客様から直接こういうクレームを貰ったほうがいい。失敗の経験は井上の成長に繋がるからな。……でもこれを先に僕が井上に伝えるのは、僕らにとってはただひとつの後悔で、ミスで、今後に活かせばいいことでも、お客様にとっては一生で一度の買い物だ。夢がいっぱい詰まってるマイホームだ。そんなものに一生の傷を付けてしまってはいけない。失敗は許されないと僕は思ってる』

 そう先輩は言ったんだ。
 なんてカッコイイ人なんだと思った。この仕事に誇りを持って向き合ってる。施主というお客様の人生まで背負ってるみたいで、格好良すぎた。

 この人みたいになりたい。オレもいつか担当する施主には幸せな気持ちで家に住んでもらいたい。オレの目指すべき人になったんだ。



 先輩は、オレより十個年上の三十四歳とは思えないほど、爽やかな甘すぎないかわいいエクボをつくる人。身長はオレより少し小さめ。今日も濃いめのグレーのテイラージャケットをその細身で着こなしている。

 どうやら先輩には想い人がいるらしい。でもオレの先輩への気持ちは揺るがない。伝えるつもりもないからその辺は大丈夫。両思いになる未来なんて絶対にないことは分かってるから。
 並行宇宙がいくつも存在しているなんて天才物理学者は言うけど、先輩とオレが恋人になるという世界線は絶対に存在しない。
 だからオレは、幸せな片思いを続けていられる。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

オメガ公子とアルファ王子の初恋婚姻譚

須宮りんこ
BL
ノアメット公国の公子であるユーリアスは、二十三歳のオメガだ。大寒波に襲われ、復興の途にある祖国のためにシャムスバハル王国のアルファ王子・アディムと政略結婚をする。  この結婚に気持ちはいらないとアディムに宣言するユーリアスだが、あるときアディムの初恋の相手が自分であることを知る。子どもっぽいところがありつつも、単身シャムスバハルへと嫁いだ自分を気遣ってくれるアディム。そんな夫にユーリアスは徐々に惹かれていくが――。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

魔法学校の城に囚われている想い人♡を救い出して結婚したい天才有能美形魔術師(強火執着)の話

ぱふぇ
BL
名門魔法学校を首席で卒業し、若くして国家機関のエースに上り詰めた天才魔術師パドリグ・ウインズロー(26歳)。顔よし、頭脳よし、キャリアよし! さぞかしおモテになるんでしょう? ええ、モテますとも。でも問題がある。十年越しの想い人に、いまだに振り向いてもらえないのだ。そんな片思い相手は学生時代の恩師・ハウベオル先生(48歳屈強男性)。無愛想で不器用、そしてある事情から、魔法学校の城から一歩も出られない身の上。先生を外の世界に連れ出すまで、全力求婚は止まらない! 26歳魔術師(元生徒)×48歳魔術師(元教師)

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】逆転シンデレラ〜かわいい「姫」は、俺(王子)を甘やかしたいスパダリだった〜

粗々木くうね
BL
「本当はずっと、お姫様になりたかったんだ……」 周りから「王子様」と持て囃され、知らず知らずのうちにその役割を演じてきた大学二年生の王子 光希(おうじ みつき)。 しかし彼の本当の願いは、誰かを愛す“王子”ではなく、誰かに愛される“お姫様”になることだった。 そんな光希の前に現れたのは、学科のアイドルで「姫」と呼ばれる、かわいらしい同級生・姫川 楓(ひめかわ かえで)。 彼が光希に告げたのは、予想もしない言葉だった──。 「僕に……愛されてみない?」 “姫”の顔をした“王子様”に、心も身体も解きほぐされていく──。 “王子”が“お姫様”になる、逆転シンデレラストーリー。 【登場人物】 姫川 楓(ひめかわ かえで) ・ポジション…攻め ・3月3日生まれ 19歳 ・大学で建築を学ぶ2回生 ・身長170cm ・髪型:ミディアムショートにやわらかミルクティーブラウンカラー。ゆるいパーマをかけている ・目元:たれ目 ・下に2人妹がいる。長男。 ・人懐っこくて愛嬌がある。一見不真面目に見えるが、勉学に対して真面目に取り組んでいて要領もよく優秀。 ・可愛いものが好き。女友達が多いが男友達ともうまくやってる。 ・おしゃれが大好き。ネイルもカラフル。 ・王子とセットで「建築学科の姫」と呼ばれている ・かわいい見た目でペニスが大きい 王子 光希(おうじ みつき) ・ポジション…受け ・5月5日生まれ 20歳 ・大学で建築を学ぶ2回生 ・身長178cm ・髪型:センターパートのラフショート。ダークトーンのアッシュグレー ・目元:切れ長 ・空気が読める。一軍男子。学業もスポーツも割とよくできる。 ・上に姉と兄がいる。末っ子。 ・姫川とセットで「建築学科の王子」と呼ばれている ・「かっこいい・頼れる王子」像を求められるので、自然と演じて生きてきた。本当は甘えたいし愛されたい。家族には甘えられる。

かわいい王子の残像

芽吹鹿
BL
 王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

処理中です...