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第4章
番外編 白い子猫と名前のない少女
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広場には、美しい男女の銅像が建てられている。
それは、この国を救った聖女と英雄の像だ。
慈愛に満ちた聖女の姿は清廉で、英雄の姿は荘厳だ。
そんな、銅像を半眼で見つめる少女が一人。
その活躍は素晴らしい、素晴らしいけれど、こんな風にさらされてしまうのであれば、聖女様なんて呼ばれたくない。少女はため息をついた。
『ねえ、僕の真奈』
「――――僕のじゃないって、いつも言っているでしょう?」
『そう、かわいいね。真奈』
かわいいのは、小首をかしげた声の主のほうだと、真奈は思う。
白い子猫、赤いリボンは、真奈とお揃いだ。
赤いリボンなんて、子どもっぽい! と拒否してみたところ、子猫が3日間もご飯を口にしなくなってしまったため、仕方なく今日も身に着けている。
「――――シスト、どうして私の名前を呼べるのは、シストだけなの?」
父も、母も、真奈のことを名前で呼ばずに聖女様と呼ぶ。
まあ、母は、シストと家族以外には魔女様と呼ばれているから、似たようなものなのかもしれないけれど。
『ふふ』
「え、何がおかしいの」
『同じことを、言うんだなと思って』
シストは時々、誰かと真奈を比べているようなことを言う。
それが、真奈にとっては、とても気に入らないのだ。
ツンッとそっぽを向く。
『――――真奈は、大事な人たちから、名前で呼ばれたい?』
さっきまで苦笑交じりだったのに、シストの声は深刻だった。
『もし……。もしもだけど、それが真奈の一番の願いなら』
「シスト?」
『僕がかなえてあげるよ。あと少し待っていて』
かわいい白い子猫。
確かに、人の言葉をしゃべることができるから、普通の猫ではないのだろう。
でも、何ができるというのだろうか。
それに……。
なんだか、願いを叶えてもらうのは、嫌だ。
そう、まるで、自分を犠牲にして、真奈の願い事を叶えようとでもしているみたいだから。
どうしてそんなことを思うのだろう。
いつも、適当で、ぐうたらで、調子のいいシストが、急に深刻な声を出したからなのだろうか。
「――――私の願いは、そんなことじゃないわ」
なぜなのだろう。シストはすでに、真奈の願いを一度叶えてくれているような気がした。
それが一体何なのか、真奈にはどうしても思い出せないのだけれど。
『いつか、思い出してくれるのかな? 僕の大事な、真奈』
「私、記憶力はいいほうなんだけど?」
『そ、僕もだ。君のことなら、すべて覚えている』
なんだか今日のシストは饒舌だ。
そういえば、お父様が帰ってきたら、たぶんお祝いだとお母様が言っていた。
よくわからないけれど、一万匹討伐記念だそうだ。
『――――ふふ。でもね、真奈が思い出してくれなくても、それはそれでいいんだ』
「シスト、この間の一万匹討伐記念のお祝いなら、ちゃんと考えて」
『うん、この数年間は、あれからの千年で一番幸せだったのは、間違いない』
「――――シスト」
思わず子猫をギュッと抱きしめる。
わずかに香るのは、子猫には不釣り合いな、爽やかな風のような香り。
この香りを嗅いでいると、大きな白いモフモフのたてがみと、時に魔法で姿を変える、白い騎士服を纏った男性の姿がなぜかいつでも真奈の脳裏に浮かぶ。
――――誰なの。
その人は、少しだけお父様と言動が似ている。
そう、シストとお父様の言動が、時々似ているように。
「また、愛する理沙という言葉を、何度も聞く羽目になるのかな」
『そうだろうね……。愛する僕の真奈』
「え?」
子猫が、初めて真奈のことを愛すると言った。
その言葉を聞いたとたん、まるでせき止めていた川が急に流れだしたみたいに、真奈の瞳から涙が伝う。
『……ごめんね。真奈』
「謝らないで、シスト。私だって」
私だって、何なのだろう。
伝えればよかった言葉に違いない。でも、今はまだその時ではなくて。
『帰ろう。理沙が待っているよ』
「うん……。シスト、大好きだよ?」
『うん。今はそれでいい』
真奈に抱き上げられた子猫は、本当に彼女が好きだとでもいうように、その顔に擦り寄る。
フワフワした毛並みがくすぐったくて、思わず笑った真奈を、目を細めて見つめる。
『気は長いほうなんだ。なんせ、千年も待ったからね』
子猫のつぶやきは、風に流れて消えた。
もうすぐその願いが叶うのか、叶わないのか。
その答えは、まだ誰にもわからないけれど。
それは、この国を救った聖女と英雄の像だ。
慈愛に満ちた聖女の姿は清廉で、英雄の姿は荘厳だ。
そんな、銅像を半眼で見つめる少女が一人。
その活躍は素晴らしい、素晴らしいけれど、こんな風にさらされてしまうのであれば、聖女様なんて呼ばれたくない。少女はため息をついた。
『ねえ、僕の真奈』
「――――僕のじゃないって、いつも言っているでしょう?」
『そう、かわいいね。真奈』
かわいいのは、小首をかしげた声の主のほうだと、真奈は思う。
白い子猫、赤いリボンは、真奈とお揃いだ。
赤いリボンなんて、子どもっぽい! と拒否してみたところ、子猫が3日間もご飯を口にしなくなってしまったため、仕方なく今日も身に着けている。
「――――シスト、どうして私の名前を呼べるのは、シストだけなの?」
父も、母も、真奈のことを名前で呼ばずに聖女様と呼ぶ。
まあ、母は、シストと家族以外には魔女様と呼ばれているから、似たようなものなのかもしれないけれど。
『ふふ』
「え、何がおかしいの」
『同じことを、言うんだなと思って』
シストは時々、誰かと真奈を比べているようなことを言う。
それが、真奈にとっては、とても気に入らないのだ。
ツンッとそっぽを向く。
『――――真奈は、大事な人たちから、名前で呼ばれたい?』
さっきまで苦笑交じりだったのに、シストの声は深刻だった。
『もし……。もしもだけど、それが真奈の一番の願いなら』
「シスト?」
『僕がかなえてあげるよ。あと少し待っていて』
かわいい白い子猫。
確かに、人の言葉をしゃべることができるから、普通の猫ではないのだろう。
でも、何ができるというのだろうか。
それに……。
なんだか、願いを叶えてもらうのは、嫌だ。
そう、まるで、自分を犠牲にして、真奈の願い事を叶えようとでもしているみたいだから。
どうしてそんなことを思うのだろう。
いつも、適当で、ぐうたらで、調子のいいシストが、急に深刻な声を出したからなのだろうか。
「――――私の願いは、そんなことじゃないわ」
なぜなのだろう。シストはすでに、真奈の願いを一度叶えてくれているような気がした。
それが一体何なのか、真奈にはどうしても思い出せないのだけれど。
『いつか、思い出してくれるのかな? 僕の大事な、真奈』
「私、記憶力はいいほうなんだけど?」
『そ、僕もだ。君のことなら、すべて覚えている』
なんだか今日のシストは饒舌だ。
そういえば、お父様が帰ってきたら、たぶんお祝いだとお母様が言っていた。
よくわからないけれど、一万匹討伐記念だそうだ。
『――――ふふ。でもね、真奈が思い出してくれなくても、それはそれでいいんだ』
「シスト、この間の一万匹討伐記念のお祝いなら、ちゃんと考えて」
『うん、この数年間は、あれからの千年で一番幸せだったのは、間違いない』
「――――シスト」
思わず子猫をギュッと抱きしめる。
わずかに香るのは、子猫には不釣り合いな、爽やかな風のような香り。
この香りを嗅いでいると、大きな白いモフモフのたてがみと、時に魔法で姿を変える、白い騎士服を纏った男性の姿がなぜかいつでも真奈の脳裏に浮かぶ。
――――誰なの。
その人は、少しだけお父様と言動が似ている。
そう、シストとお父様の言動が、時々似ているように。
「また、愛する理沙という言葉を、何度も聞く羽目になるのかな」
『そうだろうね……。愛する僕の真奈』
「え?」
子猫が、初めて真奈のことを愛すると言った。
その言葉を聞いたとたん、まるでせき止めていた川が急に流れだしたみたいに、真奈の瞳から涙が伝う。
『……ごめんね。真奈』
「謝らないで、シスト。私だって」
私だって、何なのだろう。
伝えればよかった言葉に違いない。でも、今はまだその時ではなくて。
『帰ろう。理沙が待っているよ』
「うん……。シスト、大好きだよ?」
『うん。今はそれでいい』
真奈に抱き上げられた子猫は、本当に彼女が好きだとでもいうように、その顔に擦り寄る。
フワフワした毛並みがくすぐったくて、思わず笑った真奈を、目を細めて見つめる。
『気は長いほうなんだ。なんせ、千年も待ったからね』
子猫のつぶやきは、風に流れて消えた。
もうすぐその願いが叶うのか、叶わないのか。
その答えは、まだ誰にもわからないけれど。
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