この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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辺境の赤獅子

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 辺境の地ミンティア。そのさらに北端で行われる戦闘では、隣国とのこう着状態が続いていた。

 砦に設けられた、作戦本部にはボサボサと、少しくすんだ赤い髪がまるで獅子のたてがみにも見える男性が一人円卓に座っていた。
 険しい雰囲気の男性がどこか苦い顔で見つめるのは、兵力の分布が記された地図だ。

 その瞳は、雄々しい髪の色と対比するように、穏やかな緑色をしている。

 騎士の正装で着飾って、髪を整え、微笑めば確実に美男子の部類に入るだろう整った顔の男性。しかし、まとう雰囲気全体が厳しいため、美しさよりも雄々しさや、恐ろしい印象が先立つ。

 その男性の後ろに立つ、もう一人。
 薄い茶色の髪と瞳の男性は、厳つさなんて少しも感じない、優しげな顔立ちと表情をしている。

「……毎日毎日、そんな顔して。意地を張らずに、少しだけ戻ればよろしかったのでは?」
「……この地のこう着状態が、悪い方に傾けば、あっという間に降るのは味方の血の雨だ。それくらいわかっているだろう、ジアス」
「はいはい。愛国心の塊であるベリアス団長の仰ることは正論です。しかし、ある男の人生という意味ではいかがなものでしょうか」

 そんなことは、ベリアス自身が一番よくわかっている。
 たしかに、ベリアスとルナシェの婚約は、平和の維持と王国の結束を高めるための政略的なものだ。

 しかし、ベリアスにとっては違った。

 それでも、ベリアスはこの地を一時的にでも離れ、王都とミンティア辺境伯領を危険にさらす可能性がある婚約式に参加するという選択ができなかった。

 もう、婚約式が執り行われてから、一週間が過ぎている。
 さぞや、婚約者のルナシェは落胆し、ベリアスを恨んだだろう。

 和平が結ばれ、戻ることが叶ったなら、やり直せるだろうか、というつぶやきは、ため息にかき消される。

 ベリアスは、知らない。

 これから起こるはずの、二人の幸せであまりに短い時間も。その後起こるはずの終わりも。

 それよりも、何よりも、ルナシェが被るあまりにも理不尽な不幸を、ベリアスが知っていたとしたら、婚約式には二人揃って立っていたに違いない。

 だが、そのことを知る由もないベリアスは、王国を、辺境伯領を、そして婚約者であるルナシェを守るために、この地に残ることを選んだ。

「そういえば、久しぶりに物資が補給されました。いつもよりも相当量が多いそうで、葡萄酒まで運び込まれています」
「そうか。束の間であっても、こう着状態が続いているんだ。今夜だけは、宴を開くことを許可する」
「……ベリアス。一度だけ、友として言わせてもらう。今なら、この地を少しだけ離れても、俺たちだけで」

 少しだけ逡巡した後、その感情を振り払うようにベリアスは豪快に笑った。

「あと、三ヶ月もしないうちに和平が結ばれるだろう。冬が来れば、隣国は補給線が絶たれる。戦どころではない。それまでの辛抱だ」
「……そうだな」
「たまには友として飲み明かすか。今だけだ、こんな場所では、明日生きているかさえわからん」

 今回、物資を運んできたのは、ルナシェの実家、ミンティア辺境伯家に出入りの商会だという。
 葡萄酒まで運んできたのは、ベリアスとルナシェの婚約祝いも兼ねているのだろう。

 美しい白い肌と、プラチナブロンドの髪。
 深まっていく夜のような瑠璃色の瞳、美しいルナシェ。

「王国の平和は、あなたのお力で保たれているのでしょう。尊敬していますわ」

 辺境伯領に赴任した時、たった一度声をかけられたあの日から、ベリアスはルナシェだけを手に入れたかった。

「こんなに重い男とは、自分でも思っていなかったのだが」

 ベリアスが武功と人脈、そして資金、長い努力の末に、ようやく婚約する権利を手に入れたことなど、ルナシェは知りもしない。ただ政略的に婚約が結ばれたと思っていることだろう。

 もう少し時間があったのなら、すれ違って、残酷な結末にたどり着くことなどなかっただろう二人の運命は、重なろうとしていた。

 すでに、久しぶりに楽しそうな騎士たちが、宴の用意をし始めている。
 空は遠い。その空を背景に、ベリアスは高く囲まれた濃い灰色の壁を眺める。
 その時、白銀の髪をなびかせた人影が、遠く、壁の前を大きなトランクを抱えて通り過ぎていった。

 こんな場所に女性がいることは珍しいが、服装からして、商会の人間だろう。

「そんなはずないな……」

 プラチナブロンドは、珍しいから、きっと彼女と重ねてしまっただけだろう。
 ベリアスは、そう結論づけようとした。

「……っ、なぜ」

 乾いた風が吹く。白銀のまばゆさが、ベリアスのまぶたに焼き付いたまま、消えない。

 理由もわからない焦燥感に、ベリアスは走り出し、すでに見えなくなったその姿を追いかけていた。
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