この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

文字の大きさ
37 / 67

過去と現在とやり直しの狭間

しおりを挟む

 ***

 いつの間に帰ってきたのかと、ベリアスは戸惑った。
 確かに、意識を失ったのは、合流地点の雪の中だったはず。

 しかし、目の前に、なぜか緊張した様子のルナシェが立っている。

『…………ベリアス様に、会いたかったからです』

 そう言ったルナシェと、微笑みの仮面をかぶったような今のルナシェはどこか違う。
 瞳が美しく輝く瑠璃色のなのは変わらないまま、けれどどこか深淵をのぞいてしまったかのような闇が、それでいて感情豊かにコロコロ変わるかわいらしい表情が、目の前にいるルナシェにはない。

「……あ、ルナ」

 その瞬間、あまりに優雅にルナシェが淑女の礼を披露した。
 ベリアスでさえ、一瞬動きを止めて見惚れてしまうほどの礼だった。
 先ほど浮かんだのは、ただのベリアスの想像だったとでも言うように、時が再び動き出す。

「……ベリアス・シェンディアだ。たった一人で婚約式をさせてしまったこと、申し訳なかった」
「ベリアス様は、この国の平和を守るために戦っておられたのです。民のため、責務を優先させるのは、当然のことですわ。……お待ちしておりました。無事のお帰り、心からお慶び申し上げます」

 他人行儀で、あまりに模範的な言葉。
 ベリアスは、恋い焦がれてルナシェとの婚約を手にしたが、ルナシェにとってはやはり政略的な婚約でしかないのだろう。
 少しの落胆を押し隠して、ベリアスは微笑んだ。

 ――――だが、本当にそうだっただろうか、とベリアスは記憶の片隅で思う。
 どうして、こんなルナシェの様子に違和感を感じるのだろうか。
 たった一目見たあの日から、あんなにも思いを募らせたルナシェ。
 だが、目の前にいるルナシェは、どこかいつものルナシェとは違うと……。

 そんなはずはない。ベリアスとルナシェは、あの一瞬の出会いから、その後会うことができなかった。
 明日をも知れぬ戦場で、もう一度会いたいと願ったルナシェは、今、ベリアスの目の前にいる。

「そうか、ルナシェと呼んでも?」
「はい。うれしいです……。ベリアス様」

 一瞬だけ、潤んだ瞳でルナシェがベリアスを見つめたような気がした。
 その胸と耳元には、ルナシェの瞳と同じ、瑠璃色の宝石が輝いている。
 もし、本当に戦いが終わったのなら、ベリアスの色をまとってほしいという願望が浮かんで消える。

 そう、もし生きてルナシェと幸せに暮らせるのなら、と言う話だ。

 ただ、甘やかに。優しく、真綿にくるむように。
 副団長のジアスに、若い女性が喜ぶものは何かと聞いたところ、花と、甘いお菓子と、宝石やドレスだろう、と言っていた。
 ベリアスは、ルナシェのためにすべてを取り寄せた。

 だが、甘くて緩やかで幸せな時間は、たった三日間だった。
 ベリアスに届いたのは、ドランクの砦が陥落したことと、副団長ジアス・ラジアスが戦死したという知らせだった。

「生きて帰れるか、今度こそ分からないな」

 砦が陥落したのもすべて、団長であるベリアスの失態だ。
 別れの日、食卓に向かい合って座ったルナシェの髪に、ベリアスはそっと赤い花を挿した。

 ルナシェに見せたくて、苦労して取り寄せた花は、まるで、いつかこの色の宝石を贈りたいというベリアスの願望そのものだ。

 だが、明日をも知れぬ戦場へ行くベリアスが、ルナシェに残すのは、いつまでも残る宝石よりも、刹那美しく咲き誇る花がふさわしいに違いない。

 そして凄惨な戦場から、ほんの一日帰った日。

 それは、ルナシェとベリアスの結婚式。
 白い大人びたドレスをまとったルナシェは本当に美しかったが、ベリアスは本当は自分が贈ったドレスを着てほしいと思った。

 たった一日だけ再会し、引き裂かれるように戦場に戻ったベリアスは、ルナシェの元に帰ることはできなかった。

 倒れ込んだ地面、赤い血の色に、恐怖や悲しみよりもあの花を思い出す。

「…………もう一度、会いたい」

 もう一度会えたなら、素直にベリアスは気持ちを伝えるだろう。
 そして、抱きしめて……。

 ――――夢の中で過去の記憶と、現実が混ざり合う。

 ベリアスは、陥落したはずのドランクの砦にいた。
 少し開いた天幕の隙間から、あんなにも会いたかったルナシェが顔を出す。

「……どうして、こんな危険な場所に、君がいる」

 先ほど倒れ込んだはずのベリアスの目の前に現れたルナシェは、なぜか茶色の素朴なワンピースに白いエプロンを身につけていた。
 これは、ベリアスが死ぬ間際に見ている、ひとときの夢なのだろうか。

「だが…………夢なら、醒めないでくれ」

 場面は切り替わり、最後にベリアスが見たのは、美しかった白銀の髪を乱れさせ、断頭台の前に乱暴に座らされたルナシェの姿だった。
 ルナシェは、瑠璃色の宝石を握りしめて、ただ「ベリアス様、もう一度お会いしたい……」と、だれにも聞こえないほどかすれた小さな声でつぶやいた。

 それは、ベリアスとルナシェの最後の祈りだ。
 二人の願いはただ、もう一度会いたい。それだけだった。

 瑠璃色の宝石からあふれ出した魔力。
 二人の人生のやり直し。

 急に全身の痛みを感じて身をよじる。
 手が握られている温かい感触を心地よく感じながらベリアスは目を開いた。

「ベリアス様……。お会いしたかったです」

 目の前には、泣きはらした真っ赤な目をして、それでもけなげに微笑むルナシェがいた。

「俺もだ。ただ、君に会いたかった……」

 寝台に横になったままのベリアスを、ルナシェがそっと上から抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき
恋愛
「すまない。心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない。本当に、すまない」 アナスタージアは、結婚式の当日、夫婦の寝室にやって来た夫クリフに沈痛そうな顔でそう言われた。 クリフは数日前から一部の記憶を失っており、彼が言うには、初恋の女性がいたことは覚えているのだがその女性の顔を思い出せないという。 しかし思い出せなくとも初恋の女性がいたのは事実で、いまだにその彼女に焦がれている自分は そんな気持ちを抱えてアナスタージアと夫婦生活をおくることはできないと、生真面目な彼は考えたようだ。 ずっと好きだったアナスタージアはショックを受けるが、この結婚は昨年他界した前王陛下がまとめた縁。 財政難の国に多大なる寄付をした功績として、甥であるクリフとアナスタージアの結婚を決めたもので、彼の意思は無視されていた。 アナスタージアははじめてクリフを見たときから彼に恋をしていたが、一方的な想いは彼を苦しめるだけだろう。 それならば、彼の初恋の女性を探して、自分は潔く身を引こう―― 何故なら成金の新興貴族である伯爵家出身の自分が、前王の甥で現王の従弟であるクリフ・ラザフォード公爵につりあうはずがないのだから。 「クリフ様のお気持ちはよく理解しました。王命でわたしとの結婚が決まってさぞおつらかったでしょう。だから大丈夫です。安心してください。わたしとの夫婦生活は、仮初で問題ございません! すぐに離縁とはいかないでしょうが、いずれクリフ様を自由にしてさしあげますので、今しばらくお待ちくださいませ!」 傷む胸を押さえて、アナスタージアは笑う。 大丈夫。はじめから、クリフが自分のものになるなんて思っていない。 仮初夫婦としてわずかな間だけでも一緒にいられるだけで、充分に幸せだ。 (待っていてくださいね、クリフ様。必ず初恋の女性を探して差し上げますから) 果たして、クリフの初恋の女性は誰でどこに住んでいるのか。 アナスタージアは夫の幸せのため、傷つきながらも、彼の初恋の女性を探しはじめて……

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...