この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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商機と優しい命令

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 ***

(こんな未来、予想すらしなかった)

 ルナシェは、魔塔の頂上から、目下に広がる景色を眺めていた。
 プラチナブロンドの髪が、少し冷たい風に流されていく。

「姫様、お久しぶりです」
「――――ガスト、早かったのね?」
「はは。商人たるもの、商機を逃すわけにはいきませんから」

 ベリアスは一体いつから準備をすすめていたのだろうか。
 ガストは、いつから魔塔にこうして訪れるための準備をしていたのか。
 ルナシェには予想も付かなかった。

「すでに、資材は運び込みました」
「どうやって」
「ふふ。それは、商会の秘密というものです」
「……それも、そうね」

 すでに基礎工事を始めているのは、すべてガストが会長を務める黒鷹商会の関係者だ。
 それにしても、どうしてここまで……。

 物思いにふけりそうになったルナシェの目の前に、見慣れた黒い封筒が差し出された。

「……これは」
「アベル・ミンティア殿からいただいた招待状です。というよりも、姫様のことを頼むという、依頼でしょうか」
「――――依頼」
「そうです。ああ、その前に、匿っていた姫様の居場所を教えた報酬をまだいただいていないので、回収するためでもありますよ。ここに来たのは……」
「……え?」

 ガストは、ベリアスからだけでなく、アベルからもちゃっかり報酬をせしめていたらしい。
 けれど、ルナシェは心のどこかで、その方がガストらしいと思った。

「さて、とりあえず、ベリアス殿が置いていった宝石にいくつか魔法を込めてもらいましたから、王族にでも売り払うとしますか」
「……え。王族に」
「……ええ。姫様とベリアス殿が結婚すると、都合が悪い人間は王族にもいます。ほかの王族に、押さえつけてもらわなくては、大切な商売の相棒を失ってしまうでしょうからね」
「……ガスト、危ないことはしないで」

 いても立ってもいられずに、ルナシェはガストの手を掴んだ。
 ミンティア辺境伯家は、大きな力を持つ。しかも、断頭台に連れていかれる直前、ルナシェはアベルに厳重に守られていた。

「――――それは、ご命令ですか?」
「そう。命令だわ」
「そうですか……。ずいぶんと優しい命令だ」
「ガスト……」

 そっと、ルナシェの手にガストは唇を近づけ、触れることなく離れる。

「――――姫様。この場所こそが、姫様とアベル殿、そしてベリアス殿にとって、本当の敵陣かもしれません」
「え? それはどういう……」
「――――グレインから情報が入っています。はじめに姫様に届いた黒い封筒は、アベル殿からではない。先代魔塔の主からの手紙です」

 ルナシェは、コクリと喉を鳴らした。

「では……」

 この場所が、敵地なのだとアベルとベリアスは理解している。
 その上で、この場所に、踏み込んだ。

「おい、余計なことまでルナシェに言うな」
「――――おやおや。恋人や婚約者と言うよりは、まるで保護者のようです」
「なっ……」

 見開いた穏やかな緑の瞳を、糸目をひととき開いたガストがのぞき込む。
 そして、手を差し出して握手を求めた。

「――――ガスト殿」
「差し上げます。苦労したのですから、とりあえず報酬は、この地に商会の本部を作ることをお許しいただく、というのはいかがでしょうか?」

 ささやいた言葉は、ベリアスにしか聞こえていないだろう。
 無骨な手で、手渡されたものをベリアスは握りしめ、そして口の端をつり上げた。

「――――そんな些細な願いでいいのか? 願うなら、王国中の年すべてに支店を作ることができるだろう」
「……それは、自分で叶えます。すべて、力を借りてしまったら、つまらないではないですか」
「それは、そうだな」

 次の瞬間、どこか悪巧みをしている悪友のような二人のやりとりを黙ってみていたルナシェは、ベリアスに横抱きにされていた。

「さ、食事の時間だ」
「えっと……。自分で降りられます」

 たしかに、魔塔の頂上から一階までは、長いらせん階段を降りる必要がある。
 けれど、ルナシェはここまで一人で上がってきたのだ。

「……日が暮れてしまうだろう?」
「へ?! そんなはずないでしょう!!」

 ルナシェの言い分は、通ることなく、ベリアスに抱き上げられたまま、ルナシェは階段を降りることになったのだった。
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