この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

文字の大きさ
62 / 67

兄は妹の婚礼を

しおりを挟む


 誰も寄せ付けない印象、蔦のはびこる暗い灰色の塔。
 何もない、荒野にぽつんと立っている塔は、初代魔塔の主である、ミンティア辺境伯家の始祖が魔法を使って建てたという。

「魔塔が、魔法を使って作られたって、本当だったのですね」

 そんなルナシェのつぶやきは聞こえないらしいアベル。
 ずいぶん集中しているようだ。
 魔塔の横に立ったのは、暗い印象の魔塔とは対照的な、白くかわいらしい神殿だ。

「ふう……」

 最後の石を積み終わったアベルが振り返る。

「魔法って、すごいのですね」
「その代わり、俺はここから動けないが」
「――――お兄様は、それでいいのですか?」

 案外、兄が楽しそうに、魔塔にある魔道具を解体したり、組み立てて研究しているのは知っている。
 けれど、ルナシェは、どうしても自分のせいで兄がこの場所から動けなくなってしまったのではないかという思いを拭い去ることができずにいた。

「ルナシェ」

 急に、アベルの指先でつままれたルナシェの小さな鼻。

「……おにいさま」

 ルナシェは、真剣に悩んでいたのに、とアベルを上目遣いににらむ。

「俺の唯一の家族は、今も、昔も妹だけだ」
「お兄様も、話してくださるのですか?」
「――――ルナシェ。ルナシェは、人生をやり直しているな」
「はい」

 それは、おそらく初代魔塔の主が瑠璃色の宝石に込めた魔力によるものだ。
 そのほかの発動条件は、まだ分かっていないが……。

「時間を巻き戻すなんて、それはよほど強大な魔法がなければできない。だが、人というのは、もともと幾多の人生を繰り返しているんだ。……普通は、思い出すことがないだけで」

 瑠璃色の瞳を見つめたルナシェは、なぜか鏡でも見ているように感じた。
 生まれてからずっと見てきたアベルの瞳。それは、ルナシェと同じ色をしている。

「いつだって、俺には、同じ瞳の色をした妹がいた。そして」
「お兄様?」

 そこで言葉を切ったアベル見つめ、不思議そうにルナシェは首をかしげた。
 その顔が、徐々につらそうに歪んでいくのを見て、そして息をのむ。

「――――もういいです」

 これ以上は、語らせたくないと、ルナシェはそっとアベルの頬に手を当ててつぶやいた。

「……ここにいますから」
「ああ、今回は、妹を失う前に、思い出したから……」

 アベルが、ルナシェの首にかけられた、くすんだ赤色の宝石を手にして、祈るように額に当てる。
 美しい瑠璃色の光が、宝石に吸い取られていくのをルナシェは、見つめた。
 これに似た光景をたしかに、以前一度見たことがある、なぜかそう思いながら。

 赤い宝石は、下の部分だけが紫、そして瑠璃色に染まった。

「……夜に変わる一瞬の光みたいですね」
「ああ。ルナシェを今度こそ」

 頬に添えられたままの手が、アベルの大きな手に包み込まれた。
 そのまま、そっと握られた手。

 まるで幼い頃のようにアベルに手を引かれ、ルナシェはもう一度窓からの景色を眺める。
 魔塔の近くに建った、白い神殿。
 落ち着いた茶色のレンガで建てられた、新しいミンティア辺境伯邸。

 ルナシェと、ベリアスの結婚式は、あと一週間後だ。

「こんなにギリギリまで、ここにいてもいいのでしょうか」
「――――すでに、ドレスは、ベリアス殿が用意しているし、王都の中央神殿も押さえてある。そのからだ一つなら、一瞬で王都まで送り届けることができるだろう」
「お兄様」
「……妹よ。ベリアス殿が嫌になったら、いつでも帰っておいで」

 つい、涙がこぼれてしまった。
 ずっと、会えなくなるわけではないのに。
 いつだって、ルナシェはアベルの背中に守られて生きてきたのだから。

「……だが、幸せになれよ」
「はい」

 ルナシェの涙をそっと拭い、背中を向けたアベル。
 その背中に、ルナシェはぎゅっと抱きつく。

「大好きです。お兄様……」
「本当に、嫁に出したくなくなるから、これくらいにしておけ」
「ふふ……」

 ルナシェは微笑んで、まるでルナシェとベリアスの瞳が混ざり合ったように色を変えた宝石を握りしめる。

「――――王弟には、気をつけろ。俺は、王都に行くことができないから」

 王弟だけが、魔塔とのつながりを持っていたことは、魔塔の主となったアベルが掴んだ情報だ。
 そして、一足先に王都に向かったベリアスは、王弟がドランクの砦を落とすため、隣国と内通していたという情報を掴んだという。

 つぶやいた兄の言葉に、ルナシェは黙って頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき
恋愛
「すまない。心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない。本当に、すまない」 アナスタージアは、結婚式の当日、夫婦の寝室にやって来た夫クリフに沈痛そうな顔でそう言われた。 クリフは数日前から一部の記憶を失っており、彼が言うには、初恋の女性がいたことは覚えているのだがその女性の顔を思い出せないという。 しかし思い出せなくとも初恋の女性がいたのは事実で、いまだにその彼女に焦がれている自分は そんな気持ちを抱えてアナスタージアと夫婦生活をおくることはできないと、生真面目な彼は考えたようだ。 ずっと好きだったアナスタージアはショックを受けるが、この結婚は昨年他界した前王陛下がまとめた縁。 財政難の国に多大なる寄付をした功績として、甥であるクリフとアナスタージアの結婚を決めたもので、彼の意思は無視されていた。 アナスタージアははじめてクリフを見たときから彼に恋をしていたが、一方的な想いは彼を苦しめるだけだろう。 それならば、彼の初恋の女性を探して、自分は潔く身を引こう―― 何故なら成金の新興貴族である伯爵家出身の自分が、前王の甥で現王の従弟であるクリフ・ラザフォード公爵につりあうはずがないのだから。 「クリフ様のお気持ちはよく理解しました。王命でわたしとの結婚が決まってさぞおつらかったでしょう。だから大丈夫です。安心してください。わたしとの夫婦生活は、仮初で問題ございません! すぐに離縁とはいかないでしょうが、いずれクリフ様を自由にしてさしあげますので、今しばらくお待ちくださいませ!」 傷む胸を押さえて、アナスタージアは笑う。 大丈夫。はじめから、クリフが自分のものになるなんて思っていない。 仮初夫婦としてわずかな間だけでも一緒にいられるだけで、充分に幸せだ。 (待っていてくださいね、クリフ様。必ず初恋の女性を探して差し上げますから) 果たして、クリフの初恋の女性は誰でどこに住んでいるのか。 アナスタージアは夫の幸せのため、傷つきながらも、彼の初恋の女性を探しはじめて……

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...