本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら

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本の虫令嬢は竜騎士に発見される 1

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「君がつがいだ! 間違いない」

 暖かな春の午後。

 一般開放されている王宮の庭園で、本を読んでいたミリアは、ものすごく興奮したイケボを耳にした。

 ーーーー番とは……!

 ちょうど読んでいた本が、竜人の番に関する文献だったため、興味を引かれて顔を上げる。

「……っ?!」

 本に集中すると、周りが見えなくなってしまうのが、ミリアの悪い癖に違いない。
 おそらく、ずっと近くにいたのだろう。顔を上げた目と鼻の先に、端整な顔立ちに、捕食されるかと錯覚するような金色の瞳があった。

「あの……」

 ミリアの丸い眼鏡と、目の前の竜騎士様の高い鼻が、ぶつかりそうな距離。
 普通の令嬢なら、叫んでしまっても仕方がない。

「婚約者はいるのか? 恋人は? まさか、すでに夫が……」

 ――――ずいぶん、グイグイ来るわねぇ?

 まるで人ごとのように、ミリアは目の前の美麗な顔を見つめた。

 黒い髪。金の瞳。すっとして高い鼻、口を開けるとちょっとだけ口の端から覗くとがった犬歯。
 最近、辺境の討伐を終えて王都に帰還したという竜騎士様の特徴そのものだ。

 番という言葉に、興味を示したものの、まさか自分のことだなんてつゆほども思わないミリアは、この期に及んでキョロキョロと周囲を見渡した。

 もうすぐ、庭園の一般公開の時間が終わる。人もまばらで、該当しそうなご令嬢は、周囲にいない。

「……アーロン・バルミール卿」
「っ! 俺のことを知っているのか! やはり運命……」
「王都の民であれば、誰もが知っていますよ。……けれど、バルミール卿は、私のことを知りません」
「君は間違いなく俺の番だ。これから、お互いを知っていくので、問題ない」

 ――――そもそも番とは。

 考察には述べられている。
 ほかに換えのきかない、竜人たちにとっての運命の相手である、と。

 一目見た瞬間、お互いを番だと認識し、そのまま新婚旅行に出かけたり、婚姻を結ぶことすら珍しくないらしい。

「…………」

 ミリアはそっと、胸に手を当ててみる。
 心臓の鼓動を感じるが、驚いたせいで高鳴っているだけに違いない。
 運命という言葉を信じるには、ミリアはあまりに現実主義者すぎた。

「……ごめんなさい。私は人間なので、番というものがよくわかりません」
「なっ! いや、だって君は」
「では、そろそろ門限ですので、失礼いたします」
「待ってくれ! わかった。君がわかってくれるまで待つ! せめて婚約者に!」

 貴族社会で、すでに18歳にもなって婚約者がいないミリアは、行き遅れの部類に入るだろう。
 おしゃれに興味はないし、視力が悪いから眼鏡も手放せない。
 それに何より、恋や愛なら本の中で十分だと思っている。

「初対面の方と婚約する趣味はないです」
「では、恋人!」
「大差ありません」

 婚約ならば、政略的なこともあるだろうが、恋人なんてもっとよくない。

「ゆ、友人!」
「…………うーん」

 そろそろ、真剣すぎる竜騎士様が気の毒になってきたミリア。

 ――――友人なら、いいかもしれない?

 その時、ふとミリアが手にした本に気がついたアーロンから、その運命の言葉は告げられた。

「――――本が好きか?」
「え? ええ……」

 ――――好きです。ものすごく。

 はじめてまっすぐに、ミリアはアーロンを見つめた。
 少しだけ伺うようにこちらを見ている姿は、まるで子犬のようだ。

「……屋敷には、王都有数の図書室があるんだ」
「えっ!」
「今、王都の屋敷にいるのは、俺と使用人だけだ……」

 ミリアの脳裏に浮かぶのは、どこまでも高い本棚に、貴重な書籍がぎっしりと詰まった夢空間だ。

「図書室……!」

 はじめて手応えを感じたアーロンは、ずいっと上半身を前に乗り出す。

「……読書仲間にならないか? 仲間になれば、自由に図書室を使ってくれて構わないのだが」
「はいっ! なります! 読書仲間!」
「仲間であれば、バルミール卿ではなく、アーロンと呼んでもらえるかな?」
「はいっ! アーロン様!」

 答えた瞬間、「ひゅっ!」と喉の隙間から声が漏れた。
 次の瞬間、ミリアは雲がどんどん近づいてくるのを目撃した。

 ものすごい浮遊感。まるで、空に落ちて行くみたいだ。
 黒い塊がミリアの足下にある。
 ミリアは必死にアーロンにしがみついた。

「アーロン様?!」
「――――しっかり掴まっていて」
「ちょ、いきなりすぎませんか?」
「舌をかむよ?」

 文句の一つも言おうとしたけれど、口を開けるとすごい勢いで風が吹き込んでくる。

 竜という生き物は、実在する。それはこの王国では、もちろん常識だ。
 けれど、実際に竜の姿を見たことがある人間は、数えるほどしかいないだろう。
 結局のところ、普通に生きていれば、物語の中にしかいない存在だ。竜なんて。

 ――――少なくとも、そう認識していたのに……。

 黒い塊には、堅いうろこがある。
 それに大きな羽も。間違いなく、物語の中の竜だ。

 屋敷にはすぐに着いた。
 一般的な貴族の屋敷に比べて、殺風景な庭。
 竜が降り立つことで、その庭に何も植えられてない意味が分かる。

 羽ばたけば、大きな木の枝がバサバサ揺れる。
 美しい花なんて、ひとたまりもなく散ってしまうに違いない。

「――――殺風景なのが気になるか? 君が望むなら、温室を作ろう」
「あ、花にはそれほど……。それより本を」

 アーロンが、クスリと笑う。
 その笑顔を見たミリアは、なぜか胸がキュンと軽く締め付けられるのを自覚する。

 ――――王都でも有数の図書館への期待?

 恋を知らないミリアは、少しだけずれた解釈をする。

「おいで?」
「――――あの、本当にいいのですか?」
「すべてが君のものだ」
「…………重いです」
「番とはそういうものだってことを、俺も今日知った」

 そんなことを、さも当たり前のように言いながら、アーロンの視線はミリアのすみれ色の瞳をまっすぐに見つめる。

 差し出された手を、ミリアは掴んだ。
 読書がつくにしても、仲間というのなら手をつなぐくらいはいいだろう。

「もう、手を洗わない」
「洗ってくれないと、もうつなぎません」
「そうか。そうだな」

 少年のようなアーロン。少しだけ戸惑いながら、ミリアは手を引かれる。
 屋敷で出迎えてくれたのは、上品なグレーの髪と瞳をした執事の男性だった。
 なぜか、大げさなほど感動されて、しばし時間をとられた後、ミリアは図書室に案内された。

 そこは、図書館と言ってもいいくらいの規模だった。
 天井も、ミリアの屋敷なんか比較にならないほど高くて、その天井まで続く本棚にぎっしりと高級な本が詰まっている。

「どうだ? 気に入ってもらえたかな」
「――――あ。永遠にここに住みたいです」
「そうか。すべて、君のものだ」
 
 ――――そんなばかな。

 アーロンは、今現在王都にたった一人しかいない竜騎士で、竜人だ。

 竜人達は、王都から遠く離れた地で、竜とともに暮らしているという。
 なぜ、アーロンだけが王都にいるのか、ミリアは不思議に思うこともない。
 まさか、その原因が自分にあるだなんて、ますます思うことがない。

 決して人の思うとおりにはならない竜と唯一、友のように家族のように過ごすことができる存在。それが竜人だ。

 ミリアが、そんな雲上人の番だなんて、あるはずがないのだから。

 けれど、ミリアの心の中の葛藤も、一生掛けても読み切れない蔵書の中に、竜人に関する文献を見つけた瞬間に、吹っ飛んでしまった。

「原書……」

 先ほどミリアが読んでいた物語には、原書がある。

 しかし、後世になって人間に都合よく書き直されたものしか、現在は読むことができない。
 でも、目の前にあるのは、古代語で書かれた原書に間違いがない。

「――――っ! こ、これも読んでいいのですか?」
「君が読んではいけない本など、ここには一冊もありはしない。だが……古代語で書かれているようだ」
「ありがとうございます!」

 ミリアは、その本を立ったままめくり始める。
 その視線が、あまりに真剣だから、アーロンはしばし言葉を失った。

「――――古代語が、読めるのか」

 その言葉に返事はない。けれど、よどみなくめくられるページが、それが事実なのだと伝えているようだ。
 そこに書いてある、竜人についての記述は、実は王族でも一部の者しか知らない秘密であることを、二人はまだ知らない。

 それが、二人のこれからを、大きく変えて、縛ってしまうことも。
 まだ、一方的な恋物語は、始まったばかりなのだから。
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