彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

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国王ジュリアス①

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「きゃーっ!!」
 
 その日、ロマーノ王国の王宮に女の悲鳴が響き渡った。

 既に冷たくなった王妃アルテーシアを見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。その侍女が咄嗟にあげた悲鳴で、王宮は立ちどころに大騒ぎとなった。

 俺は話を聞いて直ぐに王妃の元へ駆け付けようとしたが、宰相に止められた。

「既にこれだけの騒ぎです。この上陛下まで動かれますと更に騒ぎが大きくなります。まだ王妃様がお亡くなりになった経緯も分かりません。どうか詳しい状況が分かるまで、私室にてお待ち下さい。必ず私が報告にあがりますから」と。

 宰相がそう言うのも無理のない事だった。

 王宮の中、未だ年若い王妃が何の前触れもなく死んだのだ。事件性を疑うのも当然の事だろう。

 仕方なく俺ははやる気持ちを抑えながら宰相からの報告を待つ事にした。

 宰相アルドベリク・スティングライト

 王太后ミカエラの甥で侯爵位を持つ彼は、父、前国王エラルドからの信頼も厚く、父は亡くなる時、彼を俺の宰相に据える様にと遺言を残した。

 数時間後。王宮の喧騒が漸く静まった頃、アルドベリクが俺の執務室を訪れた。

「陛下、宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、亡くなってから、既に2、3日が経過しているだろうとの事でした」

 アルドベリクからそう報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。彼は俄には信じられないような話を、何の感情も籠もってはいないかのような声音で、淡々と俺に告げた。

「餓死? 王妃が? 2、3日…」

 反して俺は彼の話す内容に衝撃を受け、ただ茫然とアルドベリクの言葉を繰り返すばかりだ。

 では彼女が亡くなってから今日までの間、誰1人として、彼女の姿が見えない事に気付かなかったと言うのか…。

 そんな馬鹿な…。彼女は王妃だぞ?

「そうだ! 侍女はどうした!? 何時も王妃の側には彼女が隣国より連れて来た侍女がいたであろう?」

 暫くして、その事に気付いた俺が問うと、アルドベリクから返って来た答えはまたもや驚くべきものだった。

「ああ、あの侍女なら2週間程前に既に亡くなっておりますよ」

 アルドベリクは変わる事のない口調で淡々とそう答えた。

「亡くなった…? 俺は何も聞いていないぞ! それに彼女はまだ20歳そこそこの若い娘だったではないか! 何故だ? 何故侍女は亡くなった!?」

「ああ、気になりますか? なに、ですよ。階段から足を踏み外して落ちたそうです。既に事故死として処理されております」

 よくある話だと? 人が亡くなったにも関わらず、何と言う言い草だ。この男には感情と言うものが欠落しているのはではないか…そう訝しむ程、アルドベリクはまた、何の感情も籠もっていないかの様な声音で事務的にそう報告した。

 事故死…?

 どう言う事だ。この王宮で一体何が起こっている…?

 「では王妃付きの侍女が事故で亡くなり、僅か2週間足らずで今度は王妃が餓死したと言うのか…?」

 王妃はこの国に嫁いで来た隣国ジルハイムの王女だ。然も彼女はジルハイムの王ユリウスに嫁いだ父の妹シルヴィアが産んだ娘。俺にとっては従兄妹に当たる。つまりアルテーシアは我が国ロマーノと隣国ジルハイムの王家の血を引く王女と言うことだ。その彼女が餓死なんて…。こんな事を知ればジルハイムは決して黙ってはいまい。

 俺の背中を嫌な汗が流れた。

 アルドベリクは尚も報告を続けた。

「ああ、それから、ここからが1番陛下にお知らせしなければならない事なのですが…」

 アルドベリクはそう前置きしながら、躊躇いがちに少し考え込む様な素振りを見せた。

 彼がこの部屋を訪れてから初めて見せた感情の変化が、更に俺の不安を煽った。

「何だ? まだ何かあるのか!? あるなら早く言え!」

 そう急かした俺にアルドベリクは漸く重い口を開いた。

「亡くなった王妃様は、陛下の子を懐妊されておられました」

「………っ! なんだと…?」

 アルドベリクのその言葉を聞いた瞬間、俺は堪らず王妃の部屋へと駆け出していた…。

 彼女の部屋に着くと、俺は急いでベッドで眠っている王妃の元へと駆け寄った。血の気の引いた真っ白な顔。彼女はまるで人形の様だった。そしてその姿は一目見ただけで、もう既に彼女はこの世の人では無いのだと俺に知らしめた。俺は彼女のまだ薄い腹に手を置く。

「ここに俺の子がいたのか…」

 彼女がこの国に嫁いで来て2年。漸く子を授かった事をこんな形で知るなんて…。

 俺は愕然とした。

 彼女の腹を撫ぜながら、ふと顔を上げると、テーブルに置かれたトレーが目についた。

「何だ…。それは…?」

 俺が尋ねると、隣にいたアルドベリクが答える。

「王妃様を見つけた侍女が運んで来た、今日の王妃様の食事だそうですよ」

 アルドベリクの答えを聞いた俺はふらふらと立ち上がり、トレーに置かれていたその王妃の食事だとに目をやった。

「これが彼女の食事だと言うのか…」

 信じられなかった。
 
 何故ならトレーに置かれていたのは、固くなったパンたった1つだけだったから。

 恐らく王妃が亡くなった騒ぎの中で、片付けられる機会を失っていたのだろう…。

 ……いや、本当にそうか?

 王妃が発見されてから既に数時間が経っている。トレー1つ片付ける時間もなかったとは思えない。恐らくこれは、これを運んだ侍女にとって最も見られてはいけないものだったはずだ。

 医師の見立てでは、王妃は亡くなってから2、3日が経っていると言う。つまりこのパン1つが、彼女に2、3日ぶりに運ばれた食事と言う事か? 何と言う事だ。ならばこのトレーは、誰かが王妃の置かれていたその状況を俺に分からせるため、故意に片付けさせないようにしたのかも知れない。

 もし、そうだとしたら…。

 俺は隣にいる男に目をやった。

「これを運んだ者は誰だ!」

 俺が声を上げると、1人の侍女を近衛騎士が引き連れて前へ出た。やはりアルドベリクは、証拠を隠蔽される前に侍女の拘束を命じていた様だ。

 その侍女の顔を見て俺は目を見開いた。

 それが侍女達を束ねる侍女長だったからだ。

「どうして、お前がこんな…。これが、王妃の食べる食事だと言うのか!? 彼女はジルハイムの王女だぞ! ジルハイムは、先頃の地震により被害を受けた我が国に真っ先に手を差し伸べ、資金援助まで申し出てくれた大恩ある国だ! その国の王女に対して、どうしてこの様な残酷な扱いが出来た!?」

 俺は激昂して叫んだ。彼女は涙を流しながら、視線を落とし震えている。すると隣にいたアルドベリクが1歩前に歩み出て、感情を露わにし怒気を含んだ低い声で俺に向かって言い放った。

「陛下、貴方が其れを仰いますか?」



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