彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

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黒衣の王太后 ミカエラ①

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 今日わたくしは、姪が亡くなったと知らせを受けた。

 血の繋がりこそなかったけれど、自分の子を授かる事が出来なかったわたくしにとって、義妹の産んだ彼女はとても愛おしい存在だった。

 それなのに…。

 王家の血を守るため。

 そんなくだらない事のために、何の罪もないアルテーシアは犠牲になったのだ…。

 ******

 エラルドとわたくしの婚約は、エラルドが10歳、わたくしがまだ7歳の時に結ばれた。

 この国の王家に生まれた男児は、10歳の誕生日になると茶会を開き、招待された令嬢の中から婚約者を自分で選ぶと言う仕来たりがあった。金色の髪と湖の様に美しく澄んだ青い瞳の王子様。

 その日、そんな彼が沢山の令嬢達の中から、わたくしを選んでくれたのだ。わたくしは嬉しくて、嬉しくて、それ以来、彼の妻として相応しくあろうと毎日必死に努力した。

 マナー、ダンス、語学、知識。未来の王妃になるわたくしには、学ばなければならない事が山の様に沢山あった。

 毎日、毎日、王宮に通い、寝る間も惜しんで勉強を続けるわたくしを、エラルドは気遣い、とても大切にしてくれた。妃教育は大変だったけれど、思えばこの頃がわたくしの人生の中で、1番幸せな時期だったのかも知れない。

 軈て妃教育を終えたわたくしは、当時まだ王太子だったエラルドの元へと嫁ぎ、わたくし達は晴れて夫婦となった。

 結婚してからのわたくし達の関係は、決して燃え上がる様な激しい愛ではなかったけれど、お互いを思い合い慈しむ…そんな穏やかな夫婦としてのはあったのだと思う。

 でも、そんなわたくし達には大きな悩みがあった。

 なかなか子を授かる事が出来なかったのだ。

 王家に嫁いだ者にとって、子を産む事は責務と言っても過言ではない。

 わたくしはいつまで経っても、その責務が果たせずにいた。

 子を産めぬ女にとって、王宮ほど辛く恐ろしい場所はない。

「まだ子は成せぬのか…」

 宮廷医師から知らせを受けているのだろう…。

 わたくしの月のものが来る度に、陛下と王妃様がそう言ってあからさまに落胆の表情を浮かべる。

 それだけではない。

 子を授からず苦悩するわたくしに、城の者達は平然と "石女" だ "お飾り" だなどと、聞こえる様に陰口を放つ。

 どんなに学び、執務に励んで国と民のために尽くしても、子を産む事が出来なければ王太子妃としては認めては貰えないのだ。

 わたくしは、どんどん追い詰められていった。

 そんな日々が1年2年と続くうち、ついに陛下や王妃様、果てはエラルドの側近に至るまでもが、彼に側妃を迎える様にと迫りはじめた。

「私は側妃を娶るつもりなどない。ミカエラが私のたった1人の妃だ。もし側妃など娶ってその者との間に子を授かれば、ミカエラの立場はどうなる? 彼女はこれまでの人生の大半を王家に捧げてくれていたと言うのに!」

 だがエラルドは、ずっとそう言ってそれを拒み続けていたらしい。

 たった1人の妃…。

 エラルドがそう言ってくれたと聞いた時、わたくしは彼のその気持ちが涙が出る程嬉しかった。そして彼は、わたくしの今迄の努力をきちんと分かってくれていたのだ。

 わたくしはこの時初めて、彼に対するはっきりとしたを感じた。

 でも…。

 わたくしが嫁いで5年目の事だった。もうそんな事は言っていられない事態が起こった。

 国王陛下が病に倒れられたのだ。これにより王太子であるエラルドが早急に王位を継ぐ事になった。

 その時、病床の陛下がわたくしの手を握り締めて縋る様に仰った。

「あの子に側妃を娶るよう、其方から言っては貰えまいか? あの子は私達がどれ程言っても其方を思って側妃を娶ろうとはしないのだ。頼む。この通りだ。其方からの言葉ならあの子も聞くであろう。其方が王家に嫁いで既に5年。其方ももう気は済んだであろう。そろそろあの子を解放してやっては貰えまいか?」

 解放…。陛下が仰ったその言葉に愕然とした。

 そんな風に思われていたなんて…。

 わたくしがエラルドを縛りつけていたとでもいうの…?

 いえ、わたくしは確かに嫌だった。彼が自分以外の女性をその腕に抱くなんて…。

 でも、彼はもうこの国の王なのだ。そしてわたくしはこの国の王妃。自分の気持ちよりも、国の事をまず1番に考えなければならない立場だ。

 わたくしはその陛下からの訴えに、頷く他に道はなかった。

「わたくしは恐らくもう、貴方のお子を授かる事はないでしょう…。お願いです。どうか皆様の仰る様に側妃様をお迎えになって下さい…。貴方はもう王太子ではありません。国王なのです。次代へ繋ぐ子供が必要なのです」

「いやだ。私は君以外の女性と閨を共にするつもりはないよ。私には幸い優秀な弟がいる。私達の間に子が出来ぬと言うのなら、彼に後を譲るよ。だから、君は何も心配する事はないんだよ」

 彼は優しくそう私を諭したけれど、わたくしは王家に嫁いで来た人間だ。そんな事が許されるはずがない事は既に分かっていた。

 正妃に子が出来ねば、側妃を娶る。それは何処の国であっても当たり前の事…。エラルドだけがわたくしに義理立てし、側妃を娶らないなど…自分の子を諦めるなど、あってはならない事だった。

 それにそんな事を、これから王となる彼を支える側近達が許すはずも無かった。

 そんな事になれば、彼らとてその立場を失うのだから…。

 だからと言って彼らの言い分を無視すれば、今度は彼らからの信頼を失う。

 どんなにエラルドが優秀でも、国を1人で治める事など出来ない。彼らの支えがなければ、彼は王としてその役割を果たす事など出来ないのだ。

 最後に彼の背中を押したのはわたくしだった。

「わたくしは、自分の存在が貴方の足枷になっている事が苦しいのです」

 そう言って涙を流すわたくしを見たエラルドは

「君がそんなに苦しんでいたなんて…。君を苦しめるつもりは無かったんだ。だが、私に子が出来ぬ事を君がそれ程に憂うのなら…」

 彼は漸く頷いた。

 その後、側妃を娶ったからと言ってエラルドが表立って変わる事は無かった。彼はどんな時もわたくしを正妃として尊重してくれた。

 でも、夜になると彼は側妃の元へと赴く。夫が今、他の女性を抱いている。わたくしは1人の寝室で涙を流した。

 そんな日々が2年続いた。だが、側妃との間に子は授からなかった。

 その後、次の側妃が選ばれた。また2年が経った。子を授かる事は出来なかった。

 わたくしを含めて3人の女達が彼の子を授からなかった。

 誰が原因か。もう答えは決まったも同然だった。

「子が出来ぬのは私のせいだった様だな。君には本当に辛い思いをさせた。すまなかったね」

 エラルドはそう言って、自嘲した様に笑った。

 この時、彼の本当の気持ちに気付けなかった事を、私は今も悔やんでいる。

 考えれば分かった事だ。

 自分もそうだったではないか…。

 自分が石女だと揶揄され、自分にはもう子を授かる事が出来ないのかも知れないと悟った時、どれ程悔しく悲しかったか…。

「王位は弟に譲ろう。最初からそうすれば良かったんだ。そうすれば誰も傷付かずに済んだ。これからは君と2人、この国のために尽くそう…」

 エラルドはこの時そう言った。

 その後わたくし達は、共に公務をこなしながら、また穏やかな日常を過ごしていた。

 だから、わたくしは思ってもみなかったのだ。

 シルベールがこれが最後だと連れて来た親子程も歳の違う少女を、エラルドが3人目の側室として娶るなんて…。

 そして、夫エラルドがよわい40を超えて、彼の人生の中で最初で最後のをするなんて…。

 イーニア・ロレット。

 そう…この少女こそ、ジュリアスの母だった…。

 



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