34 / 55
34
しおりを挟む
自らの喉元に突き付けられた剣に目を見開いたオスカーは、軈て全てを諦めたかの様に両手を上にあげ降参の姿勢を見せた。
「あ~あ。失敗しましたね。やはり貴方なんて助けなければ良かった。でも貴方の寝室であの人形を見た時、私は考えてしまったのですよ。上手くいけばあの人形を使って貴方に成り代われるのではないかとね」
オスカーは目の前のダンケルにそう言って息を吐いた。
「ですが完敗ですよ。まさか貴方がこれ程に強いとは……。さっきまで死にかけていたと言うのにね」
彼は自嘲した様な笑みを浮かべる。
なる程、そう言う事か。あの卒業パーティーの日、王宮に忍び込んだワシがダンケルと人形を入れ替えた事をこの男は知っていた。
だからダンケルを治癒し、その健在ぶりを王宮中に示した。人形を利用して自分がダンケルに成り変わるためには、そうする必要があったのだ。
だが……。
「そうだな。だが、お主ではダンケルに成り変わる事など到底無理だ。お主の言う通り、つい数時間前まで此奴は死にかけておった。長い間眠っておったのだ。筋力も弱っておる。年を重ね若い頃の様な俊敏さももうない。それでも此奴が強いとお主が感じたのなら、それはオスカー、其方が弱いからに他ならない……」
「弱い……私が……?」
今まで考えた事も、言われた事も無かったのだろう。
オスカーが信じられないと言った表情で、呆然と呟いた。
「ああ、弱いな。今の其方にあるのは魔力量だけだ。だが、全くもってそれが使い熟せてはおらん。未熟も未熟。正に宝の持ち腐れと言うやつだな」
ワシはまたそう言ってオスカーを煽った。
「宝の持ち腐れだと? 貴様! 私を愚弄する気か!?」
するとオスカーがまた、感情を露わにし怒気を含んだ声を上げた。
「それそれ。少し煽られれば直ぐに感情を乱し、冷静な判断が出来なくなる。それもお主の悪い癖だ。こんな状況に追い込まれておきながら、まだワシらに逆らおうとするその態度。ワシにはさっぱり理解出来ん。お主、分かっておるのか? 今、ダンケルの刃は、お主の喉元を捉えておるのだぞ。もしお主がこれ以上ダンケルを怒らせ、此奴がその刃を横に真っ直ぐに引けば、お主はそれだけでその命を失うのだ。この場面、もしワシがお主の立場なら、真っ先に命乞いをするわ」
「は? 命乞い……? そんな事をして何になります? 私は国王に毒を盛ったんだ。許される筈がないでしょう? それにもし許されたとして、貴方は私に生き恥を晒せと言うのですか!」
オスカーのこの言葉を聞いた瞬間、ワシは怒りのあまり奴を怒鳴り付けた。
「生き恥だと? 生きる事は恥ではないわ! この愚か者が!!」
ワシの怒声に、オスカーが驚きの余り目を見開く。ワシはそんなオスカーに語りかけた。
「ワシは戦場で沢山の人の死をこの目で見て来た。皆、生きたいと願った者達だった。生きる為に国を守ろうとした者達だった。だが、例えその者がどんな人生を歩んで、どんな願いを持っていたとしても、死んでしまえば皆、同じ物言わぬ骸だ。もはやこれ以上、何かをなす事も、愛する者を抱きしめる事さえも出来ぬ。だが、其方はまだ生きているではないか? 例えその身が奴隷となったとしても、それだけの才能があるのだ。生きてさえいればいつかまた、再帰の道が開かれるかも知れぬではないか」
そう言って奴の目の前に小さな水球を作った。
ワシはその水球を左右に曲がらせて見せた。
「其方の放った火球はワシら目掛け真っ直ぐに飛んで来た。動きが単調なのだ。だかな、真っ直ぐ飛ぶ物など除けるのは簡単だ。もしこの水球の様に其方の放った火球が左右に曲がれば、ワシらはあれ程簡単に火球を避ける事は出来なかった」
オスカーはワシのその話を興味深かそうに黙って聞いていた。
「ランスルの話では、其方、1度見た魔法は再現出来るそうではないか?」
「……いえ。全てではありません。あの人形を作る様な高度な魔法は1度では出来ませんでした」
「そうか……。だから先程、熱心に人形を触って見ていたのか?」
「はい……」
オスカーは素直に頷いた。あの時この男は楽しそうに身代わり人形を見ていた。魔法が本当に好きなのだと思った……。
「お主のその天から与えられた才能を此処で失うのは惜しい……。これはワシ個人の意見だがな……」
この男にこの言葉を掛けて良かったのかどうかは分からない。
だが、気が付けば口をついて出ていた。
「貴方にもっと早くお会いしたかった……。貴方に魔法を教わりたかった……。ランスルやアルテミス嬢が羨ましい……」
オスカーはそう言って悔しそうに俯いた。
すると今まで黙ってワシとオスカーの話を聞いていたダンケルが、ここで漸く口を開いた。
「ならばお前の知っている事を包み隠さず全て話せ。お前を生かすか殺すか決めるのはそれからだ」
「あ~あ。失敗しましたね。やはり貴方なんて助けなければ良かった。でも貴方の寝室であの人形を見た時、私は考えてしまったのですよ。上手くいけばあの人形を使って貴方に成り代われるのではないかとね」
オスカーは目の前のダンケルにそう言って息を吐いた。
「ですが完敗ですよ。まさか貴方がこれ程に強いとは……。さっきまで死にかけていたと言うのにね」
彼は自嘲した様な笑みを浮かべる。
なる程、そう言う事か。あの卒業パーティーの日、王宮に忍び込んだワシがダンケルと人形を入れ替えた事をこの男は知っていた。
だからダンケルを治癒し、その健在ぶりを王宮中に示した。人形を利用して自分がダンケルに成り変わるためには、そうする必要があったのだ。
だが……。
「そうだな。だが、お主ではダンケルに成り変わる事など到底無理だ。お主の言う通り、つい数時間前まで此奴は死にかけておった。長い間眠っておったのだ。筋力も弱っておる。年を重ね若い頃の様な俊敏さももうない。それでも此奴が強いとお主が感じたのなら、それはオスカー、其方が弱いからに他ならない……」
「弱い……私が……?」
今まで考えた事も、言われた事も無かったのだろう。
オスカーが信じられないと言った表情で、呆然と呟いた。
「ああ、弱いな。今の其方にあるのは魔力量だけだ。だが、全くもってそれが使い熟せてはおらん。未熟も未熟。正に宝の持ち腐れと言うやつだな」
ワシはまたそう言ってオスカーを煽った。
「宝の持ち腐れだと? 貴様! 私を愚弄する気か!?」
するとオスカーがまた、感情を露わにし怒気を含んだ声を上げた。
「それそれ。少し煽られれば直ぐに感情を乱し、冷静な判断が出来なくなる。それもお主の悪い癖だ。こんな状況に追い込まれておきながら、まだワシらに逆らおうとするその態度。ワシにはさっぱり理解出来ん。お主、分かっておるのか? 今、ダンケルの刃は、お主の喉元を捉えておるのだぞ。もしお主がこれ以上ダンケルを怒らせ、此奴がその刃を横に真っ直ぐに引けば、お主はそれだけでその命を失うのだ。この場面、もしワシがお主の立場なら、真っ先に命乞いをするわ」
「は? 命乞い……? そんな事をして何になります? 私は国王に毒を盛ったんだ。許される筈がないでしょう? それにもし許されたとして、貴方は私に生き恥を晒せと言うのですか!」
オスカーのこの言葉を聞いた瞬間、ワシは怒りのあまり奴を怒鳴り付けた。
「生き恥だと? 生きる事は恥ではないわ! この愚か者が!!」
ワシの怒声に、オスカーが驚きの余り目を見開く。ワシはそんなオスカーに語りかけた。
「ワシは戦場で沢山の人の死をこの目で見て来た。皆、生きたいと願った者達だった。生きる為に国を守ろうとした者達だった。だが、例えその者がどんな人生を歩んで、どんな願いを持っていたとしても、死んでしまえば皆、同じ物言わぬ骸だ。もはやこれ以上、何かをなす事も、愛する者を抱きしめる事さえも出来ぬ。だが、其方はまだ生きているではないか? 例えその身が奴隷となったとしても、それだけの才能があるのだ。生きてさえいればいつかまた、再帰の道が開かれるかも知れぬではないか」
そう言って奴の目の前に小さな水球を作った。
ワシはその水球を左右に曲がらせて見せた。
「其方の放った火球はワシら目掛け真っ直ぐに飛んで来た。動きが単調なのだ。だかな、真っ直ぐ飛ぶ物など除けるのは簡単だ。もしこの水球の様に其方の放った火球が左右に曲がれば、ワシらはあれ程簡単に火球を避ける事は出来なかった」
オスカーはワシのその話を興味深かそうに黙って聞いていた。
「ランスルの話では、其方、1度見た魔法は再現出来るそうではないか?」
「……いえ。全てではありません。あの人形を作る様な高度な魔法は1度では出来ませんでした」
「そうか……。だから先程、熱心に人形を触って見ていたのか?」
「はい……」
オスカーは素直に頷いた。あの時この男は楽しそうに身代わり人形を見ていた。魔法が本当に好きなのだと思った……。
「お主のその天から与えられた才能を此処で失うのは惜しい……。これはワシ個人の意見だがな……」
この男にこの言葉を掛けて良かったのかどうかは分からない。
だが、気が付けば口をついて出ていた。
「貴方にもっと早くお会いしたかった……。貴方に魔法を教わりたかった……。ランスルやアルテミス嬢が羨ましい……」
オスカーはそう言って悔しそうに俯いた。
すると今まで黙ってワシとオスカーの話を聞いていたダンケルが、ここで漸く口を開いた。
「ならばお前の知っている事を包み隠さず全て話せ。お前を生かすか殺すか決めるのはそれからだ」
896
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】領主になったので女を殴って何が悪いってやつには出て行ってもらいます
富士とまと
ファンタジー
男尊女子が激しい国で、嫌がらせで辺境の村の領主魔法爵エリザ。虐げられる女性のために立ち上がり、村を発展させ改革し、独立しちゃおうかな。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる