悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️

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 直ぐに空間転移をしようとしたワシにアルテミスが進言した。

「お父様! お父様はまず、王太后様に声を掛けに行かなければいけないんじゃないの!?」

「あ……」

「あ、って! その顔はすっかり忘れていたわね?」

 アルテミスが呆れた様に息を吐く。

 そうだ……。婆さんにはワシが迎えに来るまで隠れていろと言ったんだった。

「兎に角、この状況じゃ次にいつ王宮に戻って来られるのかも分からないわよ? その間、王太后様をずっと隠れさせておくつもりなの?」

 ……流石にそれは出来んか……。

「やむおえん。ワシは一先ず婆さんの元へと向かう。お前達二人は正門前に先に行き、ルドルク達の到着を待ってくれ」

「分かったわ。で、その後はどうすれば良い?」

 アルテミスは、次から次へと先回りしてワシに問い掛けていく。

 本当にしっかりとした娘だ。あの馬鹿王子には勿体無い。ワシはアルテミスがエドガーに嫁ぐ羽目にならなくて本当に良かったと改めて思った。こう言うのを怪我の功名と言うのであろうか。

「そうだな。皆で先に中央広場に向かってくれるか? 時計台があっただろう? あそこに登れば王都全体が見渡せる」

 中央広場があるのは王都の中心地。然もお誂え向きに王都中に時を告げるために作られた巨大な時計台が聳え立っていた。

「お前はルドルク達と共にあの時計台に登り、留学生達が放つ火球に片っ端から水球を打ち込んでいけ。ワシも直ぐに追いつく」

「分かったわ」

 ワシの言葉にアルテミスが頷いた。

「では私は何をすれば良いですか?」

 今度はオスカーが尋ねる。

「お前は魔力を温存してくれ」

 するとオスカーもまた、納得した様に頷いた。

「分かりました。私は閣下の魔力の補充係ですね」

 こちらもまた飲み込みが早い。容姿が良くて魔力量が多く、頭の回転まで速い。オスカーにアルテミスが憧れるのも無理もない事に思えた。

「いや、許さん! 許さんぞ!」

 ワシはブンブンと大きく頭を振った。

 だいたい、奴はワシとダンケルだけではなくアルテミスまで殺そうとした男だぞ。それにそんな奴、他の女が放っておく訳がない。アルテミスが苦労するのが目に見えておる。

「お父様? お父様ったら! 何を一人でぶつぶつ言っておられるのです?」

 どうやらワシは知らぬ間に独り言を呟いていた様だ。アルテミスがワシに冷たい視線を向けた。

「閣下、何が許さんのですか?」

 今度はオスカーが真剣な目をして問い掛けた。

 此奴、ワシの一人言をしっかり聞いておったのか。

 ワシが焦って視線を彷徨わせると、アルテミスが呆れた様に言い放った。

「オスカー様、気にする事はありませんわ。お父様がこんな顔をする時は、どうせ碌な事じゃないのです。それより早くしないと王都に火の手が上がってしまいます。私達は一刻も早く正門前に向かいましょう」

 アルテミスはそう言うと、オスカーに向かって手を差し出した。

「ちょ、ちょっと待て。何だその手は!?」

「え? だってオスカー様に魔力を温存する様に言ったのはお父様ではありませんか?」

 アルテミスが焦るワシに、まるで何でもない事の様に答えた。

「いや、だが、妙齢の男女が手を繋ぐと言うのはな……その……」

「は? 何を言っているのですか? 今、そんな事を言っている場合ですか? それより早く! オスカー様、行きますよ!」

 アルテミスがオスカーの手をグイッっと引き寄せしっかりと握り締めた。

 そのアルテミスの行動に戸惑いを覚えたのか、オスカーはアルテミスがぎゅっと握った手に視線を送る。

 だが次の瞬間、アルテミスが転移魔法をかけたのか二人の体を光の粒が覆い、体が透けていった。

「アルテミス、完璧な転移魔法だ。だが、あれは男を尻に敷くタイプだな」

 消えていく二人を見届けたワシはそう呟くと、直ぐに王太后の部屋へと空間移動した。

 王太后の部屋はしんと静まり返っていた。

 ワシは大声で叫ぶ。

「おーい婆さん。婆さん! もう出てきて大丈夫だぞー!」

 すると……。

「婆さん、婆さん、五月蝿い!!」

 王太后が怒鳴りながらクローゼットから出て来た。そして驚いた事にその後ろから一人の少女が一緒に出て来たのだ。

「……マリエッタか?」

 ダンケルと同じ赤い髪を持つその少女が誰なのか、ワシには直ぐに見当がついた。

 恐らく婆さんはあの後、自分だけではなく、同じ王宮にいた彼女の身の安全も図ろうとしたのだろう。

 裏を返せば、婆さんは彼女をそれ程までに大切にしていると言う事だ。

「それで? 何があったか分かったのですか?」

 マリエッタが問い掛ける。

 その声を聞いてハッと息を飲んだ。

「この声……。人形に毒を食わせたのはお前か!?」

「あら? 気付いて頂けました? 始めまして辺境伯。マリエッタと申します」

 彼女はそう言って完璧なカーテシーを見せた。

 この娘……。確かまだ年は16のはず。だが何だこの小娘は……。言うなればふてぶてしい婆さんより更にふてぶてしい。

「お前……。あの人形に気付いていただろう? 気付いていて態と毒を食わせたな」

 怒りで体が震えた。

 こんな女のためにオスカーは罪を犯したと言うのか?

『ああ……娘は可愛いな』

 ダンケルの言葉から勝手に可憐な少女を予想していた。だがそれは大きな間違いだった様だ。

「毒……マリエッタ、貴方、ジグムントにも毒を飲ませたの?」

 王太后が驚きで目を見開いた。

「大丈夫よ。お婆様。致死量じゃないわ」

 反対にマリエッタは平然と答える。

『だが陛下に毒を盛るよう命じたのはマリエッタ様ですよ』

 なる程、オスカーが言った通り、こいつなら父親に平気で毒を飲ませるのかも知れない。

「お前……。何故ワシにまで毒を盛った!?」

 そう怒声を浴びせたワシに彼女はまた平然と答えた。

「だって貴方、邪魔だったんですもの」

「邪魔……だと?」

「ええ、そうよ。貴方のお陰で計画が狂ったわ。貴方さえいなければ、今頃、お父様はもうとっくに死んでいたはずなのに」

 マリエッタはそう言って、忌々しそうに眉を吊り上げた。

 その時だ。

 窓の外に赤い火花が過ぎった。

 







 

 

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