王命って何ですか?

まるまる⭐️

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第22話 侯爵家侍女長ニーナ①

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「あんなのはったりだわ!」

 あの女が颯爽と屋敷を出て行く後ろ姿を皆で呆然と見送った後、奥様が叫んだ。

「そ…そうですよね? 訴えるだなんて…そんなのはったりに決まっていますわ」

 いつも通り奥様に同意する自分の声が震えているのが分かる。

「そうよ! ただ働きなんて、ここは侯爵家よ。まさかそんな事、あるはずないわ」

「あんなのあの女な負け惜しみよ!」

 私の言葉を皮切りに、皆が口々に奥様に同意の声を上げる。でも、私には分かっていた。

 恐らくあの女が言っていた事は全て真実だ。

 何故ならあの女が嫁いで来る3年前まで、この侯爵家はとても困窮していたから…。

 あの女が嫁いで来て以来、この侯爵家は見違える様に変わった。

 まず、今まで最低限だった使用人の数が増えた。家具は全て最高級品に入れ替えられ、屋敷中が豪華な調度品に溢れた。そして、大奥様や旦那様、奥様、で暮らす人たちは皆、贅の限りを尽くす様になって行った。

 毎日違うドレスを身に纏い、高位貴族の婦人達を招いてはその存在感を示そうと茶会に精を出す大奥様。

 領主としての勤めは全て使用人に丸投げし、奥様や友人達との遊興に浸る旦那様。因みにその遊興費は全て旦那様持ちだ。

 そして屋敷の中で、これから夜会にでも行くのかと見紛うばかりに飾り立てる奥様。

 肝心のその金を出しているアマリール家の娘を、別邸に1人押し込めて…。

 本当は1番大切にしなければいけなかった人…。私達はその人を、あの女だのあんただのと呼んで虐げ続けて来たのだ。

 状況はが言った以上に切迫詰まっているのかも知れない…。

 何より彼女が言っていたアマリール家の経営する商会からの侯爵家への督促状。

 彼女は知らなかった様だが、それらは既に侯爵家に届いていた。

「支払わなければ差押えされます」

 ニコラスがそう言って、何度も旦那様に進言していたのを私は知っている。

 まぁ、当然の事ながら旦那様は相手にもしていなかったが…。

 だが、それも彼女が別邸に旦那様の妻として居ればこそ出来た事…。彼女と旦那様の離縁が成立した今となっては話は変わる。

 彼女が言ったように、最早、何の関係もなくなった侯爵家に、アマリール家が忖度する理由なんて何もないのだ。

 私はこの侯爵家の行く末を考えて身震いした。

「きっと大丈夫よ」

 奥様が皆を励ます。何を根拠に大丈夫なんて言えるのか…? 私は呆れながら奥様のその言葉を聞いていた。するとその時、1人の侍女が奥様に向かって声を上げた。

「わ…私、奥様の命に従って、あの女に真冬に水をかけました…。そのあと、あの女は高熱を出して死にかけたって…。あの…あの後、ニコラス様にそう教えられて…。あの温厚なニコラス様がとても怒られていて…。あの…私、怖くてニコラス様に奥様の命令に従っただけですって申し上げたんですけれど…」

 彼女は震えながら訴え掛ける。すると…

 パシーン!

 いきなり奥様の平手が飛んだ。

「何て事言うの! 私はそんな事知らないわよ! 向こうにはニコラスがいるのよ。貴方、私が訴えられたらどうするの!?」

 奥様は顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。

 彼女は反動で床にへたり込み、打たれた頬を手で押さえながら呆然としている。

 皆が奥様を覚めた目で見つめた。

 先程ははったりだと真っ先に声を上げたではないか…と。

 そう…。あの女に水を掛けたのは彼女だけではなかった。

 あの女をこの侯爵邸から追い出す為、奥様に命じられ、皆で嫌がらせしていたのだ。

 それを知らないなんて良くも言えたものだ。

 偶々、彼女が水を掛けた時、彼女が熱を出し死にかけた。ただそれだけ。此処にいる誰もにその可能性はあった。

 それを奥様は知らないと言って、責任逃れしようとしている。

「何よ、その目は!? 貴方達、この私に逆らうつもり? 私はもう直ぐ侯爵夫人になるのよ? 私に逆らったら、みんな首にしてやるんだから…」

 奥様は叫び続ける。

 先日、アレックスが突然、侯爵家を辞めた。そして今度はニコラスが彼女に付いて行った。

 アレックスも彼女に付いている…そう考えるのが普通だ。私は仕えるべき相手を間違えたのかも知れない…。いや、間違えた。

 彼女は追い出して良い相手では無かった。本当に追い出すべきだったのは…。

 私は目の前の奥様を見た。

 先程の光景を見て、私と同じように考えた者は多かったのだろう。

 馬鹿だった。大奥様や旦那様が彼女を蔑む姿を見て、皆がこれで良いと思ってしまったのだ。

 ニコラスは必死に苦言を呈していたと言うのに…。

 今となっては後の祭りだ。

 異変は彼女が出て行った翌日に既に始まった。

 朝から食材の調達に出て行った料理長が、何故か手ぶらで帰って来たのだ。





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