2 / 21
2 最後のチャンス
しおりを挟む
メラニアは最初から、生さぬ仲の私を毛嫌いしていた。
私の母アリアは侯爵家の出身だ。だからメラニアの目から見れば、母やその娘である私は苦労して来た自分達とは違い、これまで何不自由なく過ごして来た恵まれた存在として映ったのだろう。彼女はそれが疎ましかった様だ。そして、それは母メラニアと共に我が家に迎え入れられた、彼女の娘ラデッシュも同じだった。
その為、メラニアが我が家に嫁いで来てまず最初にした事は、屋敷中の全ての壁紙、絨毯、カーテンを代える事だった。あっと言う間に屋敷全体の雰囲気がガラリと変わっていく。全てを入れ替え終わった後は、もう母のいた頃の伯爵家の面影は全くと言っていい程なくなっていた。
私は父に訴え掛けた。何もここまでする事はないのではないかと……。
だが父は首を振って鎮痛な表情を浮かべながら、メラニアを庇った。
「お前はまだ小さいから分からないかも知れないが、メラニアにとってはやはりアリアが使っていた物に囲まれて暮らすのには複雑な思いがあるのだろう。お前には辛い思いをさせるが、我慢してやってはくれないか?」
私はその父の顔を見て思った。
そうか……。父だって辛いのだ。
「うん。仕方ないね……」
私は無理やり笑顔を作って頷いた。
だが、これは始りに過ぎなかった。
気に入らないことがあるとすぐ屋敷内で暴れる。
使用人達をぞんざいに扱う。
ラデッシュを虐める。
自分達親子を元平民だと言って馬鹿にする。
軈てメラニアは何かにつけて私にそんな濡れ着を着せ、父の前で私を貶める様になった。そしてそれを証明する様にラデッシュが父の前で辛そうに涙を流すのだ。
するとそんな彼女達の言葉と演技に、最初は私を庇ってくれていた父も徐々にその態度を変えていく。
「お前には家族と仲良くしようと言う気が少しもないのか? 何故それ程までに我儘なんだ!?」
メラニアが父に私の事をどう報告していたのかは知らない。でも父はそれを鵜呑みにしたのだろう。いつの間にか私の言う事など一切信じず、一方的に私を叱りつけるようになった。
そして弟ノアが生まれてからは更にそれが加速する。父はノアを溺愛し、私にはもう一切構う事すらしなくなった。
こうして父を完全に味方に付けたメラニアは、それからというものあからさまに私を虐げるようになっていく。
初めに私の部屋が屋敷の一番端の日当たりの悪い場所に移された。食事も家族とは別になった。母の生前から我が家で働いてくれていた使用人達は一掃され、屋敷の中はメラニアの息のかかった者達で溢れた。
私の物は何一つ買っては貰えず、反対に私の物が次々に二人によって奪い取られいく。それは母が私に残してくれた遺品も例外ではなかった。
現金なものであれだけ母が使っていた物を嫌っていたメラニアが、宝石や家具と言った高級品には目を輝かせていた。
気付けば母の遺品の中で私の手元に残ったのは小さなロザリオ一つだけ。それ以外は全て取り上げられた。
私はノアが生まれてからというもの、ドレスは愚かワンピースさえ、殆ど買っては貰えなくなったのだ。いつのまにか成長期の私のドレスは恥ずかしい程にピチピチになり、今にもはち切れそう。丈もくるぶしから下が顕になっていた。
それを見たメラニアは「あらアイリス。貴方最近太り過ぎなんじゃないの? もっと節制しなくちゃね」そう言ってついに食事まで質素な物へと変えられた。
家族での外出もいつも私一人だけ連れて行っては貰えない。そもそも私が外出しようとしても馬車さえ出して貰えないのだ。
以前、あまりにもお腹が空いて歩いて食べ物を買いに外出した日は、玄関に鍵が掛けられ屋敷の中に入れて貰えなかった。
その時は父が帰るのを夜までずっと庭で待っていたっけ。
いくら多忙とは言え、ここまで来れば流石に父も私がメラニアに虐げられている事には気付いていた筈だ。
でも父は何もしてはくれなかった。
そしてとうとう昨年、伯爵家の後継が私からノアに代えられた。
この国では長子継承が原則。女性にも継承権が与えられているにも関わらずだ。
当時私には子爵家の次男の婚約者がいた。でもノアに後継が移った事により、私に継ぐ家が無くなったため、彼との婚約も解消された。
そうなるともう、私にはこの家に居場所なんて無かった。
父とメラニアとラデッシュとノア。
私なんてまるでいない者のように新しい家族が形成されていく。
私はこの家の邪魔者。いつも一人ぼっち。
父は自分の留守中、私が一人になるからとメラニアを後妻に迎えた。でも今の私は、彼女が来る前よりもっと、ずっと孤独だった。
祖父母はそんな私の置かれている境遇に気付いていたのだろう。いつしか二人にとって私の誕生日会は年に一度、私の安否を確認する場になっていた。
「アイリス、何か困ったことや辛い事があったなら、いつでも私達に気兼ねなく相談するんだよ」
祖父母はいつもそう言って私を気遣ってくれていた。
だがメラニアはそれさえも鬱陶しいと思っていたのだろう。
私の成人を理由に、彼女は父に誕生日会の中止を訴え出たのだ。そうなればもう、私は祖父母に何かを訴え出る機会さえ失ってしまう。
今でさえこの扱い。祖父母の目が届かなくなれば、今よりももっと私の扱いは酷くなるだろう……。
そうなったら、これから私は二人からどんな目に遭わされるか分かったものではない。
この時、私の心にそんな恐怖が過ぎった。
その時、祖父が私の様子に気付いたのか、助け船を出してくれた。父に頭を下げてくれたのだ。
「ならば、最後に成人を迎えるアイリスを盛大に祝ってやりたい。来年まで待ってはくれないか? せめてアイリスがデビュタントボールで身につける物一式を、誕生日の祝いとして彼女にプレゼントしてやりたいんだ」
昨年で誕生日会を辞めると言った父だったが、流石に貴族としては格上にあたる祖父母からそう懇願されると、渋々ながら頷くしかなかった。
それから1年。
今日がその私の最後の誕生日会の日だ。
祖父母が来るのだ。今日は父ヨーゼフも久しぶりに仕事を休んでいる。
「今日が最後のチャンス。これ以降はもうない。お母様、お願い。私を見守っていて……」
私はそう呟くと、胸にかけられた母の遺品のロザリオを握り締めた。
私の母アリアは侯爵家の出身だ。だからメラニアの目から見れば、母やその娘である私は苦労して来た自分達とは違い、これまで何不自由なく過ごして来た恵まれた存在として映ったのだろう。彼女はそれが疎ましかった様だ。そして、それは母メラニアと共に我が家に迎え入れられた、彼女の娘ラデッシュも同じだった。
その為、メラニアが我が家に嫁いで来てまず最初にした事は、屋敷中の全ての壁紙、絨毯、カーテンを代える事だった。あっと言う間に屋敷全体の雰囲気がガラリと変わっていく。全てを入れ替え終わった後は、もう母のいた頃の伯爵家の面影は全くと言っていい程なくなっていた。
私は父に訴え掛けた。何もここまでする事はないのではないかと……。
だが父は首を振って鎮痛な表情を浮かべながら、メラニアを庇った。
「お前はまだ小さいから分からないかも知れないが、メラニアにとってはやはりアリアが使っていた物に囲まれて暮らすのには複雑な思いがあるのだろう。お前には辛い思いをさせるが、我慢してやってはくれないか?」
私はその父の顔を見て思った。
そうか……。父だって辛いのだ。
「うん。仕方ないね……」
私は無理やり笑顔を作って頷いた。
だが、これは始りに過ぎなかった。
気に入らないことがあるとすぐ屋敷内で暴れる。
使用人達をぞんざいに扱う。
ラデッシュを虐める。
自分達親子を元平民だと言って馬鹿にする。
軈てメラニアは何かにつけて私にそんな濡れ着を着せ、父の前で私を貶める様になった。そしてそれを証明する様にラデッシュが父の前で辛そうに涙を流すのだ。
するとそんな彼女達の言葉と演技に、最初は私を庇ってくれていた父も徐々にその態度を変えていく。
「お前には家族と仲良くしようと言う気が少しもないのか? 何故それ程までに我儘なんだ!?」
メラニアが父に私の事をどう報告していたのかは知らない。でも父はそれを鵜呑みにしたのだろう。いつの間にか私の言う事など一切信じず、一方的に私を叱りつけるようになった。
そして弟ノアが生まれてからは更にそれが加速する。父はノアを溺愛し、私にはもう一切構う事すらしなくなった。
こうして父を完全に味方に付けたメラニアは、それからというものあからさまに私を虐げるようになっていく。
初めに私の部屋が屋敷の一番端の日当たりの悪い場所に移された。食事も家族とは別になった。母の生前から我が家で働いてくれていた使用人達は一掃され、屋敷の中はメラニアの息のかかった者達で溢れた。
私の物は何一つ買っては貰えず、反対に私の物が次々に二人によって奪い取られいく。それは母が私に残してくれた遺品も例外ではなかった。
現金なものであれだけ母が使っていた物を嫌っていたメラニアが、宝石や家具と言った高級品には目を輝かせていた。
気付けば母の遺品の中で私の手元に残ったのは小さなロザリオ一つだけ。それ以外は全て取り上げられた。
私はノアが生まれてからというもの、ドレスは愚かワンピースさえ、殆ど買っては貰えなくなったのだ。いつのまにか成長期の私のドレスは恥ずかしい程にピチピチになり、今にもはち切れそう。丈もくるぶしから下が顕になっていた。
それを見たメラニアは「あらアイリス。貴方最近太り過ぎなんじゃないの? もっと節制しなくちゃね」そう言ってついに食事まで質素な物へと変えられた。
家族での外出もいつも私一人だけ連れて行っては貰えない。そもそも私が外出しようとしても馬車さえ出して貰えないのだ。
以前、あまりにもお腹が空いて歩いて食べ物を買いに外出した日は、玄関に鍵が掛けられ屋敷の中に入れて貰えなかった。
その時は父が帰るのを夜までずっと庭で待っていたっけ。
いくら多忙とは言え、ここまで来れば流石に父も私がメラニアに虐げられている事には気付いていた筈だ。
でも父は何もしてはくれなかった。
そしてとうとう昨年、伯爵家の後継が私からノアに代えられた。
この国では長子継承が原則。女性にも継承権が与えられているにも関わらずだ。
当時私には子爵家の次男の婚約者がいた。でもノアに後継が移った事により、私に継ぐ家が無くなったため、彼との婚約も解消された。
そうなるともう、私にはこの家に居場所なんて無かった。
父とメラニアとラデッシュとノア。
私なんてまるでいない者のように新しい家族が形成されていく。
私はこの家の邪魔者。いつも一人ぼっち。
父は自分の留守中、私が一人になるからとメラニアを後妻に迎えた。でも今の私は、彼女が来る前よりもっと、ずっと孤独だった。
祖父母はそんな私の置かれている境遇に気付いていたのだろう。いつしか二人にとって私の誕生日会は年に一度、私の安否を確認する場になっていた。
「アイリス、何か困ったことや辛い事があったなら、いつでも私達に気兼ねなく相談するんだよ」
祖父母はいつもそう言って私を気遣ってくれていた。
だがメラニアはそれさえも鬱陶しいと思っていたのだろう。
私の成人を理由に、彼女は父に誕生日会の中止を訴え出たのだ。そうなればもう、私は祖父母に何かを訴え出る機会さえ失ってしまう。
今でさえこの扱い。祖父母の目が届かなくなれば、今よりももっと私の扱いは酷くなるだろう……。
そうなったら、これから私は二人からどんな目に遭わされるか分かったものではない。
この時、私の心にそんな恐怖が過ぎった。
その時、祖父が私の様子に気付いたのか、助け船を出してくれた。父に頭を下げてくれたのだ。
「ならば、最後に成人を迎えるアイリスを盛大に祝ってやりたい。来年まで待ってはくれないか? せめてアイリスがデビュタントボールで身につける物一式を、誕生日の祝いとして彼女にプレゼントしてやりたいんだ」
昨年で誕生日会を辞めると言った父だったが、流石に貴族としては格上にあたる祖父母からそう懇願されると、渋々ながら頷くしかなかった。
それから1年。
今日がその私の最後の誕生日会の日だ。
祖父母が来るのだ。今日は父ヨーゼフも久しぶりに仕事を休んでいる。
「今日が最後のチャンス。これ以降はもうない。お母様、お願い。私を見守っていて……」
私はそう呟くと、胸にかけられた母の遺品のロザリオを握り締めた。
1,280
あなたにおすすめの小説
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】手紙
325号室の住人
恋愛
☆全3話 完結済
俺は今、大事な手紙を探している。
婚約者…いや、元婚約者の兄から預かった、《確かに婚約解消を認める》という内容の手紙だ。
アレがなければ、俺の婚約はきちんと解消されないだろう。
父に言われたのだ。
「あちらの当主が認めたのなら、こちらもお前の主張を聞いてやろう。」
と。
※当主を《兄》で統一しました。紛らわしくて申し訳ありませんでした。
痛みは教えてくれない
河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。
マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。
別サイトにも掲載しております。
幸運を織る令嬢は、もうあなたを愛さない
法華
恋愛
婚約者の侯爵子息に「灰色の人形」と蔑まれ、趣味の刺繍まで笑いものにされる伯爵令嬢エリアーナ。しかし、彼女が織りなす古代の紋様には、やがて社交界、ひいては王家さえも魅了するほどの価値が秘められていた。
ある日、自らの才能を見出してくれた支援者たちと共に、エリアーナは虐げられた過去に決別を告げる。
これは、一人の気弱な令嬢が自らの手で運命を切り開き、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転の物語。彼女が「幸運を織る令嬢」として輝く時、彼女を見下した者たちは、自らの愚かさに打ちひしがれることになる。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
完 これが何か、お分かりになりますか?〜リスカ令嬢の華麗なる復讐劇〜
水鳥楓椛
恋愛
バージンロード、それは花嫁が通る美しき華道。
しかし、本日行われる王太子夫妻の結婚式は、どうやら少し異なっている様子。
「ジュリアンヌ・ネモフィエラ!王太子妃にあるまじき陰湿な女め!今この瞬間を以て、僕、いいや、王太子レアンドル・ハイリーの名に誓い、貴様との婚約を破棄する!!」
不穏な言葉から始まる結婚式の行き着く先は———?
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる