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17 ヨーゼフ⑧ 2つの選択肢
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「2つの選択肢……?」
私は戸惑いながら王妃に問いかけた。
「そう。簡単な二択よ。貴方が今持っている全てを捨ててメラニアを救うのか、それとも彼女を切り捨てるのか。言い換えれば家を守るのか、メラニアを守るのかね」
王妃はそう答えた。
切り捨てる……。
その言葉の響きに、私は胸を抉られる様な痛みを覚えた。
王妃はそのあと、侯爵の出した条件について詳しく説明してくれた。
侯爵の提示した、アリアの遺品を売った金の回収方法は2つ。
1つ目は私と離縁して、彼女が自分で働いた金で弁済する。その場合の弁済期限は20年の分割。
だが20年の期限があったとしても、仕事を辞めた今の彼女が、これだけの金額を自身で返済するなど到底無理な話だ。
それに加え、彼女に憎しみを持つ侯爵の手が既に回っており、彼女にまともな働き口など見つからないだろうと王妃は言った。
だとすれば、メラニアが金を返す方法として考えられるのもまた2つ。
娼館に身を落とすか、犯罪に手を染めるか……。
どちらにせよメラニアにとってはこの先、碌な人生にはならないだろう。
2つ目は彼女の代わりに私が返済する。その場合は出来るだけ速やかに全額一括払い。
だが今の伯爵家に返済出来る金などない。宮廷貴族であるゾールマン伯爵家には領地もない。だとしたら売れるものは爵位と屋敷。
それ以外にはない。
だからこそ全てを捨ててと王妃は言ったのだ。
迷う余地などない事は分かっていた。
だがあんな女でも、5年と言う月日を共に過ごした夫婦なのだ。それに2人の間にはノアだっている。
なかなか答えを出せないでいる私を、王妃は憐れみの籠もった瞳で見つめた。
「貴方には呆れたものだわ。これ程の事をされてもまだメラニアを切り捨てられないの?」
「ですが、私達にはノアもいるんです」
私がその言葉を吐いた途端、王妃はまた鋭い目で私を見据えた。
「やっぱり貴方を補佐官から外した事は正解だったようね。まともな判断さえ出来ないなんて! 貴方、自分が全てを投げ出してメラニアを救えば幸せになれるとでも思っているの? さっきの書類。一体貴方は何を読んでいたの? 彼女は貴族と婚姻を結び、優雅な生活を送りたかった。だからその為に平気で嘘を吐いた。そんな女が平民になった貴方で満足出来るとでも思っているの? 貴方は全てを失って彼女に捨てられるだけ。いい加減目を覚ましなさい!」
王妃は私を一括した。
そして……。
「これは貴方に伝えるかどうか迷っていたのだけれど……」
そう迷いながら重い口を開いた。
「侯爵が何故、これ程までに怒っているのか貴方に分かる? アイリスが傷つけられた……。ただそれだけではないのよ。きっともう貴方も知っているでしょうけれど、成長期だと言うのにアイリスは、満足に食事すら与えられてはいなかったの。だから低栄養から来る栄養不良であともう少し遅かったら、彼女は子供を授かれない体になっていたかもしれないのよ。ねぇ、貴方の子はノア一人だけなの?」
「えっ?」
私は驚いて問い返した。
確かに最後に見たアイリスは体も小さく、とても痩せていた。
だがまさかそれ程の状態だったとは……。
「貴方だって知っているでしょう? 貴族に生まれた女にとって後継となる子を産み、育てる事がどれだけ重要な意味を持つのかくらい……。あの子はメラニアのせいでもう少しでその貴族令嬢としての幸せさえ失うところだったのよ!」
話す途中、王妃の声が涙で掠れていく。
その姿を見ただけで、彼女が親友の残したたった一人の忘れ形見であるアイリスをどれ程大切に思っているのか、伺い知る事が出来た。
それなのに私はあの子に何をした……?
父親でありながらそんな事にも気付かず、メラニアの術中に嵌りアイリスをずっと気に掛けてすらいなかった。
アイリスの話をまともに聞かず、口を開けはあの子を叱ってばかりいた。
侯爵夫妻が怒るのも当然だ。
そうか……。こんな男が国の中枢になど、いて良いはずがないのだ。だから、侯爵は私を文章課に降格させたのだ。
もう一度、一からやり直せと……。
「何故、侯爵が私にあの書類を貴方に渡すようにと託したか分かる?」
王妃が涙ながらに問い掛ける。
「メラニアは貴方に嘘を吐き、伯爵家のお金を貴方の許可も得ず私的に使っていた。それも自分の吐いた嘘を隠す為にね。少なくともこれを突き付ければ、彼女は貴方との離婚に応じるしかなくなる。これだけ言っても貴方はまだ彼女を許すの? もう一度だけ言うわ……。目を覚ましなさい!」
『お父様、お願い。目を覚まして下さい!!』
王妃の言葉が、あの……誕生日会の日のアイリスの言葉と重なった……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以前も書きましたが、ここ数日、沢山のエールを頂き、話の途中でこんなに沢山のエールを頂くのは初めての経験で、作者自身とても驚いております。
励みになります! 応援、本当にありがとうございます🙇
ストックがなく、本業の合間の執筆のため、これからは書け次第随時更新させて頂きます。完結まで不定期更新になりますが、(明日は夜更新になると思います)宜しくお願いします🙇
まるまる⭐️
私は戸惑いながら王妃に問いかけた。
「そう。簡単な二択よ。貴方が今持っている全てを捨ててメラニアを救うのか、それとも彼女を切り捨てるのか。言い換えれば家を守るのか、メラニアを守るのかね」
王妃はそう答えた。
切り捨てる……。
その言葉の響きに、私は胸を抉られる様な痛みを覚えた。
王妃はそのあと、侯爵の出した条件について詳しく説明してくれた。
侯爵の提示した、アリアの遺品を売った金の回収方法は2つ。
1つ目は私と離縁して、彼女が自分で働いた金で弁済する。その場合の弁済期限は20年の分割。
だが20年の期限があったとしても、仕事を辞めた今の彼女が、これだけの金額を自身で返済するなど到底無理な話だ。
それに加え、彼女に憎しみを持つ侯爵の手が既に回っており、彼女にまともな働き口など見つからないだろうと王妃は言った。
だとすれば、メラニアが金を返す方法として考えられるのもまた2つ。
娼館に身を落とすか、犯罪に手を染めるか……。
どちらにせよメラニアにとってはこの先、碌な人生にはならないだろう。
2つ目は彼女の代わりに私が返済する。その場合は出来るだけ速やかに全額一括払い。
だが今の伯爵家に返済出来る金などない。宮廷貴族であるゾールマン伯爵家には領地もない。だとしたら売れるものは爵位と屋敷。
それ以外にはない。
だからこそ全てを捨ててと王妃は言ったのだ。
迷う余地などない事は分かっていた。
だがあんな女でも、5年と言う月日を共に過ごした夫婦なのだ。それに2人の間にはノアだっている。
なかなか答えを出せないでいる私を、王妃は憐れみの籠もった瞳で見つめた。
「貴方には呆れたものだわ。これ程の事をされてもまだメラニアを切り捨てられないの?」
「ですが、私達にはノアもいるんです」
私がその言葉を吐いた途端、王妃はまた鋭い目で私を見据えた。
「やっぱり貴方を補佐官から外した事は正解だったようね。まともな判断さえ出来ないなんて! 貴方、自分が全てを投げ出してメラニアを救えば幸せになれるとでも思っているの? さっきの書類。一体貴方は何を読んでいたの? 彼女は貴族と婚姻を結び、優雅な生活を送りたかった。だからその為に平気で嘘を吐いた。そんな女が平民になった貴方で満足出来るとでも思っているの? 貴方は全てを失って彼女に捨てられるだけ。いい加減目を覚ましなさい!」
王妃は私を一括した。
そして……。
「これは貴方に伝えるかどうか迷っていたのだけれど……」
そう迷いながら重い口を開いた。
「侯爵が何故、これ程までに怒っているのか貴方に分かる? アイリスが傷つけられた……。ただそれだけではないのよ。きっともう貴方も知っているでしょうけれど、成長期だと言うのにアイリスは、満足に食事すら与えられてはいなかったの。だから低栄養から来る栄養不良であともう少し遅かったら、彼女は子供を授かれない体になっていたかもしれないのよ。ねぇ、貴方の子はノア一人だけなの?」
「えっ?」
私は驚いて問い返した。
確かに最後に見たアイリスは体も小さく、とても痩せていた。
だがまさかそれ程の状態だったとは……。
「貴方だって知っているでしょう? 貴族に生まれた女にとって後継となる子を産み、育てる事がどれだけ重要な意味を持つのかくらい……。あの子はメラニアのせいでもう少しでその貴族令嬢としての幸せさえ失うところだったのよ!」
話す途中、王妃の声が涙で掠れていく。
その姿を見ただけで、彼女が親友の残したたった一人の忘れ形見であるアイリスをどれ程大切に思っているのか、伺い知る事が出来た。
それなのに私はあの子に何をした……?
父親でありながらそんな事にも気付かず、メラニアの術中に嵌りアイリスをずっと気に掛けてすらいなかった。
アイリスの話をまともに聞かず、口を開けはあの子を叱ってばかりいた。
侯爵夫妻が怒るのも当然だ。
そうか……。こんな男が国の中枢になど、いて良いはずがないのだ。だから、侯爵は私を文章課に降格させたのだ。
もう一度、一からやり直せと……。
「何故、侯爵が私にあの書類を貴方に渡すようにと託したか分かる?」
王妃が涙ながらに問い掛ける。
「メラニアは貴方に嘘を吐き、伯爵家のお金を貴方の許可も得ず私的に使っていた。それも自分の吐いた嘘を隠す為にね。少なくともこれを突き付ければ、彼女は貴方との離婚に応じるしかなくなる。これだけ言っても貴方はまだ彼女を許すの? もう一度だけ言うわ……。目を覚ましなさい!」
『お父様、お願い。目を覚まして下さい!!』
王妃の言葉が、あの……誕生日会の日のアイリスの言葉と重なった……。
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以前も書きましたが、ここ数日、沢山のエールを頂き、話の途中でこんなに沢山のエールを頂くのは初めての経験で、作者自身とても驚いております。
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