亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第七話 休憩

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 ぼんやりと座っていると少し落ち着いてきた。
顔がひきつり唇の端がしびれている。両手足が重く何より強い吐き気を感じた。
 口元を押さえてじっと耐えていると目の端に涙がたまってくる。なぜかたくさんの「怖い」という言葉が体内を浮遊しているようで時折それを盛大に吐き戻しそうになる。
 兄はこの会場にはいないのだろうか。エリッツはあたりを見渡すが、見ているとまた気分が悪くなってくる。早く木漏れ日のふりそそぐ泉の岩場で昼寝がしたい。猫をさわりたい。あの暖かい岩場を思い浮かべるとまた涙がにじんだ。
「こんばんは。もう言われ過ぎてうんざりしていると思うけど、君が噂の彼の弟子?」
 そう言って近づいてきたのは四十代前半くらいの頑健な印象の男だった。やはり濃紺の制服のようなものを窮屈そうに身にまとっている。その胸元には今自分が着ている服の胸元にもあったような略綬がいくつかついていた。
 男は針金のような髭が目立つ口元を人懐っこい笑みの形にして分厚い右手を差し出す。
「アルマ・ボードウィンだ」
「はじめまして。シェイラリオ・カウラニーの弟子のエリッツ・オルティスです」
 体調は戻っていなかったがエリッツはアルマのはしばみ色目を見ながら握手に応じる。なぜか左手は薄手の皮手袋をしていた。
「街でうろついていた浮浪児を連れて帰ったなんて噂されていたけど。いや、そんな風には見えないね」
 アルマは無遠慮にエリッツの頭からつま先まで眺めまわしたが、あまり嫌な感じはしなかった。大きな犬がそばにいる子犬が遊び相手に足る相手なのか尾をふりながらにおいを嗅いでいるようだ。好奇心が抑えられない子供のような目だった。
 そしてエリッツの胸元に視線をとめて首をかしげる。そこはうさぎのアップリケがにこにこと笑っている。
「それは師匠のおさがりかい。型が古いな。略綬がずいぶんついていただろう」
 妙に残念そうにその太い眉をさげるので、なんとなくエリッツは左胸のうさぎを隠すように手をそえた。
「そのまま着てくるわけにもいきませんから」
 外してしまった略綬はアルマの左胸いついているものの倍以上はあった。そういえば、制服も随分小さなサイズから持っていたということは、今のエリッツよりも若い時分からレジス国のために働いていたということになるだろう。
「ボードウィンさん、失礼ですが師匠とはどういう……」
「おっと、失礼。アルマで結構。彼が軍部にいたときの同僚だよ」
「軍部……ですか」
 アルマは何かに気づいたようにハッと目を見開いたあと軽く視線をそらし「いや、どうも悪い癖だな」とつぶやいた。
「つい口を滑らせて余計なことを言ってしまうからなかなか出世しない」
「師匠が軍部にいたことは言ってはいけないことなのですか」
 人の経歴などちょっと調べればすぐにわかることではないのだろうか。実際に略綬がついた制服などもあったし、軍部にいたこともあったんだろうことはなんとなくわかっていた。
「いや、そうじゃないんだ。オレの同僚だったということを、だ。これはここだけの話にしておいてくれよ」
 何がどう違うのかよくわからなかったが、エリッツは頷いた。アルマはほっとしたような笑顔を見せる。体調は万全ではなかったが、この男との会話は不思議と苦にならなかった。
「ところでどんなことを教えてもらっているんだ」
「ボードゲームです」
 エリッツはアルマの話しやすさについ本当のことを言ってしまう。アルマはアルマで「へぇ」とうれしそうな歓声をあげた。
「彼は強いだろう。なかなか勝てない」
「勝ったこともあるんですか」
 アルマはよくぞ聞いてくれたとばかりにニヤリと笑う。
「彼に勝つにはゲームを選ばないとダメだよ。『軍神双六』なら何度か勝ったからね」
「それは賽の目だけで領土を取り合うゲームじゃないですか。ほとんど運ですよ」
「運も実力の内だよ。それにやろうと思えば賽の目を操ることもできる」
「それはイカサマではないですか」
「そうともいうな」
 アルマはやけにチャーミングな仕草でウインクをした。
「しかし本当に目立ちますね。仕事柄あれでいいんでしょうか」
 この国ではほとんど見かけない漆黒の髪にあの長身である。ホールをさっと見渡せば師匠ことシェイルはすぐに見つかる。
 街中でも目立ちまくったあげくいつの間にかエリッツのことも周知のこととなっているのだから、ひそかに動くことなど可能なのだろうか。
「おや、ラヴォート殿下の采配に異議あり、かな」
 アルマがニヤッと笑って「あの方もボードゲームがお強い。駒の進め方には自信がおありだ」と付け足した。
 ふと、周りの空気が波立つように変わってゆく気配がする。
「主役と主賓だ」
 アルマが軽く顎をしゃくった先ではかなり恰幅のいい男と対照的にすらりと背の高いブロンドの男がホールへと入ってきたところだった。
オグデリス・デルゴヴァ卿とレジスの第二王子ラヴォート殿下だ。
 ホールの奥まったところに主賓用と思われる席が用意されており、ラヴォート殿下はデルゴヴァ卿に勧められてそこへ優雅に腰かける。殿下は護衛と思われる体格のいい長身の男を一人従えているだけだった。
 すぐにデルゴヴァ卿の身内と思われる派手に着飾った女性たちが飲み物をふるまう。デルゴヴァ卿とこやかに話している姿はとても折檻するような人には見えない。
「みなさま、本日はお集まりいただきありがとうございます。お忙しい陛下に代わってラヴォート殿下がおいで下さいました。」
 デルゴヴァ卿が太く張りのある声をあげると、あちこちで「おお」とどよめくような声があがる。
 王族が一家臣の誕生日を祝うために来るなどそうあることではない。
 デルゴヴァ卿に代わりラヴォート殿下が席を立ち、朗々と短い祝辞を述べる。視線、声、口調すべてに品格と威厳が備わっていた。特に藍色の目は強い光を宿しており、見るものの目を奪う。動きのひとつひとつも洗練されていて美しい。華のある人物だ。
「なかなかすごい方だろう」
 ついラヴォート殿下の動きを目で追っていたエリッツにアルマは小声でささやいた。
「王族って初めて見たんですが、みんなこんな感じなんですか」
「まさか。第一王子のルーヴィック様は、なんというか、もうちょっと……控えめな方だな」
 内容が内容なのでアルマの声はさらに小さくなる。
「まぁ、昔っからよくある話だけど、ルーヴィック様の母親の実家とラヴォート様の母親の実家、他のご兄弟の母親の実家の存在もあるし、ここ数年は次期国王の候補者が誰になるのかできな臭い噂が後を絶たないんだ。次期国王の親戚になれれば力関係は大きく変わるからね。ちなみにルーヴィック様の母親はデルゴヴァ卿の姪にあたる。ラヴォート殿下の存在はまさに目の下のたんこぶ、邪魔なんだろうな。先の戦争が落ち着いたと思ったら今度はコレだ」
 現王には三人の妃と公妾が何人もいると聞く。後継者の心配は減るがこういった争いは不可避である。
 そしてすでにアルマはエリッツに耳打ちする形でしゃべっていた。そこまでして言ってしまうとは悪癖も伊達ではない。今度から何か知りたいことがあったらアルマに聞こうとエリッツはひそかに決めた。
「よく見てみな。ラヴォート殿下はふるまわれた飲み物も食べ物も一切手を付けていないだろ。デルゴヴァ卿もそれに気づいているのにあの笑顔だ。もちろんこんな犯人がわりきってしまう場で王子の毒殺はあり得ないが、警戒しているという殿下のパフォーマンスとそんなことにはかまわないというデルゴヴァ卿のパフォーマンスのぶつかり合いさ」
「面倒くさい話ですね」
 エリッツ心底そう思った。エリッツの家でもきな臭いトラブルは日常茶飯事だったが、王族が絡むとなると事は国規模である。周囲への影響はけた違いだ。
「ああ、呼び出されてるよ」
 アルマの声が元のように大きく戻ったと思ったら、デルゴヴァ卿についていた従者の一人がシェイルを主のもとへと連れているところだった。
「アルマさん、ちょっと行ってきます」
「ああ、また今度な」
 アルマがニコニコと手を振るのでエリッツもつられて手を振ってしまった。目上の人に対して失礼だっただろうかと思ったがこれまで話してきた感じから急に慇懃な態度をとる方が返って失礼だろうと思い直す。
 そういえばと、エリッツはふと立ち止まる。アルマとの会話を思い返すとなんとなく違和感があったような気がした。具体的にそれが何に起因するものなのかはよくわからないが、わからないということはそんなにたいしたことではないのだろう。
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