亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
8 / 239
第一章 (仮)

第八話 折檻

しおりを挟む
 体調はいくぶんよくなっていた。アルマとしゃべっていて気がまぎれたのだろう。アルマにはまた会いたいと思った。
 至極形式的に祝いの言葉を述べていたシェイルのそばにエリッツがつくと、デルゴヴァ卿は目ざとく見つけてじろじろと眺めはじめる。ねばりつくような嫌な視線だった。また吐き気が戻ってくる。思わずさりげなさを装ってシェイルの背中に隠れてしまった。
「ところで、贈り物は気に入っていただけましたか」
 問うデルゴヴァ卿にシェイルは「さぁ、なんでしたか」と宙を見た。
「招待状に同封したのですが、小さなものでしたので開封したときに落ちてしまいましたかな」
 デルゴヴァ卿は別段気にした様子もなくやけに耳障りな笑い声をたてる。首周りにたまった脂肪が邪魔そうに震えていた。
 例の封書には確かに何か硬いものが入っていた。コインかリングかといった丸い形状の何かだ。あれはなんだったのだろう。
 シェイルの様子を見る限りある程度中身の予想がついていてあえて無視したいようなもののようだ。
「すまない。ちょっとこれと仕事の話をさせてもらってもいいだろうか。例のローズガーデンの算段がなかなかまとまらない。どこか部屋を貸してもらえないかな」
 黙って様子を見ていたラヴォート殿下が手のひらでシェイルを指してデルゴヴァ卿に言う。飲みもしないワインのグラスを持つ手の指先のラインまでが計算されたような優雅さだ。あらためて近くで見ると輝くばかりの存在感に気後れする。
 ローズガーデンといえば、国王陛下が働きのよい臣下や大きな軍功をあげた武人を見事な薔薇の庭園に招き入れてねぎらうという催しのはずだ。
 エリッツにとっては遠すぎて想像も及ばない世界だが、その頃に合わせて様々な場所で薔薇祭りが開催され国中がお祭りムードに包まれるため、ローズガーデンと聞くとなんだか楽しい気分になる。
「ええ、かまいませんよ。お忙しいところ来てくださっただけでもありがたいことです。先ほどの控えの間を使ってください」
 デルゴヴァ卿はにこやかにラヴォート殿下とシェイルを送り出す。エリッツも後に続こうとしたところ、突然踵を返した殿下に腕をつかまれる。耳元に顔を寄せ「来るな、クソガキ」と、確かにそう言った。
「殿下、品のない言葉を使わないでください」
 耳ざとく聞きつけたシェイルがたしなめると、殿下は「お前が言うな」とささやき、舌打ちまでしたうえで、何事もなかったかのように部屋を出て行く。
 シェイルはデルゴヴァ卿をちらりと見てから、飲み物を配っていた男を呼び止めた。
「うちの侍女を呼んでください。使用人たちの控えにいますから。この子のそばにいるように伝えてください」
 そういうと、男に紙幣を握らせてからラヴォート殿下を追ってホールを出ていってしまった。
 エリッツはまだ何が起こったのかよくわからずに固まっていた。あんなに立派で優雅な人が自分に「クソガキ」と吐き捨て立ち去った。暴言にもショックを受けたが、何より雰囲気と見た目とのギャップがすごい。つかまれた腕が今頃じんと痛んだ。
 今見たものは何だったのだろう。
「きみの師匠は私がきみに何かすると思ったのかね」
 デルゴヴァ卿は残されたエリッツを値踏みするように眺めまわしている。この視線をエリッツは今まで嫌というほど感じてきた。心臓が早鐘のように打ち、また吐き気がこみ上げる。
 ――「いい子だね」「よくできたね」
 兄のためなら何でもできた。
 でももう兄はそばにいない。兄に会いたい。
 エリッツは無意識のうちにホールを走り出ていた。何人かに呼び止められ、制止されたような気もしたが、逃れたい一心でやみくもに走り続ける。気づいたら人気のない廊下にひとりたたずんでいた。
 長い廊下に扉がどこまでも続いている。外からも大きな屋敷だとは思っていたが、これは迷ったら戻れないかもしれない。パーティの方に人手がさかれているのか使用人がいる気配もない。
 そのまままっすぐに廊下を進んでみるが景色は変わらない。ふと鈴の音が聞こえて振り返ると猫がいた。首に愛らしいリボンと鈴をつけている茶色のトラ猫だ。デルゴヴァ卿の猫だろうか。それにしては素朴というか、かわいいがその辺にいるような普通の猫である。
 猫はエリッツをじっと観察していたがすぐに飽きてしまったのか、鈴を鳴らしながらどこかへ消えてしまった。まさか猫に道を聞くことはできまい。
 とにかく人間はいないだろうかとでたらめに歩き続けていると、細く開いた扉があるのを見つけた。
 中から人の気配がしたので、エリッツはそっと隙間からのぞきこむ。品のない行為だとは思ったが、このまま歩き回っていても自力で戻れる気がしなかった。
 だが、のぞいたことをすぐさま後悔してしまう。見てはならないものを見てしまった。
 部屋にいたのはシェイルとラヴォート殿下だ。
 殿下は右手でシェイルの細い顎をとらえ、左手で効き手を封じその唇を押し付けている。
 完全に舌まで入れられていた。
 エリッツは動けなくなる。もしやこれが噂の折檻というやつなのだろうか。
 見てはならないと思いつつ見入ってしまう。なんというか、シェイルの表情がえらくつらそうで気になる。感情を読み取られまいとするかのようにそらした目元がほんのりと赤く色づいていた。端的にいうと色っぽかった。
 この人、押しに弱すぎないか。家も明かさないエリッツのことを弟子として受け入れてしまうくらいだ。今日もエリッツの失敗によるこの事態をあっさりと引き受けてこんな目にあっている。
 ようやく身を引き離したシェイルは封じられていた右手を素早く引いて「手違いがあって申し訳ありません」とさして申し訳なく思っていないような口調でそう言った。
「デルゴヴァに近づくなって伝わっているよな」
 ラヴォート殿下の方はホールにいたときとは打って変わって乱暴な言葉づかいだ。心底怒っているというよりは半ば面白がっているような口調だ。態度が変わってもその圧倒的な存在感は変わらない。
 シェイルはそれを無視するように明後日の方を向いている。
「この部屋で話したことは全部デルゴヴァ卿の耳に入ると思った方がよろしいですよ」
「言われなくてもわかっている。わざわざ少し扉を開けておいたのだからあの醜悪な肉塊の部下も仕事がはかどって俺に感謝してるだろうな」
 のぞいていたエリッツは思わず少し身を引いて、ゆっくりと周りを見渡した。今のところは誰もいない。どこかの灯りが消えてしまったのか廊下は先ほどより暗くなっているように感じられた。
「ところでローズガーデンの件ですが、その後はどうですか」
「話したことは全部デルゴヴァ卿の耳に入ると言ったのはお前だろうが」
「では、仕事の話というのは何ですか」
 シェイルの問いにラヴォート殿下は唇の端をあげただけで答えず、またシェイルの肩を強引につかんで抱き寄せる。シェイルの耳元で何かをささやくとそのまま耳朶を噛んだ。また、シェイルは耐えるような表情を見せ視線を落とす。
 そういう表情をするから――そう思った刹那、エリッツはスッと肝が冷えるような気配を感じた。
 背後に誰かいる。
「坊ちゃん、こちらで何をなさっているの」
 鈴の音のような可憐な高音。
 ゆっくりと振り返るとそこにはシンプルな青いドレスを着た女性が立っていた。パーティの参加者にしては地味だ。この国に多いとび色の瞳、後頭部に結い上げられたブルネット、右目の下には目立つ大きなほくろがあったが、それがなかったらすぐに忘れてしまいそうな地味な顔立ちだった。
「旦那様はお仕事中でしょう。邪魔しては駄目ですよ。あちらに戻りましょうね」
 手を差し伸べる女性の仮面のように表情のない顔に恐怖感をおぼえ、エリッツはおもわず後ずさりする。そしてそのままバランスを崩して勢いよく部屋の中に踏み入ってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...