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第一章 (仮)
第十八話 居眠り
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やはり利き手がつかえると早い。エリッツはシェイル宛のほとんどの手紙をまとめ終わっていた。
あらためて忙しいわけだと思い知る。
この家で見ている限りシェイルはどこかへ出かけていき帰ったら部屋にこもっていることを繰り返しているだけのようだったが、当然のことながらローズガーデンに必要な警備、装飾、料理やその給仕の手はずなどを各所に指示し、その進捗状態を当日まで確認しつづけなければならない。
どうやら最近大きな変更事項があったようで各所から問い合わせ、泣き言をつらつらとつづったような文面ばかりが目立つ。このすべてに対応を考えてまた新たな指示をださなければならないのかと思うとシェイルの体が心配になってくる。
もちろんローズガーデンのことだけをやっているわけではない。通常業務も並行して進んでいる。帝国との国境の状況を報告した書類、治水工事の進捗状況を記したもの、その他いきなり手紙を一通みただけでは何のことなのかよくわからないものが数多くあった。そういったものはわからないなりに手紙の要点を書いてリストにしておく。
シェイルにこのような手紙が来るということはこの業務全般がラヴォート殿下の管轄下にあるということだろう。実に多くの部署を任されている。次期国王と噂されるのは先日聞いた「小細工」の効果だけではなさそうだ。
「これ、どうしたらいいと思います?」
エリッツは最後に一通残った手紙を手に取ると、裏口あたりで何やらごそごそとやっているゼインに声をかけた。しかし返答がない。
見にいくとゼインはつるされた丸裸のうさぎをしきりにスケッチしていた。
「うさぎを描いているんですか。毛皮がついていた方がかわいかったですよ」
「こっちの方がいいんだよ」
「そういうものですか。暗くないですか」
灯りはランプひとつである。
「うーん、確かに。細かいところがちょっとな。明日も描くか。それで、なんか用事?」
「実家からの手紙は開けない方がいいですよね」
「知らねーよ。自分で聞いてこい」
「今、邪魔じゃないかな」
ゼインはわざとらしくため息をつくと木炭を置く。そして、エリッツの胸ぐらをぐいとつかんだ。
「おまえな、必要と判断したら上司への報告、質問はビンタされてでもその場でしてくるんだよ。俺がどれだけマリルさんにぶん殴られてきたか知ってるか」
エリッツは招待状をぬらしてしまったことを思い出してうなだれる。ずっと黙っていたせいでシェイルに不要な仕事をさせてしまった。
急にしょげかえってしまったエリッツにゼインはすっかり毒気を抜かれてしまったようで「じゃ、いってこい」と、手をはなした。
ところがシェイルの部屋の扉をノックしても一向に返事がない。このまま戻ってもまたゼインに何かいわれそうで、エリッツは思い切って扉を押した。
「あの、開けますよ」
シェイルは書き物机に伏して眠っていた。
殿下への報告書はすでにできているようでそれらしき紙の束が端に寄せてある。
(おれが終わるのを待っていたのかな)
起こすのはしのびない。
エリッツは手紙の束となんとか仕上げた要点のメモやリストをそえて机にのせる。一番上に未開封の実家からの手紙を置いた。
ついでにあまり拝むことができない師の寝顔をじっくりとながめる。とはいえ伏しているためあまりよく見えない。やはり磨き上げられたオニキスのような黒髪が目を引く。肌は相対的に白く見えるが不健康な印象はない。
何より無造作に机に投げだされている手である。兄の手に似ていると思ったのはやはり軍部にいたころに鍛えていたからだろう。大きく筋張っていて厚みもあるがあまり暑苦しく感じられないのは指が長く爪の形がすっきりと細くてきれいだからだろうか。バランスがいい。それに皮膚のきめも細かい。手を伏せているから見えないが兄と同じように剣によるたこができていたのも瑕疵というよりは好ましく思えた。もったいないと思ったのは左中指にあった深い傷跡だ。
何とかしてまたなめさせてもらえないだろうか。いや、もしかして今なら眠っているし、ちょっとくらいしゃぶっても気づかれないのでは。
「おい、そこの変態性倒錯者。なぜそんなヤバい目で師匠を見ている」
急にゼインに声をかけられてエリッツは声をあげそうになる。いつの間にか真横にいる。
「静かにしてください。起きちゃいますよ」
小声で反論するがゼインは片眉を大きくあげてあきれたように鼻息をもらす。
「起こせ」
「何でですか」
「風邪ひくからにきまってんだろ。ちったぁ考えろ。今この人に寝込まれたらどうなると思ってんだよ。どうせほとんど寝てないんだろ。クマできてるじゃん」
「明日休むっていってました。それでうさぎをつかまえに……」
「え、ちょっとそこよくわからないんだけど、なんでうさぎ?」
それはエリッツにもわからない。素直に首をふる。
「どういう発想でそうなるんだ。それでどうやってうさぎなんてとってくるんだ。前から思ってたけど、この人ちょっと天然はいってるよな」
ゼインは深くため息をついた。
「うさぎは入口に立てかけてあった弓矢でとってきたんですよ」
「弓矢って……。あれ、木の棒じゃんか。おまえ止めろよ。師匠の体調管理も弟子の仕事。ってかいつもここで何してんの。家事くらいやってるんだろうな」
何もしていない。
岩場でごろごろ読書をして飽きたら昼寝をしているだけだ。エリッツはゼインが言葉を重ねるたびに深くうつむいていった。
「ゼイン、この子にかまわないようにいいましたよね」
「わっ、わっ、わっ、お、起きてたんですか」
いつの間にか目を覚ましていたシェイルがゼインの袖を強く引きこみ、そのまま耳元で何事かをささやいた。
みるみるうちにゼインの顔が青ざめる。
「そういうことは先にいってくださいよ」
「天然なので気づきませんでした」
ゼインは大仰な仕草で天を仰ぎ、指で祈りの印を結ぶ。
エリッツは自分のことで何か言われていることはわかったがシェイルがわざわざ耳打ちしているのでそのことにはあえて触れないことにする。
「いつまでも天井を見ていないで、明日これをお願いします」
シェイルはラヴォート殿下への報告書を茫然自失のままのゼインに差し出す。
「手紙をそえたので殿下に渡すだけで済みます。むしろ何も話さないように。終わったらすぐにここに戻って留守番をしていてください」
ゼインは関節が固まってしまったかのようなぎこちない動きで書類を受け取り、なぜか後ずさるようにして部屋を出ていった。
「明日はゲームをするつもりだったんですけどね」
シェイルがため息をついてまた軽く机に伏した。
あらためて忙しいわけだと思い知る。
この家で見ている限りシェイルはどこかへ出かけていき帰ったら部屋にこもっていることを繰り返しているだけのようだったが、当然のことながらローズガーデンに必要な警備、装飾、料理やその給仕の手はずなどを各所に指示し、その進捗状態を当日まで確認しつづけなければならない。
どうやら最近大きな変更事項があったようで各所から問い合わせ、泣き言をつらつらとつづったような文面ばかりが目立つ。このすべてに対応を考えてまた新たな指示をださなければならないのかと思うとシェイルの体が心配になってくる。
もちろんローズガーデンのことだけをやっているわけではない。通常業務も並行して進んでいる。帝国との国境の状況を報告した書類、治水工事の進捗状況を記したもの、その他いきなり手紙を一通みただけでは何のことなのかよくわからないものが数多くあった。そういったものはわからないなりに手紙の要点を書いてリストにしておく。
シェイルにこのような手紙が来るということはこの業務全般がラヴォート殿下の管轄下にあるということだろう。実に多くの部署を任されている。次期国王と噂されるのは先日聞いた「小細工」の効果だけではなさそうだ。
「これ、どうしたらいいと思います?」
エリッツは最後に一通残った手紙を手に取ると、裏口あたりで何やらごそごそとやっているゼインに声をかけた。しかし返答がない。
見にいくとゼインはつるされた丸裸のうさぎをしきりにスケッチしていた。
「うさぎを描いているんですか。毛皮がついていた方がかわいかったですよ」
「こっちの方がいいんだよ」
「そういうものですか。暗くないですか」
灯りはランプひとつである。
「うーん、確かに。細かいところがちょっとな。明日も描くか。それで、なんか用事?」
「実家からの手紙は開けない方がいいですよね」
「知らねーよ。自分で聞いてこい」
「今、邪魔じゃないかな」
ゼインはわざとらしくため息をつくと木炭を置く。そして、エリッツの胸ぐらをぐいとつかんだ。
「おまえな、必要と判断したら上司への報告、質問はビンタされてでもその場でしてくるんだよ。俺がどれだけマリルさんにぶん殴られてきたか知ってるか」
エリッツは招待状をぬらしてしまったことを思い出してうなだれる。ずっと黙っていたせいでシェイルに不要な仕事をさせてしまった。
急にしょげかえってしまったエリッツにゼインはすっかり毒気を抜かれてしまったようで「じゃ、いってこい」と、手をはなした。
ところがシェイルの部屋の扉をノックしても一向に返事がない。このまま戻ってもまたゼインに何かいわれそうで、エリッツは思い切って扉を押した。
「あの、開けますよ」
シェイルは書き物机に伏して眠っていた。
殿下への報告書はすでにできているようでそれらしき紙の束が端に寄せてある。
(おれが終わるのを待っていたのかな)
起こすのはしのびない。
エリッツは手紙の束となんとか仕上げた要点のメモやリストをそえて机にのせる。一番上に未開封の実家からの手紙を置いた。
ついでにあまり拝むことができない師の寝顔をじっくりとながめる。とはいえ伏しているためあまりよく見えない。やはり磨き上げられたオニキスのような黒髪が目を引く。肌は相対的に白く見えるが不健康な印象はない。
何より無造作に机に投げだされている手である。兄の手に似ていると思ったのはやはり軍部にいたころに鍛えていたからだろう。大きく筋張っていて厚みもあるがあまり暑苦しく感じられないのは指が長く爪の形がすっきりと細くてきれいだからだろうか。バランスがいい。それに皮膚のきめも細かい。手を伏せているから見えないが兄と同じように剣によるたこができていたのも瑕疵というよりは好ましく思えた。もったいないと思ったのは左中指にあった深い傷跡だ。
何とかしてまたなめさせてもらえないだろうか。いや、もしかして今なら眠っているし、ちょっとくらいしゃぶっても気づかれないのでは。
「おい、そこの変態性倒錯者。なぜそんなヤバい目で師匠を見ている」
急にゼインに声をかけられてエリッツは声をあげそうになる。いつの間にか真横にいる。
「静かにしてください。起きちゃいますよ」
小声で反論するがゼインは片眉を大きくあげてあきれたように鼻息をもらす。
「起こせ」
「何でですか」
「風邪ひくからにきまってんだろ。ちったぁ考えろ。今この人に寝込まれたらどうなると思ってんだよ。どうせほとんど寝てないんだろ。クマできてるじゃん」
「明日休むっていってました。それでうさぎをつかまえに……」
「え、ちょっとそこよくわからないんだけど、なんでうさぎ?」
それはエリッツにもわからない。素直に首をふる。
「どういう発想でそうなるんだ。それでどうやってうさぎなんてとってくるんだ。前から思ってたけど、この人ちょっと天然はいってるよな」
ゼインは深くため息をついた。
「うさぎは入口に立てかけてあった弓矢でとってきたんですよ」
「弓矢って……。あれ、木の棒じゃんか。おまえ止めろよ。師匠の体調管理も弟子の仕事。ってかいつもここで何してんの。家事くらいやってるんだろうな」
何もしていない。
岩場でごろごろ読書をして飽きたら昼寝をしているだけだ。エリッツはゼインが言葉を重ねるたびに深くうつむいていった。
「ゼイン、この子にかまわないようにいいましたよね」
「わっ、わっ、わっ、お、起きてたんですか」
いつの間にか目を覚ましていたシェイルがゼインの袖を強く引きこみ、そのまま耳元で何事かをささやいた。
みるみるうちにゼインの顔が青ざめる。
「そういうことは先にいってくださいよ」
「天然なので気づきませんでした」
ゼインは大仰な仕草で天を仰ぎ、指で祈りの印を結ぶ。
エリッツは自分のことで何か言われていることはわかったがシェイルがわざわざ耳打ちしているのでそのことにはあえて触れないことにする。
「いつまでも天井を見ていないで、明日これをお願いします」
シェイルはラヴォート殿下への報告書を茫然自失のままのゼインに差し出す。
「手紙をそえたので殿下に渡すだけで済みます。むしろ何も話さないように。終わったらすぐにここに戻って留守番をしていてください」
ゼインは関節が固まってしまったかのようなぎこちない動きで書類を受け取り、なぜか後ずさるようにして部屋を出ていった。
「明日はゲームをするつもりだったんですけどね」
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