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第一章 (仮)
第十九話 市街
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朝一番でゼインを送り出すと、さんざん悪し様にいわれたうさぎの皮をなめすための処理をしておく。肉の方は留守番のゼインにまかせるつもりで街での買い物まで頼んである。絵に関しては好みが合わないがあらゆることに対して器用で料理も上手だから心配ないだろう。
大きく肥ったうさぎだったので三人でニ日分くらいにはなるはずだ。骨で出汁をとってスープを作っておけばしばらくいろいろとつかえるだろう。肉を窯にいれて焼き、仕上げにエリッツのはちみつをもらって塗れば表面がカリッと仕上がっておいしいはずだ。塩とハーブ、スパイスで漬け込んで焼いてもいい。エリッツの栄養不足を考えるとチーズも買ってきてくれるように頼んでおけばよかった。器に盛って上からチーズをのせて焼きフルーツを使ったソースをかければかなりボリュームのある食事になる。それから蒸したものにやはりフルーツのソースで濃く味付けをしてパンにはさむのもよさそうだ。半分は燻してもおけば、すぐに食べられない事情ができても多少は日持ちするだろう。
故郷ではよくうさぎをとった。雪原にいる白いうさぎだ。子供たちはうさぎを罠へ追いこみその日の食料とした。大勢ではやし立てながら罠に追いこんでいくのは子供にとって遊びのようなものだった。調理方法などもいろいろと教えてもらった。寒い地方なので煮込む調理法が多いがアレンジすればレジスの人の口にも合うはずだ。冬になったら作ってみようか。
思い出に浸っている場合ではない。休みのはずが今日も予定がつまっている。料理にこだわっている時間などなかった。
エリッツはいつも睡眠時間を長くとる子なので出かける時間までは起こさないことにした。父親のブレイデン・グーデンバルドがエリッツを結局どうするつもりだったのかわからないが、ゼインがいう通りきちんとした教育を受けていたことは間違いない。誤字や脱字はなく語彙は多い。慣れないなりに要点をまとめることも問題なくできていた。利き手であれば筆記も早くてきれいだ。問題なのは自信がないことくらいか。
今日はエリッツもともなって出かけるつもりである。もちろんこれからの仕事を手伝ってもらうためだ。ボードゲームと同様にきちんと仕事を教えればかなりの人材になるとシェイルはふんでいた。
それはそうと弟子を甘やかしているとゼインの反感をかっているようだ。シェイルが注意しない分、あれこれ注意していたのでただでさえ気がふさぎがちなエリッツが気の毒なくらいだった。ゼインはあれでいて苦労人だ。甘やかされているように見えるエリッツにいい感情を抱かないのも当然かもしれない。
ローズガーデンが終わるまでグーデンバルド家に帰すなというマリルの指示の件を話すと、ゼインはあからさまに顔色を変えた。マリルは普段どれほどゼインをいびっているのだろうか。こちらもまた気の毒である。
実のところシェイルはエリッツが帰りたいというなら帰してやろうと思っていた。どこまでもマリルのいいなりになるのが癪だからだ。癪ではあるがせっかくのあてにできそうな手伝いを失うのはもったいない。ボードゲームの相手も失う。思考が一巡したところでやはりなりゆきにまかせるしかないというところで落ちついた。
ラヴォート殿下のもとへ行くまでの間に仕事を片づける。ゼインに報告書と手紙を託したので会ってすぐに本題に入れるはずだ。
先日のマリルの置き土産のせいで仕事の立てこみ方がえげつない。各所の混乱も目を覆う惨状である。
エリッツがまとめてくれた手紙の要点を見ていく。
無理を承知で陛下承認済みの指示を伝えているのに無理をいうなといってくる馬鹿がいるのでどこのどいつだと見れば、何のことはないエリッツの兄ジェルガス・グーデンバルドだ。
帝国との境界で不穏な動きがあるため、たかが花祭りごときにそちらの望む人数で警備兵を割くことはできないとのご意見を軍人らしい率直な文章でつづっている。長兄の明らかな嫌がらせの手紙をたんたんとまとめるエリッツもなかなかのものだが、おそらくダグラス以外の家族にそんなに興味がないのだろう。
もし北の王が出席することになれば今予定している人数の倍以上の警備兵が必要となる。軍部屈指の指揮官ジェルガスも王子の側近ごときに嫌がらせをしている余裕はなくなる。
だが帝国との国境の件もおろそかにはできないのも確かだ。ジェルガスの文面は嫌がらせ八割、事実二割といったところか。
今日の殿下との打ち合わせ次第でまた状況は変わる。手紙の処理はローズガーデンの影響のないものだけを手早く片づけることにする。エリッツがきちんと内容で仕分けしてくれているのでいつもより心持ち気が楽である。
ふと、未開封の手紙があるのに気づいて手にとってみると恒例のカウラニー家の食事会の連絡である。春と秋に必ず送られてくるが、建前上のものだ。しょせん他人の家である。行ったことは一度もない。行ったところで邪魔にされるだろう。世話になったオズバル翁にも引退した後、プライベートでは数回しか会っていない。そろそろ挨拶にいかないとうるさくいわれる可能性はある。
シェイルはしばらく手紙を持てあそんでいたが、そのまま未処理の書類のうえにそれを放った。そろそろエリッツを起こして着替えさせなければならない。
北の王は出せないと、ラヴォート殿下はいうだろう。だが、出さざるを得ないとシェイルは思う。そもそもこんな長期にわたってたった一人の亡国の王族が帝国との休戦をもたらすとは誰も考えなかっただろう。はったりも限界だ。王族の生き残りというだけでロイの難民をまとめ上げる能力はない。
「エリッツ、歩きにくいんですが」
今日はあまり目立ちたくないためシェイルもエリッツも汗ばむような陽気のなか外套のフードを深くかぶってにぎわっているレジスの大通りを歩いていた。
南の門からまっすぐに街を縦断する大通りは常に祭りのような活気にあふれている。天気のいい昼食時のことであるから食事目当ての人々も多く出てきているようでいつも以上の混雑ぶりだ。
異国の食べ物や色とりどりの織物をおいた露店、フルーツのジュースや片手で食べられる軽食を扱った屋台などあちこちで呼びこみの声があがっている。通行人が食べ物の匂いやめずらしい品に誘われてそこここで足を止めるので通りはたびたび通行が困難になった。
「なんでおれを連れてきたんですか」
どうやらエリッツは自分がどちらかの兄の家に戻されるかどこかに捨てられるものと思い込んでいるようだ。シェイルの腕をがっしりとつかみあたりを注意深く見まわしている。置き去りにされて帰れない歳でもないはずだが、放してくれる気配はない。
エリッツ自身は自分の仕事ぶりによほど自信がなかったのだろう。朝起きてから何かいわれるのではないかとびくびくしている様子である。そんな中いきなり街中に連れてこられたので捨てられるという思い込みが強い。
「仕事を手伝ってもらうためだといったじゃないですか」
大通りを一本入るとわずかに人通りがへる。商人や旅人たちのための宿街だ。食堂を併設している店が多いため煮炊きの匂いで満たされている。
「おれを売るんですか」
エリッツが腕に力をこめるので歩く速度がまた遅くなる。
宿街ということは娼館も多い。中には男娼がいる店もあるだろう。宿街の奥へ進むにつれてそういったサービスを売る店の割合は高くなる。夜はかなりにぎわう通りだが昼間は静かなものだ。
「売ったら誰がわたしの仕事を手伝うんですか」
ふと、シェイルはエリッツに結構な高値がつくのではないかと思ってしまった。
高級娼婦はその美貌だけではなく教養や気品が求められるという。教養に関しては問題がない。家柄だけに自然と品も備わっている。しかも冗談とはいえあの目の肥えたラヴォート殿下に「仕上がった」と言わしめた。問題は嗜好が極端に偏っているというか変態であることくらいだがむしろそれを好む御仁は多いだろう。
そんな目で見ているのが伝わったのかエリッツは悲壮な顔をしてさらに腕に力をこめた。
「手伝いでも何でもするんで売らないでください」
立場上女衒のような真似ができるわけがない。少し考えればわかるだろうに。
目的地には予定よりだいぶ遅れて到着した。
「ほら、着きましたよ」
立ちどまったシェイルにつられるようにしてエリッツは目の前の建物を見上げた。
大きく肥ったうさぎだったので三人でニ日分くらいにはなるはずだ。骨で出汁をとってスープを作っておけばしばらくいろいろとつかえるだろう。肉を窯にいれて焼き、仕上げにエリッツのはちみつをもらって塗れば表面がカリッと仕上がっておいしいはずだ。塩とハーブ、スパイスで漬け込んで焼いてもいい。エリッツの栄養不足を考えるとチーズも買ってきてくれるように頼んでおけばよかった。器に盛って上からチーズをのせて焼きフルーツを使ったソースをかければかなりボリュームのある食事になる。それから蒸したものにやはりフルーツのソースで濃く味付けをしてパンにはさむのもよさそうだ。半分は燻してもおけば、すぐに食べられない事情ができても多少は日持ちするだろう。
故郷ではよくうさぎをとった。雪原にいる白いうさぎだ。子供たちはうさぎを罠へ追いこみその日の食料とした。大勢ではやし立てながら罠に追いこんでいくのは子供にとって遊びのようなものだった。調理方法などもいろいろと教えてもらった。寒い地方なので煮込む調理法が多いがアレンジすればレジスの人の口にも合うはずだ。冬になったら作ってみようか。
思い出に浸っている場合ではない。休みのはずが今日も予定がつまっている。料理にこだわっている時間などなかった。
エリッツはいつも睡眠時間を長くとる子なので出かける時間までは起こさないことにした。父親のブレイデン・グーデンバルドがエリッツを結局どうするつもりだったのかわからないが、ゼインがいう通りきちんとした教育を受けていたことは間違いない。誤字や脱字はなく語彙は多い。慣れないなりに要点をまとめることも問題なくできていた。利き手であれば筆記も早くてきれいだ。問題なのは自信がないことくらいか。
今日はエリッツもともなって出かけるつもりである。もちろんこれからの仕事を手伝ってもらうためだ。ボードゲームと同様にきちんと仕事を教えればかなりの人材になるとシェイルはふんでいた。
それはそうと弟子を甘やかしているとゼインの反感をかっているようだ。シェイルが注意しない分、あれこれ注意していたのでただでさえ気がふさぎがちなエリッツが気の毒なくらいだった。ゼインはあれでいて苦労人だ。甘やかされているように見えるエリッツにいい感情を抱かないのも当然かもしれない。
ローズガーデンが終わるまでグーデンバルド家に帰すなというマリルの指示の件を話すと、ゼインはあからさまに顔色を変えた。マリルは普段どれほどゼインをいびっているのだろうか。こちらもまた気の毒である。
実のところシェイルはエリッツが帰りたいというなら帰してやろうと思っていた。どこまでもマリルのいいなりになるのが癪だからだ。癪ではあるがせっかくのあてにできそうな手伝いを失うのはもったいない。ボードゲームの相手も失う。思考が一巡したところでやはりなりゆきにまかせるしかないというところで落ちついた。
ラヴォート殿下のもとへ行くまでの間に仕事を片づける。ゼインに報告書と手紙を託したので会ってすぐに本題に入れるはずだ。
先日のマリルの置き土産のせいで仕事の立てこみ方がえげつない。各所の混乱も目を覆う惨状である。
エリッツがまとめてくれた手紙の要点を見ていく。
無理を承知で陛下承認済みの指示を伝えているのに無理をいうなといってくる馬鹿がいるのでどこのどいつだと見れば、何のことはないエリッツの兄ジェルガス・グーデンバルドだ。
帝国との境界で不穏な動きがあるため、たかが花祭りごときにそちらの望む人数で警備兵を割くことはできないとのご意見を軍人らしい率直な文章でつづっている。長兄の明らかな嫌がらせの手紙をたんたんとまとめるエリッツもなかなかのものだが、おそらくダグラス以外の家族にそんなに興味がないのだろう。
もし北の王が出席することになれば今予定している人数の倍以上の警備兵が必要となる。軍部屈指の指揮官ジェルガスも王子の側近ごときに嫌がらせをしている余裕はなくなる。
だが帝国との国境の件もおろそかにはできないのも確かだ。ジェルガスの文面は嫌がらせ八割、事実二割といったところか。
今日の殿下との打ち合わせ次第でまた状況は変わる。手紙の処理はローズガーデンの影響のないものだけを手早く片づけることにする。エリッツがきちんと内容で仕分けしてくれているのでいつもより心持ち気が楽である。
ふと、未開封の手紙があるのに気づいて手にとってみると恒例のカウラニー家の食事会の連絡である。春と秋に必ず送られてくるが、建前上のものだ。しょせん他人の家である。行ったことは一度もない。行ったところで邪魔にされるだろう。世話になったオズバル翁にも引退した後、プライベートでは数回しか会っていない。そろそろ挨拶にいかないとうるさくいわれる可能性はある。
シェイルはしばらく手紙を持てあそんでいたが、そのまま未処理の書類のうえにそれを放った。そろそろエリッツを起こして着替えさせなければならない。
北の王は出せないと、ラヴォート殿下はいうだろう。だが、出さざるを得ないとシェイルは思う。そもそもこんな長期にわたってたった一人の亡国の王族が帝国との休戦をもたらすとは誰も考えなかっただろう。はったりも限界だ。王族の生き残りというだけでロイの難民をまとめ上げる能力はない。
「エリッツ、歩きにくいんですが」
今日はあまり目立ちたくないためシェイルもエリッツも汗ばむような陽気のなか外套のフードを深くかぶってにぎわっているレジスの大通りを歩いていた。
南の門からまっすぐに街を縦断する大通りは常に祭りのような活気にあふれている。天気のいい昼食時のことであるから食事目当ての人々も多く出てきているようでいつも以上の混雑ぶりだ。
異国の食べ物や色とりどりの織物をおいた露店、フルーツのジュースや片手で食べられる軽食を扱った屋台などあちこちで呼びこみの声があがっている。通行人が食べ物の匂いやめずらしい品に誘われてそこここで足を止めるので通りはたびたび通行が困難になった。
「なんでおれを連れてきたんですか」
どうやらエリッツは自分がどちらかの兄の家に戻されるかどこかに捨てられるものと思い込んでいるようだ。シェイルの腕をがっしりとつかみあたりを注意深く見まわしている。置き去りにされて帰れない歳でもないはずだが、放してくれる気配はない。
エリッツ自身は自分の仕事ぶりによほど自信がなかったのだろう。朝起きてから何かいわれるのではないかとびくびくしている様子である。そんな中いきなり街中に連れてこられたので捨てられるという思い込みが強い。
「仕事を手伝ってもらうためだといったじゃないですか」
大通りを一本入るとわずかに人通りがへる。商人や旅人たちのための宿街だ。食堂を併設している店が多いため煮炊きの匂いで満たされている。
「おれを売るんですか」
エリッツが腕に力をこめるので歩く速度がまた遅くなる。
宿街ということは娼館も多い。中には男娼がいる店もあるだろう。宿街の奥へ進むにつれてそういったサービスを売る店の割合は高くなる。夜はかなりにぎわう通りだが昼間は静かなものだ。
「売ったら誰がわたしの仕事を手伝うんですか」
ふと、シェイルはエリッツに結構な高値がつくのではないかと思ってしまった。
高級娼婦はその美貌だけではなく教養や気品が求められるという。教養に関しては問題がない。家柄だけに自然と品も備わっている。しかも冗談とはいえあの目の肥えたラヴォート殿下に「仕上がった」と言わしめた。問題は嗜好が極端に偏っているというか変態であることくらいだがむしろそれを好む御仁は多いだろう。
そんな目で見ているのが伝わったのかエリッツは悲壮な顔をしてさらに腕に力をこめた。
「手伝いでも何でもするんで売らないでください」
立場上女衒のような真似ができるわけがない。少し考えればわかるだろうに。
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