亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第二十六話 晩餐

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 兄ダグラスが帰ってきたのは夕刻ごろだった。
 ダグラスは妻フィアーナの実家シャディッシュ家の兄弟を夕食に招待していたが、フィアーナ本人はまだ実家で会いたい友人がいるとのことで明後日こちらに帰ってくる予定になっているそうだ。
 ダグラスは客人の前にもかかわらず、エリッツを見ると即座にかけよってその体を抱きしめた。
「まったく。あんまり心配させないでくれよ」
 エリッツ自身も懐かしい兄のにおいに涙ぐみそうになる。
 ダグラスは一度だけするりとエリッツの髪を指ですいた。ついエリッツは心地よさに身ぶるいをしてしまう。
「髪を切ってしまったんだね。それにその服はどうしたんだ」
 エリッツはダグラスに挨拶をしたらすぐに帰るつもりでここへ来たときの服、つまりシェイルのお下がりの軍部の古い制服をきていた。うさぎはさすがに外してある。
「ダグラス、何度みてもきみには全然にていないね」
 エリッツが説明に困っていると、ほっそりとした長身の男が声をかける。エリッツも見たことがある。確かフィアーナの兄だったはず。フィアーナと同じくダークブロンドの巻き毛だ。
「おぼえてるだろ。フィアーナの兄ディケロと、弟のマルクだ」
 ダグラスが「フィアーナ」と呼ぶときエリッツはわずかに胸が痛む。
「やあ、エリッツ久しぶり。家出したんだって?」
 気さくに声をかけてきたのはマルクの方だ。ディケロに顔かたちはそっくりだがマルクの方が背が低く全体的にがっしりとした体格をしている。
「こんにちは」
 エリッツは客人二人と握手をかわす。
「しかしこの広い屋敷に留守番はこの子だけだったのか」
 ディケロは不思議そうに辺りを見渡す。
「この子が戻るって聞いたから人払いをしたんだよ。普段は軍部の部下連中が常駐してる」
 エリッツがなんのことかわからずきょとんとしていると、ディケロはまじまじとエリッツを見て、「なるほど。過保護なことで」とため息をついた。
「さあ、かた苦しいのはなしにしよう。腹がへっただろう。夕食だ」
 ダグラスは客人たちを食堂へ案内する。客人といっても歳の近い男二人だ。仕事やしがらみを忘れて気楽に酒でも飲もうという魂胆に違いない。案外フィアーナはこの男三人に遠慮をして帰ってこないのかもしれない。
 エリッツはダグラスについている秘書官か書記官の姿をさがしたが、そういえば今は仕事をしているわけではないのでそばにいなくても不思議はない。エリッツは落胆して席についた。
 この様子だと帰るのは明日になりそうだ。
 一体どれほどの客を招待する事態を想定しているのか無駄に広い食堂にたった四人で食前酒をなめている。
 エリッツはとりあえず客人にことわってから兄に明日帰ることをつたえた。おそらくこの三人は食事のあと酔いつぶれるまで飲むに違いない。大切なことは先にいっておかねばなしくずしになってしまう。
「帰るってサムティカの本家に?」
 ダグラスは少しつまらなさそうに口をとがらせた。兄はよくこういう子供っぽい表情をする。エリッツは久しぶりに見た兄の癖に思わず顔がほころんでしまう。
「今、ちょっとお世話になっている人がいて――」
「あのカウラニー家の。噂になってるね」
 ディケロが待っていたとばかりにくいついてくる。どうやら噂好きな男らしい。逆にマルクは興味なさそうに塩漬けのオリーブをグラスに落として観察している。
「エリッツ、きみのやることに文句をつける気はないが、あの人とかかわるのはあまりおすすめしない」
 ダグラスはそういうと口をへの字に曲げる。もってまわった言い方をするがエリッツの経験上これは最大限の「反対」である。
 ディケロもそれを感じたのか笑いをかみ殺すような表情をしている。
「いろいろと目立つ人だからね。敵も味方も両極端になりがちだ」
 ディケロは立場保留という態度だ。
「おもしろそうな人じゃないの。前にイゴルデでシュロスをやってるのを見かけたけど鳥肌がたつくらい強かったよ。一度手合わせしてほしいな」
 マルクが口の中でオリーブの種を転がしながら会話に参加する。シュロスもボードゲームのひとつで小さな四角い板を盤上に並べて領地をとりあうゲームだ。
「お前はまたイゴルデに通ってゲームばっかりしてるのか。他の連中に暇だと思われるぞ」
 ディケロはマルクを茶化す。
「そんなに行ってないよ。あそこは飯がうまいし、意外とすごい人たちが来てるんだ」
 イゴルデというのはもしかしてシェイルがはじめに食事をさせてくれたあの店のことではないだろうか。思い返せばボードゲームを観戦しているときの客の熱気が異様だったように思う。
「出自はわからないし信頼しきれない」
 なごやかな雰囲気を切りつけるようにダグラスは不機嫌な声をあげた。一瞬だけ気まずい空気が流れる。
「確かになぞが多い人物だけど、カウラニー家が後ろ盾になるくらいだから不審者じゃないだろうさ」
 ディケロがとりなしてくれるが、兄がシェイルに好感をもっていないのは確かなようだ。
 マルクはすでに話題に興味を失ったようでいつのまにか食卓に並んだ前菜を次々と頬ばっていた。前菜にはエリッツが今朝つまみ食いさせてもらったものの完成形がきれいに並べてある。
「ロイの出身なんじゃないの」
 エリッツがそういうと、ダグラスとディケロは顔を見合わせた。
「ちがうだろ」
「そうじゃないよ」
 ほぼ同時に声をあげる。そしてまた二人で顔を見合わせるとディケロの方がゆずるように手のひらでダグラスをうながす。
「僕が実際見たわけじゃないけど、当時軍部にいた父さんと兄さんはあの人が来たときの現場を見たっていってる」
 ダグラスの言葉にうなずいてディケロもいう。
「うちは爺さんと父さんが見てる。シェイラリオさんは戦時に帝国軍にいた少年兵でオズバル・カウラニー氏に捕虜として連れてこられたんだよ。なんかひどかったらしいね。当時十歳かそこらだったってきいたけどそんな子供を戦地にいかせるものかな。それに捕虜になってこの国で働いているのはあの人だけじゃないかって話だけど」
 ディケロは自分でいいながら首をかしげている。
「なぜだろうな」
「ほら、わけがわからないから信用できないだろ。まだ帝国とつながっているって噂もきく」
 我が意を得たりとばかりにダグラスは声を張る。
「古くからいる軍部の人間は帝国の人間というだけで毛嫌いするね。しかし、それにしては言葉もなまってないしちょっと雰囲気が違うよ。不思議だよな」
 エリッツは帝国の人間とかかわったことがないのでよくわからない。それよりもシェイルがそのことをいってくれなかったことが胸に黒いしみとなってじわじわと広がってゆく。
 あのとき、エリッツはシェイルに「ロイから来たんですね」ときいた。それには否定も肯定もしなかったし、北の王の話もあいまいに返事をするだけだった。もし本当に帝国の出身ならあのときにいってくれればよかったのに。
 兄が不信感をもつのはわからなくもないがエリッツは実際にシェイルと話をしているからラヴォート殿下を裏切るようなことはしないと信じることができる。別に出身がどこでもたいして気にはしない。
 エリッツが煩悶としている間にダグラスとディケロは別の話題にうつっていた。
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