亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
29 / 239
第一章 (仮)

第二十九話 若い護衛

しおりを挟む
 アイザック・デルゴヴァ卿はさっそく翌日の夕方やってきた。
 エリッツが思っていた以上に早い。コルトニエスから来たのなら数日前からこちらに向けて出発していたはずである。
 それは連絡の行き違いだったらしく兄も知らせを聞いた朝からあわただしくしている。ディケロとマルクは気をつかって早々にシャディッシュ家へと帰っていった。二人とも二日酔いらしくふらふらしていたので心配だ。入れかわるように少し予定を早めてフィアーナが夕食までにはこちらに帰ってくるという。
 あわせて屋敷に常駐していたというダグラスの部下たちも戻ってきて、ずっと静かだった屋敷は突然にぎやかになった。
 広大なコルトニエス周辺の地域を治めるアイザック氏だが、荷物もさほど多くはなく連れている護衛、部下、織物の職人も全員で十数名ほどだった。大荷物をともない大挙してやってくるのではないかというエリッツの想像よりずっとつつましい印象だ。しかし要人の到着とあって屋敷全体がざわざわと騒がしい。
 ダグラスとの距離が急に遠くなりエリッツはまた心細くなってしまう。
 エリッツが喧騒をさけて屋敷の園庭の片隅で本を読んでいるとワイダットが相変わらずのんびりとした歩調でやってきた。
 まもなく日が落ちる。中に入るように呼びにきたのだろう。
「若様、護衛の仕事の口ができてよかったな。勉強したかったんだろう」
 耳が早い。兄からそれとなく助けるように言われたのだろう。
 護衛の仕事といってもたいしたことはない。アイザック氏がこの家で不自由がないように身内がついてあれこれ仲立ちをするというだけのことだ。エリッツとてこの屋敷にきてから日が浅い。たいして役には立たないだろう。
「お尻を触られるだけだと思う」
 つい憮然とした口調でそっぽをむいてしまう。兄の頼みはいつもこういうタイプの「友人」のためだ。エリッツは兄にとってそういう手駒でしかない。それでも兄がよろこんでくれればそれでよかったはずなのに。
 ワイダットはエリッツのことはなんでも敏感に感じとる。
「早くカウラニー氏のところに帰りたかったなあ、若様」
 エリッツがむっつりと黙りこくっている中ワイダットがしんみりとつぶやいた。
「別に」
 シェイルのところにはゼインもいるし、もとより昼寝しかしてなかったからすぐに戻る必要はないのかもしれない。
 それに引きかえダグラスは危なっかしい。デルゴヴァ兄弟に与しているととられると今後いろいろと不都合があるのではないか。エリッツはいまだ心配である。
「あれ、誰だろう」
 荷馬車から荷物を運んだりと忙しく立ち働いている人々の中にエリッツと同年代の少年がいる。遠目にも小柄で華奢な印象だ。
「アイザック氏の護衛だそうだ」
「護衛っていうと……本当の護衛?」
 お尻をさわられるための護衛ではなく主の身を守るためにいる護衛か。
「短剣を使うらしいが、なかなかの腕前だと聞いた」
「ふぅん」
 エリッツはなんだかおもしろくない。この国は能力主義なんだ。
 それとなく観察していると、むこうも視線に気づいたのだろうか。エリッツの方をちらりと見てから、再度不審なものを見るような目をむけてくる。
「なんかにらまれてないかな」
「たしかに若様のことを二度も見たな。歳が近いから気になるんだろう」
 そういった目つきではなかったような。
「さて、そろそろ戻りましょう。作業もじきに落ちつく。アイザック氏にあいさつをしないと」
 そういえば、肝心のアイザック氏をエリッツはまだ見ていなかった。避けていたところもあるが、護衛をするのであればこのままでいるわけにはいかない。
「それから夕食にはオグデリス・デルゴヴァ卿も来るそうだ」
 二重三重で腰が重い。
 やはり夕食の席はエリッツにとって楽しいものではなかった。
 昨夜のうちくだけた会食とはうって変わり、全員が武装のように「うちくだけた雰囲気」をまとって会しているように感じる。
「いやしかし本当に助かりました。この人の屋敷がどうも居心地が悪そうで」
 アイザック氏は冗談をいうように弟のオグデリス氏を指して笑う。この兄弟はさして似ていない。オグデリス氏がいかにも私腹を肥やし自身も肥やす高官というたたずまいなのに対してアイザック氏はやり手の実業家という印象だ。がっしりとした健康的な体つきをしている。ただ一見とても紳士的で始終にこにことしているが目が笑っていない。それどころかエリッツの方を見もしないのだ。
 オグデリス氏の方は何を考えているのかわかりやすいタイプだが、アイザック氏の方はまったくわからない。かえってたちが悪そうだと思ってしまうのはエリッツが得た前情報による思いこみなのか、それすら判然としない。
 何を考えているのかわからないといえば、ダグラスの妻フィアーナも同様である。ダークブロンドの見事な巻き毛に人形のような美しい顔立ちをしているが夫の横で必要最低限のあいさつ以外は一切何もしゃべらない。笑わない。よくいえば貞淑な妻、悪く言えば不気味な存在である。
 エリッツがフィアーナに会うのは三度目である。以前は結婚のあいさつなど格式ばった場であったため緊張していたのだろうと思っていたが今日の様子を見る限りいつもこうなのだろう。ダグラスと二人きりになれば笑顔を見せるのだろうか。複雑な思いがよぎる。
「たいしたことではありませんよ。ただ、仕事で外出が多いものですから、何かあれば遠慮なくこの子にいってください。まだまだ勉強中の愚弟ですが、護衛としておそばに置いていただければ」
 ダグラスはエリッツに手のひらをむけ如才なく微笑んだ。
「エリッツ・グーデンバルドです。よろしくお願いします」
 相変わらずこのような場にくると仕込まれた動物のように自然に体が動いてしまう。エリッツは兄同様にアイザック氏に微笑みかけていた。しかしやはりアイザック氏はエリッツとは目を合わせない。
 逆にオグデリス氏はエリッツにいやらしい視線をむけてくる。エリッツの方をむくたびに脂肪がのった首周りが窮屈そうだ。兄がそばにいるので以前ほどは動揺しないがやはり気持ち悪い。
「おや、破門にでもなったのかい」
 オグデリス氏は子供にでも話しかけるようにエリッツに問いかける。内心不愉快に思ったが、エリッツはやはり笑顔で返す。
「いえ、護衛の仕事があるということだったので師匠には許可をもらって一時的にこちらに」
つらつらと嘘が出てくる。
 ダグラスの方でも家出していた弟を拉致してきたとわざわざ訂正するわけもなく、その場は表面上なにごともなく流れていった。
「ああ、そうだ。わたしの護衛を紹介しておいた方がいいですね」
 食事を終え、紅茶と焼き菓子で談笑している中、アイザック氏が思いついたようにいった。「呼んできてくれませんか」と自身の使用人に声をかける。
 やがて連れられてきたのは先ほどエリッツのことをにらんでいた少年とさらに幼い黒髪の少年だった。
「リークとアルヴィンです」
 リークと呼ばれた少年が先ほどの少年だ。赤みがかったブロンドにややつりぎみの大きなとび色の目をしている。小柄だが俊敏そうだ。腰には実用的で質素なデザインの短剣があった。よくつかいこまれているらしく柄は変色しわずかに彫り込まれていたらしい装飾もすりへっている。やはりエリッツに対して何か思うところでもあるのか、おもしろくなさそうな顔をしていた。
 アルヴィンという少年がまた護衛というイメージからほど遠い。歳は十三、四ほどに見える。ぽちゃりと丸っこい体型で反応も鈍そうである。服のサイズが合っていないのか長すぎる袖で両手が隠れており、エリッツがいうのもなんだかますます子供っぽい。しかしその表情は三人の中で一番年少であることに対する引け目が一切うかがえない。黒い瞳は自信に満ちてきらきらとしていた。さらにエリッツに対しての好奇心を隠し切れない様子だ。年下だと思われていやしないかと、エリッツは危ぶんでいた。
「よろしくお願いします」
 握手をもとめたその手をリークは勢いよくはたいた。パンッと小気味よい音が響き、少し遅れてじんと痛みはじめた右手をエリッツはじっとみる。誤って利き手を出してしまったわけではない。他に何か間違えただろうか。
「そんな顔するなよ。うちの地方でのあいさつだって。よろしくな」
 リークは冗談とも悪意ともわからない笑顔をうかべる。言葉のアクセントに聞きなれないわずかななまりがあった。アルヴィンはあきれたようにため息をつく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...