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第一章 (仮)
第二十九話 若い護衛
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アイザック・デルゴヴァ卿はさっそく翌日の夕方やってきた。
エリッツが思っていた以上に早い。コルトニエスから来たのなら数日前からこちらに向けて出発していたはずである。
それは連絡の行き違いだったらしく兄も知らせを聞いた朝からあわただしくしている。ディケロとマルクは気をつかって早々にシャディッシュ家へと帰っていった。二人とも二日酔いらしくふらふらしていたので心配だ。入れかわるように少し予定を早めてフィアーナが夕食までにはこちらに帰ってくるという。
あわせて屋敷に常駐していたというダグラスの部下たちも戻ってきて、ずっと静かだった屋敷は突然にぎやかになった。
広大なコルトニエス周辺の地域を治めるアイザック氏だが、荷物もさほど多くはなく連れている護衛、部下、織物の職人も全員で十数名ほどだった。大荷物をともない大挙してやってくるのではないかというエリッツの想像よりずっとつつましい印象だ。しかし要人の到着とあって屋敷全体がざわざわと騒がしい。
ダグラスとの距離が急に遠くなりエリッツはまた心細くなってしまう。
エリッツが喧騒をさけて屋敷の園庭の片隅で本を読んでいるとワイダットが相変わらずのんびりとした歩調でやってきた。
まもなく日が落ちる。中に入るように呼びにきたのだろう。
「若様、護衛の仕事の口ができてよかったな。勉強したかったんだろう」
耳が早い。兄からそれとなく助けるように言われたのだろう。
護衛の仕事といってもたいしたことはない。アイザック氏がこの家で不自由がないように身内がついてあれこれ仲立ちをするというだけのことだ。エリッツとてこの屋敷にきてから日が浅い。たいして役には立たないだろう。
「お尻を触られるだけだと思う」
つい憮然とした口調でそっぽをむいてしまう。兄の頼みはいつもこういうタイプの「友人」のためだ。エリッツは兄にとってそういう手駒でしかない。それでも兄がよろこんでくれればそれでよかったはずなのに。
ワイダットはエリッツのことはなんでも敏感に感じとる。
「早くカウラニー氏のところに帰りたかったなあ、若様」
エリッツがむっつりと黙りこくっている中ワイダットがしんみりとつぶやいた。
「別に」
シェイルのところにはゼインもいるし、もとより昼寝しかしてなかったからすぐに戻る必要はないのかもしれない。
それに引きかえダグラスは危なっかしい。デルゴヴァ兄弟に与しているととられると今後いろいろと不都合があるのではないか。エリッツはいまだ心配である。
「あれ、誰だろう」
荷馬車から荷物を運んだりと忙しく立ち働いている人々の中にエリッツと同年代の少年がいる。遠目にも小柄で華奢な印象だ。
「アイザック氏の護衛だそうだ」
「護衛っていうと……本当の護衛?」
お尻をさわられるための護衛ではなく主の身を守るためにいる護衛か。
「短剣を使うらしいが、なかなかの腕前だと聞いた」
「ふぅん」
エリッツはなんだかおもしろくない。この国は能力主義なんだ。
それとなく観察していると、むこうも視線に気づいたのだろうか。エリッツの方をちらりと見てから、再度不審なものを見るような目をむけてくる。
「なんかにらまれてないかな」
「たしかに若様のことを二度も見たな。歳が近いから気になるんだろう」
そういった目つきではなかったような。
「さて、そろそろ戻りましょう。作業もじきに落ちつく。アイザック氏にあいさつをしないと」
そういえば、肝心のアイザック氏をエリッツはまだ見ていなかった。避けていたところもあるが、護衛をするのであればこのままでいるわけにはいかない。
「それから夕食にはオグデリス・デルゴヴァ卿も来るそうだ」
二重三重で腰が重い。
やはり夕食の席はエリッツにとって楽しいものではなかった。
昨夜のうちくだけた会食とはうって変わり、全員が武装のように「うちくだけた雰囲気」をまとって会しているように感じる。
「いやしかし本当に助かりました。この人の屋敷がどうも居心地が悪そうで」
アイザック氏は冗談をいうように弟のオグデリス氏を指して笑う。この兄弟はさして似ていない。オグデリス氏がいかにも私腹を肥やし自身も肥やす高官というたたずまいなのに対してアイザック氏はやり手の実業家という印象だ。がっしりとした健康的な体つきをしている。ただ一見とても紳士的で始終にこにことしているが目が笑っていない。それどころかエリッツの方を見もしないのだ。
オグデリス氏の方は何を考えているのかわかりやすいタイプだが、アイザック氏の方はまったくわからない。かえってたちが悪そうだと思ってしまうのはエリッツが得た前情報による思いこみなのか、それすら判然としない。
何を考えているのかわからないといえば、ダグラスの妻フィアーナも同様である。ダークブロンドの見事な巻き毛に人形のような美しい顔立ちをしているが夫の横で必要最低限のあいさつ以外は一切何もしゃべらない。笑わない。よくいえば貞淑な妻、悪く言えば不気味な存在である。
エリッツがフィアーナに会うのは三度目である。以前は結婚のあいさつなど格式ばった場であったため緊張していたのだろうと思っていたが今日の様子を見る限りいつもこうなのだろう。ダグラスと二人きりになれば笑顔を見せるのだろうか。複雑な思いがよぎる。
「たいしたことではありませんよ。ただ、仕事で外出が多いものですから、何かあれば遠慮なくこの子にいってください。まだまだ勉強中の愚弟ですが、護衛としておそばに置いていただければ」
ダグラスはエリッツに手のひらをむけ如才なく微笑んだ。
「エリッツ・グーデンバルドです。よろしくお願いします」
相変わらずこのような場にくると仕込まれた動物のように自然に体が動いてしまう。エリッツは兄同様にアイザック氏に微笑みかけていた。しかしやはりアイザック氏はエリッツとは目を合わせない。
逆にオグデリス氏はエリッツにいやらしい視線をむけてくる。エリッツの方をむくたびに脂肪がのった首周りが窮屈そうだ。兄がそばにいるので以前ほどは動揺しないがやはり気持ち悪い。
「おや、破門にでもなったのかい」
オグデリス氏は子供にでも話しかけるようにエリッツに問いかける。内心不愉快に思ったが、エリッツはやはり笑顔で返す。
「いえ、護衛の仕事があるということだったので師匠には許可をもらって一時的にこちらに」
つらつらと嘘が出てくる。
ダグラスの方でも家出していた弟を拉致してきたとわざわざ訂正するわけもなく、その場は表面上なにごともなく流れていった。
「ああ、そうだ。わたしの護衛を紹介しておいた方がいいですね」
食事を終え、紅茶と焼き菓子で談笑している中、アイザック氏が思いついたようにいった。「呼んできてくれませんか」と自身の使用人に声をかける。
やがて連れられてきたのは先ほどエリッツのことをにらんでいた少年とさらに幼い黒髪の少年だった。
「リークとアルヴィンです」
リークと呼ばれた少年が先ほどの少年だ。赤みがかったブロンドにややつりぎみの大きなとび色の目をしている。小柄だが俊敏そうだ。腰には実用的で質素なデザインの短剣があった。よくつかいこまれているらしく柄は変色しわずかに彫り込まれていたらしい装飾もすりへっている。やはりエリッツに対して何か思うところでもあるのか、おもしろくなさそうな顔をしていた。
アルヴィンという少年がまた護衛というイメージからほど遠い。歳は十三、四ほどに見える。ぽちゃりと丸っこい体型で反応も鈍そうである。服のサイズが合っていないのか長すぎる袖で両手が隠れており、エリッツがいうのもなんだかますます子供っぽい。しかしその表情は三人の中で一番年少であることに対する引け目が一切うかがえない。黒い瞳は自信に満ちてきらきらとしていた。さらにエリッツに対しての好奇心を隠し切れない様子だ。年下だと思われていやしないかと、エリッツは危ぶんでいた。
「よろしくお願いします」
握手をもとめたその手をリークは勢いよくはたいた。パンッと小気味よい音が響き、少し遅れてじんと痛みはじめた右手をエリッツはじっとみる。誤って利き手を出してしまったわけではない。他に何か間違えただろうか。
「そんな顔するなよ。うちの地方でのあいさつだって。よろしくな」
リークは冗談とも悪意ともわからない笑顔をうかべる。言葉のアクセントに聞きなれないわずかななまりがあった。アルヴィンはあきれたようにため息をつく。
エリッツが思っていた以上に早い。コルトニエスから来たのなら数日前からこちらに向けて出発していたはずである。
それは連絡の行き違いだったらしく兄も知らせを聞いた朝からあわただしくしている。ディケロとマルクは気をつかって早々にシャディッシュ家へと帰っていった。二人とも二日酔いらしくふらふらしていたので心配だ。入れかわるように少し予定を早めてフィアーナが夕食までにはこちらに帰ってくるという。
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ダグラスとの距離が急に遠くなりエリッツはまた心細くなってしまう。
エリッツが喧騒をさけて屋敷の園庭の片隅で本を読んでいるとワイダットが相変わらずのんびりとした歩調でやってきた。
まもなく日が落ちる。中に入るように呼びにきたのだろう。
「若様、護衛の仕事の口ができてよかったな。勉強したかったんだろう」
耳が早い。兄からそれとなく助けるように言われたのだろう。
護衛の仕事といってもたいしたことはない。アイザック氏がこの家で不自由がないように身内がついてあれこれ仲立ちをするというだけのことだ。エリッツとてこの屋敷にきてから日が浅い。たいして役には立たないだろう。
「お尻を触られるだけだと思う」
つい憮然とした口調でそっぽをむいてしまう。兄の頼みはいつもこういうタイプの「友人」のためだ。エリッツは兄にとってそういう手駒でしかない。それでも兄がよろこんでくれればそれでよかったはずなのに。
ワイダットはエリッツのことはなんでも敏感に感じとる。
「早くカウラニー氏のところに帰りたかったなあ、若様」
エリッツがむっつりと黙りこくっている中ワイダットがしんみりとつぶやいた。
「別に」
シェイルのところにはゼインもいるし、もとより昼寝しかしてなかったからすぐに戻る必要はないのかもしれない。
それに引きかえダグラスは危なっかしい。デルゴヴァ兄弟に与しているととられると今後いろいろと不都合があるのではないか。エリッツはいまだ心配である。
「あれ、誰だろう」
荷馬車から荷物を運んだりと忙しく立ち働いている人々の中にエリッツと同年代の少年がいる。遠目にも小柄で華奢な印象だ。
「アイザック氏の護衛だそうだ」
「護衛っていうと……本当の護衛?」
お尻をさわられるための護衛ではなく主の身を守るためにいる護衛か。
「短剣を使うらしいが、なかなかの腕前だと聞いた」
「ふぅん」
エリッツはなんだかおもしろくない。この国は能力主義なんだ。
それとなく観察していると、むこうも視線に気づいたのだろうか。エリッツの方をちらりと見てから、再度不審なものを見るような目をむけてくる。
「なんかにらまれてないかな」
「たしかに若様のことを二度も見たな。歳が近いから気になるんだろう」
そういった目つきではなかったような。
「さて、そろそろ戻りましょう。作業もじきに落ちつく。アイザック氏にあいさつをしないと」
そういえば、肝心のアイザック氏をエリッツはまだ見ていなかった。避けていたところもあるが、護衛をするのであればこのままでいるわけにはいかない。
「それから夕食にはオグデリス・デルゴヴァ卿も来るそうだ」
二重三重で腰が重い。
やはり夕食の席はエリッツにとって楽しいものではなかった。
昨夜のうちくだけた会食とはうって変わり、全員が武装のように「うちくだけた雰囲気」をまとって会しているように感じる。
「いやしかし本当に助かりました。この人の屋敷がどうも居心地が悪そうで」
アイザック氏は冗談をいうように弟のオグデリス氏を指して笑う。この兄弟はさして似ていない。オグデリス氏がいかにも私腹を肥やし自身も肥やす高官というたたずまいなのに対してアイザック氏はやり手の実業家という印象だ。がっしりとした健康的な体つきをしている。ただ一見とても紳士的で始終にこにことしているが目が笑っていない。それどころかエリッツの方を見もしないのだ。
オグデリス氏の方は何を考えているのかわかりやすいタイプだが、アイザック氏の方はまったくわからない。かえってたちが悪そうだと思ってしまうのはエリッツが得た前情報による思いこみなのか、それすら判然としない。
何を考えているのかわからないといえば、ダグラスの妻フィアーナも同様である。ダークブロンドの見事な巻き毛に人形のような美しい顔立ちをしているが夫の横で必要最低限のあいさつ以外は一切何もしゃべらない。笑わない。よくいえば貞淑な妻、悪く言えば不気味な存在である。
エリッツがフィアーナに会うのは三度目である。以前は結婚のあいさつなど格式ばった場であったため緊張していたのだろうと思っていたが今日の様子を見る限りいつもこうなのだろう。ダグラスと二人きりになれば笑顔を見せるのだろうか。複雑な思いがよぎる。
「たいしたことではありませんよ。ただ、仕事で外出が多いものですから、何かあれば遠慮なくこの子にいってください。まだまだ勉強中の愚弟ですが、護衛としておそばに置いていただければ」
ダグラスはエリッツに手のひらをむけ如才なく微笑んだ。
「エリッツ・グーデンバルドです。よろしくお願いします」
相変わらずこのような場にくると仕込まれた動物のように自然に体が動いてしまう。エリッツは兄同様にアイザック氏に微笑みかけていた。しかしやはりアイザック氏はエリッツとは目を合わせない。
逆にオグデリス氏はエリッツにいやらしい視線をむけてくる。エリッツの方をむくたびに脂肪がのった首周りが窮屈そうだ。兄がそばにいるので以前ほどは動揺しないがやはり気持ち悪い。
「おや、破門にでもなったのかい」
オグデリス氏は子供にでも話しかけるようにエリッツに問いかける。内心不愉快に思ったが、エリッツはやはり笑顔で返す。
「いえ、護衛の仕事があるということだったので師匠には許可をもらって一時的にこちらに」
つらつらと嘘が出てくる。
ダグラスの方でも家出していた弟を拉致してきたとわざわざ訂正するわけもなく、その場は表面上なにごともなく流れていった。
「ああ、そうだ。わたしの護衛を紹介しておいた方がいいですね」
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やがて連れられてきたのは先ほどエリッツのことをにらんでいた少年とさらに幼い黒髪の少年だった。
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アルヴィンという少年がまた護衛というイメージからほど遠い。歳は十三、四ほどに見える。ぽちゃりと丸っこい体型で反応も鈍そうである。服のサイズが合っていないのか長すぎる袖で両手が隠れており、エリッツがいうのもなんだかますます子供っぽい。しかしその表情は三人の中で一番年少であることに対する引け目が一切うかがえない。黒い瞳は自信に満ちてきらきらとしていた。さらにエリッツに対しての好奇心を隠し切れない様子だ。年下だと思われていやしないかと、エリッツは危ぶんでいた。
「よろしくお願いします」
握手をもとめたその手をリークは勢いよくはたいた。パンッと小気味よい音が響き、少し遅れてじんと痛みはじめた右手をエリッツはじっとみる。誤って利き手を出してしまったわけではない。他に何か間違えただろうか。
「そんな顔するなよ。うちの地方でのあいさつだって。よろしくな」
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