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第一章 (仮)
第三十四話 店番
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墓守の生活は表面上なにひとつ変わらなかった。
朝と夕に墓地の見回りをし、簡単な掃除をする。日中は日銭が稼げる仕事をなんでもやった。荷運びや縄ない、農作業、隣人の店の店番などだ。もちろん死人が出れば本職の埋葬をするが、この小さな村でそれだけでは生活ができない。
そもそも墓守は墓守を本職として選択したわけではなかった。墓守の男に拾われそのまま跡を継いだだけだ。だから墓守は自分で仕事を選ぼうとした。
「あ、ちょっと、今日は何か紙はないか」
隣人の店の番をしていた墓守はレジスからの荷を運んできた商人の男に声をかける。店番のときはいつも会うので顔見知りになり世間話をしたり何かと融通をきかせあう仲だった。歳はずいぶんと上だが商人だけあって理論的な話し方をするので馬が合う。ただ、お互い名前は知らない。
すでに冬の風が吹いている。商人は分厚い手のひらをこすりながら墓守のいる店の奥までやってきた。
「ああ、あんたか。相変わらず暗い店だな。もう今年は役人の試験を受けないんじゃなかったのか。まだ紙が必要か」
「いるんだ。新しい反故紙が」
「なるほど、新しい反故紙ね」
商人は荷車からたくさんの反故紙とは別によりわけてある紙を数束とりだして墓守のもとに持ってくる。墓守の方はポケットからコインだして商人に手渡した。
「また欲しいか」
「ああ、また頼むよ。ところでなにか街で変わったことはあったか」
「いや、相変わらずだよ。ああ、そういえばあんたが好きそうなやつがある」
商人は胸元から折りたたまれた大きな紙をとりだした。どこかにはりだされていたのであろう演劇のポスターであった。風雨にさらされて傷んではいるが、人物の表情が繊細に描かれ彩色も見事だった。
たしかに墓守はそういうものが好きだ。演劇もポスターも。追加で料金を払おうとした墓守に商人は「やるよ」とぶっきらぼうに言い放つと店が注文していたらしい荷を置いて立ち去った。
墓守は荷をほどいて仕分けし、たんたんとせまい店内の棚に並べていく。
この村で織られる布は売るためのものである。村人たちはレジスから仕入れた安い綿や麻で着るものを仕立てた。商人が置いていった荷も今回はそういった布が多い。寒さが厳しい季節になるのでその備えであろう。それに薬品やちょっとした乾物もある。
墓守は手早く商品を片づけると商人から買った紙を手にした。
店番の仕事のいいところは客がこない間は時間が自由につかえることだ。以前は役人登用試験の勉強などをしていた。そもそも客などあんまりこない。村に日用品をおく店がないのは不便だが、あったところでさしてもうからない。墓守と同じである。
年老いた店主夫妻も畑仕事や機織りと副業をもっており墓守は二人が副業で手一杯になるときだけ雇ってもらう。店を閉めればいいようなものだが孫のような年齢の墓守に仕事をあたえてくれているのかもしれない。
紙はかなり新しい反故紙だった。つまりレジスのどこかの屋敷からでた国官報と呼ばれる国の公的な広報紙や街中で売られている情報誌のたぐいだ。紙は高価なのでこういった反故紙が出てくるのはレジスの街中にあるお屋敷か裕福な家くらいだ。墓守はいつもこのような反故紙から情報を得ていた。商人に頼んでおけばそのような「新しい反故紙」を別にとっておいて売ってくれる。
「最新情報だな」
墓守は顔をほころばせた。
国官報を古い順から目を通していく。軍人たちの武功や役人たちの異動、ちょっとした政治上のできごとなどがたんたんと羅列されている。一枚だけでは面白味のない情報だが続けてみていくと政治的な動きがみえてくる。これにあわせて街の人々の噂話や娯楽目的の下世話な情報誌などをみていくと役人の異動ひとつとってもひとつの筋がみえてくることがある。
以前仕入れた情報から知った名もあったが知らない名もあった。だが墓守が探している名は見あたらない。
「ウィンレイク指揮官って何者なんだ」
指揮官は墓守に仕事を依頼した。フェリク・リンゼイに関する情報であればなんでも買うという。好きだった食べものや習慣、癖やちょっとしたエピソードでもいいそうだ。それから村長たちの様子、リンゼイ家がかつて治めていた村の情報なども高く買うと約束してくれた。
今さらそんな昔の不正を暴きたててどうするつもりなんだろうか。いや、どちらかというとフェリク・リンゼイ自身の情報に重きがおかれているように感じられる。異様なまでの執着だ。
リンゼイ家をなんらかの手段で消したであろう新しい領主、アイザック・デルゴヴァ氏は印象としては真っ黒であるが、墓守はそんなことに興味をもてなかった。領主が変わったところで墓守の生活は変わらない。毎日墓地を掃除するだけだ。
しかしそれに関する情報を高く買ってくれるというなら話は別だ。しかも指揮官直々の依頼である。それが墓守の野心をかきたてた。あわよくば役人に取りたててもらえないだろうか。
墓守は数日前墓地で起こった出来事を思い出いだしていた。ウィンレイク指揮官は控えめにいってもかなりの奇人に違いない。あの人のもとで働くことになったら苦労はしそうだ。腹に蹴りをいれられボロ雑巾のように放られたあわれな部下の姿が脳裏をよぎる。
それでも墓守はこの村で墓守を続けるつもりはなかった。これはまたとないチャンスだ。
ほかの反故紙からもウィンレイク指揮官の情報は得られなかった。後は家でのんびりと読もうと反故紙をまとめてわきによせる。
代わりにとり出したのが新しい紙の束である。
役員登用試験に受かったら使用するのだと自身を鼓舞するために買った紙だ。高かったし一度あきらめたときは無駄な買い物をしてしまったと思ったものだが、こんなチャンスがめぐってくるとは僥倖である。
試験勉強の際に学んだ正式な報告書の書式にのっとり墓守はウィンレイク指揮官への報告書を慎重に書きはじめた。まずは自身が知っているフェリク・リンゼイについての情報だ。
ウィンレイク指揮官は一度レジスへもどって再びこの村へくるらしい。もう旅人を装って村を調べることはできないとふんで墓守に依頼したのに違いない。指揮官の意にそうような報告書を仕上げたいが肝心の指揮官の目的が謎のままだ。
フェリク・リンゼイと過去の事件に関する情報を何につかうというのか。指揮官の役職などがわかればヒントになるが情報はゼロであった。軍人をしたがえていたが、新人の役人もつかっていた。単独行動を許されており、帝国に対して強い憎しみをいだいている。なんだか支離滅裂だ。
まあ、いいや。
墓守はあっさりと思考を停止させ、知っていることをすべて書く勢いで報告書にむかう。明日からはそれとなく村人たちから情報を得てどんどん書き加えていこう。
朝と夕に墓地の見回りをし、簡単な掃除をする。日中は日銭が稼げる仕事をなんでもやった。荷運びや縄ない、農作業、隣人の店の店番などだ。もちろん死人が出れば本職の埋葬をするが、この小さな村でそれだけでは生活ができない。
そもそも墓守は墓守を本職として選択したわけではなかった。墓守の男に拾われそのまま跡を継いだだけだ。だから墓守は自分で仕事を選ぼうとした。
「あ、ちょっと、今日は何か紙はないか」
隣人の店の番をしていた墓守はレジスからの荷を運んできた商人の男に声をかける。店番のときはいつも会うので顔見知りになり世間話をしたり何かと融通をきかせあう仲だった。歳はずいぶんと上だが商人だけあって理論的な話し方をするので馬が合う。ただ、お互い名前は知らない。
すでに冬の風が吹いている。商人は分厚い手のひらをこすりながら墓守のいる店の奥までやってきた。
「ああ、あんたか。相変わらず暗い店だな。もう今年は役人の試験を受けないんじゃなかったのか。まだ紙が必要か」
「いるんだ。新しい反故紙が」
「なるほど、新しい反故紙ね」
商人は荷車からたくさんの反故紙とは別によりわけてある紙を数束とりだして墓守のもとに持ってくる。墓守の方はポケットからコインだして商人に手渡した。
「また欲しいか」
「ああ、また頼むよ。ところでなにか街で変わったことはあったか」
「いや、相変わらずだよ。ああ、そういえばあんたが好きそうなやつがある」
商人は胸元から折りたたまれた大きな紙をとりだした。どこかにはりだされていたのであろう演劇のポスターであった。風雨にさらされて傷んではいるが、人物の表情が繊細に描かれ彩色も見事だった。
たしかに墓守はそういうものが好きだ。演劇もポスターも。追加で料金を払おうとした墓守に商人は「やるよ」とぶっきらぼうに言い放つと店が注文していたらしい荷を置いて立ち去った。
墓守は荷をほどいて仕分けし、たんたんとせまい店内の棚に並べていく。
この村で織られる布は売るためのものである。村人たちはレジスから仕入れた安い綿や麻で着るものを仕立てた。商人が置いていった荷も今回はそういった布が多い。寒さが厳しい季節になるのでその備えであろう。それに薬品やちょっとした乾物もある。
墓守は手早く商品を片づけると商人から買った紙を手にした。
店番の仕事のいいところは客がこない間は時間が自由につかえることだ。以前は役人登用試験の勉強などをしていた。そもそも客などあんまりこない。村に日用品をおく店がないのは不便だが、あったところでさしてもうからない。墓守と同じである。
年老いた店主夫妻も畑仕事や機織りと副業をもっており墓守は二人が副業で手一杯になるときだけ雇ってもらう。店を閉めればいいようなものだが孫のような年齢の墓守に仕事をあたえてくれているのかもしれない。
紙はかなり新しい反故紙だった。つまりレジスのどこかの屋敷からでた国官報と呼ばれる国の公的な広報紙や街中で売られている情報誌のたぐいだ。紙は高価なのでこういった反故紙が出てくるのはレジスの街中にあるお屋敷か裕福な家くらいだ。墓守はいつもこのような反故紙から情報を得ていた。商人に頼んでおけばそのような「新しい反故紙」を別にとっておいて売ってくれる。
「最新情報だな」
墓守は顔をほころばせた。
国官報を古い順から目を通していく。軍人たちの武功や役人たちの異動、ちょっとした政治上のできごとなどがたんたんと羅列されている。一枚だけでは面白味のない情報だが続けてみていくと政治的な動きがみえてくる。これにあわせて街の人々の噂話や娯楽目的の下世話な情報誌などをみていくと役人の異動ひとつとってもひとつの筋がみえてくることがある。
以前仕入れた情報から知った名もあったが知らない名もあった。だが墓守が探している名は見あたらない。
「ウィンレイク指揮官って何者なんだ」
指揮官は墓守に仕事を依頼した。フェリク・リンゼイに関する情報であればなんでも買うという。好きだった食べものや習慣、癖やちょっとしたエピソードでもいいそうだ。それから村長たちの様子、リンゼイ家がかつて治めていた村の情報なども高く買うと約束してくれた。
今さらそんな昔の不正を暴きたててどうするつもりなんだろうか。いや、どちらかというとフェリク・リンゼイ自身の情報に重きがおかれているように感じられる。異様なまでの執着だ。
リンゼイ家をなんらかの手段で消したであろう新しい領主、アイザック・デルゴヴァ氏は印象としては真っ黒であるが、墓守はそんなことに興味をもてなかった。領主が変わったところで墓守の生活は変わらない。毎日墓地を掃除するだけだ。
しかしそれに関する情報を高く買ってくれるというなら話は別だ。しかも指揮官直々の依頼である。それが墓守の野心をかきたてた。あわよくば役人に取りたててもらえないだろうか。
墓守は数日前墓地で起こった出来事を思い出いだしていた。ウィンレイク指揮官は控えめにいってもかなりの奇人に違いない。あの人のもとで働くことになったら苦労はしそうだ。腹に蹴りをいれられボロ雑巾のように放られたあわれな部下の姿が脳裏をよぎる。
それでも墓守はこの村で墓守を続けるつもりはなかった。これはまたとないチャンスだ。
ほかの反故紙からもウィンレイク指揮官の情報は得られなかった。後は家でのんびりと読もうと反故紙をまとめてわきによせる。
代わりにとり出したのが新しい紙の束である。
役員登用試験に受かったら使用するのだと自身を鼓舞するために買った紙だ。高かったし一度あきらめたときは無駄な買い物をしてしまったと思ったものだが、こんなチャンスがめぐってくるとは僥倖である。
試験勉強の際に学んだ正式な報告書の書式にのっとり墓守はウィンレイク指揮官への報告書を慎重に書きはじめた。まずは自身が知っているフェリク・リンゼイについての情報だ。
ウィンレイク指揮官は一度レジスへもどって再びこの村へくるらしい。もう旅人を装って村を調べることはできないとふんで墓守に依頼したのに違いない。指揮官の意にそうような報告書を仕上げたいが肝心の指揮官の目的が謎のままだ。
フェリク・リンゼイと過去の事件に関する情報を何につかうというのか。指揮官の役職などがわかればヒントになるが情報はゼロであった。軍人をしたがえていたが、新人の役人もつかっていた。単独行動を許されており、帝国に対して強い憎しみをいだいている。なんだか支離滅裂だ。
まあ、いいや。
墓守はあっさりと思考を停止させ、知っていることをすべて書く勢いで報告書にむかう。明日からはそれとなく村人たちから情報を得てどんどん書き加えていこう。
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