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第一章 (仮)
第四十話 たくらみ
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「北の王に会って話したいことがあるんだ」
さっきまでふざけていたアルヴィンは急に真面目な顔になってそういった。エリッツも耳をふさぐのをやめてまじまじとアルヴィンを見る。
「それで朝の質問に戻るんだけど、グーデンバルド家は中立って本当?」
エリッツは慎重に言葉を探した。黄色い蝶が二頭からみ合いながらゆったりと目の前を横切っていく。
「グーデンバルド家は中立、おれはラヴォート殿下側、兄のことは正直わからない」
一瞬の間があってアルヴィンはふきだした。
「ほんと真面目だなあ。同じだ。僕もラヴォート殿下を支持しているよ。というかロイの人間はほとんどそうだろうね。知ってると思うけどラヴォート殿下の政策方針はロイの難民に対してとても寛容だもの。対してルーヴィック殿下はなんだかよくわからない」
きっぱりといい放つアルヴィンにエリッツは少し遅れて首をかしげた。あまりにも自然にいうのでそのまま流しそうだったが、ラヴォート殿下側ということはアイザック氏の護衛の立場としておかしくはないか。
「じゃあ、どうしてアイザック氏の護衛を?」
「アイザック氏の護衛をすればローズガーデンにもぐりこめると思ったから。もちろん仕事はする。できる範囲内で。事情によってはできなくなるかもしれないけどね。とにかく本当の目的はその場にいて北の王を守ることだよ」
アルヴィンはまっすぐに前を見る。ぶらぶらと足をゆらしながらも黒い瞳には強い輝きが宿っていた。その目的のためだけに指名手配され、どういう手口を使ったのか知らないがアイザック氏に取り入り、そしてここまでやってきたのだろうか。
「話は前後するんだけど、アイザック氏のよくない噂をきいたんだよ、レジスに住んでいるときに。コルトニエスの領主が帝国とつながっていて北の王の命を狙っているって」
大きな声をあげそうになりエリッツは口元を手で押さえた。マリルたちがデルゴヴァ卿をどうにかしようとしていたのはそのこともかかわっているのだろうか。なんだか大変なことになってきた。
しかし先ほどは北の王に懐疑的な意見があるようなことをいっていたが、結局アルヴィン自身は北の王の真偽について微塵も疑っていないようだ。
「北の王が誰だか、アルヴィンは予想がついているの?」
王弟は亡くなっていて、生き残っている可能性があるとされるロイの姫君たちでもないという。
アルヴィンはゆっくりと首をふった。
「でもあの人は本物だよ。根拠はないんだけど」
アルヴィンは根拠のないことにいつも自信満々だが、そういえば先ほども門の方向は間違っていなかった。動物に近いのかもしれない。
「ロイの王族はもともと王族とは呼ばれていなかった。これは伝説のたぐいかもしれないんだけど、もとはフィル・ロイットと呼ばれる一族、ロイの言葉で『先頭をゆく者』という意味なんだ。その言葉通り、土地を移動するときに先頭にいてあらゆる危険からみんなを守った。たどりついた土地の食べ物も一番はじめに危険がないか食べて確かめたのはフィル・ロイットの一族だったんだよ」
エリッツはぴんときて声をあげる。
「ああ、だから毒を食べても平気なのかな」
アルヴィンはうれしそうに顔をかがやかせる。
「なんだ、詳しいね。フィル・ロイットの一族は毒に強くて体も丈夫、そしてこれはロイの多くに当てはまるんだけど術士としての能力が異様に高いんだよ。ラヴォート殿下がロイの難民を受けいれる際につかったのがこれなんだ。軍にロイの難民を積極的に登用すれば帝国への牽制にもなるって国王陛下を説き伏せた。これは絶大な効果があったんだ。ロイの民が他国に流れていってしまえばレジスにとって脅威にもなりうるからね」
「じゃあ、北の王も術士なのかな」
「それはわからないけど前の王様はすごい力をもっていたそうだから可能性は高いだろうね」
得意げに話をしていたアルヴィンはそこで突然言葉をとめた。なにかを逡巡するよう目をおよがせてから、ちらりとエリッツをぬすみ見るようにする。
「エリッツに嘘をついていた、というか黙っていたことの話をつづけてもいいかな」
先ほどと違ってめずらしく本気でいうことをためらっている様子だ。
「それってかなりヤバい話なの?」
エリッツもおそるおそるアルヴィンを見る。指名手配よりやばい話なら聞きたくない。
「うーん、ヤバいというか――。エリッツ、僕が子供の頃の話だからね。笑わないで聞いてくれるって約束してよ」
今だって子供のくせにとエリッツは笑いそうになるが、なんとかこらえる。どうやらヤバい話というよりはいいにくい話のようだ。
「笑わないよ。というか、アルヴィンの方がおれを笑うのをやめてよ」
アルヴィンはエリッツの言葉をあっさり無視して口をひらいた。
「七歳のとき、北の王に会ったといったでしょ。話す時間が短かったのは本当なんだけど、実はもうちょっとだけ話しをしたんだ。他の子供たちは両親が一緒になって王に会うものなんだけど僕は一人ぼっちだった。だからさ、王が手まねきをして、それで――頭をなでてくれた。それでさみしくなったらいつでも会いにきていいって。それから大人になったら袖に刺繍をするっていってくれたんだ。僕、それで泣いてしまったよ。大人たちはみんな両親のいない僕を気にかけてくれてやさしかったから『さみしい』なんていっちゃいけないと思ってた。いつも笑っていないとみんなが心配するからね。でもやっぱりさみしかったんだろうね」
アルヴィンはほうけたように空を見あげる。
それでアルヴィンは執拗に北の王を守ろうとしているのか。頭をなでてもらって心を奪われているあたり身におぼえがありすぎてエリッツは何もいえない。ただアルヴィンの場合は両親がいない七歳の子供だった。同じように家族を失った王にやさしい言葉をかけてもらったことはさぞはげみになったことだろう。
また蝶が目の前を舞い、草が陽光を照り返しきらきらと光っている。数日後にローズガーデンで「よくないこと」が起こるとは信じられない。とても平和な景色だった。
「この人が王様になるべきだと思ったよ。血筋のことは正直どっちでもいいんだ」
短絡的といえば短絡的だが、アルヴィンらしい。北の王にますます会ってみたくなる。
「だからローズガーデンの前に会って、危険だと伝えたいんだ」
「待ってよ。危険なのはみんなも知ってるわけでしょう。わざわざ危ないことをして城に忍びこまなくても」
アルヴィンはあきれたようにため息をついた。
「具体的に何がどう危ないのか、エリッツは知ってるの」
「ええ? 帝国からの使者でしょう」
アルヴィンはぐっと声をおとしてエリッツに耳打ちする。
「僕の話、ちゃんと聞いてた? アイザック氏だよ。あとは北の王に直接話す。エリッツを疑っているわけじゃないんだ。どこで誰が聞いているかわからない。アイザック氏が警戒して計画を中止してしまったら捕らえる理由がなくなってしまうからね。北の王の安全を守りつつアイザック氏をローズガーデンで、公衆の面前で、レジス軍につかまえてもらうんだ。二度と表に出てこれないようにね」
やっぱり、とんでもないことをたくらんでいた。
さっきまでふざけていたアルヴィンは急に真面目な顔になってそういった。エリッツも耳をふさぐのをやめてまじまじとアルヴィンを見る。
「それで朝の質問に戻るんだけど、グーデンバルド家は中立って本当?」
エリッツは慎重に言葉を探した。黄色い蝶が二頭からみ合いながらゆったりと目の前を横切っていく。
「グーデンバルド家は中立、おれはラヴォート殿下側、兄のことは正直わからない」
一瞬の間があってアルヴィンはふきだした。
「ほんと真面目だなあ。同じだ。僕もラヴォート殿下を支持しているよ。というかロイの人間はほとんどそうだろうね。知ってると思うけどラヴォート殿下の政策方針はロイの難民に対してとても寛容だもの。対してルーヴィック殿下はなんだかよくわからない」
きっぱりといい放つアルヴィンにエリッツは少し遅れて首をかしげた。あまりにも自然にいうのでそのまま流しそうだったが、ラヴォート殿下側ということはアイザック氏の護衛の立場としておかしくはないか。
「じゃあ、どうしてアイザック氏の護衛を?」
「アイザック氏の護衛をすればローズガーデンにもぐりこめると思ったから。もちろん仕事はする。できる範囲内で。事情によってはできなくなるかもしれないけどね。とにかく本当の目的はその場にいて北の王を守ることだよ」
アルヴィンはまっすぐに前を見る。ぶらぶらと足をゆらしながらも黒い瞳には強い輝きが宿っていた。その目的のためだけに指名手配され、どういう手口を使ったのか知らないがアイザック氏に取り入り、そしてここまでやってきたのだろうか。
「話は前後するんだけど、アイザック氏のよくない噂をきいたんだよ、レジスに住んでいるときに。コルトニエスの領主が帝国とつながっていて北の王の命を狙っているって」
大きな声をあげそうになりエリッツは口元を手で押さえた。マリルたちがデルゴヴァ卿をどうにかしようとしていたのはそのこともかかわっているのだろうか。なんだか大変なことになってきた。
しかし先ほどは北の王に懐疑的な意見があるようなことをいっていたが、結局アルヴィン自身は北の王の真偽について微塵も疑っていないようだ。
「北の王が誰だか、アルヴィンは予想がついているの?」
王弟は亡くなっていて、生き残っている可能性があるとされるロイの姫君たちでもないという。
アルヴィンはゆっくりと首をふった。
「でもあの人は本物だよ。根拠はないんだけど」
アルヴィンは根拠のないことにいつも自信満々だが、そういえば先ほども門の方向は間違っていなかった。動物に近いのかもしれない。
「ロイの王族はもともと王族とは呼ばれていなかった。これは伝説のたぐいかもしれないんだけど、もとはフィル・ロイットと呼ばれる一族、ロイの言葉で『先頭をゆく者』という意味なんだ。その言葉通り、土地を移動するときに先頭にいてあらゆる危険からみんなを守った。たどりついた土地の食べ物も一番はじめに危険がないか食べて確かめたのはフィル・ロイットの一族だったんだよ」
エリッツはぴんときて声をあげる。
「ああ、だから毒を食べても平気なのかな」
アルヴィンはうれしそうに顔をかがやかせる。
「なんだ、詳しいね。フィル・ロイットの一族は毒に強くて体も丈夫、そしてこれはロイの多くに当てはまるんだけど術士としての能力が異様に高いんだよ。ラヴォート殿下がロイの難民を受けいれる際につかったのがこれなんだ。軍にロイの難民を積極的に登用すれば帝国への牽制にもなるって国王陛下を説き伏せた。これは絶大な効果があったんだ。ロイの民が他国に流れていってしまえばレジスにとって脅威にもなりうるからね」
「じゃあ、北の王も術士なのかな」
「それはわからないけど前の王様はすごい力をもっていたそうだから可能性は高いだろうね」
得意げに話をしていたアルヴィンはそこで突然言葉をとめた。なにかを逡巡するよう目をおよがせてから、ちらりとエリッツをぬすみ見るようにする。
「エリッツに嘘をついていた、というか黙っていたことの話をつづけてもいいかな」
先ほどと違ってめずらしく本気でいうことをためらっている様子だ。
「それってかなりヤバい話なの?」
エリッツもおそるおそるアルヴィンを見る。指名手配よりやばい話なら聞きたくない。
「うーん、ヤバいというか――。エリッツ、僕が子供の頃の話だからね。笑わないで聞いてくれるって約束してよ」
今だって子供のくせにとエリッツは笑いそうになるが、なんとかこらえる。どうやらヤバい話というよりはいいにくい話のようだ。
「笑わないよ。というか、アルヴィンの方がおれを笑うのをやめてよ」
アルヴィンはエリッツの言葉をあっさり無視して口をひらいた。
「七歳のとき、北の王に会ったといったでしょ。話す時間が短かったのは本当なんだけど、実はもうちょっとだけ話しをしたんだ。他の子供たちは両親が一緒になって王に会うものなんだけど僕は一人ぼっちだった。だからさ、王が手まねきをして、それで――頭をなでてくれた。それでさみしくなったらいつでも会いにきていいって。それから大人になったら袖に刺繍をするっていってくれたんだ。僕、それで泣いてしまったよ。大人たちはみんな両親のいない僕を気にかけてくれてやさしかったから『さみしい』なんていっちゃいけないと思ってた。いつも笑っていないとみんなが心配するからね。でもやっぱりさみしかったんだろうね」
アルヴィンはほうけたように空を見あげる。
それでアルヴィンは執拗に北の王を守ろうとしているのか。頭をなでてもらって心を奪われているあたり身におぼえがありすぎてエリッツは何もいえない。ただアルヴィンの場合は両親がいない七歳の子供だった。同じように家族を失った王にやさしい言葉をかけてもらったことはさぞはげみになったことだろう。
また蝶が目の前を舞い、草が陽光を照り返しきらきらと光っている。数日後にローズガーデンで「よくないこと」が起こるとは信じられない。とても平和な景色だった。
「この人が王様になるべきだと思ったよ。血筋のことは正直どっちでもいいんだ」
短絡的といえば短絡的だが、アルヴィンらしい。北の王にますます会ってみたくなる。
「だからローズガーデンの前に会って、危険だと伝えたいんだ」
「待ってよ。危険なのはみんなも知ってるわけでしょう。わざわざ危ないことをして城に忍びこまなくても」
アルヴィンはあきれたようにため息をついた。
「具体的に何がどう危ないのか、エリッツは知ってるの」
「ええ? 帝国からの使者でしょう」
アルヴィンはぐっと声をおとしてエリッツに耳打ちする。
「僕の話、ちゃんと聞いてた? アイザック氏だよ。あとは北の王に直接話す。エリッツを疑っているわけじゃないんだ。どこで誰が聞いているかわからない。アイザック氏が警戒して計画を中止してしまったら捕らえる理由がなくなってしまうからね。北の王の安全を守りつつアイザック氏をローズガーデンで、公衆の面前で、レジス軍につかまえてもらうんだ。二度と表に出てこれないようにね」
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