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第一章 (仮)
第四十一話 庭師
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「あ、いたいた」
にこにこと笑顔の老人が隣に立っていた。
不穏な話をしているところで急に話しかけられエリッツは飛びあがったが、アルヴィンは落ち着いたものである。
「おじいさん、だあれ?」
得意の子供の顔で老人を見つめた。すでにエリッツは「わざとらしいな」という感想しか抱けない。
老人は細身だがしっかりとした体つきをしていた。土で汚れた粗末な服に皮のベルトをつけ、大小のはさみやスコップ、槌、何につかうのかわからない棒などをたくさんぶらさげている。そして木や花の苗、木材などが積まれた台車を横に置いていた。
「さっき屋敷の庭をのぞいていたね」
老人は笑顔をくずさないままアルヴィンに問いかける。すぐには何のことやらわからずエリッツとアルヴィンは顔を見あわせた。
「ほら、きみ、昼食会をやっていた、川のある庭をのぞいて、指をさしたりして」
老人は身振り手振りでアルヴィンに説明するが、アルヴィンはわざとなのかきょとんとしている。エリッツはすぐに思い出したが、アルヴィンがとぼけるのでいいだせない。
「もしかして庭をつくっている人ですか」
仕方なくエリッツがそう口にするとすぐに相好をくずし、うんうんと何度もうなずいた。やさしそうなおじいさんだ。
「そんなに立派なものじゃないけどね。庭をつくったりもするよ」
庭の話をされるのがうれしいのか老人はエリッツの方へ向きなおる。
「ここの公園もおじいさんがつくったんじゃないですか」
エリッツがこの公園に似ていると思ったのはあの屋敷の庭だと思い出した。あえてあまり手を加えず自然にあるような姿のまま植物や石材を使うところが似ている。森の中にいるような感じがするのでエリッツは気にいっていた。
「わかるのかい」
老人はうれしそうにまた何度もうなずいた。結局、屋敷の庭をのぞいていたことを認めてしまったが、それをとがめるつもりはなかったらしい。老人はただにこにこと二人を見ているだけだ。
「何か用事でもあったのかと思って追いかけたんだけど見失ってしまってね。ついでだからここの手入れに来たんだ」
あきらかにただ子供がのぞいていただけなのにわざわざ追いかけてきたのか。しかもとがめるわけではなく用事を聞きにきたという。もしかしてものすごく暇なのだろうか。
「別に用事はないよ」
あっけらかんとアルヴィンがいうと、老人は「そうか、そうか」と笑いだす。
「ねえ、おじいさん、僕たち田舎から出てきたばかりなんだけど、お城をもっと近くで見るいい方法はないかな」
アルヴィンが純朴な子供を装い老人に問いかける。エリッツはいろいろいいたくなるのをこらえてなりゆきを見守る。
「中に入ればいいじゃないか」
老人は不思議そうな顔で二人を見る。
「入れないよ。あっちに柵があって見張っている人がいるんだ」
老人は何かに思いいたったように「ああ、ああ」とひとりうなずいてアルヴィンが指す柵の方を見やった。
「じゃ、一緒にいこう。入れるよ」
エリッツとアルヴィンは再度顔を見あわせる。ただの庭師が城の敷地に、しかも他人を連れて入れるのだろうか。下手をしたらそこでつかまったりするのではないか。
「大丈夫だよ。いこう」
二人の不安を感じとったのか老人は顔をくしゃくしゃにして笑顔をつくる。ぼけているわけではなそうだが不安だ。エリッツが逡巡しているなか、やはりアルヴィンの決断は早かった。「やった。入れるんだ」と老人の土まみれの手をとってはしゃぎだす。
エリッツには到底できない芸当である。だが老人の方は疑う様子もなくむしろうれしそうに「さあ、いこういこう」とアルヴィンの手をひいていく。何も知らずにこの光景を見れば、誰もがおじいさんと孫だと思うだろう。
エリッツも二人の後を追う。もしもアルヴィンが無茶をして城内でつかまるようなことになったら、このおじいさんにも迷惑がかかるのだろうか。おじいさんがいい人そうなだけに気がとがめる。
エリッツがあれこれと気をもんでいる間も二人は「お昼ごはん食べた?」とか「あ、大きな虫がいる」など、どうでもよさそうなことをいいながら楽しそうに歩いている。
やはり自分は深く考えすぎなのだろうか。エリッツはひとり思い悩むことに辟易して二人の後ろに続く。
しばらく歩くと公園内の森の中の広い道にぶつかった。どうやら公園の入り口とは別のところにつながっているらしい。公園とは違って役人らしき制服姿の人々が行き来している。まさに城の裏口といったところだろうか。
「こっち、こっち」
老人はアルヴィンの手をひいたまま門へと向かう。正門とは比べるまでもなく簡素な門だが、きちんと二重になっており高さもある。当然のことながら兵士が出入りする者たちに鋭い視線を送っていた。
そんな中、老人は平然と門をくぐっていく。アルヴィンも堂々と老人の横をいく。エリッツだけがびくびくしながら兵士たちの間をなんとか通過した。呼びとめられたりはしなかった。しかしなぜ通れたのか不思議だ。老人もアルヴィンも何の疑問も抱かずにどんどん中へ進んでいってしまう。
「おじいさん、ここは誰でも入れるところなの」
エリッツは我慢できず老人に問いかけた。こんなにあっさりと入れるなら今まで何を外で悩んでいたのやら。
「まさか。そんなことはないよ。顔パスだよ、顔パス」
老人は得意げに自分を指差していう。「顔パス」という言い方が板についていない。最近覚えた言葉のようにきこえる。
「それは、庭をつくっているから?」
「それもあるし、息子が城で働いるからね」
老人はさらに得意げな笑顔を作る。見たところ老人は七十代くらいだから、その息子となると四、五十代くらいの働き盛りなのだろう。高い役職についた自慢の息子なのかもしれない。何しろ顔パスだ。
「なかなか実家に帰ってきてくれないからね。今日見かけたらお説教をしようと思うよ」
老人は楽しそうだ。
「僕、お父さんがおじいさんみたいな人だったらしょっちゅう家に帰るけどなあ」
アルヴィンの境遇を知っていると単なるお追従ともとりがたい。彼の人懐っこさの根源はやはり「さみしさ」なのだろうか。エリッツは人見知りとまではいかないまでもアルヴィンほど初対面で人と打ちとけることはできない。うらやましいと思ってはいけないと思いつつ、それはひとつの立派な能力だとエリッツは思った。
「ほら、あっちが王立学校でとなりが宿舎、あっちが軍人たちの宿舎――」
老人は指をさして説明をしてくれる。本当にひとつの街が敷地内に入っているようだ。建物も立派で洗練されたデザインである。あれもこれもと美術品のような建築物を見あげて歩くうちにくらくらしてしまう。樹木も多く植えられているが、ここ樹木はきれいに刈りこまれて整然と立ち並んでいる。どうやらこの老人の手によるものではないらしい。
敷地内は広すぎて果てが見えない。北の王までの道のりを考えるとめまいがしてくる。
「それで、あれが王城」
木々の間から白を基調とした美しい建物が見えた。建築のことはよくわからないが、横幅が広く奥には尖塔が見えている。その手前には池なのか堀なのか水面がその美しい姿をうつしていた。
「奥は王とそのご家族がお住まいになっている建物、手前に王の執務室と高官たちの執務室が隣接されている、その間にあるのが中の間という立派な中庭だ。あの庭をいつか手入れしたいものだな」
中の間。
聞いたことがある。たしかそこの離れに北の王が軟禁されているのではなかったか。
「おじいさん、僕、ローズガーデンをやるお庭が見たいな」
またアルヴィンは無茶苦茶をいう。先ほど一般人は入れないといわれたばかりではないか。
「薔薇の庭をみてどうするんだい」
老人はほんの一瞬だけ笑みを消した。しかしすぐににこりと笑顔をつくってアルヴィンに目線をあわせる。
「だってきれいな庭なんでしょう。誰だって見たいよ」
そのとき、背後がにわかにさわがしくなった。複数の人たちが大声でやりとりしているような声がするが何をいっているのかはわからない。
「ようし、お城まで競争しよう」
そういうと老人はアルヴィンすら出遅れるほどの身のこなしで走りだす。驚くべき健脚だ。とても老人とは思えない。
「ええー、ずるい、待ってよ」
すぐにアルヴィンも後を追った。
エリッツはまたひとり考える。今のは老人が背後の声を聞いて「逃げた」ように感じたが気のせいだろうか。
にこにこと笑顔の老人が隣に立っていた。
不穏な話をしているところで急に話しかけられエリッツは飛びあがったが、アルヴィンは落ち着いたものである。
「おじいさん、だあれ?」
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仕方なくエリッツがそう口にするとすぐに相好をくずし、うんうんと何度もうなずいた。やさしそうなおじいさんだ。
「そんなに立派なものじゃないけどね。庭をつくったりもするよ」
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「ここの公園もおじいさんがつくったんじゃないですか」
エリッツがこの公園に似ていると思ったのはあの屋敷の庭だと思い出した。あえてあまり手を加えず自然にあるような姿のまま植物や石材を使うところが似ている。森の中にいるような感じがするのでエリッツは気にいっていた。
「わかるのかい」
老人はうれしそうにまた何度もうなずいた。結局、屋敷の庭をのぞいていたことを認めてしまったが、それをとがめるつもりはなかったらしい。老人はただにこにこと二人を見ているだけだ。
「何か用事でもあったのかと思って追いかけたんだけど見失ってしまってね。ついでだからここの手入れに来たんだ」
あきらかにただ子供がのぞいていただけなのにわざわざ追いかけてきたのか。しかもとがめるわけではなく用事を聞きにきたという。もしかしてものすごく暇なのだろうか。
「別に用事はないよ」
あっけらかんとアルヴィンがいうと、老人は「そうか、そうか」と笑いだす。
「ねえ、おじいさん、僕たち田舎から出てきたばかりなんだけど、お城をもっと近くで見るいい方法はないかな」
アルヴィンが純朴な子供を装い老人に問いかける。エリッツはいろいろいいたくなるのをこらえてなりゆきを見守る。
「中に入ればいいじゃないか」
老人は不思議そうな顔で二人を見る。
「入れないよ。あっちに柵があって見張っている人がいるんだ」
老人は何かに思いいたったように「ああ、ああ」とひとりうなずいてアルヴィンが指す柵の方を見やった。
「じゃ、一緒にいこう。入れるよ」
エリッツとアルヴィンは再度顔を見あわせる。ただの庭師が城の敷地に、しかも他人を連れて入れるのだろうか。下手をしたらそこでつかまったりするのではないか。
「大丈夫だよ。いこう」
二人の不安を感じとったのか老人は顔をくしゃくしゃにして笑顔をつくる。ぼけているわけではなそうだが不安だ。エリッツが逡巡しているなか、やはりアルヴィンの決断は早かった。「やった。入れるんだ」と老人の土まみれの手をとってはしゃぎだす。
エリッツには到底できない芸当である。だが老人の方は疑う様子もなくむしろうれしそうに「さあ、いこういこう」とアルヴィンの手をひいていく。何も知らずにこの光景を見れば、誰もがおじいさんと孫だと思うだろう。
エリッツも二人の後を追う。もしもアルヴィンが無茶をして城内でつかまるようなことになったら、このおじいさんにも迷惑がかかるのだろうか。おじいさんがいい人そうなだけに気がとがめる。
エリッツがあれこれと気をもんでいる間も二人は「お昼ごはん食べた?」とか「あ、大きな虫がいる」など、どうでもよさそうなことをいいながら楽しそうに歩いている。
やはり自分は深く考えすぎなのだろうか。エリッツはひとり思い悩むことに辟易して二人の後ろに続く。
しばらく歩くと公園内の森の中の広い道にぶつかった。どうやら公園の入り口とは別のところにつながっているらしい。公園とは違って役人らしき制服姿の人々が行き来している。まさに城の裏口といったところだろうか。
「こっち、こっち」
老人はアルヴィンの手をひいたまま門へと向かう。正門とは比べるまでもなく簡素な門だが、きちんと二重になっており高さもある。当然のことながら兵士が出入りする者たちに鋭い視線を送っていた。
そんな中、老人は平然と門をくぐっていく。アルヴィンも堂々と老人の横をいく。エリッツだけがびくびくしながら兵士たちの間をなんとか通過した。呼びとめられたりはしなかった。しかしなぜ通れたのか不思議だ。老人もアルヴィンも何の疑問も抱かずにどんどん中へ進んでいってしまう。
「おじいさん、ここは誰でも入れるところなの」
エリッツは我慢できず老人に問いかけた。こんなにあっさりと入れるなら今まで何を外で悩んでいたのやら。
「まさか。そんなことはないよ。顔パスだよ、顔パス」
老人は得意げに自分を指差していう。「顔パス」という言い方が板についていない。最近覚えた言葉のようにきこえる。
「それは、庭をつくっているから?」
「それもあるし、息子が城で働いるからね」
老人はさらに得意げな笑顔を作る。見たところ老人は七十代くらいだから、その息子となると四、五十代くらいの働き盛りなのだろう。高い役職についた自慢の息子なのかもしれない。何しろ顔パスだ。
「なかなか実家に帰ってきてくれないからね。今日見かけたらお説教をしようと思うよ」
老人は楽しそうだ。
「僕、お父さんがおじいさんみたいな人だったらしょっちゅう家に帰るけどなあ」
アルヴィンの境遇を知っていると単なるお追従ともとりがたい。彼の人懐っこさの根源はやはり「さみしさ」なのだろうか。エリッツは人見知りとまではいかないまでもアルヴィンほど初対面で人と打ちとけることはできない。うらやましいと思ってはいけないと思いつつ、それはひとつの立派な能力だとエリッツは思った。
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中の間。
聞いたことがある。たしかそこの離れに北の王が軟禁されているのではなかったか。
「おじいさん、僕、ローズガーデンをやるお庭が見たいな」
またアルヴィンは無茶苦茶をいう。先ほど一般人は入れないといわれたばかりではないか。
「薔薇の庭をみてどうするんだい」
老人はほんの一瞬だけ笑みを消した。しかしすぐににこりと笑顔をつくってアルヴィンに目線をあわせる。
「だってきれいな庭なんでしょう。誰だって見たいよ」
そのとき、背後がにわかにさわがしくなった。複数の人たちが大声でやりとりしているような声がするが何をいっているのかはわからない。
「ようし、お城まで競争しよう」
そういうと老人はアルヴィンすら出遅れるほどの身のこなしで走りだす。驚くべき健脚だ。とても老人とは思えない。
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すぐにアルヴィンも後を追った。
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