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第一章 (仮)
第四十六話 素描
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「なるほど」のひとことで終わった。
墓守はあれから必死に情報を集め分厚い報告書を仕上げていたが、ウィンレイク指揮官はそれをパラパラとめくっただけで小首をかしげる。
いったい何が不満なのか。
墓地の道具小屋はせまくかび臭いうえに寒いがウィンレイク指揮官はそれに関しては特に不快そうではない。
シャベルや縄、杭、ほうきなどの掃除道具が乾いた土をつけたまますみによせられ、その他細かな道具が入った木箱が乱雑に積まれていた。今はその木箱が椅子の代わりになっている。隙間からさす日の光に土埃が白くたゆたっていた。
村の人々の間にリンゼイ家の縁者をかたった旅人の噂がひろまり不信感をもたれてしまったため村におりていくことは避ける他ない。
指揮官という身分を考えると部下が代わりに報告書をとりにくる等の対応をとられると思っていたが何でもないことのように当人がふらりとあらわれた。おそらく墓守が墓地の掃除をはじめる時間にあたりをつけてきたのだろう。早朝にフェリク・リンゼイの墓の前にいた。
墓守が来たことに気づくとあいさつも何もなく「親を殺された子と子を殺された親のどちらがつらいのでしょう」と、よくわからないことをいう。
墓守は「そりゃあ、子供の方でしょうよ。翌日からもう食べることすらままならない。大人なら子供がいなくなったところで突然食うに困ることはないでしょう」と思ったままを口にした。
ウィリンレイク指揮官は何もいわずに体を墓守の方へとむける。以前と同じように外套のフードで顔を隠していたが、かろうじて見えている口元がほんのわずか微笑むように弧を描いた。
しかしそのままくるりと背を向けて立ち去ろうとする。あわてた墓守は「ちょっと待って。待ってくださいよ」と後を追った。
「フェリク・リンゼイに関する情報があります。きちんと報告書にまとめてあるんです。今とってきますから、そこの小屋にいてください。絶対ですよ。情報を買うって約束でしょう。逃げたらどこまでも追いかけますからね」
叫びながら墓守は墓地の丘をかけおりる。
そうまでしてとってきた報告書に不満げな顔をされると墓守はどうしていいのかわからない。内容には自信があった。
「読んでくださいよ」
「嫌です」
指揮官は分厚い紙の束を放った。
「ああっ」
何日もかけて作成した報告書をあっさりと拒絶され墓守は徒労感におそわれる。
「フェリク・リンゼイの情報が必要なんじゃないんですか」
「必要です。それに何が書いてあるのか説明してください」
つまり読むのが面倒なのだろう。
「じゃあ読みますよ」
墓守が報告書を一枚めくると、ウィンレイク指揮官は「あ」と声をもらす。
「読む必要はありません。こちらの質問に答えてください」
聞くのも面倒らしい。墓守は役人登用の便宜をはかってもらいたいという下心があるためぐっとこらえる。
「では、質問をどうぞ」
「フェリク・リンゼイは両親のことを何と呼んでいましたか」
大真面目にそんなことをいいだす。墓守は虚をつかれ「へ?」と妙な声をもらしてしまう。それはいったい何の役に立つ情報なのだろうか。
ウィンレイク指揮官はじっと答えを待っている。本気なのだ。
そんなことはもちろん報告書には書いていない。墓守は村人たちの話を思い出していた。確かある村人が「フェリク坊ちゃんはよく父親と一緒に畑仕事を手伝っていたなぁ。『お父さん、お父さん』と後について。そりゃあもうかわいらしかったもんだ」というような証言をしていた。
「父親のことは『お父さん』と呼んでいたようですが、母親のことはちょっとわかりません。普通に『お母さん』じゃないですかね」
それを聞いた指揮官はしばらく無言で何か考えごとをしている様子だったが、突然木箱から立ち上がり外套を脱ぎすてる。
分厚い外套が妙に重い音をたてる。見ると小型の刃物など異様なほどの武器がしこまれていた。墓守はぞっとして目をそらす。重い外套をそうと知られることなく軽々とはおっていたこと、いつ刺されても不思議じゃない状況だったこと、その両方が墓守を震えあがらせた。
「お父さん、お母さん」
ウィンレイク指揮官は木箱の上にのり、天井に手をさしのべている。
「何をしてるんです」
墓守はさらに恐怖した。指揮官は想定を軽く超える変人だ。
「フェリク・リンゼイはどんなことをして遊んでいたんですか」
墓守の様子に気にとめることなく、木箱のうえからさらなる質問をあびせる。またどうでもよさそうな質問で当然のことながら報告書には書いていない。
「いや、ちょっと詳しくわかりませんが、よく畑で棒をふりまわして遊んでいたらしいですよ。けっこうやんちゃだったみたいです」
指揮官は木箱からとびおりると外套の中に仕込んであった刃物を抜きはなつ。墓守はびくりと背をふるわせた。心臓によくない。
「こんな感じですか」といいながら指揮官はまた木箱にのって刃物を振った。
「いや、子供ですから、もうちょっとぎこちない感じでしょう。そんな暗殺者みたいな動きはしません」
指揮官は動きをとめて「なるほど」とつぶやく。
「武器に見立てて遊んでいたのか、農具に見立てて親の真似をしていたのか。そこが重要です」
墓守はまた唖然とする。そこが重要なのか。
「言葉遣いはどうですか」
今度こそ墓守は頭を抱えた。とくに口が悪いという話は出ていなかった。かといって礼儀正しいといった村人もいなかった。一様にみな「かわいらしい子だった」といっていたが、それくらいの年齢の子を「かわいらしい」と表現するのは一般的だ。
「わかりませんが、言葉遣いに関してはさして証言がなかったところをみるとごく普通だったんじゃないかと。そもそもまだ達者にしゃべるような年齢じゃなかったはずです」
いいながら墓守は何かひっかかりを感じる。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。確かフェリクの母親、リオネ・リンゼイがどっか西の方の出身とかで少しそのなまりがうつっていたみたいなことをいっていた人がいたような」
あまり好意的ないい方ではなかった。子供は母親の言葉を真似するから何かおかしないい方をしていて、自分はそれを聞くたびにいい直して聞かせてあげたが全然直らなかったというような、なんとも押しつけがましい証言をした老婆がいた。
「西のなまり……」
ウィンレイク指揮官は首をかしげる。
「西か――二音節目をあげがちなあれでしょうか。いや、こればかりは聞いてこないとわからないですね。しかも長く別の環境に置かれれば矯正されるはず。どの程度残るものか」
いったい何がしたいのか墓守は首をかしげる。やはりフェリク・リンゼイを探しているのか。
その後も墓守にとっては想定外の質問が続いた。どれも些末な質問だったが、この作業はどこか絵を描く作業に似ていた。一人の人物を描き出すため、線の一本一本を決めていく。ただの線の連なりであるはずのものがリアルな人物として描きだされる。質問に答えるたびにフェリク・リンゼイという子供の姿が浮きあがった。
「まぁ、こんなところですか」
ウィンレイク指揮官がようやく木箱からおりて外套をはおったとき、すでに日は高く昇りきっていた。墓守はぐったりと疲れきって無言である。
「村長の様子や他の村についてはその分厚い紙束に書いてあるんですね」
指揮官は嫌そうに紙束をつかみ「ではまた」と立ち去った。
疲弊した墓守が情報の対価をもらっていないことに気づくには時間を要した。
墓守はあれから必死に情報を集め分厚い報告書を仕上げていたが、ウィンレイク指揮官はそれをパラパラとめくっただけで小首をかしげる。
いったい何が不満なのか。
墓地の道具小屋はせまくかび臭いうえに寒いがウィンレイク指揮官はそれに関しては特に不快そうではない。
シャベルや縄、杭、ほうきなどの掃除道具が乾いた土をつけたまますみによせられ、その他細かな道具が入った木箱が乱雑に積まれていた。今はその木箱が椅子の代わりになっている。隙間からさす日の光に土埃が白くたゆたっていた。
村の人々の間にリンゼイ家の縁者をかたった旅人の噂がひろまり不信感をもたれてしまったため村におりていくことは避ける他ない。
指揮官という身分を考えると部下が代わりに報告書をとりにくる等の対応をとられると思っていたが何でもないことのように当人がふらりとあらわれた。おそらく墓守が墓地の掃除をはじめる時間にあたりをつけてきたのだろう。早朝にフェリク・リンゼイの墓の前にいた。
墓守が来たことに気づくとあいさつも何もなく「親を殺された子と子を殺された親のどちらがつらいのでしょう」と、よくわからないことをいう。
墓守は「そりゃあ、子供の方でしょうよ。翌日からもう食べることすらままならない。大人なら子供がいなくなったところで突然食うに困ることはないでしょう」と思ったままを口にした。
ウィリンレイク指揮官は何もいわずに体を墓守の方へとむける。以前と同じように外套のフードで顔を隠していたが、かろうじて見えている口元がほんのわずか微笑むように弧を描いた。
しかしそのままくるりと背を向けて立ち去ろうとする。あわてた墓守は「ちょっと待って。待ってくださいよ」と後を追った。
「フェリク・リンゼイに関する情報があります。きちんと報告書にまとめてあるんです。今とってきますから、そこの小屋にいてください。絶対ですよ。情報を買うって約束でしょう。逃げたらどこまでも追いかけますからね」
叫びながら墓守は墓地の丘をかけおりる。
そうまでしてとってきた報告書に不満げな顔をされると墓守はどうしていいのかわからない。内容には自信があった。
「読んでくださいよ」
「嫌です」
指揮官は分厚い紙の束を放った。
「ああっ」
何日もかけて作成した報告書をあっさりと拒絶され墓守は徒労感におそわれる。
「フェリク・リンゼイの情報が必要なんじゃないんですか」
「必要です。それに何が書いてあるのか説明してください」
つまり読むのが面倒なのだろう。
「じゃあ読みますよ」
墓守が報告書を一枚めくると、ウィンレイク指揮官は「あ」と声をもらす。
「読む必要はありません。こちらの質問に答えてください」
聞くのも面倒らしい。墓守は役人登用の便宜をはかってもらいたいという下心があるためぐっとこらえる。
「では、質問をどうぞ」
「フェリク・リンゼイは両親のことを何と呼んでいましたか」
大真面目にそんなことをいいだす。墓守は虚をつかれ「へ?」と妙な声をもらしてしまう。それはいったい何の役に立つ情報なのだろうか。
ウィンレイク指揮官はじっと答えを待っている。本気なのだ。
そんなことはもちろん報告書には書いていない。墓守は村人たちの話を思い出していた。確かある村人が「フェリク坊ちゃんはよく父親と一緒に畑仕事を手伝っていたなぁ。『お父さん、お父さん』と後について。そりゃあもうかわいらしかったもんだ」というような証言をしていた。
「父親のことは『お父さん』と呼んでいたようですが、母親のことはちょっとわかりません。普通に『お母さん』じゃないですかね」
それを聞いた指揮官はしばらく無言で何か考えごとをしている様子だったが、突然木箱から立ち上がり外套を脱ぎすてる。
分厚い外套が妙に重い音をたてる。見ると小型の刃物など異様なほどの武器がしこまれていた。墓守はぞっとして目をそらす。重い外套をそうと知られることなく軽々とはおっていたこと、いつ刺されても不思議じゃない状況だったこと、その両方が墓守を震えあがらせた。
「お父さん、お母さん」
ウィンレイク指揮官は木箱の上にのり、天井に手をさしのべている。
「何をしてるんです」
墓守はさらに恐怖した。指揮官は想定を軽く超える変人だ。
「フェリク・リンゼイはどんなことをして遊んでいたんですか」
墓守の様子に気にとめることなく、木箱のうえからさらなる質問をあびせる。またどうでもよさそうな質問で当然のことながら報告書には書いていない。
「いや、ちょっと詳しくわかりませんが、よく畑で棒をふりまわして遊んでいたらしいですよ。けっこうやんちゃだったみたいです」
指揮官は木箱からとびおりると外套の中に仕込んであった刃物を抜きはなつ。墓守はびくりと背をふるわせた。心臓によくない。
「こんな感じですか」といいながら指揮官はまた木箱にのって刃物を振った。
「いや、子供ですから、もうちょっとぎこちない感じでしょう。そんな暗殺者みたいな動きはしません」
指揮官は動きをとめて「なるほど」とつぶやく。
「武器に見立てて遊んでいたのか、農具に見立てて親の真似をしていたのか。そこが重要です」
墓守はまた唖然とする。そこが重要なのか。
「言葉遣いはどうですか」
今度こそ墓守は頭を抱えた。とくに口が悪いという話は出ていなかった。かといって礼儀正しいといった村人もいなかった。一様にみな「かわいらしい子だった」といっていたが、それくらいの年齢の子を「かわいらしい」と表現するのは一般的だ。
「わかりませんが、言葉遣いに関してはさして証言がなかったところをみるとごく普通だったんじゃないかと。そもそもまだ達者にしゃべるような年齢じゃなかったはずです」
いいながら墓守は何かひっかかりを感じる。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。確かフェリクの母親、リオネ・リンゼイがどっか西の方の出身とかで少しそのなまりがうつっていたみたいなことをいっていた人がいたような」
あまり好意的ないい方ではなかった。子供は母親の言葉を真似するから何かおかしないい方をしていて、自分はそれを聞くたびにいい直して聞かせてあげたが全然直らなかったというような、なんとも押しつけがましい証言をした老婆がいた。
「西のなまり……」
ウィンレイク指揮官は首をかしげる。
「西か――二音節目をあげがちなあれでしょうか。いや、こればかりは聞いてこないとわからないですね。しかも長く別の環境に置かれれば矯正されるはず。どの程度残るものか」
いったい何がしたいのか墓守は首をかしげる。やはりフェリク・リンゼイを探しているのか。
その後も墓守にとっては想定外の質問が続いた。どれも些末な質問だったが、この作業はどこか絵を描く作業に似ていた。一人の人物を描き出すため、線の一本一本を決めていく。ただの線の連なりであるはずのものがリアルな人物として描きだされる。質問に答えるたびにフェリク・リンゼイという子供の姿が浮きあがった。
「まぁ、こんなところですか」
ウィンレイク指揮官がようやく木箱からおりて外套をはおったとき、すでに日は高く昇りきっていた。墓守はぐったりと疲れきって無言である。
「村長の様子や他の村についてはその分厚い紙束に書いてあるんですね」
指揮官は嫌そうに紙束をつかみ「ではまた」と立ち去った。
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