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第一章 (仮)
第四十八話 短剣
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「昨日はずいぶん無茶したらしいな」
夕食を終えアルヴィンを探しに廊下を歩いていたエリッツの前に立ちふさがったのはリークだった。おそらく食堂から出てくるのを待っていたのだろう。
アイザック氏はあいかわらずエリッツの存在を無視するうえに、兄はエリッツの様子を気にしつつも客人の手前なんでもないように装っていた。しばしば目線が合い気遣うように目配せをされる。フィアーナもいつも通り無言で食事をしているだけだ。
アイザック氏の仕事の進捗状況や昨日の襲撃の件などが話題になりその後のことが気になっていたエリッツも興味深く話を聞いた。表面上はなごやかな雰囲気ではあったが、エリッツに思うところがあるせいか居心地は悪かった。
ちなみに襲撃の犯人はやはり下賜品を手がけることになっていた工房が雇ったならず者とのことだ。あまりにも単純な事件だったことに驚くほかない。
兄に昨日のことなどを報告したかったがそれよりもまずアルヴィンと話をしたくてエリッツは食事が終わるとすぐに食堂を出たのだった。
「北の王に会ったのか」
エリッツのことなどまったく興味がなさそうなリークだったがやはり昨日の件に関しては気になるのだろうか。今日一日アルヴィンと一緒にいたはずだからある程度は聞いているのだろう。
「会った――のかな。城で毒のついた吹き矢を打たれちゃって目もあけられないし動けないしで――」
「毒ぅ?」
リークはエリッツの言葉にかぶせるように声をあげる。驚いた顔はずっと幼く見える。
「誰が? 何のために?」
「人ちがいされたみたいで。ウィン、レイク様――だったかな。たぶん偉い人だと思うんだけど、おれにも事情がよくわからないうちに大人数で追いまわされてひどい目にあった」
リークは「ふうん」と鼻をならし、赤みがかったブロンドを雑にかきあげた。しばらく何かを考えるように目をとじてからまた「ふうん」と鼻をならす。
「それでそんなところまで何をしにいったんだ」
「え」
そういえばアルヴィンはリークとどういう話をしていたんだろうか。二人はずいぶん仲がいいように思っていたが、リークには北の王のことをいっていないのか。アルヴィンは人懐っこいように見えてなかなかしたたかな性格だ。同じくアイザック氏の護衛をしているリークにアイザック氏を疑っているようなことをいうのは危険と考えて黙っていたのかもしれない。
もしかしてかまをかけられて余計なことをいってしまったのか。頭の中でめまぐるしく思考がめぐる。
「――北の王に、会ってみたくて」
思わずとりつくろうようないい方をしてしまう。
リークは小バカにしたような笑いをうかべて「へぇ」とエリッツの顔をのぞきこむ。エリッツはついつい目をそらす。「嘘です」といっているようなものだ。
アルヴィンはリークに城に侵入した理由をどう説明したのだろうか。まさか自分は無関係でただ街で迷子になって夜帰ってきただけといったのではないだろうな。
「ところでリーク、昨日はすごかったね」
エリッツは苦し紛れに話題を変える。
「何が」
リークはいぶかしげに眉をひそめた。
「襲われたアイザック氏を助けたじゃない」
「別に。それが仕事だからね」
なんだかものすごくつまらなそうな顔をする。普通なら得意になっていろいろ話すものだと思っていたが、心底興味がなさそうだ。この話題は失敗だったかとエリッツは心の中で舌打ちをした。
「すごく強かったよ。コルトニエスの出身なんでしょう。どこで剣をおぼえたの」
リークはとび色の目を細めて探るようにエリッツを見る。変なことをいってしまわないようにと話題を変えたのを見抜かれているとエリッツは感じた。
「生きていくためにこれくらいおぼえるのはわけないよ。お育ちのいいお坊ちゃんにはわからないだろうけど――と、いいたいところだけど」
リークはにやりと笑う。今までいじわるそうな顔にみえていたが、笑うと急に親しみがもてる顔つきになる。
「これでもそこそこいい家の生まれなんだよ。あんたと比べられるようなもんじゃないし落ちぶれてこんな仕事をしなきゃ生きていけないけどな」
そういうわりに悲壮感はまったくない。
いわれてみれば、リークにはどことなく品がある。とび色の大きな目といい通った鼻すじといい、アイザック氏のお気に入りというだけあって整った顔立ちをしている。
それでも仕事を得るまで苦労をしたのではないだろうか。エリッツには家の後ろ盾なしにこのように強く生きていける自信がない。
「若いのに護衛の仕事にありつけるのがすごいよ」
半ばひとりごとのようにいうエリッツにリークはあきれたように首をふった。
「いうほど若くもないだろ。この国の第二王子は十五、六でもういっぱしに『政治』やってたんだし」
そんな殿上人と一緒にされても困る。リークと話をしていると自分の不甲斐なさをつきつけられてどんどん気分が落ちこんでいく。自分は書記の仕事も護衛の仕事も何ひとつまともにできていない。
視線をおとした先にリークの短剣が見えた。
「そういえば短剣、一度も抜かなかったね」
リークはまた唐突に変わった話題に一瞬ほうけたような顔をしてから、自身の短剣に目を落した。
「無駄なことは極力したくない主義なんでね」
「無駄に人の命を奪ったりすること?」
リークは大仰にため息をついた。
「まぁ、間違いじゃないけどね。身を守るためとはいえ街中で殺したり大怪我をさせたらその後の役所の調べが面倒だ。刃こぼれはするし、服は汚れるし、いいことなしってことだな」
おどけるように両手をあげる。
「この街でこれを抜くとしたら――」
すうと目を細めてエリッツを見すえる。
「一度だけだ」
「一度……だけ?」
この人も何かたくらんでいる。みんなよからぬことをたくらみすぎだろう。いい加減にしてほしい。
「立ち話もなんだからおれの部屋にこない?」
リークのことをもっと知っておいた方がいいような気がしてきた。
万が一アイザック氏がローズガーデンで何かするつもりなら護衛をしているリークの動きは重要な要素になる。それにリーク自身が何かしでかす恐れもでてきた。
廊下は薄暗くて話しがしにくいうえに、内容も内容なので誰かが通ったら面倒だ。
「別に俺はおまえに用事なんてないけど」
リークは急に嫌そうに身をひいた。
「どうしてアイザック氏の護衛の仕事を選んだのか興味があって。おれも仕事をして自立したいし」
こういうのは苦手だ。別に完全な嘘をついているわけでもないのに相手から何かを聞き出そうとするとどうしても苦しく聞こえる。情報収集をしているマリルやゼインはこういうときどうやって自然に話を聞くのだろうか。
「別にあんたなら働き口はいくらでもあるだろ。『お兄ちゃん』に頼めばいいじゃないか」
案の定あっさりと返される。素人のエリッツがこれ以上くいさがってもあやしまれるだけだ。アルヴィンに話を聞こう。
「まあ、いいや。そういえばアルヴィンはどこにいるの」
「まだメシ食ってるよ」
そういって背後を指した。そっちに使用人たちの食堂があるらしい。呼びにいってもいいのだろうか。
「声かけてきてやるよ」
リークはなんでもないことのように踵をかえす。会ったときは嫌われているように感じたが、わりといいやつだ。
「リーク」
立ち去ろうとする背中に呼びかけ、ふり返ったリークの顔をじっと見た。
この人は何をしようとしているんだろう。名ある家の子だったというのは本当なんだろうか。
「何だよ。気持ち悪い」
嫌そうに眉をしかめ顔をそらす。
「何でもないよ」
「変なやつだな」
リークは気味悪そうに身を引きつつ走り去った。
夕食を終えアルヴィンを探しに廊下を歩いていたエリッツの前に立ちふさがったのはリークだった。おそらく食堂から出てくるのを待っていたのだろう。
アイザック氏はあいかわらずエリッツの存在を無視するうえに、兄はエリッツの様子を気にしつつも客人の手前なんでもないように装っていた。しばしば目線が合い気遣うように目配せをされる。フィアーナもいつも通り無言で食事をしているだけだ。
アイザック氏の仕事の進捗状況や昨日の襲撃の件などが話題になりその後のことが気になっていたエリッツも興味深く話を聞いた。表面上はなごやかな雰囲気ではあったが、エリッツに思うところがあるせいか居心地は悪かった。
ちなみに襲撃の犯人はやはり下賜品を手がけることになっていた工房が雇ったならず者とのことだ。あまりにも単純な事件だったことに驚くほかない。
兄に昨日のことなどを報告したかったがそれよりもまずアルヴィンと話をしたくてエリッツは食事が終わるとすぐに食堂を出たのだった。
「北の王に会ったのか」
エリッツのことなどまったく興味がなさそうなリークだったがやはり昨日の件に関しては気になるのだろうか。今日一日アルヴィンと一緒にいたはずだからある程度は聞いているのだろう。
「会った――のかな。城で毒のついた吹き矢を打たれちゃって目もあけられないし動けないしで――」
「毒ぅ?」
リークはエリッツの言葉にかぶせるように声をあげる。驚いた顔はずっと幼く見える。
「誰が? 何のために?」
「人ちがいされたみたいで。ウィン、レイク様――だったかな。たぶん偉い人だと思うんだけど、おれにも事情がよくわからないうちに大人数で追いまわされてひどい目にあった」
リークは「ふうん」と鼻をならし、赤みがかったブロンドを雑にかきあげた。しばらく何かを考えるように目をとじてからまた「ふうん」と鼻をならす。
「それでそんなところまで何をしにいったんだ」
「え」
そういえばアルヴィンはリークとどういう話をしていたんだろうか。二人はずいぶん仲がいいように思っていたが、リークには北の王のことをいっていないのか。アルヴィンは人懐っこいように見えてなかなかしたたかな性格だ。同じくアイザック氏の護衛をしているリークにアイザック氏を疑っているようなことをいうのは危険と考えて黙っていたのかもしれない。
もしかしてかまをかけられて余計なことをいってしまったのか。頭の中でめまぐるしく思考がめぐる。
「――北の王に、会ってみたくて」
思わずとりつくろうようないい方をしてしまう。
リークは小バカにしたような笑いをうかべて「へぇ」とエリッツの顔をのぞきこむ。エリッツはついつい目をそらす。「嘘です」といっているようなものだ。
アルヴィンはリークに城に侵入した理由をどう説明したのだろうか。まさか自分は無関係でただ街で迷子になって夜帰ってきただけといったのではないだろうな。
「ところでリーク、昨日はすごかったね」
エリッツは苦し紛れに話題を変える。
「何が」
リークはいぶかしげに眉をひそめた。
「襲われたアイザック氏を助けたじゃない」
「別に。それが仕事だからね」
なんだかものすごくつまらなそうな顔をする。普通なら得意になっていろいろ話すものだと思っていたが、心底興味がなさそうだ。この話題は失敗だったかとエリッツは心の中で舌打ちをした。
「すごく強かったよ。コルトニエスの出身なんでしょう。どこで剣をおぼえたの」
リークはとび色の目を細めて探るようにエリッツを見る。変なことをいってしまわないようにと話題を変えたのを見抜かれているとエリッツは感じた。
「生きていくためにこれくらいおぼえるのはわけないよ。お育ちのいいお坊ちゃんにはわからないだろうけど――と、いいたいところだけど」
リークはにやりと笑う。今までいじわるそうな顔にみえていたが、笑うと急に親しみがもてる顔つきになる。
「これでもそこそこいい家の生まれなんだよ。あんたと比べられるようなもんじゃないし落ちぶれてこんな仕事をしなきゃ生きていけないけどな」
そういうわりに悲壮感はまったくない。
いわれてみれば、リークにはどことなく品がある。とび色の大きな目といい通った鼻すじといい、アイザック氏のお気に入りというだけあって整った顔立ちをしている。
それでも仕事を得るまで苦労をしたのではないだろうか。エリッツには家の後ろ盾なしにこのように強く生きていける自信がない。
「若いのに護衛の仕事にありつけるのがすごいよ」
半ばひとりごとのようにいうエリッツにリークはあきれたように首をふった。
「いうほど若くもないだろ。この国の第二王子は十五、六でもういっぱしに『政治』やってたんだし」
そんな殿上人と一緒にされても困る。リークと話をしていると自分の不甲斐なさをつきつけられてどんどん気分が落ちこんでいく。自分は書記の仕事も護衛の仕事も何ひとつまともにできていない。
視線をおとした先にリークの短剣が見えた。
「そういえば短剣、一度も抜かなかったね」
リークはまた唐突に変わった話題に一瞬ほうけたような顔をしてから、自身の短剣に目を落した。
「無駄なことは極力したくない主義なんでね」
「無駄に人の命を奪ったりすること?」
リークは大仰にため息をついた。
「まぁ、間違いじゃないけどね。身を守るためとはいえ街中で殺したり大怪我をさせたらその後の役所の調べが面倒だ。刃こぼれはするし、服は汚れるし、いいことなしってことだな」
おどけるように両手をあげる。
「この街でこれを抜くとしたら――」
すうと目を細めてエリッツを見すえる。
「一度だけだ」
「一度……だけ?」
この人も何かたくらんでいる。みんなよからぬことをたくらみすぎだろう。いい加減にしてほしい。
「立ち話もなんだからおれの部屋にこない?」
リークのことをもっと知っておいた方がいいような気がしてきた。
万が一アイザック氏がローズガーデンで何かするつもりなら護衛をしているリークの動きは重要な要素になる。それにリーク自身が何かしでかす恐れもでてきた。
廊下は薄暗くて話しがしにくいうえに、内容も内容なので誰かが通ったら面倒だ。
「別に俺はおまえに用事なんてないけど」
リークは急に嫌そうに身をひいた。
「どうしてアイザック氏の護衛の仕事を選んだのか興味があって。おれも仕事をして自立したいし」
こういうのは苦手だ。別に完全な嘘をついているわけでもないのに相手から何かを聞き出そうとするとどうしても苦しく聞こえる。情報収集をしているマリルやゼインはこういうときどうやって自然に話を聞くのだろうか。
「別にあんたなら働き口はいくらでもあるだろ。『お兄ちゃん』に頼めばいいじゃないか」
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「まあ、いいや。そういえばアルヴィンはどこにいるの」
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そういって背後を指した。そっちに使用人たちの食堂があるらしい。呼びにいってもいいのだろうか。
「声かけてきてやるよ」
リークはなんでもないことのように踵をかえす。会ったときは嫌われているように感じたが、わりといいやつだ。
「リーク」
立ち去ろうとする背中に呼びかけ、ふり返ったリークの顔をじっと見た。
この人は何をしようとしているんだろう。名ある家の子だったというのは本当なんだろうか。
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