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第一章 (仮)
第六十三話 毒杯の少女
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「おや、お弟子さんは今日もこちらですか」
そちらを見なくてもわかる。というか見たくない。エリッツは前方を見たまま「はい」とだけ発声した。
オグデリス・デルゴヴァ卿の登場である。
ふと、リークの反応が気になった。昨夜、オグデリス・デルゴヴァに会ったのではないのか。ちらりとそちらをうかがうが、リークは護衛らしくアイザックの背後に立ち興味なさそうに前方を見ているだけだ。そしてオグデリスの背後に同じように立っているのがクリフであることに気づく。
クリフはエリッツを認めるとにっこりと笑いかけてくる。エリッツは素直に笑い返せない。もとはといえばクリフがダグラスに妙なことを頼むから話はややこしくなるしエリッツは怪我をするはめになるしで恨みがましい気持ちになる。
「アイザックさん、ちょっと庭を見てまわってきてもいいでしょうか。すごくきれいなので」
息苦しさを感じてエリッツは席を立つ。周りの人々もまだ各々あいさつをしたり、薔薇をみてまわったりしている。
「ああ、かまわないですよ。いっていらっしゃい」
アイザックは鷹揚にうなずいた。リークは雇い主の背後にいるのをいいことに思いきりエリッツをにらみつけるし、オグデリスは糸を引くようなねばっこい視線でエリッツを見ている。クリフが何も考えていないような能天気な顔で小さく手を振っているのがまたしゃくにさわる。
エリッツは足早にその場を後にして、とりあえず彼らの視界から消えたいがために建物の中に入った。庭が見たかったのは嘘ではないがあんな視線を浴びながらゆっくり見られない。
「あ、勝手に入ってもらっては困ります」
しかしすぐに警備兵につかまってしまう。
「すみません、外が暑くて気分が悪くなってしまいました。ちょっと休憩させてもらってもいいですか」
いつの間にこんなに嘘をつくことにためらいがなくなったのか。警備兵は困ったような顔をしたものの「危ないのでここから移動しないでくださいね」と、どうやら見逃してくれるようだ。
「ちょっと。勝手なことをしないでちょうだい」
ずいぶんと下の方から声がする。
「あ、小隊長殿。申し訳ありません。招待客の方が体調が悪いとのことで」
エリッツはあたりを見回すが声の主が見当たらない。
「小さくて悪かったわね。下よ。体調が悪いようには見えないけど」
目線を下に向けると、十二、三ばかりの女の子が立っていた。警備兵たちと同じ濃紺の軍服姿だ。きっちりとまとめられたブラウンの髪にはしばみ色の大きな目が愛らしい。
「小隊長、さん?」
「何がいいたいのかだいたいわかるから何もいわなくていいわよ」
この国は能力主義だ。背が低めの普通の女の子に見えるが小隊長ということは何かしらそれに値する能力があるのだ。エリッツは女の子を頭の先からつま先まで観察する。
左手に薄手の皮手袋をしている。
「あ、あなたまさかグーデンバルド家の人?」
女の子が驚いたようにエリッツの袖をひっぱる。下から見たら袖の紋章が目立ってしまうのだ。
「そうだけど、別に偉くはないよ」
そういっておかねば、兄たちのように軍部の偉い人だと思われても困る。
この女の子はおそらく術士なのだろう。アルマと同じような左手の皮手袋がそうだという証拠ではないが、筋骨隆々とした軍人然とした感じでもないし、知能の高い策士という雰囲気でもない。となるとあとはそれくらいしか能力の種類を知らない。しかしこれは口に出してはいけないのだとエリッツはもう学んでいた。
「ふうん」
女の子はエリッツをくまなく観察しつつ何かを納得したように何度かうなずく。
「さっきいったようにあたしは極秘の任務があるからここは任せたわ」
「はい、小隊長殿。お任せください」
先ほどの警備兵の口調は子供の遊びにつきあってあげているように聞こえて、妙にほほえましい。実際、上司が小さな女の子だとやりにくいだろうなとエリッツは少し同情してしまう。
「グーデンバルド家の人、ちょっと手伝ってほしいことがあるからついてきてちょうだい」
「え、おれ?」
「あなた以外にいないでしょう」
「まぁ、いいけど。おれはエリッツ」
家出しているのに「グーデンバルド家の人」と呼ばれ続けるのは不本意だ。
「あら、失礼。あたしはセレッサ。セレッサ・ボードウィン」
どこかで聞いた家の名前だ。
「お父さんって軍部の人?」
「父は町役人です。叔父が軍部にいるみたいだけど、あんなおしゃべりで軽率な人はよく知らない」
知らないといいつつ知っている。それにセレッサの目が明らかに動揺していた。アルマの姪、ということか。何らかの確執がありそうではあるが、人の家のことに首をつっこまない方がいいだろう。
「ところで手伝ってほしいことって何?」
セレッサは急にむっつりと黙りこんだ。建物の窓からは庭の様子が見えたがまだ式典は始まらなさそうだ。しかしあまりゆっくりもしていらなれない。
「おれも一応仕事で来てるんだけど、長くかかりそう?」
ひくりと、セレッサがひきつけを起こしたようにひとつ震えた。そしてそのままぼたぼたと大粒の涙を流し始めたのでエリッツはあわてて周りを見渡した。女の子を泣かせたと思われてはたまらない。
「セレッサどうしたの。それ、嫌な任務なの」
セレッサは軍服の袖でぐいぐいと涙をぬぐうと肩を震わせる。
「ひ、ひ、ひとを、殺してしまうかも、しれないの」
「うん」
軍部にいてそれをいうのかとエリッツは少しあきれてしまう。いくら術士でもこれでは小隊長は務まらないのではないか。
「誤解、しないで。敵を、殺すことに躊躇は、ないわよ。あたしはこれでも、優秀な軍人なのよ」
あいかわらず声を震わせながら懸命にうったえてくるが、エリッツは事情がわからない。敵以外の人を殺すことになるというとどういう状況なのだろう。ターゲットが内部にいるということか。それは本当に極秘中の極秘任務なのではないか。
聞かなきゃよかったとエリッツはちらりと窓の外を見た。あいにくまだ式典がはじまる様子ではない。
「それで何を手伝ったらいいの。先にいっておくけどおれは軍部の人間でもないよ」
「着替えよ!」
なぜか涙を流したまま怒ったようにセレッサが叫ぶ。そしてそのままエリッツの袖を引いて近くの部屋の鍵をあけている。部屋の中はどうやら一時的に衣装部屋のように使われているようだった。
もともとは会議室のような作りになっているが、簡易な棚が据えつけられ、そこに給仕をする人たちの服や料理をする人たちの服など、予備らしきものが置いてある。今はほとんどの棚は空になっていた。
「あれを取って」
セレッサが棚の上の方を指す。普通ならなんのことはない高さだが、セレッサでは届かない。
それは赤い華やかな薄物で透ける素材のものが何重にも重なっており、まるで花のように見える服であった。同素材のヴェールもある。おそらく薔薇をイメージしたデザインなのだろう。
「きれいな服だね」
「血の色だわ」
セレッサは真っ赤に充血した目で服をにらんでから、ゆっくりと息を吐く。
「取り乱してごめんなさい」
だいぶ落ち着いたようで、セレッサは小声でエリッツに謝罪した。
「あまりにも気分の悪い任務だったんだもの」
そんないい方をされると逆に気になってくる。おそらく聞かない方が身のためだろうとわかってはいるが。
「何をするの」
セレッサは一瞬だけ逡巡したもののすぐに「毒杯を運ぶのよ」と、心底嫌そうにいい捨てた。
「毒杯?」
「話すと長くなるんだけど、北の王をご存じ?」
毒杯と北の王。エリッツには思い当たることがあった。
「あ、附子のことか」
セレッサは目を丸くする。
「なんで知ってるの」
すぐに警戒心をあらわにした顔でエリッツを見すえる。どう説明したものか。それこそ話が長くなる。式典がはじまってしまわないかそちらも気になる。
「簡単にいうと、ローズガーデンをまかされているラヴォート殿下の側近の書記官をほんのひと時だけやったことがある」
「複雑ね。よくわからないけど、内部事情は知っているということ?」
セレッサは眉をハの字にして首をかしげていたが、急に目を見開いた。
「え、ちょっと待って。ラヴォート殿下の側近ってカウラニー様? お若い方の。書記官なの?」
少しずつ状況をわかってくれたようだが、今度は急におろおろとしはじめる。せわしない子だ。
「じゃあ、偉い人じゃないの」
なぜかエリッツから距離をとろうとする。
「待って。そこは違うんだよ」
「違うの? よく分からない」
「今、問題なのはそこじゃないから」
エリッツは途方にくれる。もうそろそろもどらないとさすがにまずい。
そこでふとエリッツは思いいたる。
そちらを見なくてもわかる。というか見たくない。エリッツは前方を見たまま「はい」とだけ発声した。
オグデリス・デルゴヴァ卿の登場である。
ふと、リークの反応が気になった。昨夜、オグデリス・デルゴヴァに会ったのではないのか。ちらりとそちらをうかがうが、リークは護衛らしくアイザックの背後に立ち興味なさそうに前方を見ているだけだ。そしてオグデリスの背後に同じように立っているのがクリフであることに気づく。
クリフはエリッツを認めるとにっこりと笑いかけてくる。エリッツは素直に笑い返せない。もとはといえばクリフがダグラスに妙なことを頼むから話はややこしくなるしエリッツは怪我をするはめになるしで恨みがましい気持ちになる。
「アイザックさん、ちょっと庭を見てまわってきてもいいでしょうか。すごくきれいなので」
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「ああ、かまわないですよ。いっていらっしゃい」
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「あ、勝手に入ってもらっては困ります」
しかしすぐに警備兵につかまってしまう。
「すみません、外が暑くて気分が悪くなってしまいました。ちょっと休憩させてもらってもいいですか」
いつの間にこんなに嘘をつくことにためらいがなくなったのか。警備兵は困ったような顔をしたものの「危ないのでここから移動しないでくださいね」と、どうやら見逃してくれるようだ。
「ちょっと。勝手なことをしないでちょうだい」
ずいぶんと下の方から声がする。
「あ、小隊長殿。申し訳ありません。招待客の方が体調が悪いとのことで」
エリッツはあたりを見回すが声の主が見当たらない。
「小さくて悪かったわね。下よ。体調が悪いようには見えないけど」
目線を下に向けると、十二、三ばかりの女の子が立っていた。警備兵たちと同じ濃紺の軍服姿だ。きっちりとまとめられたブラウンの髪にはしばみ色の大きな目が愛らしい。
「小隊長、さん?」
「何がいいたいのかだいたいわかるから何もいわなくていいわよ」
この国は能力主義だ。背が低めの普通の女の子に見えるが小隊長ということは何かしらそれに値する能力があるのだ。エリッツは女の子を頭の先からつま先まで観察する。
左手に薄手の皮手袋をしている。
「あ、あなたまさかグーデンバルド家の人?」
女の子が驚いたようにエリッツの袖をひっぱる。下から見たら袖の紋章が目立ってしまうのだ。
「そうだけど、別に偉くはないよ」
そういっておかねば、兄たちのように軍部の偉い人だと思われても困る。
この女の子はおそらく術士なのだろう。アルマと同じような左手の皮手袋がそうだという証拠ではないが、筋骨隆々とした軍人然とした感じでもないし、知能の高い策士という雰囲気でもない。となるとあとはそれくらいしか能力の種類を知らない。しかしこれは口に出してはいけないのだとエリッツはもう学んでいた。
「ふうん」
女の子はエリッツをくまなく観察しつつ何かを納得したように何度かうなずく。
「さっきいったようにあたしは極秘の任務があるからここは任せたわ」
「はい、小隊長殿。お任せください」
先ほどの警備兵の口調は子供の遊びにつきあってあげているように聞こえて、妙にほほえましい。実際、上司が小さな女の子だとやりにくいだろうなとエリッツは少し同情してしまう。
「グーデンバルド家の人、ちょっと手伝ってほしいことがあるからついてきてちょうだい」
「え、おれ?」
「あなた以外にいないでしょう」
「まぁ、いいけど。おれはエリッツ」
家出しているのに「グーデンバルド家の人」と呼ばれ続けるのは不本意だ。
「あら、失礼。あたしはセレッサ。セレッサ・ボードウィン」
どこかで聞いた家の名前だ。
「お父さんって軍部の人?」
「父は町役人です。叔父が軍部にいるみたいだけど、あんなおしゃべりで軽率な人はよく知らない」
知らないといいつつ知っている。それにセレッサの目が明らかに動揺していた。アルマの姪、ということか。何らかの確執がありそうではあるが、人の家のことに首をつっこまない方がいいだろう。
「ところで手伝ってほしいことって何?」
セレッサは急にむっつりと黙りこんだ。建物の窓からは庭の様子が見えたがまだ式典は始まらなさそうだ。しかしあまりゆっくりもしていらなれない。
「おれも一応仕事で来てるんだけど、長くかかりそう?」
ひくりと、セレッサがひきつけを起こしたようにひとつ震えた。そしてそのままぼたぼたと大粒の涙を流し始めたのでエリッツはあわてて周りを見渡した。女の子を泣かせたと思われてはたまらない。
「セレッサどうしたの。それ、嫌な任務なの」
セレッサは軍服の袖でぐいぐいと涙をぬぐうと肩を震わせる。
「ひ、ひ、ひとを、殺してしまうかも、しれないの」
「うん」
軍部にいてそれをいうのかとエリッツは少しあきれてしまう。いくら術士でもこれでは小隊長は務まらないのではないか。
「誤解、しないで。敵を、殺すことに躊躇は、ないわよ。あたしはこれでも、優秀な軍人なのよ」
あいかわらず声を震わせながら懸命にうったえてくるが、エリッツは事情がわからない。敵以外の人を殺すことになるというとどういう状況なのだろう。ターゲットが内部にいるということか。それは本当に極秘中の極秘任務なのではないか。
聞かなきゃよかったとエリッツはちらりと窓の外を見た。あいにくまだ式典がはじまる様子ではない。
「それで何を手伝ったらいいの。先にいっておくけどおれは軍部の人間でもないよ」
「着替えよ!」
なぜか涙を流したまま怒ったようにセレッサが叫ぶ。そしてそのままエリッツの袖を引いて近くの部屋の鍵をあけている。部屋の中はどうやら一時的に衣装部屋のように使われているようだった。
もともとは会議室のような作りになっているが、簡易な棚が据えつけられ、そこに給仕をする人たちの服や料理をする人たちの服など、予備らしきものが置いてある。今はほとんどの棚は空になっていた。
「あれを取って」
セレッサが棚の上の方を指す。普通ならなんのことはない高さだが、セレッサでは届かない。
それは赤い華やかな薄物で透ける素材のものが何重にも重なっており、まるで花のように見える服であった。同素材のヴェールもある。おそらく薔薇をイメージしたデザインなのだろう。
「きれいな服だね」
「血の色だわ」
セレッサは真っ赤に充血した目で服をにらんでから、ゆっくりと息を吐く。
「取り乱してごめんなさい」
だいぶ落ち着いたようで、セレッサは小声でエリッツに謝罪した。
「あまりにも気分の悪い任務だったんだもの」
そんないい方をされると逆に気になってくる。おそらく聞かない方が身のためだろうとわかってはいるが。
「何をするの」
セレッサは一瞬だけ逡巡したもののすぐに「毒杯を運ぶのよ」と、心底嫌そうにいい捨てた。
「毒杯?」
「話すと長くなるんだけど、北の王をご存じ?」
毒杯と北の王。エリッツには思い当たることがあった。
「あ、附子のことか」
セレッサは目を丸くする。
「なんで知ってるの」
すぐに警戒心をあらわにした顔でエリッツを見すえる。どう説明したものか。それこそ話が長くなる。式典がはじまってしまわないかそちらも気になる。
「簡単にいうと、ローズガーデンをまかされているラヴォート殿下の側近の書記官をほんのひと時だけやったことがある」
「複雑ね。よくわからないけど、内部事情は知っているということ?」
セレッサは眉をハの字にして首をかしげていたが、急に目を見開いた。
「え、ちょっと待って。ラヴォート殿下の側近ってカウラニー様? お若い方の。書記官なの?」
少しずつ状況をわかってくれたようだが、今度は急におろおろとしはじめる。せわしない子だ。
「じゃあ、偉い人じゃないの」
なぜかエリッツから距離をとろうとする。
「待って。そこは違うんだよ」
「違うの? よく分からない」
「今、問題なのはそこじゃないから」
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そこでふとエリッツは思いいたる。
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