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第一章 (仮)
第六十五話 遅刻
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「我が国もこの庭のように年々美しく豊かになっていく。この国にとっての薔薇はここに集まるみなのことだ。今日は存分に楽しんでもらいたい」
偉い人のあいさつというともっと小難しいことを小難しいいいまわしで長々と語るイメージがあった。とてもありがたいお言葉だが、拍子抜けするほどあっさりとしている。もっと帝国からの客人や、北の王の出席について触れられるものと思っていたが、周りの反応からこれがいつもどおりの国王陛下のお言葉なのだろう。
陛下は妃をともないゆったりとした動作で天幕の中の椅子に腰かけ、従者がおろした薄布の奥にすがたを消した。
代わりに進み出たのがラヴォート殿下で、簡略に帝国からの使者や北の王について招待客に告げた。そしてそれがさもたいしたことではないとでもいうように、すぐ主な招待客の紹介にうつる。しかしやはり招待客たちにとっては驚くべきことだったらしく、ひそやかなざわめきがあちらこちらであがっていた。
陛下に今年のローズガーデンを任されているためとはいえ孫のルーヴィックではなくラヴォート殿下が取り仕切っているのは面白くないのではないか。ちらりとアイザックの様子をうかがうが表情は読めない。視線の先は北の王がいる天幕だ。今は薄布がかかり中はうかがえないが、うっすらと人影が見える。それにしても孫や娘のことは気にならないのだろうか。
隣ばかりが気になっていたがそろそろなんといってここを抜け出すか考えておかないといけない。また「暑くて気分が悪い」とでもいえばよいか。いい天気で本当に汗ばんでくる。
そんな他ごとを考えていたため何気なく前を向いて大声をあげそうになった。
あれは庭師のおじいさんだ。先日のような野良着ではなく礼服姿だ。それに従者はよく見るとアルヴィンではないか。こちらも見違えるほどきちんとした服を着て髪もきれいに切りそろえられているためすぐには気づかなかった。
あの庭師のおじいさんがこの庭の手入れしたのかと思ったが、もしそうだったとしても一番に庭師が紹介されることはないだろう。
混乱しながらラヴォート殿下の口上を聞く。
「軍部引退後も後進の育成、重要となる助言、それから庭仕事などでレジスに多大なる貢献を続けるオズバル・カウラニー殿」
「庭仕事」のところで招待客から小さな笑い声が起こる。
エリッツは一瞬意味をとりかね、招待客たちにつられて一緒に笑った。数秒してから衝撃に見舞われる。あのおじいさんが、オズバル・カウラニー。
顔パスで王城の内部まで入っていった庭師の老人。それをおかしいと思いつつも受け流していたエリッツは地団駄を踏みたい心情に陥った。同じ状況でおそらくアルヴィンは気づいたのだ。だからアイザックよりも北の王に近づけるオズバル・カウラニーにのりかえた。
気づいたなら教えてよと、エリッツはアルヴィンをにらむが、アルヴィンはこちらを見ることもなくすましている。
しかしアイザックがことを起こすということならばアイザックのそばにいた方が効率はよくないだろうか。隣にいて妙な行動を起こすようなら妨害すればいいのだ。
エリッツはアルヴィンに頼られていないとがっかりしたものだったが、もしかしたらアイザックの方はエリッツに任せたということなのかもしれない。もはやその真偽はわからないが。
そういえば、城で自慢の息子が働いているといっていたのはつまりエリッツが会いたくて仕方がなかった師のことだったのだ。オズバル・カウラニーだと知ってから思い返せば、あの日の様々なできごと、聞いた話のほとんどに納得がいく。自身の愚鈍さに頭痛がしてきた。
エリッツが煩悶としているなか、式典は粛々と進んでいく。
「ご紹介にあずかりました、庭師のオズバル・カウラニーです」
今度はみな遠慮することなくどっと笑いだす。和やかな雰囲気のなかオズバルは相変わらず柔和な笑顔で立っているがエリッツの方は苦笑いしかでない。ここにいるみんなが庭いじりを好む風変わりな元軍人のオズバル・カウラニーをよく知っているから笑えるのだ。エリッツだけが知らなかった。
どういう流れかわからないが、オズバルが太陽神のことば歌をとなえ、招待客たちもありがたがって唱和している。エリッツはその間もひとりで呆けていた。
ふと、師はどこで何をしているのかと気になって目で探したが、見える範囲のどこにもいなかった。ラヴォート殿下のそばにもいない。おそらく裏方の仕事があるのだろう。余計に気がくさくさしてくる。
エリッツが呆けている間にラヴォート殿下の朗々とした声が二人目、三人目と招待客を紹介していく。紹介された者は各々特徴的なあいさつをしてときにみなを笑わせ、ときに真剣に耳をかたむけさせたが、エリッツは右から左だった。
隣のアイザックが立ち上がる気配でようやくエリッツは我に返る。
「遠方コルトニエスから。金属そして絹織物などの生産に尽力し成功をおさめ、我が国に富をもたらしているアイザック・デルゴヴァ殿」
ラヴォート殿下の口上が大きく聞こえる。
アイザックも紹介されるのか。しかし今は何人目なのか、とっくに二人は終わっている。しかしあいさつをしているアイザックの隣にいて席を外すことなどできない。悪目立ちする。
エリッツは内心はやる心をおさえながら早く終われと祈らずにはいられなかった。当然内容など入ってこない。
セレッサは待っていてくれるだろうか。いや、さっき会ったばかりのエリッツのことなど信用していないに違いない。すでに自分で着替えて毒杯を取りに行っているかも。
「――最後にもう一度、本日お招きいただいたことを国王陛下に深く感謝申し上げます」
アイザックがそういって席に着くと周りから拍手がわきあがる。その拍手がおさまるのを待ちエリッツは予定どおり、日陰で休みたい旨を同席者に告げて席を立つ。あわてているようには見せないように慎重にふるまうが、やはりリークはいぶかしげな表情でエリッツを見ている。余計なことをしたらただじゃおかないとその目がいっていた。
ところが先ほどの着替えるための控室になっている部屋の前に何人かの兵がいる。エリッツはあわてて物陰に隠れて様子をうかがった。
「鍵がしまっているな」
「やはりまだ着替えているんだろう」
「しかしこれでは予定に間に合わないぞ」
「誰か女性を呼んできてくれ。中の様子を見てもらおう」
きっとまだセレッサは中で待っていてくれるんだ。しかしこれではセレッサは着替えずに出てこられないし、エリッツも中に入れない。覚悟をきめて兵たちに近づく。
「あの、赤い服の女性を探してるんですか」
兵士たちはいっせいにエリッツを見た。
「きみは?」
「こんなところに入って来てもらっては困るよ」
エリッツを追い返そうと兵士たちは歩み寄ってくる。
「おれ、見ましたよ。赤い服を着た女性。薔薇のような裾の」
兵士たちはお互い顔を見合わせる。
「その人はどこへ?」
「ええと、あっち、かな。中庭から見えたんです。廊下の窓を通り過ぎていくのを。あっちの方へ歩いていきました」
エリッツは適当に建物の奥の方を指さした。
「本当かい」
さっそく兵たちがそちらへ向かおうとするが、その中のひとりが思案顔でエリッツを見つめる。
「きみ、さっき中庭から見えたといったね」
「そうですけど」
「どうやって薔薇のような裾が見えたんだい」
エリッツは膝からくずれ落ちそうになる体をかろうじて支えた。窓から裾が見えるわけがないじゃないか。なんで余計なことをいってしまったんだ。
「いや、えーっと、裾というか服の全体的に、なんか、こう、ふわふわって薔薇の花びらのような」
しどろもどろになっているエリッツに兵たちの視線はだんだん鋭くなっていく。中庭の窓からちらりと見ただけにしては具体的過ぎたか。完全に不審者である。
「きみ、名前は?」
そのとき、カチリと小さな音が聞こえた。
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陛下に今年のローズガーデンを任されているためとはいえ孫のルーヴィックではなくラヴォート殿下が取り仕切っているのは面白くないのではないか。ちらりとアイザックの様子をうかがうが表情は読めない。視線の先は北の王がいる天幕だ。今は薄布がかかり中はうかがえないが、うっすらと人影が見える。それにしても孫や娘のことは気にならないのだろうか。
隣ばかりが気になっていたがそろそろなんといってここを抜け出すか考えておかないといけない。また「暑くて気分が悪い」とでもいえばよいか。いい天気で本当に汗ばんでくる。
そんな他ごとを考えていたため何気なく前を向いて大声をあげそうになった。
あれは庭師のおじいさんだ。先日のような野良着ではなく礼服姿だ。それに従者はよく見るとアルヴィンではないか。こちらも見違えるほどきちんとした服を着て髪もきれいに切りそろえられているためすぐには気づかなかった。
あの庭師のおじいさんがこの庭の手入れしたのかと思ったが、もしそうだったとしても一番に庭師が紹介されることはないだろう。
混乱しながらラヴォート殿下の口上を聞く。
「軍部引退後も後進の育成、重要となる助言、それから庭仕事などでレジスに多大なる貢献を続けるオズバル・カウラニー殿」
「庭仕事」のところで招待客から小さな笑い声が起こる。
エリッツは一瞬意味をとりかね、招待客たちにつられて一緒に笑った。数秒してから衝撃に見舞われる。あのおじいさんが、オズバル・カウラニー。
顔パスで王城の内部まで入っていった庭師の老人。それをおかしいと思いつつも受け流していたエリッツは地団駄を踏みたい心情に陥った。同じ状況でおそらくアルヴィンは気づいたのだ。だからアイザックよりも北の王に近づけるオズバル・カウラニーにのりかえた。
気づいたなら教えてよと、エリッツはアルヴィンをにらむが、アルヴィンはこちらを見ることもなくすましている。
しかしアイザックがことを起こすということならばアイザックのそばにいた方が効率はよくないだろうか。隣にいて妙な行動を起こすようなら妨害すればいいのだ。
エリッツはアルヴィンに頼られていないとがっかりしたものだったが、もしかしたらアイザックの方はエリッツに任せたということなのかもしれない。もはやその真偽はわからないが。
そういえば、城で自慢の息子が働いているといっていたのはつまりエリッツが会いたくて仕方がなかった師のことだったのだ。オズバル・カウラニーだと知ってから思い返せば、あの日の様々なできごと、聞いた話のほとんどに納得がいく。自身の愚鈍さに頭痛がしてきた。
エリッツが煩悶としているなか、式典は粛々と進んでいく。
「ご紹介にあずかりました、庭師のオズバル・カウラニーです」
今度はみな遠慮することなくどっと笑いだす。和やかな雰囲気のなかオズバルは相変わらず柔和な笑顔で立っているがエリッツの方は苦笑いしかでない。ここにいるみんなが庭いじりを好む風変わりな元軍人のオズバル・カウラニーをよく知っているから笑えるのだ。エリッツだけが知らなかった。
どういう流れかわからないが、オズバルが太陽神のことば歌をとなえ、招待客たちもありがたがって唱和している。エリッツはその間もひとりで呆けていた。
ふと、師はどこで何をしているのかと気になって目で探したが、見える範囲のどこにもいなかった。ラヴォート殿下のそばにもいない。おそらく裏方の仕事があるのだろう。余計に気がくさくさしてくる。
エリッツが呆けている間にラヴォート殿下の朗々とした声が二人目、三人目と招待客を紹介していく。紹介された者は各々特徴的なあいさつをしてときにみなを笑わせ、ときに真剣に耳をかたむけさせたが、エリッツは右から左だった。
隣のアイザックが立ち上がる気配でようやくエリッツは我に返る。
「遠方コルトニエスから。金属そして絹織物などの生産に尽力し成功をおさめ、我が国に富をもたらしているアイザック・デルゴヴァ殿」
ラヴォート殿下の口上が大きく聞こえる。
アイザックも紹介されるのか。しかし今は何人目なのか、とっくに二人は終わっている。しかしあいさつをしているアイザックの隣にいて席を外すことなどできない。悪目立ちする。
エリッツは内心はやる心をおさえながら早く終われと祈らずにはいられなかった。当然内容など入ってこない。
セレッサは待っていてくれるだろうか。いや、さっき会ったばかりのエリッツのことなど信用していないに違いない。すでに自分で着替えて毒杯を取りに行っているかも。
「――最後にもう一度、本日お招きいただいたことを国王陛下に深く感謝申し上げます」
アイザックがそういって席に着くと周りから拍手がわきあがる。その拍手がおさまるのを待ちエリッツは予定どおり、日陰で休みたい旨を同席者に告げて席を立つ。あわてているようには見せないように慎重にふるまうが、やはりリークはいぶかしげな表情でエリッツを見ている。余計なことをしたらただじゃおかないとその目がいっていた。
ところが先ほどの着替えるための控室になっている部屋の前に何人かの兵がいる。エリッツはあわてて物陰に隠れて様子をうかがった。
「鍵がしまっているな」
「やはりまだ着替えているんだろう」
「しかしこれでは予定に間に合わないぞ」
「誰か女性を呼んできてくれ。中の様子を見てもらおう」
きっとまだセレッサは中で待っていてくれるんだ。しかしこれではセレッサは着替えずに出てこられないし、エリッツも中に入れない。覚悟をきめて兵たちに近づく。
「あの、赤い服の女性を探してるんですか」
兵士たちはいっせいにエリッツを見た。
「きみは?」
「こんなところに入って来てもらっては困るよ」
エリッツを追い返そうと兵士たちは歩み寄ってくる。
「おれ、見ましたよ。赤い服を着た女性。薔薇のような裾の」
兵士たちはお互い顔を見合わせる。
「その人はどこへ?」
「ええと、あっち、かな。中庭から見えたんです。廊下の窓を通り過ぎていくのを。あっちの方へ歩いていきました」
エリッツは適当に建物の奥の方を指さした。
「本当かい」
さっそく兵たちがそちらへ向かおうとするが、その中のひとりが思案顔でエリッツを見つめる。
「きみ、さっき中庭から見えたといったね」
「そうですけど」
「どうやって薔薇のような裾が見えたんだい」
エリッツは膝からくずれ落ちそうになる体をかろうじて支えた。窓から裾が見えるわけがないじゃないか。なんで余計なことをいってしまったんだ。
「いや、えーっと、裾というか服の全体的に、なんか、こう、ふわふわって薔薇の花びらのような」
しどろもどろになっているエリッツに兵たちの視線はだんだん鋭くなっていく。中庭の窓からちらりと見ただけにしては具体的過ぎたか。完全に不審者である。
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