亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第七十八話 作戦会議

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 一体なにを見せられているのだろうか。
 不機嫌をまき散らしながらテントに入ってきたラヴォート殿下は何の前触れもなくシェイルの肩をつかんで引き寄せ荒々しく口づけをする。
 また折檻だろうか。しかし折檻をうけるいわれは思いつかない。むしろシェイルの方が怒っていたような気もするが。
 つい今しがたまでシェイルと真剣に話をしていたダフィットは瞬時に無表情となり外へ出ていく。アルヴィンもさりげなく背を向けて火の番に集中しはじめた。
 エリッツだけが凝視している。やはり折檻をうけているシェイルが妙に色っぽくて、目がはなせない。軽くそらされた視線も、目元にさすわずかな赤みも、所在なげに地図の上に置かれたままの長い指も――なんというか、可能であれば混ぜてほしい。
「どうしたんですか。久々の戦場が怖かったんですか」
 長い口づけから解放され、すかさずシェイルがラヴォート殿下から身をはなす。
「てめぇ、ふざけるなよ。連中、こそこそとこざかしい真似ばかりしやがって」
 いら立たしげに床を蹴っている。普段よりもいっそう口が悪い。
「それでわたしに当たらないでください。ちょうど今その話をしていたんです」
 すさまじいまでの不機嫌にさらされてもまったく動揺をみせることなくシェイルは地図に視線を戻す。
 だがその体をラヴォート殿下が再度引き寄せた。
「誰が終わりだと言った」
 先ほどよりもずっと深い口づけをうけ、シェイルが苦しそうに身じろぎをする。舌が絡むしめった音にエリッツはつい前のめりになる。これは是非とも参加したい。
「わたしに何か手落ちがありましたか? コルトニエスはどうするんです」
 さすがにシェイルもやんわりとラヴォート殿下の手から逃れる。指揮官をやれと言われてあれほど怒っていたのに、この折檻には随分と寛容だ。そこまで嫌ではないということか。
「もちろんその話をしに来たんだが、ちょっと待て。あのクソガキはなんでよだれをたらしてこっちを見ている」
 突然指をさされ、エリッツはあわてて袖で口もとを拭った。
「いや、今のは比喩だ」
 虫でも見るような目つきで言い捨てられるが、エリッツはめげない。
「ええと、その、おれも一緒に……いいですか」
 ここぞとばかりにエリッツが挙手すると、すっかり気配を消していたアルヴィンが隣で「ぶっ」とふき出した。
「聞きしにまさる変態ぶりだな。お前と遊んでいる暇はない。コルトニエスを死守する」
 ラヴォート殿下は自分のことを棚に上げ、地図に目を落す。エリッツは少しがっかりしたが、言われてみればそれどころではないのだった。真面目に「そこそこ偉いっぽい人」をやりおおせなければ。
「エリッツ、茶葉にお湯をかけてください」
 何がおかしいのか、シェイルの指示にアルヴィンがまた「ぶはっ」とふき出す。
「前から思っていたけど、きみずいぶん変わってるよね」
 ダフィットの分と三つの茶器を並べながらアルヴィンは小声でそんなことを言う。
 さっきお湯を多めに準備するようシェイルがいったのは、ラヴォート殿下が来ることを予測してのことだったんだなと、エリッツは並べられた茶器を見て思う。
「それから言いそびれたんだけどさっきはありがとう。エリッツ、すごく強いんじゃないか。本当に胸がすいたよ」
 エリッツが首をかしげると、アルヴィンは少し照れくさそうに茶葉をポットに落としながら続ける。
「さっきの頭の悪そうな帝国兵だよ。あんなバカみたいな連中が集まって僕たちの国を奪ったなんて本当にやりきれないな」
 アルヴィンにお礼を言われるなんて。エリッツはまじまじとアルヴィンを見る。
「何を見てるんだよ。早くここにお湯をいれて。さっきお湯をかけるくらいできるって言ってたじゃないか」
 お礼を言われたことへの感動冷めやらぬうちに嫌味を言われる。
 だが、茶器の用意から茶葉のセットまでアルヴィンがやってくれたので、エリッツは本当にお湯をかけるだけだ。満を持して茶葉にお湯をかけるという感じがして恥ずかしくなってくるくらいだ。
 エリッツが「じゃあ、お湯をかけます」などと、のんびりしたことをしている間にもシェイルとラヴォート殿下は真剣に作戦会議を進めていた。
「マルロにはジェルガス将軍にいてもらうことになった。将軍が動くとあやしまれるからな」
「ええ、異存はありません」
「将軍がいうには一度全軍をマルロまでさげた方がいいと」
「こちらも同じ結論です。ただ――」
 どこでタイミングをはかっていたのか、ダフィットがテントの中に戻ってきたのを、シェイルが認めた。ダフィットはごく自然に茶をそそぎ終わった茶器をとっていく。エリッツの給仕がひどいことをすでに知っているからだろう。本当に茶葉にお湯をかけただけで終わってしまった。
「殿下、全軍をさげた場合コルトニエスへ向かわせる人員が足りなくなります」
 ダフィットは殿下とシェイルの前に茶器を並べながらなめらかに会話に加わってゆく。
「そこで、例のロイの町内会の方々に協力を願おうかと」
 ラヴォート殿下はうなりながら腕を組む。
「大丈夫なのか」
「今見てきたところ、陣形に工夫は必要ですがなんとかなるのではないでしょうか。歩兵たちと町内会の人々をマルロに送り、精鋭の術兵をコルトニエスに向かわせましょう」
 ラヴォート殿下は一度口を開きかけて閉じる。何か言いたげな様子であったが、お茶と一緒に飲みこんだ。そしてわざわざ「まずい」と言ってから残りのお茶を飲み干すと、立ち上がった。全部飲んでおいてまずいことはないだろう。仰々しく茶葉にお湯をかけていたエリッツへの当てつけに違いない。
「すぐに動くぞ」
「まだ指揮官たちが戻りませんが」
「急を要する。ジェルガス将軍と指揮官全員に伝令を――」
 ラヴォート殿下がてきぱきと指示をはじめたが、急に外が騒がしくなり言葉をとめた。
「何事だ」
 テントの外は複数人が争っているような声が聞こえる。その怒号の中に聞き覚えのある声を認めてエリッツはテントのすみに身を寄せた。
「何をやっているんだ」
 ダフィットがいら立だしげにしながらも、殿下を守るようにテントの入り口に立つ。アルヴィンもそこに加わった。エリッツはどこか身を隠すところはないかとテントの中を見渡す。聞き間違いでなければあれはバジェインの声だ。手負いのはずだが、どうやって逃げたのやら。
「あの術士、ただものじゃないな」
 テントの入り口から外を見ていたダフィットがぽつりとつぶやく。
「あれは相当やるね。ただ相棒がバカだからどうにも」
 エリッツは物陰から外を見ている二人の様子をうかがう。テントの外で何が起こっているのかわからないのがもどかしいが、のんきに見物をしている様子からそこまで切迫した事態ではなさそうだ。
「見事なものですね」
 そこにシェイルも加わるので、エリッツはいよいよ好奇心が抑えられない。
「ちょっとアルヴィン、何が起こってるの」
 アルヴィンはちらりとエリッツを見ると、「あいつら逃げてようとしてる」とだけ言ってまた視線をテントの外に戻してしまう。そんなことは声を聞けばわかる。
「ねぇ、大丈夫なの。逃げられたらまずいんじゃないの」
「逃げられないよ。あの術士はバカを担いでるし、そのバカが血をダラッダラ流しながら大暴れしてるうえに、完全に包囲されている。これはなかなか見ものだよ」
 気になるがバジェインが騒いでいるのはエリッツに復讐したいからに違いない。ますます出ていくわけにはいかない。何をいっているのかわからないがバジェインの怒号がずっと続いていた。
「あいつ、血が全部出て死ぬんじゃないのかな」
 アルヴィンが気味悪そうに顔をしかめる。
「威勢がいいですが、かなりの深手ですね。なぜあんなに動けるんでしょう」
 それにこたえるようにシェイルも不思議そうにつぶやいた。
「何を見物しているんだ。あれは捕虜だろう。さっさと片付けてこい」
 ラヴォート殿下だけは興味なさそうに地図に頬杖をつき、置いてあった駒を片手でもてあそんでいる。まずいと言ったくせにシェイルの分のお茶にまで手をつけているようだ。
「ずいぶんと変わった術式なので誰も破れず近づけません。そもそも今術士が手薄でして」
 ダフィットはぼんやりと見ていたことのいいわけをするように殿下に伝える。
 術を破るというのは何だろう。エリッツは反射的にアルヴィンを見るが、それを予知していたかのようにアルヴィンはすでにエリッツを見ていた。
「同じ術式をぶつけることで防御に使っている術を無効化することができることもあるんだよ。ケースバイケースだけどね」
 何も聞いていないのにアルヴィンが言う。つまりあの術士が包囲されつつもいまだに捕まえられないのは術で防御してある意味そこに籠城しているからなのだろう。ますますどういう状況なのか気になる。術というのをしっかりと見たい。
「でもあれじゃあ、暴れるバカのせいで体力の限界がきて終わりだ」
 アルヴィンはあきれたようにため息をついた。
 それでみんなのんきに見物しているわけだ。何もしなくても自滅するのであれば無駄な体力は使いたくない。
「なんかこっち見てる」
 アルヴィンの声にエリッツはびくりと体をふるわせた。バジェインがここにエリッツがいることに気づいたのだろうか。
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