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第一章 (仮)
第八十七話 疾走
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なかなか距離が詰まらないエリッツの背中を見守っていると迷いなく鉱山の入口の方へ向かっていく。何か根拠があってのことなのかはわからない。そもそも事前に地図を見ていたかもあやしい。ぼんやりしているか指をなめている姿以外を思い出せない。鉱山の入り口があるとは知らずに馬を走らせてはいないか。
だが好都合ではある。可能な限り町中でぶつかるのは避けたい。重要な鉱山の町、そしてエラリス様のご実家である。ラヴォート殿下の側近の過失で甚大な被害が出れば後々芳しくない事態になりかねない。デルゴヴァ一族は反逆により失脚するだろうが、それでもなお殿下には無傷でいてもらいたい。そう考えられるだけまだ余裕があるということかと、自身にまったく負ける気がないことに小さく安堵していた。
一瞬だけ迷ったが即座に背後のリデロたちに鉱山へ向かうように指示を出す。リデロは一瞬奇妙な顔をした。
当然シェイルが考えたことにリデロの考えも及んでいるはずだ。町中にいる帝国軍に背後から挟まれたらどうにかする自信がないということか。
シェイルは先程の仕返しとばかりにリデロを見つめる。
だがけっして嫌がらせではない。ここはリデロにどうにかしてもらわなければ困るのだ。いろいろと考えたが、兵を二手に分ければ人数が少なくなりすぎる。
しかしリデロの逡巡は一瞬のことであった。シェイルと同じ意見なのかは不明だが、笑顔で大きく頷く。頼もしいが、薄気味悪い。
さらにエリッツを追いつつ町の様子をうかがうと多くの馬がこの道を通った形跡がみえる。花壇などの一部が壊され、土がえぐられている箇所がいくつもあった。さらに木桶の残骸のようなものや、土で汚れた石畳に続く馬の足跡、どこかに干してあったのであろう布などが踏まれ散らばっている。わざわざ馬が通りにくいところを通るはずはないから、この道幅いっぱいに馬が通ったのだ。えぐれた土はまだ乾いていないように見える。エリッツはこの痕跡を追っているのか。アルヴィンがいるという確証もないのに。
シェイルは国境付近からコルトニエス周辺の地図を再度頭の中に思い起こす。帝国軍が使用した山道はどのような道筋だったか。そしてアルヴィンたちが戻らない、いや、戻れなくなる状況を想像した。
もしかして――。
可能性はあるが、やはり確証はない。
「ダフィット、レジス市街へ援軍の要請を」
エリッツがあんな状態ではどうにもならないので、ダフィットに伝令となってもらうほかない。ダフィットが外れるのは正直厳しいが、術兵はひとりたりとも外したくなかった。
「承知しました」
ダフィットも道の痕跡から帝国軍の規模を察知したのであろう。当然のような顔でうなずく。しかしその顔色は暗い。援軍といってもマルロとレジス市街を守るのでほぼ手一杯である。あとは近隣の町からかき集めるという手もあるが、それには時間がかかりこの場はもたない。
「シェイラリオ様!」
リデロが声をあげる。町の終わりが見えた。その先は切り開かれた幅広い道が鉱山の入り口まで続いていた。作業のための小屋や台車など、シェイルには何のためのものかよくわからない道具類、機械類があちらこちらに設置してあり、まるで砦のようだ。
そしてその先、大勢の帝国軍とおぼしき兵士たちが鉱山の入り口を取り囲むようにたむろしていた。予想通り到着したばかりの様子だ。
「エリッツ、とまりなさい!」
驚いたことに帝国軍が見えているはずのエリッツがそのままの勢いでつっこんでいく。まだ帝国軍の方の体制が整っていないとはいえ無謀すぎる。
とっさにリデロに指示を出そうとしてふと何かひっかかる。エリッツの行く先にあるのは坑道だ。
リデロはシェイルの言葉を待つように、しかも興味津々という顔でじっと見つめる。
「坑道内では炎式、雷式、開放系の風式を禁じます」
鉱山に関する乏しい知識から坑道で大きな火気が危険であることを思い出す。さらに落盤などもこわい。開放系の風式では狭い坑道に粉塵が舞いそれも危険だ。残るは水式だが、この空気の乾いた土地で水式の威力はのぞみにくい。
術とは無から有を生み出すものではない。あくまでも自然の理を曲げるのである。水式の術を放つには空気中にただよっているごくわずかな水の要素を取り出し集めねばならない。術士はそれを術素と呼ぶが、術士の能力というのはその術素をどれほどかき集め、どれほどコントロールできるかの点による。術素が少なければ術を放つだけで大きな力を消耗するし、場合によっては不発となる。
国境線においてロイの町内会が戦場を乱していたというのも実はこのせいだ。術素は術兵たちの戦いにおいては奪い合いになる。タイミングもあるが当然力の強い者がその場の術素を奪い取る。桁違いに術素を集める能力が強いのにコントロールができないという町内会の人間が戦場に混ざっていたため、レジスの術兵はうまく動けなかったのだ。本来であれば、味方同士で術素を奪い合うことが少なくなるように指揮官がうまく采配する。
しかし坑道内では四つの術式にしばられたレジスの術兵は不利だ。帝国の術兵とて状況はさほど変わらないが、物理的な接近戦となればやはり人数がものをいう。
リデロが静かに左手の中指のリングを額に当て何かをつぶやいている。部下たちが禁止された術式を坑道内で放てないようにリングを操作したのだろう。どういう仕組みなのかよくわからないがヒルトリングで術脈を抑えられている術兵たちは指揮官のヒルトリングに設定された禁止事項に逆らえない。ヒルトリングが首輪たるゆえんである。シェイルは気づかれない程度に顔をしかめただけのはずだが、顔をあげたリデロとばっちりと目が合う。やはり不気味だ。
「エリッツ、戻りなさい!」
再度呼びかけるが聞こえているのかもわからない。いよいよエリッツは長剣を抜きはなち左手で握った。利き手だ。本気でそこを突破するつもりなのか。帝国軍の陣が敷けていない状況なのは僥倖だが、それにしたって無茶が過ぎる。
エリッツはジェルガス・グーデンバルドの甲冑をつけたままで、帝国軍は間違いなく彼を敵将と見るだろう。このままではただではすまない。
シェイルは両足に力をこめた。この馬ではこのスピードで限界だ。
「指揮官、援護を」
坑道の外であればある程度術兵たちで戦える。
「はい」
リデロはこの状況で笑っている。自信があるのか、この状況が楽しいのか。エリッツの背中に期待を込めたような熱い視線を送っている。かなりの変人だ。
帝国兵はエリッツを迎え討つべく武器を構えている。何人かは術兵もいるようだが、レジスの術兵が突撃してくるが見えているためか、エリッツよりもこちらを警戒している。敵将が単身のりこんでくる意図もはかりかねているに違いない。奇襲といえば奇襲だ。
大怪我負うのは仕方がないが、何とか息をしているうちにエリッツを回収しなければ。そんなことまで考えていたシェイルだったが、次の瞬間息をのんだ。
一人、二人、三人と次々と抜いてく。
早い。
迷いのない斬撃で次々と敵兵をとらえてゆくエリッツの背で有翼の獅子が暴れるようにはためく。バジェインと戦っていたときよりも抜群に動きがよくなっている。隣でリデロが「おお、おお」と間の抜けたような感嘆の声をもらしていた。
帝国軍は坑道の入り口に阿呆ばかりを取りそろえたのか。そんなはずはない。
真横を勢いよく風が切る音がして、前方で血しぶきがいくつもあがった。術兵たちが放った穿孔風式という術である。細く研ぎ澄まされた風の束が敵兵の体に風穴をあける。無駄なく急所を狙っているところはさすが精鋭の術兵たちだ。しかもきちんとエリッツの援護となるように敵兵をとらえている。だがそのせいでエリッツはさらに単身坑道の方へと突き進んでしまう。なぜひとりでどうにかなると思うのだろうか。無事に戻ってきたら叱らなくてはならない。
だが好都合ではある。可能な限り町中でぶつかるのは避けたい。重要な鉱山の町、そしてエラリス様のご実家である。ラヴォート殿下の側近の過失で甚大な被害が出れば後々芳しくない事態になりかねない。デルゴヴァ一族は反逆により失脚するだろうが、それでもなお殿下には無傷でいてもらいたい。そう考えられるだけまだ余裕があるということかと、自身にまったく負ける気がないことに小さく安堵していた。
一瞬だけ迷ったが即座に背後のリデロたちに鉱山へ向かうように指示を出す。リデロは一瞬奇妙な顔をした。
当然シェイルが考えたことにリデロの考えも及んでいるはずだ。町中にいる帝国軍に背後から挟まれたらどうにかする自信がないということか。
シェイルは先程の仕返しとばかりにリデロを見つめる。
だがけっして嫌がらせではない。ここはリデロにどうにかしてもらわなければ困るのだ。いろいろと考えたが、兵を二手に分ければ人数が少なくなりすぎる。
しかしリデロの逡巡は一瞬のことであった。シェイルと同じ意見なのかは不明だが、笑顔で大きく頷く。頼もしいが、薄気味悪い。
さらにエリッツを追いつつ町の様子をうかがうと多くの馬がこの道を通った形跡がみえる。花壇などの一部が壊され、土がえぐられている箇所がいくつもあった。さらに木桶の残骸のようなものや、土で汚れた石畳に続く馬の足跡、どこかに干してあったのであろう布などが踏まれ散らばっている。わざわざ馬が通りにくいところを通るはずはないから、この道幅いっぱいに馬が通ったのだ。えぐれた土はまだ乾いていないように見える。エリッツはこの痕跡を追っているのか。アルヴィンがいるという確証もないのに。
シェイルは国境付近からコルトニエス周辺の地図を再度頭の中に思い起こす。帝国軍が使用した山道はどのような道筋だったか。そしてアルヴィンたちが戻らない、いや、戻れなくなる状況を想像した。
もしかして――。
可能性はあるが、やはり確証はない。
「ダフィット、レジス市街へ援軍の要請を」
エリッツがあんな状態ではどうにもならないので、ダフィットに伝令となってもらうほかない。ダフィットが外れるのは正直厳しいが、術兵はひとりたりとも外したくなかった。
「承知しました」
ダフィットも道の痕跡から帝国軍の規模を察知したのであろう。当然のような顔でうなずく。しかしその顔色は暗い。援軍といってもマルロとレジス市街を守るのでほぼ手一杯である。あとは近隣の町からかき集めるという手もあるが、それには時間がかかりこの場はもたない。
「シェイラリオ様!」
リデロが声をあげる。町の終わりが見えた。その先は切り開かれた幅広い道が鉱山の入り口まで続いていた。作業のための小屋や台車など、シェイルには何のためのものかよくわからない道具類、機械類があちらこちらに設置してあり、まるで砦のようだ。
そしてその先、大勢の帝国軍とおぼしき兵士たちが鉱山の入り口を取り囲むようにたむろしていた。予想通り到着したばかりの様子だ。
「エリッツ、とまりなさい!」
驚いたことに帝国軍が見えているはずのエリッツがそのままの勢いでつっこんでいく。まだ帝国軍の方の体制が整っていないとはいえ無謀すぎる。
とっさにリデロに指示を出そうとしてふと何かひっかかる。エリッツの行く先にあるのは坑道だ。
リデロはシェイルの言葉を待つように、しかも興味津々という顔でじっと見つめる。
「坑道内では炎式、雷式、開放系の風式を禁じます」
鉱山に関する乏しい知識から坑道で大きな火気が危険であることを思い出す。さらに落盤などもこわい。開放系の風式では狭い坑道に粉塵が舞いそれも危険だ。残るは水式だが、この空気の乾いた土地で水式の威力はのぞみにくい。
術とは無から有を生み出すものではない。あくまでも自然の理を曲げるのである。水式の術を放つには空気中にただよっているごくわずかな水の要素を取り出し集めねばならない。術士はそれを術素と呼ぶが、術士の能力というのはその術素をどれほどかき集め、どれほどコントロールできるかの点による。術素が少なければ術を放つだけで大きな力を消耗するし、場合によっては不発となる。
国境線においてロイの町内会が戦場を乱していたというのも実はこのせいだ。術素は術兵たちの戦いにおいては奪い合いになる。タイミングもあるが当然力の強い者がその場の術素を奪い取る。桁違いに術素を集める能力が強いのにコントロールができないという町内会の人間が戦場に混ざっていたため、レジスの術兵はうまく動けなかったのだ。本来であれば、味方同士で術素を奪い合うことが少なくなるように指揮官がうまく采配する。
しかし坑道内では四つの術式にしばられたレジスの術兵は不利だ。帝国の術兵とて状況はさほど変わらないが、物理的な接近戦となればやはり人数がものをいう。
リデロが静かに左手の中指のリングを額に当て何かをつぶやいている。部下たちが禁止された術式を坑道内で放てないようにリングを操作したのだろう。どういう仕組みなのかよくわからないがヒルトリングで術脈を抑えられている術兵たちは指揮官のヒルトリングに設定された禁止事項に逆らえない。ヒルトリングが首輪たるゆえんである。シェイルは気づかれない程度に顔をしかめただけのはずだが、顔をあげたリデロとばっちりと目が合う。やはり不気味だ。
「エリッツ、戻りなさい!」
再度呼びかけるが聞こえているのかもわからない。いよいよエリッツは長剣を抜きはなち左手で握った。利き手だ。本気でそこを突破するつもりなのか。帝国軍の陣が敷けていない状況なのは僥倖だが、それにしたって無茶が過ぎる。
エリッツはジェルガス・グーデンバルドの甲冑をつけたままで、帝国軍は間違いなく彼を敵将と見るだろう。このままではただではすまない。
シェイルは両足に力をこめた。この馬ではこのスピードで限界だ。
「指揮官、援護を」
坑道の外であればある程度術兵たちで戦える。
「はい」
リデロはこの状況で笑っている。自信があるのか、この状況が楽しいのか。エリッツの背中に期待を込めたような熱い視線を送っている。かなりの変人だ。
帝国兵はエリッツを迎え討つべく武器を構えている。何人かは術兵もいるようだが、レジスの術兵が突撃してくるが見えているためか、エリッツよりもこちらを警戒している。敵将が単身のりこんでくる意図もはかりかねているに違いない。奇襲といえば奇襲だ。
大怪我負うのは仕方がないが、何とか息をしているうちにエリッツを回収しなければ。そんなことまで考えていたシェイルだったが、次の瞬間息をのんだ。
一人、二人、三人と次々と抜いてく。
早い。
迷いのない斬撃で次々と敵兵をとらえてゆくエリッツの背で有翼の獅子が暴れるようにはためく。バジェインと戦っていたときよりも抜群に動きがよくなっている。隣でリデロが「おお、おお」と間の抜けたような感嘆の声をもらしていた。
帝国軍は坑道の入り口に阿呆ばかりを取りそろえたのか。そんなはずはない。
真横を勢いよく風が切る音がして、前方で血しぶきがいくつもあがった。術兵たちが放った穿孔風式という術である。細く研ぎ澄まされた風の束が敵兵の体に風穴をあける。無駄なく急所を狙っているところはさすが精鋭の術兵たちだ。しかもきちんとエリッツの援護となるように敵兵をとらえている。だがそのせいでエリッツはさらに単身坑道の方へと突き進んでしまう。なぜひとりでどうにかなると思うのだろうか。無事に戻ってきたら叱らなくてはならない。
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