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第一章 (仮)
第九十二話 逆走
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「かなりありますね」
「はい。まだすべての部屋を把握できていません。火薬もありました。これを帝国軍に持っていかれるのは嫌ですね。いっそ破壊しますか」
アイザック・デルゴヴァの武器庫というのは坑道の先にいくつもの小部屋を作る形で存在していた。置くものが増えたらどんどん部屋を増設する形で広げたのであろう。昆虫の巣を連想させる。
部屋には大量の木箱が積まれ、すべて種類別に整理されて紙のラベルが貼られている。いくつか見たがやはり帝国軍式の銃火器だ。
斥候に出た術兵の一人が、武器庫の入口を見張っており、灯の入ったランタンを渡してくれる。そしてひどく恐縮したように謝罪の言葉を口にした。覆面をしているので表情はわからないが、斥候に出てこのようなことになっているのが隊としてまずい状況なのは十分に把握しているのは声色でわかる。それをわざわざなじっている暇はないし、そもそもシェイルの部下ではない。
もう一人はどうやら奥の方の部屋まで確認しに行っているようだ。
「わたしは部外者です。あとで指揮官に事情を説明してください。指揮官は援軍がくるまで外で待機しているはずです。わたしは個人的な事情でここまできてしまいましたが――。ところでよくここを見つけましたね」
「ええ、あの少年が、アイザック邸のまだ状況を理解していない使用人たちを叩き起こして一芝居打ち、この坑道の地図を出させたんです。なかなかの見物でしたよ」
アイザック邸で何かおもしろいことでもあったのか、覆面の下で笑いをこらえるような声をもらしている。
「さて、問題はこれをどうするかですね」
当然だが持って外に出られる量ではないし、破壊するにも時間がかかる。一気にやるとすれば衝撃での落盤が怖い。さらに万が一火薬に引火するようなことがあれば大惨事だ。
アイザックと帝国軍が通じていたということはここに銃火器が隠してあることを知っているに違いない。間もなくシェイルとエリッツを追うのも兼ねて奥に探りに来るはずだ。そのときは先ほどよりも兵の数が増えていると考えた方がよい。さすがに手に負えないだろう。
「地図には他に外に出られるような道は載っていなかったんですね?」
「はい。しかし実はこの場所も地図には載っていなかったんです」
広げられた地図にランタンを近づけて、シェイルは思わずほほ笑んだ。
「初歩的ですが、だからこそ気づかないかもしれませんね」
地図のちょうど武器庫のあたりはインクのようなはっきりとしたものではなく、茶色い色合いの染料で描かれていた。武器庫の部屋などの詳細がきちんと記載はされているが明らかに異質である。
「果汁でしょうか」
「それかミルクかもしれませんね」と、これまでやや緊張ぎみに話をしていた術兵の声がわずかにやわらぐ。
糖分を含む液体をインクのように使用して乾かせば、一見何も書かれていないように見せることができる。熱を加えることにより書いた部分だけ茶色く変色して内容が浮き上がるという古くからある手法だ。
「これもあの少年が気づきました。指揮官が興味をもつだけあってなかなかおもしろい子です」
やはりリデロはアルヴィンに興味があったのか。斥候にわざわざ部外者の名前をあげるのだからそれなりに理由があるとは思っていたが、軍の内定の試験で目をつけたという予想はあながち外れていないかもしれない。この術兵も会話にアルヴィンの名を出さないところを見るとすでに一端の術兵としてあつかっているということだ。
「指揮官といえば、あの人かなり変わっていますね」
シェイルは木箱の中をいくつか確認しながらため息をつく。
アイザックは几帳面そうな老人だったが、やはり木箱は規則性を持って整理されていると同時に、盗難などを恐れたのか鎖でしばられ鍵をかけられた箱もある。さらには地面に鎖で打ちつけられているものなどもありこれらをすべて運び出すとなれば帝国軍とて骨が折れるだろう。
「そうですね。不思議な人ですが上官としては信頼できます。人間的には好き嫌いが激しい方なので難ありですが」
術兵は小さく笑いながら「ちょっと失礼」と覆面を外す。思っていたよりも若い。エリッツよりも二つか三つ上といったところか。術兵というのはその能力ゆえに子供といっても差しつかえない頃から軍に所属することが多い。その経験ゆえに年齢よりも大人びている者は数多くいる。そういう意味ではごく一般的な術兵といえなくもない。
「あの少年のことはもちろん、エリッツさんのこともかなり興味を持っているようでしたね。そしてシェイラリオ様のことは尊敬しているように感じました。あくまで私個人の印象ですが。指揮官とは長い付き合いなので自信はありますよ」
いくつめかの木箱のふたを持ち上げながらシェイルは苦笑する。
「残念ながら、さきほど嫌われてしまったみたいですけれどね」
シェイルは憤然とにらみつけてくるリデロの表情を思い出していた。人間的に難ありという部下の評価は的を射ている。
「ケンカしたんですか」
同じように木箱のふたを持ったまま術兵は好奇心を抑えきれない面持ちでシェイルを見つめる。かなり打ち砕けた雰囲気になっているところには年齢相応の無邪気さを感じた。ついついシェイルも雑談にのってしまう。
「ケンカはしませんよ。作戦の方針の違い――でしょうか」
それを聞くと術兵はじっと黙りこんでからようやく口をひらく。
「差し出がましいようなんですが、あの人の指示や作戦はときに無茶苦茶でも結果的にはあまり外れないんです。小さいところでは外れることもありますが、その時は『動いた』とひとりごとをいっていますね。何なんでしょうか。常人にはわからないようなことを察知しているように思います。――あ、変な風にとらないでください。シェイラリオ様が間違っていたという意味ではありませんから。指揮官の方がおかしなことを言い出したんだって、これまでの経験からよくわかっています」
術兵は「失言」をとりつくろうかのように早口でまくしたてると、大きくため息をついてうなだれた。シェイルは思わず笑ってしまう。
今でもあの時の判断が間違っていたとは思えない。あそこで引き返すのはむしろ定石。突飛な作戦でもなんでもない。いや、エリッツを全員で追いかけるという判断自体が誤っていたので、修正は当然だ。あの状況におかれた指揮官なら全員が全員その判断をくだすはず。そうしないというのは確かに常人とは違う「何か」が見えていたに違いない。本当に不気味だ。
笑っているシェイルを術兵は不思議そうに見ている。
「ここの物を運び出せない、別の出口もない、破壊する時間もなさそうだとなるとどうするべきでしょうか。指揮官殿には何が見えているんでしょうかね」
シェイルはふと目をとじる。
術素以外のものが見えるというのは戦況の流れのようなものか、人の心のようなものか。それとももっと別のものなのか。シェイルは坑道の入り口での会話を何度も反芻する。
「シェイラリオ様?」
「いや、だめですね。それに賭けるには確証がなさすぎます」
シェイルは木箱のふたをぽんと叩くと、「もう一人の斥候を呼んでください」と指示を出す。術兵は「はい」と威勢よく返事をして奥の部屋へと駆けて行った。
そういえばエリッツたちは何をしているのだろうか。武器庫の入口で話し声は聞こえたが、入ってこない。
何かあったのだろうか。シェイルはそっと部屋の外をのぞく。その瞬間、エリッツの泣き声が聞こえた。また泣いている。勇ましく戦っていたかと思ったらすぐに泣く。シェイルは深いため息をもらした。
「何があったんです?」
アルヴィンは妙に青ざめた顔色でシェイルを見上げる。小さな声で「すみません」と言っていたのが聞こえたが、まったく状況がわからない。ケンカでもしたのだろうか。
「エリッツ、どうしたんです。泣いている場合じゃないですよ。これから――」
ふっと、エリッツは波が引くように泣きやんだ。
「今までいろいろとすみませんでした。実家に帰ります」
いうなりこちらを見ることもなく元来た道を駆けだした。
「え?」
シェイルは事態を飲みこめず、また呆然とその背を見送ってしまう。
「またですか」
「はい。まだすべての部屋を把握できていません。火薬もありました。これを帝国軍に持っていかれるのは嫌ですね。いっそ破壊しますか」
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もう一人はどうやら奥の方の部屋まで確認しに行っているようだ。
「わたしは部外者です。あとで指揮官に事情を説明してください。指揮官は援軍がくるまで外で待機しているはずです。わたしは個人的な事情でここまできてしまいましたが――。ところでよくここを見つけましたね」
「ええ、あの少年が、アイザック邸のまだ状況を理解していない使用人たちを叩き起こして一芝居打ち、この坑道の地図を出させたんです。なかなかの見物でしたよ」
アイザック邸で何かおもしろいことでもあったのか、覆面の下で笑いをこらえるような声をもらしている。
「さて、問題はこれをどうするかですね」
当然だが持って外に出られる量ではないし、破壊するにも時間がかかる。一気にやるとすれば衝撃での落盤が怖い。さらに万が一火薬に引火するようなことがあれば大惨事だ。
アイザックと帝国軍が通じていたということはここに銃火器が隠してあることを知っているに違いない。間もなくシェイルとエリッツを追うのも兼ねて奥に探りに来るはずだ。そのときは先ほどよりも兵の数が増えていると考えた方がよい。さすがに手に負えないだろう。
「地図には他に外に出られるような道は載っていなかったんですね?」
「はい。しかし実はこの場所も地図には載っていなかったんです」
広げられた地図にランタンを近づけて、シェイルは思わずほほ笑んだ。
「初歩的ですが、だからこそ気づかないかもしれませんね」
地図のちょうど武器庫のあたりはインクのようなはっきりとしたものではなく、茶色い色合いの染料で描かれていた。武器庫の部屋などの詳細がきちんと記載はされているが明らかに異質である。
「果汁でしょうか」
「それかミルクかもしれませんね」と、これまでやや緊張ぎみに話をしていた術兵の声がわずかにやわらぐ。
糖分を含む液体をインクのように使用して乾かせば、一見何も書かれていないように見せることができる。熱を加えることにより書いた部分だけ茶色く変色して内容が浮き上がるという古くからある手法だ。
「これもあの少年が気づきました。指揮官が興味をもつだけあってなかなかおもしろい子です」
やはりリデロはアルヴィンに興味があったのか。斥候にわざわざ部外者の名前をあげるのだからそれなりに理由があるとは思っていたが、軍の内定の試験で目をつけたという予想はあながち外れていないかもしれない。この術兵も会話にアルヴィンの名を出さないところを見るとすでに一端の術兵としてあつかっているということだ。
「指揮官といえば、あの人かなり変わっていますね」
シェイルは木箱の中をいくつか確認しながらため息をつく。
アイザックは几帳面そうな老人だったが、やはり木箱は規則性を持って整理されていると同時に、盗難などを恐れたのか鎖でしばられ鍵をかけられた箱もある。さらには地面に鎖で打ちつけられているものなどもありこれらをすべて運び出すとなれば帝国軍とて骨が折れるだろう。
「そうですね。不思議な人ですが上官としては信頼できます。人間的には好き嫌いが激しい方なので難ありですが」
術兵は小さく笑いながら「ちょっと失礼」と覆面を外す。思っていたよりも若い。エリッツよりも二つか三つ上といったところか。術兵というのはその能力ゆえに子供といっても差しつかえない頃から軍に所属することが多い。その経験ゆえに年齢よりも大人びている者は数多くいる。そういう意味ではごく一般的な術兵といえなくもない。
「あの少年のことはもちろん、エリッツさんのこともかなり興味を持っているようでしたね。そしてシェイラリオ様のことは尊敬しているように感じました。あくまで私個人の印象ですが。指揮官とは長い付き合いなので自信はありますよ」
いくつめかの木箱のふたを持ち上げながらシェイルは苦笑する。
「残念ながら、さきほど嫌われてしまったみたいですけれどね」
シェイルは憤然とにらみつけてくるリデロの表情を思い出していた。人間的に難ありという部下の評価は的を射ている。
「ケンカしたんですか」
同じように木箱のふたを持ったまま術兵は好奇心を抑えきれない面持ちでシェイルを見つめる。かなり打ち砕けた雰囲気になっているところには年齢相応の無邪気さを感じた。ついついシェイルも雑談にのってしまう。
「ケンカはしませんよ。作戦の方針の違い――でしょうか」
それを聞くと術兵はじっと黙りこんでからようやく口をひらく。
「差し出がましいようなんですが、あの人の指示や作戦はときに無茶苦茶でも結果的にはあまり外れないんです。小さいところでは外れることもありますが、その時は『動いた』とひとりごとをいっていますね。何なんでしょうか。常人にはわからないようなことを察知しているように思います。――あ、変な風にとらないでください。シェイラリオ様が間違っていたという意味ではありませんから。指揮官の方がおかしなことを言い出したんだって、これまでの経験からよくわかっています」
術兵は「失言」をとりつくろうかのように早口でまくしたてると、大きくため息をついてうなだれた。シェイルは思わず笑ってしまう。
今でもあの時の判断が間違っていたとは思えない。あそこで引き返すのはむしろ定石。突飛な作戦でもなんでもない。いや、エリッツを全員で追いかけるという判断自体が誤っていたので、修正は当然だ。あの状況におかれた指揮官なら全員が全員その判断をくだすはず。そうしないというのは確かに常人とは違う「何か」が見えていたに違いない。本当に不気味だ。
笑っているシェイルを術兵は不思議そうに見ている。
「ここの物を運び出せない、別の出口もない、破壊する時間もなさそうだとなるとどうするべきでしょうか。指揮官殿には何が見えているんでしょうかね」
シェイルはふと目をとじる。
術素以外のものが見えるというのは戦況の流れのようなものか、人の心のようなものか。それとももっと別のものなのか。シェイルは坑道の入り口での会話を何度も反芻する。
「シェイラリオ様?」
「いや、だめですね。それに賭けるには確証がなさすぎます」
シェイルは木箱のふたをぽんと叩くと、「もう一人の斥候を呼んでください」と指示を出す。術兵は「はい」と威勢よく返事をして奥の部屋へと駆けて行った。
そういえばエリッツたちは何をしているのだろうか。武器庫の入口で話し声は聞こえたが、入ってこない。
何かあったのだろうか。シェイルはそっと部屋の外をのぞく。その瞬間、エリッツの泣き声が聞こえた。また泣いている。勇ましく戦っていたかと思ったらすぐに泣く。シェイルは深いため息をもらした。
「何があったんです?」
アルヴィンは妙に青ざめた顔色でシェイルを見上げる。小さな声で「すみません」と言っていたのが聞こえたが、まったく状況がわからない。ケンカでもしたのだろうか。
「エリッツ、どうしたんです。泣いている場合じゃないですよ。これから――」
ふっと、エリッツは波が引くように泣きやんだ。
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