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第一章 (仮)
第九十三話 児戯
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「どうしました?」
武器庫の中にいた術兵二人が騒ぎを聞きつけあわてて飛び出してくる。
「早く、地図を」
シェイルはひったくるように地図を受け取ると坑道の入口から武器庫までの経路を目でおった。行きと帰りとでは景色が変わる。ただでさえ帝国軍がどこまで来ているのかわからないのに一人では危険だ。いや、ここを一人で抜けてもらっても困る。早くエリッツをつかまえなくては。
アルヴィンはすでに走り出している。
「追うんですね?」
二人の術兵たちはとまどいながらもアルヴィンに続く。
エリッツが走り出さなかったとしてもどのみちこうするしかないと思っていたのだ。思い切れてかえってよかった。しかし問題は経路だ。入口から武器庫に至るための経路は三つある。その一番初めの分岐点までにエリッツをつかまえなければならない。
ところがそれは良くも悪くも杞憂に終わった。経路の分岐よりずいぶん前に帝国軍の兵士たちが走りこんでくる足音が聞こえてきたのだ。すぐに激しく揺れ動く灯りと大勢の人影が前方を埋め尽くす。
「エリッツ、下がってください。ここでしばらく踏ん張ります」
さすがのエリッツも足をとめた。そしてそのまま何の迷いもなく短刀の方を抜く。せまい坑道だという状況を理解している。泣いて走りだしたわりには冷静だ。
怒号をあげて斬り込んでくる先頭の帝国兵を短刀の柄で打ち据え昏倒させると、そのまま流れるように二人目を斬り伏せ、重心をかたむけ三人目に当て身をくらわせ四人目をむかえ討つ。やはり早い。それに正確だ。おそらく筆記と同様に幼い頃から仕込まれていたため本人にはその技術や能力が特別である自覚がまったくないのだろう。相変わらずふわっとした顔をしたままだ。しかし実践を経てどんどん動きがよくなっている。よほど腕の良い武人が教育についていたに違いない。
「エリッツ、奥に術兵がいる。一人では危ないよ」
アルヴィンがエリッツの元へと走りだす。
「まったく怖いもの知らずだな」
一人の術兵がアルヴィンに続く。
「ここでできるだけ帝国兵をおさえて、指揮官を待つんですね」
この声は先ほど話をしていた若い術兵の方だ。シェイルの方の援護をしてくれるつもりらしくシェイルの背後につくように少し下がる。
察しがいいのはありがたいが、こんな無茶にもさほど動揺しないとは普段からリデロによほど突拍子もない指示をされているのがうかがえる。
武器庫の前で帝国兵たちを足止めし、何かよくわからないものが見えているという指揮官が背後から帝国兵をはさみ討ちにしてくれるのを待つという限りなく無謀な作戦だ。つまりはリデロの直感頼りということになる。
もちろん引きどきを見極めて武器庫はあきらめる。そのためにももう少し分岐点に近いところにいたかったがこうなっては仕方ない。
「できますか。あの指揮官が来るかわかりませんよ」
「来ます」
ずいぶんと信頼が篤い。これで本当にリデロが来たらおもしろいと、シェイルは苦笑まじりに長剣を抜く。それまでこの五人でもつかどうか。
幸いというべきか通路はせまく、ただ数にまかせてなだれこんでくるだけの帝国兵は動きが取りづらい状況だ。これならこの人数でもしばらくは戦える。
帝国軍は歩兵を前に出しその背後に術兵をおく陣形をとっていた。術兵を術に集中させる一般的なものだが、それには少しせますぎる。間隔がとれず術素も欠乏状態だろう。帝国軍の指揮官と思われる声が遠くで反響している。やがて陣形が整ってくるはずだ。
「エリッツ、リングを」
あれに頼りたくないがこの状況でわがままをいっても全滅しかない。
エリッツは目線だけでシェイルを見るがそこに二人の帝国兵に斬りかかられる。斬り伏せればまた次が来る。やはり無茶が過ぎたか。逃げる体力がなくなる前に退却すべきかもしれない。
シェイルは次から次へと斬りかかってくる帝国兵の相手をしながら退路の目星をつける。とはいえ、坑道にぎっしりと帝国軍がいる状況ではやはりリングなしには退却すら困難だ。
なんとかしてエリッツからリングを受けとれないかと注意を払っていると、帝国軍側の雰囲気が少しおかしい。中ほどから陣形がじわじわと乱れてきている。やがて一人の帝国兵が先頭に躍り出てエリッツを狙い斬りこんできた。エリッツはそれをかろうじて避けるが、その後もしつこくエリッツを狙い続ける。アルヴィンやもう一人の術兵が穿孔風式でエリッツを援護するがなぜか当たらない。小柄だが猫のように俊敏で他の帝国兵とは明らかに一線を画している。
当人は顔をあらわにしているので術兵ではなさそうだが背後の術兵が何かしているに違いない。シェイルの方も手いっぱいでじっくり術素の流れが見えないが、明らかにその帝国兵に術が当たらないよう曲げられている。
驚くべき速さで突きをくり返す帝国兵にさすがのエリッツもじりじりと後退する。これはわずかに帝国兵の方に分があるようだ。かなりの手練れであることもあるが、エリッツは一人で何人も相手にして疲労がたまっている。
「エリッツ、さがってください」
シェイルは前方から斬りつけてくる二人の帝国兵に足払いをくらわせて身をひるがえす。背後に控えていた若い術兵がバランスを崩した帝国兵たちをあっさりと始末した。
エリッツからリングを受け取らないことには逃げられない。
エリッツはしつこく例の帝国兵につけ狙われ続けていた。背後で術兵が守っているとはいえ無謀なまでの深追いをする。
野生動物のように素早くくり出される剣術は確かに帝国軍特有の型式に則っているようだが、他の帝国兵たちの驚いた表情から特に何らかの作戦ということもないようだ。なぜシェイルではなくエリッツを狙うのか。
シェイルは間に入るようにその帝国兵の斬撃をうけとめた。速いだけではない。力もある。うけた衝撃を流しつつすぐさま足を狙う。しかしここまでのしつこさが嘘のようにあっさりと背後に飛びすさった。
「あんたには勝てないよ」
流暢なレジス語だ。
「力や技の話じゃない。覚悟の話さ」
まだ若いが精悍な顔つきでとび色の目がこの状況を楽しむように輝いていた。それに付き合うつもりはない。
「ずいぶんしつこいですね。指揮官に叱られますよ」
もはや背後の帝国兵たちはこちらの様子が気になってたまらないようだ。アルヴィンたちもちらちらと様子をうかがっている。
「ちょっと恨みがあるんでねっ」と、言いながら跳ねあがりまたエリッツの目の前に躍り出る。軽業師のような動きだ。そして本当にしつこい。
急ににっこりとほほ笑むと長剣を左に持ち持ちかえてさらにエリッツを狙う。これは完全に遊んでいる。左腕でもほとんど速さは落ちない。
エリッツが帝国軍にかかわったのはごく最近の話である。恨まれるとは考えられない。いや、バジェインとフィクタールがいるが、捕虜としてとらえられておりその情報はまだ帝国軍に届いていないはずだ。
何度見てもこの帝国兵の顔には見覚えがない。まるでシェイルの視線を意識したかのように、ばかにきれいなフォームで宙返りを見せる。帝国軍の黒地に緑のラインが入った軍服が大きくひるがえった。それにシェイルは目を見はる。
帝国兵は着地してしゃがみこんだ姿勢のままさらに下方から突きをくり出した。もはやエリッツは攻撃をあきらめ、防御に徹している。動きはまだしっかりしているが消耗しているのは確かだ。
シェイルは静かに長剣を握る指に力をこめる。
「あまりしつこいと殺しますよ」
俊敏に動き回っていた帝国兵の喉元にぴたりと据えられた切っ先をその場の全員が驚いたように見つめていた。
しばらくの沈黙ののち、その帝国兵は小さく笑う。
「速いですね。でも殺さないでしょう。あなたはやさしいですから」
さっきまでとは声も口調もがらりと変わる。若い女性の声だ。あちらこちらで兵たちが息をのむ気配を感じた。
武器庫の中にいた術兵二人が騒ぎを聞きつけあわてて飛び出してくる。
「早く、地図を」
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アルヴィンはすでに走り出している。
「追うんですね?」
二人の術兵たちはとまどいながらもアルヴィンに続く。
エリッツが走り出さなかったとしてもどのみちこうするしかないと思っていたのだ。思い切れてかえってよかった。しかし問題は経路だ。入口から武器庫に至るための経路は三つある。その一番初めの分岐点までにエリッツをつかまえなければならない。
ところがそれは良くも悪くも杞憂に終わった。経路の分岐よりずいぶん前に帝国軍の兵士たちが走りこんでくる足音が聞こえてきたのだ。すぐに激しく揺れ動く灯りと大勢の人影が前方を埋め尽くす。
「エリッツ、下がってください。ここでしばらく踏ん張ります」
さすがのエリッツも足をとめた。そしてそのまま何の迷いもなく短刀の方を抜く。せまい坑道だという状況を理解している。泣いて走りだしたわりには冷静だ。
怒号をあげて斬り込んでくる先頭の帝国兵を短刀の柄で打ち据え昏倒させると、そのまま流れるように二人目を斬り伏せ、重心をかたむけ三人目に当て身をくらわせ四人目をむかえ討つ。やはり早い。それに正確だ。おそらく筆記と同様に幼い頃から仕込まれていたため本人にはその技術や能力が特別である自覚がまったくないのだろう。相変わらずふわっとした顔をしたままだ。しかし実践を経てどんどん動きがよくなっている。よほど腕の良い武人が教育についていたに違いない。
「エリッツ、奥に術兵がいる。一人では危ないよ」
アルヴィンがエリッツの元へと走りだす。
「まったく怖いもの知らずだな」
一人の術兵がアルヴィンに続く。
「ここでできるだけ帝国兵をおさえて、指揮官を待つんですね」
この声は先ほど話をしていた若い術兵の方だ。シェイルの方の援護をしてくれるつもりらしくシェイルの背後につくように少し下がる。
察しがいいのはありがたいが、こんな無茶にもさほど動揺しないとは普段からリデロによほど突拍子もない指示をされているのがうかがえる。
武器庫の前で帝国兵たちを足止めし、何かよくわからないものが見えているという指揮官が背後から帝国兵をはさみ討ちにしてくれるのを待つという限りなく無謀な作戦だ。つまりはリデロの直感頼りということになる。
もちろん引きどきを見極めて武器庫はあきらめる。そのためにももう少し分岐点に近いところにいたかったがこうなっては仕方ない。
「できますか。あの指揮官が来るかわかりませんよ」
「来ます」
ずいぶんと信頼が篤い。これで本当にリデロが来たらおもしろいと、シェイルは苦笑まじりに長剣を抜く。それまでこの五人でもつかどうか。
幸いというべきか通路はせまく、ただ数にまかせてなだれこんでくるだけの帝国兵は動きが取りづらい状況だ。これならこの人数でもしばらくは戦える。
帝国軍は歩兵を前に出しその背後に術兵をおく陣形をとっていた。術兵を術に集中させる一般的なものだが、それには少しせますぎる。間隔がとれず術素も欠乏状態だろう。帝国軍の指揮官と思われる声が遠くで反響している。やがて陣形が整ってくるはずだ。
「エリッツ、リングを」
あれに頼りたくないがこの状況でわがままをいっても全滅しかない。
エリッツは目線だけでシェイルを見るがそこに二人の帝国兵に斬りかかられる。斬り伏せればまた次が来る。やはり無茶が過ぎたか。逃げる体力がなくなる前に退却すべきかもしれない。
シェイルは次から次へと斬りかかってくる帝国兵の相手をしながら退路の目星をつける。とはいえ、坑道にぎっしりと帝国軍がいる状況ではやはりリングなしには退却すら困難だ。
なんとかしてエリッツからリングを受けとれないかと注意を払っていると、帝国軍側の雰囲気が少しおかしい。中ほどから陣形がじわじわと乱れてきている。やがて一人の帝国兵が先頭に躍り出てエリッツを狙い斬りこんできた。エリッツはそれをかろうじて避けるが、その後もしつこくエリッツを狙い続ける。アルヴィンやもう一人の術兵が穿孔風式でエリッツを援護するがなぜか当たらない。小柄だが猫のように俊敏で他の帝国兵とは明らかに一線を画している。
当人は顔をあらわにしているので術兵ではなさそうだが背後の術兵が何かしているに違いない。シェイルの方も手いっぱいでじっくり術素の流れが見えないが、明らかにその帝国兵に術が当たらないよう曲げられている。
驚くべき速さで突きをくり返す帝国兵にさすがのエリッツもじりじりと後退する。これはわずかに帝国兵の方に分があるようだ。かなりの手練れであることもあるが、エリッツは一人で何人も相手にして疲労がたまっている。
「エリッツ、さがってください」
シェイルは前方から斬りつけてくる二人の帝国兵に足払いをくらわせて身をひるがえす。背後に控えていた若い術兵がバランスを崩した帝国兵たちをあっさりと始末した。
エリッツからリングを受け取らないことには逃げられない。
エリッツはしつこく例の帝国兵につけ狙われ続けていた。背後で術兵が守っているとはいえ無謀なまでの深追いをする。
野生動物のように素早くくり出される剣術は確かに帝国軍特有の型式に則っているようだが、他の帝国兵たちの驚いた表情から特に何らかの作戦ということもないようだ。なぜシェイルではなくエリッツを狙うのか。
シェイルは間に入るようにその帝国兵の斬撃をうけとめた。速いだけではない。力もある。うけた衝撃を流しつつすぐさま足を狙う。しかしここまでのしつこさが嘘のようにあっさりと背後に飛びすさった。
「あんたには勝てないよ」
流暢なレジス語だ。
「力や技の話じゃない。覚悟の話さ」
まだ若いが精悍な顔つきでとび色の目がこの状況を楽しむように輝いていた。それに付き合うつもりはない。
「ずいぶんしつこいですね。指揮官に叱られますよ」
もはや背後の帝国兵たちはこちらの様子が気になってたまらないようだ。アルヴィンたちもちらちらと様子をうかがっている。
「ちょっと恨みがあるんでねっ」と、言いながら跳ねあがりまたエリッツの目の前に躍り出る。軽業師のような動きだ。そして本当にしつこい。
急ににっこりとほほ笑むと長剣を左に持ち持ちかえてさらにエリッツを狙う。これは完全に遊んでいる。左腕でもほとんど速さは落ちない。
エリッツが帝国軍にかかわったのはごく最近の話である。恨まれるとは考えられない。いや、バジェインとフィクタールがいるが、捕虜としてとらえられておりその情報はまだ帝国軍に届いていないはずだ。
何度見てもこの帝国兵の顔には見覚えがない。まるでシェイルの視線を意識したかのように、ばかにきれいなフォームで宙返りを見せる。帝国軍の黒地に緑のラインが入った軍服が大きくひるがえった。それにシェイルは目を見はる。
帝国兵は着地してしゃがみこんだ姿勢のままさらに下方から突きをくり出した。もはやエリッツは攻撃をあきらめ、防御に徹している。動きはまだしっかりしているが消耗しているのは確かだ。
シェイルは静かに長剣を握る指に力をこめる。
「あまりしつこいと殺しますよ」
俊敏に動き回っていた帝国兵の喉元にぴたりと据えられた切っ先をその場の全員が驚いたように見つめていた。
しばらくの沈黙ののち、その帝国兵は小さく笑う。
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