亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第九十八話 二人目の客人

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「情報ってなんですか。まさか本当に事情聴取で来たんですか」
 これが間諜の手法というやつだろうか。ただの雑談にしか思えなかったのでエリッツはぞっとした。うっかり違法なヒルトリングの話をしなくてよかったかもしれない。ゼインの欲しい情報かどうかはわからないが、あまり人に言わない方がいい話だ。
 もしかしてゼインはわざと要点をまとめずに長々と話して相手を撹乱させているのだろうか。
「いや、違う。あいつらと一緒にするな。役所の連中はアイザック・デルゴヴァを殺害した下手人、フェリク・リンゼイを探してた。殺されたのが反逆者とはいえ、陛下の眼前、しかも祝いの席とあっちゃ探さないわけにはいかない。まぁ、絶対に見つからないんだけどな。そんなわけでそっちの調査はほぼ終わってる。最近ここに役人は来てないだろ」
 陛下は「天晴!」と喜んでいたように見えたが、だからといって国として放っておくわけにはいかないのだろう。あれからリークはどこへ消えたのか。
 確かに役人たちはエリッツがリークとどんな会話をしたか、リークとアイザック・デルゴヴァとの関係性はどうだったのかを何度も聞きに来たが夏も半ばになるとぱったりと来なくなった。
「でも絶対に見つからないってなぜですか」
「フェリク・リンゼイはもう亡くなってるんだよ。十年以上も前に」
 一拍おいて、エリッツは首をかしげる。十年以上前に亡くなった人がどうやってアイザック・デルゴヴァを殺すのか。それ以前にエリッツはリークと何度も会話しているし、触れた感じも生身の人間だったように思う。
「え、何? おばけなの?」
 エリッツが思い起こしたのはローズガーデン前日の鬼気迫った様子のリークである。茂みから出てきて暗い中涙を流していた様子は、おばけっぽいといえばおばけっぽかった。シェイルのコートをぎゅっと胸に抱く。
 そんなエリッツをゼインはまじまじと見ていた。
「エリッツ、お前さ、そういうとこがなんかかわいいよな」
 ゼインまでラヴォート殿下と同じようなことをいう。
「全然うれしくないんですが。それで、おばけなの?」
 エリッツはまじめに聞いているのに、ゼインはにやにやしているだけだ。
「ある意味おばけだが、エリッツが思っているのとはちょっと違う。たまには自分で考えな。お前の知り得た情報だけである程度このカラクリは予測可能だ」
 またそれかとエリッツは肩を落とす。それだけ察しがよかったらこんなに悩んではいない。どういうカラクリで死人が敵討ちのために生き返るのか。
「ヒントをやろう。このローズガーデンの事件の後、数年前のウィンレイク指揮官が記した報告書が再確認された。コルトニエス一帯を抜き打ちで査察した際のもので鉱山の産出量や生産品、農耕地の様子、労働者たちの暮らしぶりが主に報告されている。その中でなぜかコルトニエス東部の村を治めていた元領主の子フェリク・リンゼイにも触れられていた。だが一行だけだ。『フェリク・リンゼイの墓に遺体はなかった』」
「生き返ってる!」
 エリッツは抱きしめたコートに顔をうずめる。ゼインはあきれすぎたのか、もはや真顔でエリッツを見ていた。
「落ち着け。どうしてそうなる。マリルさんが書いてるんだぞ。なんでわざわざ何年も前に死んだ子供の墓を暴いてそれを報告書に書く必要があるんだ? 生き返ったんじゃなくてもともと死んでいない可能性を示唆したかったって、それくらいわかるだろ。それは何のためだ? それを見た役人どもがどう思ったかというと、『あ、これは深追いしたらヤバいやつだ』と、こうだ。国王陛下の直属の間諜トップが残した報告書だぞ。もうその意図はわかりすぎる。『死んだと思われていたフェリク・リンゼイは実は生きていて両親の仇であるアイザック・デルゴヴァを討ち逃走、探したけど見つかりませんでした』で、ハイ終了。要人の暗殺というのはそう簡単にできるもんじゃないってことだな。お前がそんなんだからヒントを出しすぎてこの身が危ない。これは絶対によそで言うなよ」
 それからせわしなく周りを見渡す。
 エリッツの方は情報の濁流にのまれ、例のごとく呆けている。
「なんだ、その顔は。さてと、あてが外れたどころか逆に情報を引き出されちまったところで帰るかな」
 情報を引き出されたと文句を言いながらもさほど気にしている様子はない。やはりエリッツが知り得たことだけで結論にいたるのが容易な内容なのだ。ゼインとしては新しく情報を出したという意識はあまりないように見える。エリッツはまた肩をおとした。
 ゼインは体を左右に伸ばしてすでに席を立とうとしている。
「え、ちょっと待ってくださいよ。結局何を知りたかったんですか。普通に聞いてください」
「いや、もういい。顔を見りゃわかる。エリッツは何も知らないし、隠してもいない」
 そうやって突き放されると余計に気になる。はじめは早く切り上げたかったが、ここで話を切られると気になってしまう。
「知らないかどうか、聞いてくれないとわからないじゃないですか。おれ、ぼんやりしてるんで、知っていてもそのことに思いいたらずに顔に出ていない可能性がありますよ」
 ゼインは虚を突かれたような顔でエリッツを見る。
「お前、案外頭いいな」
 これは逆にバカにされている。
「じゃあ聞くが、コルトニエスで何があった?」
 エリッツはぽかんと口をあける。
「マリルさんは何も教えちゃくれないが、シェイルさんの謹慎処分については不思議がっていた。エリッツ、何か心当たりは? 何かを知ってしまって実家に隠れてるのか?」
 最初からゼインは直球で聞いていたのか。おそらくコートなどを出してエリッツの表情の変化を見ていたに違いない。コルトニエスでまずいことを知ってしまっていたら、シェイルにかかわるものを見て顔をくもらせるなり、目をそらすなりするかもしれないと、そう考えたのだろう。残念だが、一度手にしたこのコートを手放すつもりはないというくらいに喜んでしまっている。
「知ってしまったといえば、シェイルに婚約者がいて、それでおれ……」
 ゼインは話の途中で真顔のまま席を立った。
「マリルさんがエリッツが実家に帰った理由に触れてやるなっていったのはそれか。うん、わかった、じゃ、俺帰るわ」
 そそくさと荷物をまとめだす。お役に立てず申し訳ないが、薄情な人だ。
「なんでそんなこと知りたいんですか」
 エリッツはゼインを見送るため廊下を歩きながら小声でたずねる。
「なんでって上司が不思議がってるからだよ。いやしかし、俺も気になる」
 ゼインは首をひねりながら歩く。廊下での会話は無防備になるためめったなことは口にできない。それきり無言で歩いていたが、ふと前方で二人の人物が、エリッツを見ているのに気づいた。一人は先ほど人払いをした際の使用人である。
「エリッツ坊ちゃん、事情聴取はお済みですか」
 この使用人だけは坊ちゃんと呼ばないでくれと頼んでも聞いてくれないので苦手だった。結構長いことグーデンバルド家に勤めていて融通が利かない印象だ。いつまでも働かずに実家でぐだぐだとしているエリッツのことをあまり快く思っていないように思う。
「終わりました。そちらの方は?」
 見たことがない人物だが、服装からしてレジスの城勤めのように見える。三十代くらいだろうか。黒髪なのでロイの人なのかもしれない。例の使用人は気味悪そうに客人の髪を見ている。
「坊ちゃんに御用があるとのことです」
 レジスからの客人はさりげない様子でゼインのことをちらりと見る。ゼインの方は堂々としたもので、「それでは」と笑顔をつくる。
「事情聴取のご協力ありがとうございました。また何か他に思い出したことがあればご連絡ください。今日はここで失礼します」
 まるで本物の役人のようなきびきびとした動きで立ち去っていく。いつもふにゃふにゃしているくせに、本当に間諜の関係者なんだなと妙に感心する。
「あ、はい、あの、いや、ご苦労様でした」
 エリッツの方が不審者だ。
「エリッツ・グーデンバルド様ですね。当主の許可は先ほど得てきましたので、レジスの城までご同行ください」
 今からレジスの市街まで連れていかれるのか。誰が何の用事なんだろう。カルザム長官の短刀の件がとうとうばれてしまったのか。
「あの、誰が呼んでいるんでしょうか」
 カルザム長官ならお金を持っていかなければならないが、エリッツは無一文なのでひたすら謝罪するしかない。兄にお金を借りられないかと、そんなことまで考えていたので次の一言にはひたすら驚いた。
「お名前は申し上げられません。然るお方が夜伽にと」
 夜伽といったら例の第一王子、ルーヴィック様しか思い出せない。
「然るお方というのは王子ですか」
 黒髪の人物は心底困ったように、視線を外しつつ小さくうなずいた。ルーヴィック王子がご無事のようで何よりだが、どうしてセレッサではなくこちらに話が来るのか。この家まで人を寄こすということはエリッツが男だと気づいているはずではないか。いや、ラヴォート殿下の兄だ。男でも女でもどっちでもいいのかもしれない。
「それ断ったらどうなるんですか」
 正直、レジスの城まで行って帰ってくる時間が惜しい。
「とても困ります」
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